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M-035 資源の枯渇


 トリマランはかなり先の話だから、しばらくは地道に魚を獲ることになるんだろう。

 3日間の漁を終えると、再び船団を組んで氏族の島に向かう。


 まあまあの漁じゃないかな?

 初めての延縄でシーブルは13匹も掛かったし、ブラドも小振りではあるが20匹を超えている。根魚はバヌトスが10匹以上は保冷庫に入っているはずだ。

 それに、今回初めてロデニルを食べたけど、イセエビよりも上物なんじゃないかな?

 焼いて魚醤を掛けただけなんだが、それだけで十分に美味しく頂ける。

 思わず、翌日も獲ってこようと思ったけれど、たまに食べるから美味しいのかもしれないな。そんなわけで、次の出漁の時の楽しみにしておこう。


「商船が来てるといいね?」

「3つの王国が商船を出してるらしいよ。確か、大型が2隻に小型が3隻だったかな。都合、15隻の商船が戦の島を巡ってるんだ」


 巡る島は、5つの氏族の住んでいる島になるんだろうから、5日前後の間隔で次々と商船がやってくるんだろうな。

 漁獲量を上げてくれと頼んでいるということは、小型の商船を1隻ずつ増やすぐらいの事は考えてるんだろう。

 それにしても、推定数値さえ怪しい漁獲を2割上げてくれとはねぇ……。


「あっ! また雨が近づいてるわよ。リジィさんと交代しなくちゃ」

 進行方向を眺めていたナツミさんが、大きな声を上げてハシゴに向かって行った。

 

 パイプを咥えて物思いに耽っていたから分からなかった。確かに真っ黒な雲が海面にまで伸びてこちらに近づいている。

 急いで、船尾のベンチから家形の扉近くに置いてあるベンチにタバコ盆を持って移動する。

 

「直ぐに雨になるにゃ。たぶん氏族の島に着くまで止まないにゃ」

「そうすると、商船が来ていても直ぐに運べませんね」

「仕方ないにゃ。やむまで待つにゃ」


 雨期もそろそろ終わるんじゃないかな。相変わらず雨が襲ってくるけど、その間隔が開いてきたし、長時間振ることもない。とはいっても、降り出したら、とんでもない豪雨なんだけどね。


 まだ昼にもならないから、リジィさんはお茶を沸かしている。

 雨に濡れた体には、温かいお茶が一番だからかな。それほど冷たい雨ではないんだけど、濡れるとそれなりに体が冷えるんだよね。


 突然当たりが暗くなって、屋根代わりの帆布のタープを雨が激しく叩き始めた。

 ナツミさんはちゃんと前が見えるんだろうかと心配になってしまう。


 リジィさんがお茶のカップを持って、ハシゴを上って行った。意外と身軽な動きなのはネコ族の特徴なのかもしれないな。

 ナツミさんにお茶を渡したところで、俺達もベンチに座ってお茶を楽しむ。


「サイカ氏族は大きな船を持たないにゃ。雨期には家形に入れなくて甲板でゴザを被って凌ぐと聞いたにゃ」

「確か、大陸に一番近い島に住んでる氏族でしたよね」

「そうにゃ。延縄を使って小魚漁をしてると聞いたことがあるにゃ」


 大きな魚は回遊してこないんだろうか? 小さな魚であれば1匹当たりの単価は知れたものだろう。数を上げなければ生活は苦しいんじゃないのかな。

 

「慣れた漁師は200匹を超えると聞いたにゃ。サイカ氏族の周囲は魚が濃いにゃ」

「魚種が違うんでしょね。ここでは難しいでしょう」


 リジィさんが小さく頷いた。他の氏族が裕福に見えるんだろうか?

 200匹を水揚げしても、それがどれぐらいの値が付くかが問題だろう。小舟を使うとも言ってたから、サイカ氏族にはリードル漁が無いのかもしれない。全て魚を釣った収益で船を買うとなれば、かなり暮らしがきついようにも思えるのだが。


「リードル漁ができるんですから、それだけでもありがたいと思わなければいけないのでは?」

「魔石を得られる漁場を持つのは、サイカ氏族以外の4つの氏族にゃ。最上級の魔石は、トウハ氏族とナンタ氏族だけにゃ」


 サイカ氏族はそれで満足しているんだろうか? 他の氏族が魔石を得られるのに自分達はその恩恵を得られないんだから、恨まれそうな気もするんだけどなぁ。


「だいじょうぶにゃ。サイカ氏族は貝も採取しているにゃ。貝の採取はサイカ氏族だけにゃ」

「そういえば、誰も獲る人がいませんでしたね。採算が合わないと思ってました」

「自分達で食べる以外は採らないにゃ」


 ある意味、独占権を与えたということなんだろうな。大陸に近いと言っていたから、河口近くも版図に入るのかも知れないな。

 となると、他の氏族も特色のある漁をしてるのかもしれないな。

 年に1度、長老達がオウミ氏族の島に集まるのは、そんな氏族の漁業に調整もあるんだろう。

 その集まりで、商会のギルドから要請されたのが漁獲を2割上げるということだったんだが、他の氏族はどんな対応を図るんだろう?

 

 氏族の島に近づくと、あれほど降っていた豪雨がピタリと止む。途端に南国の空が姿を現した。サングラスを掛けて帽子を被り見慣れた島を眺めていると、数隻のカタマランが同じく氏族の島を目指して進んでいた。

 どこで漁をしてたんだろう? 長老会議の場は、各船団の漁の結果を披露する場でもあるようだ。豊漁が伝えられれば、その漁場を目指す船団もあるんだろう。


「見えてきたよ! 商船が来てるといいね」

 ナツミさんが俺達に振り返って伝えてくれた。1時間もしないで帰島できるな。


「欲しいものがあるのかにゃ?」

「特にありませんが、他の島の話を聞きたいところです。例の2割増しの漁獲をどんな感じで対応してるのか気になりますからね」


 船尾のベンチでお茶のカップを持ちながら、リジィさんが頷いている。やはり氏族の全員が気になっているみたいだ。

 長老も商船を使ってオウミ氏族の島に何度か足を運んでいるようだし、少しは方針が見えてきたのかもしれないな。


 湾の入り口に地被くにつれ船足が遅くなってきた。

 ゆっくりと湾の中に入り、南の桟橋にカタマランが向かうと、石の桟橋に停泊した商船が姿を見せてくれた。

 まだ夕暮れには程遠い時間だ。

 カタマランを停泊させたら、ナツミさん達は直ぐにでも商船に向かうんじゃないかな。


 オルバスさんのカタマランが桟橋に停泊し、その後ろにグリナスさんのカタマランが停泊した。俺達はいつもの場所である、オルバスさんの隣にゆっくりとカタマランを停めてアンカーを下ろす。

 カタマランの間に緩衝用のカゴを下ろしていると、甲板ではナツミさん達が獲物を背負いカゴに入れている。

 リジィさんと2人なら1回で済みそうな感じだけど、オルバスさんのところも、トリティさん達が保冷庫から背負いカゴに魚を放り込んでいる。


「行ってくるね!」

「何かしとくことはない?」

「おかずを頼むにゃ!」


 カゴを担いだ2人に声を掛けたら、リジィさんから注文が来てしまった。釣竿を屋根裏から引き出していると、隣ではラビナスが同じように竿を引き出している。ということは……。

 やはりということで、桟橋の端に3人で座ってのんびりと糸を垂れる。果たして釣れるかなぁ? この頃、あまり釣れなくなってきたんだよね。それだけ釣り人が多いのかもしれないな。


「漁はどうだった?」

「まあまあ、ってところです。ブラドが小さかったですね」

「今回は3日で10匹以上突きましたよ。バヌトスも8匹釣りました」


 ラビナスの言葉にグリナスさんが、感心した表情で眺めている。だいぶ頑張ったみたいだな。次の乾季が楽しみだ。

 数匹を釣り上げたところで、パイプを取り出して俺達は一服を始める。

 おかずには少し足りないから、スープの具になるんじゃないかな。ナツミさん達が戻るころになっても10匹を越えることはなさそうだ。


 商船からナツミさん達が戻ったところで、トリティさん達が夕食作りを始めた。釣果をトリティさんに預けると首を傾げてたから、どんな料理になるんだろう?

 ナツミさんが包丁を振り上げたところを見ると。唐揚げになるんだろうか?


「オルバスさんがいないね?」

「桟橋に船が停まると直ぐに長老会議の建物に行きましたよ」


 ラビナスの話ではかなり急いでいたらしい。やはり、2割の考え方が気になるんだろう。俺達だって頑張ってはいるけど、2割がどれぐらいの量になるのかが全く分からないからね。


「去年よりは釣れてると思うんだけどねぇ」

「でもどれぐらい釣れたか覚えてなんていないでしょう?」

 

 グリナスさんが力なく頷いている。あくまで俺達の評価であって、具体的な数字が伴わない。

 ここは、オルバスさんの帰りを待つしかなさそうだ。悩んでいるようなら、ナツミさんの案を話してみよう。


 夕暮れと共に、オルバスさんが帰って来た。トリティさん達が取り分けてくれた夕食を食べながら、オルバスさんの話を聞く。


「やはり、他の氏族も2割の定義に悩んでいるらしい。ホクチ氏族は漁をする人間を2割増やしたらしい。ナンタ氏族は俺達と一緒で出漁日数を増やしたそうだ。オウミ氏族は船を増やすと聞いたな。サイカ氏族が一番マシかもしれん。魚を出荷する箱の数を数えていたそうだ。それを2割増やすことで対処するらしい」


 確かにサイカ氏族の考えが一番まともだな。やはり統計処理した方法となるんだろうか?


「アオイの考えに長老は賛成しているようだ。だが、それではかなりの誤差が出るのも問題だと言っていたぞ」

「漁獲量の記録がありませんから致し方ないですね。とりあえず、その方法で時を稼ぎ、商会を使って1年間の記録を取る方法を考えるべきでしょう。漁獲高の推移は資源の枯渇を防ぐためにも必要だと思います」


 資源の枯渇と聞いて、オルバスさんの表情がこわばった。やはり以前に比べて氏族の版図での魚体が小さくなっているのかもしれないな。


「長老達もそれを気にしている。カイト様が漁をしていた当時は、魔石を20個以上がざらだったそうだ。3FM(90cm)を越えるシーブルがたくさん獲れたらしい。だが、カイト様の娘達が亡くなってからは神亀を見る者さえいなくなった……」


 独り言のようにオルバスさんが話をする。

 神亀って何だろう? 首を傾げていると、「神の使いの大きなウミガメだ」とグリナスさんが教えてくれた。


 ひょっとして、漁獲高は減っているんじゃないか?

 そんな状況で2割増しの漁獲を上げたりしたら、ネコ族の将来は悲惨なものになりかねないぞ。


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