M-030 数は出ないが大型が釣れる
雨期の豪雨は2、3時間継続する。突然降り出して突然に晴天がやってくるのだ。その頻度が高まるのが雨期なんだよなぁ。
乾季はたまに豪雨がやってきても、30分も続かずに終わってしまうんだけどね。
その日の豪雨が止んだのは、夕暮れ前だった。
今夜の停泊場所は島と島の間だ。30mほど船を離して停船すると、直ぐに竿を持ち出しておかずを釣る。良型のカマルが2匹獲れたところで、竿を仕舞い獲物をナツミさんに渡すと、調理前にカマルを開く練習が始まった。
「今夜は開きを焼いてみるにゃ!」
久しぶりにカマスの開きが食えるのか? なんとなく向こうの世界に戻ったような食事になりそうだ。
船尾のベンチに腰を下ろして出来上がりを待つことにした。
カリンさんも頑張ってるのかな? トリティさんのところはナリッサさんの修行も兼ねているんだろうな。
パイプを取り出して火を点けると、空を見上げる。そろそろ日が落ちそうだ。ナツミさんが提灯のようなランプを取り出して、魔法を使って光球を中に入れている。
夜釣りをするならもう1つは必要なんだろうが、今夜は寝るだけだ。1個で十分ということなんだろう。
2日間南に向かって進むことになったが、夕暮れ前の釣りでだいぶカマルが釣れる。
1匹1Dと値段が安いけど、数が出るからこれだけでも良い収入になるんじゃないかな? それにナツミさんの包丁捌きの練習にも丁度いい。
氏族の島を出て3日目の朝は豪雨で起こされた。
カマルの開きは屋根裏に入れといたおかげで濡れたりはしなかったけど、保冷庫に納めるのはこの雨がやんでからになるな。
「今の内にご飯を作るにゃ!」
「簡単な屋根だけど、濡れないのがいいわね」
家形の右壁を利用した作りなんだが、家形の屋根が張り出してるからカマドが雨に当たることはないんだけど、食事を作っている人は濡れてしまいそうだ。
帆布張ったタープでそれを防ごうと思っていたんだが、雨期の豪雨にどれだけ耐えられるかだな。
「濡れたら交換する服は持ってるわ」
ナツミさんはシャワーのような雨も気にならないらしい。リジィさんも頷いてるところを見ると、持ち込んだカゴの中に着替えがあるんだろう。
2人の邪魔にならない場所で、パイプを咥えながら曳釣りの準備を始める。
仕掛けを取り出してプラグを選ぶだけなんだが、曳釣りには天候や魚の棚によってプラグを選ぶのが大事らしい。
朝食ができた時にはすっかり雨が上がっていた。
屋根裏からザルを取り出して、カマルの一夜干しを保冷庫に入れると、【アイレス】の魔法で氷を作って入れておく。鮮魚を入れる保冷庫にはリジィさんが氷を作って入れていた。獲物が釣れたらナツミさんが追加すればいいだろう。
「今日は私が操船をするにゃ!」
「お願いします。魔道機関の出力が大きいですから、注意してくださいね」
曳釣りは船の速度を変えながら行うから、その加減が難しそうだな。
スープにご飯を入れてかき込んでいると、笛の音が聞こえてきた。
身振り混じりにグリナスさんが教えてくれたのは、もう少ししたら、もう一度笛を吹くこと。それを合図に曳釣りをしながら東に向かうということだった。
片手を振って了解を告げる。早めに朝食を済ませたほうが良さそうだ。
お茶を飲む時間も惜しんで準備をしてると、笛の音が聞こえてきた。
リジィさんが、直ぐに操船楼に上って行ったので、俺も家形の屋根を走り、船首のロープ引いてアンカーを引き上げる。
「よいしょ!」とカタマランの船首にアンカーの石を引き上げたところで、操船楼のリジィさんに手を振って知らせる。
すぐにカタマランが動き出したので、船尾の甲板に急ぐ。
「私の竿はここでいいのかしら?」
「うん。本格的な竿だからね。そのまま使えると思うんだ。俺が作ったのは両舷から張り出す竿を使うよ」
「う~ん、次の時にはこの竿にも、洗濯バサミの仕掛けが欲しいわ。でないとずっと見てないといけなくなるから」
確かにそんな感じだな。両舷の竹竿を広げて、道糸を選択バサミに通したところで仕掛けを結んで海に投げ込む。
竿の先端に取り付けた輪を使って洗濯バサミを竿先に移動したところで、舷側に開けた穴に釣り竿をセットして、リールから道糸を30mほど伸ばした。
もう片方の竿も同じようにセットしたところで、船尾のトローリング竿をセットしているナツミさんの様子を眺める。
「40m伸ばしたわ。こっちはヒコウキを使ってみるね」
「両舷は潜航板に、集魚板です。最初にヒットした仕掛けに変えていきますよ」
後は待つだけになる。
ナツミさんが保冷庫から取り出したココナッツを2個割ってジュースを取り出す。中の白いところは頑丈なスプーンのような代物でかき出して使うみたいだから、少し大きく穴を開けておく。
「リジィさんに持って行くね!」
3つのカップに分けると、1個をナツミさんが手に取って操船楼のリジィさんに手渡している。リジィさんにとっては退屈な時間になりそうだな。
「グリナスさんも仕掛けを投入したみたい。まだまだ慣れてないみたいね」
「プラグ選びに悩んだのかもしれないよ。左右の仕掛けはプラグと弓角だ」
「私はサーファイスとシンキングよ。上が赤で、下は銀にしたわ」
赤か……。黄色に橙を選んだんだけど、赤も良さそうだな。銀はどうなんだろう? 向こうにいた時もあまり使わなかったプラグだ。ジグとしてなら2個はタックルボックスに入ってるんだけどね。
パイプを取り出して、タバコ盆の炭で火を点けた。バナナの茎を楊枝ぐらいの長さに切った品が20本近く盆の区画に入っている。それで炭から火を点けてパイプに点けるんだが、少し面倒なのが問題だ。マッチがあれば便利に使えるんだけどねぇ。
カタマランの速度はそれほど出ていない。歩くよりも少し早いぐらいだ。
もう少し速度をあげても良いようだが、釣り具の強度が持たないんだろうな。
突然、バチ! と音がして左舷の竿のしなりが元に戻った。
「掛った!」
「俺が引き寄せる。ナツミさんは残った仕掛けを回収して!」
舷側の穴に差し込んでいた竿を持って、リールをフリーにする。
どんどん道糸が出ていくから、リールのドラムに親指を当ててブレーキを掛けるが、かなりの引きだな。
「大物ですよ。引き寄せたら代わってください。ギャフを使います!」
「了解! 幸先がいいわね」
ともすれば巻きとる量よりも出ていく道糸の長さの方が長いかもしれない。
少しずつ引き寄せている内に、だんだんと獲物の引きが弱くなってきた。それでもたまにグン! と引き込むから体力はまだ残っているんだろうな。
道糸の残りが10mほどになったところで、ナツミさんに竿を代わってもらう。
グンテをしているのは最後にはハリスを持って引き寄せることを考えてるんだろう。
潜航板が顔を出したところで、ナツミさんは潜航板から伸びるハリスを手にして竿を離した。ナツミさんの隣にギャフを持って立っていると、海中に銀色に光る魚体が見える。やはり大きいぞ。
集魚板を左手に持ち、右手で少しずつ糸を手繰っている。
ゆっくりとギャフを沈めて、海面に魚が顔を出す時を俺は待った。
頭が海面に顔を出した時! 沈めていたギャフでエラ近くをすくいあげるようにして持ち上げる。バタバタと暴れる魚体をそのまま力任せに甲板に投げ出した。
「エイ!」
ナツミさんが大きな声で棍棒を魚の頭部に一撃を与える。
しびれるように体を震わせて静かになったけど、どう見ても80cmは超えてるんじゃないか?
「内臓を抜き取るにゃ。頭も落としとくと後が楽にゃ!」
操船楼からリジィさんが甲板を見下ろしながら、次の作業を指示してくれた。
「私がやっておくわ。仕掛けを下ろしといて!」
「了解。ナツミさんも頑張ってね」
とにかく忙しい。ヨイショ! と魚を持ち上げていつも使っている木箱の上に乗せて「包丁を持ち出した。
上手く行くかどうか、ちょっと不安はあるけど任せる外に手はないんだよな。
プラグの針の状況を確認して、道糸を再度洗濯バサミに挟み込んだ。ポイ! と仕掛けを投入したところで、洗濯バサミを竿の先端まで紐で移動する。釣竿を舷側に立てて、リールから道糸を伸ばし、ドラムをフリーから固定にした。
次は、引き揚げた仕掛けだ。
2個あるけど、故蓮真道糸を伸ばすだけで十分だ。
どうにか、再び曳釣りが始まったところで、船尾のベンチに座わり、パイプを咥えた。
結構な作業だな。
できれば、2家族で対処したいところだ。
「大きなシーブルにゃ。向こうも何か掛かったみたいにゃ」
リジィさんが右手を伸ばして教えてくれた。
ナツミさんと右舷を進むカタマランを眺めると、オルバスさんの船のようだな。グリナスさんが俺と同じように甲板に立っているのが見える。
「こればっかりは向こう合わせだからなぁ。グリナスさんもプレッシャーはあるんだろうけど……」
「カリンさんにマリンダちゃんだものね。……今度はグリナスさんのところよ!」
何だと! パイプの火を後回しにして、隣を進むカタマランに目を向けた。
グリナスさんが両手を使って船尾から流した道糸を手繰っている。カリンさんが船の両舷に伸ばした竿の仕掛けを急いで引き寄せている。
さて、上手く取り込めるかな?
パイプを咥えながらグリナスさんの奮闘を観戦していると、バチン! と選択バサミが道糸を飛ばす音が聞こえてきた。
今度も右舷側だな。急いで竿を取り上げてリールをフリーにする。
ナツミさんも、残った竿に向かって動き出したから俺達の連携はそれなりに取れているんじゃないかな?
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初めて見る島の小さな湾内に3隻のカタマランが停泊する。
東の空に星が見えるから数時間は天気が持つと、リジィさんが教えてくれた。
そんなことだから3隻を横付けし、共同で夕食を作っている。もっとも作っているのはナツミさん達で、俺達はオルバスさんのカタマランの船尾に集まって酒を飲みながら曳釣りの状況を確認している。
「アオイが4匹でグリナスが2匹、俺は3匹だな。大型が釣れるのは良いが、数がでないな」
「やはり大きさよりも数ですか?」
コップ半分ほどの酒は、ココナッツジュースで割った蒸留酒だ。チビチビと飲んでいたのだが、オルバスさんの言葉の意味を確認するように問いかけた。
オルバスさんがカップをベンチに置く。タバコ盆の炭火で直接パイプに火を点けたところで俺に顔を向けた。
「そうだな。そう考えた方が良いのかもしれん。トウハ氏族は銛の腕を誇る。これはネコ族の誰もが知ることだ。だからと言って素潜り漁だけをするようでは生活が苦しくなる。カイト様が悩んだところらしい」
「そこから先は俺達も知ってるさ。カイト様がいろんな漁を教えてくれたってね。だから、その季節の最適な漁を考えろってことなんだろう?」
グリナスさんの言葉をラビナスはジッと聞くだけだ。まだそんな話を聞く機会が無かったのかもしれないな。
父親を早くに亡くしていることもあるんだろう。グリナスさんの先ほどの話は、オルバスさんが事あるごとに教えたに違いない。




