M-027 3度めのリードル漁は人数が増えた
ナツミさんの包丁捌きは格段に進歩したようだ。
以前に比べて俺達のおかずになる獲物が少なくなったから、マリンダちゃんはちょっとがっかりしているようにも思える。
カタマランでの漁の段取りもリジィさんのおかげで、だんだんと要領が分かって来た。要は早寝早起きが大事なんだが、こればっかりは直ぐに治せるものでもない。
この頃はリジィさんも諦めかけているようにも見える。
雨季の漁は曳釣りとサンゴの穴をねらった根魚釣りになるから、マリンダちゃんと同じような仕掛けをラビナスに作ってあげた。その先は自分で改良すればいい。
リードル漁に向かう日が決まった翌日。バレットさんがリードル用の銛を2本担いでやって来た。
銛を受け取ったラビナスが何度もお礼を言っていたが、バレットさんは苦笑いを浮かべて直ぐに帰ってしまった。リジィさんがずっと頭を下げていたのを気にしてたのかな?
とはいえ、ネコ族の成人は16歳だから、ラビナスがリードル漁をするのは何の問題もない。
問題があるとすれば、彼が初めてリードルを目にすることだ。
「絶対に海底に足を付かないこと。と言っても、水深があるから足を付くことはないはずだ。リードルは大きな巻貝だ。巻貝と本体の間のこの辺りを銛で刺す。自分の潜る速度も使って深く突くんだ。突いたらもう1度両手で突き刺せ! 後は岸に戻ってトリティさん達に渡すんだが……」
教えるとなると、結構難しい話になる。
俺の話をオルバスさんとグリナスさんも横で聞いているんだから、俺の方が緊張してしまう。
一通り教えたところで、オルバスさんに顔を向けた。頷いているから、それでいいということなんだろうな。
「魔石を得られれば、カタマランを買うことも出来る。だが、先ずは1匹突いて確実にリジィに渡すことだ。それができれば後は繰り返すだけだからな」
リードル漁は単純作業の繰り返しだ。確実にリードルを突き、安全に持ち帰る。それがどれだけ神経を使うかはやった者でなければ分からない。
リードル漁に出掛ける前日。近くの島に焚き木と果物を取りに向かう。焚き木取りは俺にもできるから、木登りができない俺はひたすら焚き木を切って、カタマランに積み上げた。トリティさんとリジィさんが紐でまとめてくれるから助かるな。
3隻にたっぷりと焚き木を積み込んで氏族の島に戻ってくると、魔石を引き取る商船が1隻入港していた。リードル漁から戻った時にはもう1、2隻増えてるんだろう。
食料を買い込みに出掛けるトリティさんにナツミさんが付いて行くようなので、タバコの包を頼んでおく。
オルバスさんも慌ててトリティさんに頼んでいたから、残り少ないのに気が付いたみたいだな。
「これだけのカタマランが集まるのは精悍ですね」
「年に2回だからな。トウハ氏族の一大行事には違いない。逆に言えば、年に2回もあるのだ。無理はするなよ」
なるほどね。前向きに考えればいいのか。船を作るのは漁を1回余分に行えと言うぐらいだからな。
焦る気持ちが、一番禁物な漁でもある。
俺の隣で真新しい銛を研いでいるラビナスがオルバスさんの話を聞きながら頷いているけど、実際の場でその言葉が思い浮かぶことを祈るばかりだ。
一服しながら、船尾でおかずを釣っているとナツミさん達が帰って来た。背負いカゴ2つにたっぷりと買い込んできたのは食料品だけではなさそうだな。
「はい、2つ買って来たわよ。私は帽子を買って来たわ。今まで使ってた麦わら帽子より縁が広いのがいいわね」
「島では色々と大変なんでしょう?」
「ガールズトークがおもしろいわよ。語尾に「にゃ」が付くんだけど、気にならないし、トリティさんの話は色々と参考になるわ」
母から娘への教えもその中に入るんだろう。
俺も聞いてみたい気もするけど、ネコ族の女性達が集まった時の話し方はいつもハイテンションだからなぁ……。
「リジィさん達のサンダルも買ったみたいよ。あの島だからねぇ」
「そうなると、島には女性が6人もいるんだね?」
リードルを突いてくる男達は4人だから、今年は焚き火も大きく作るんだろうな。あれだけ焚き木を取って来たんだから、足りないということにはならないだろうけど。
「そろそろ夕食よ。おかずは明日の朝食分になりそうね」
釣り上げたのはカマルの小型が3匹だ。このサイズなら明日の夜の底釣り用の餌にしかならないと思うんだけどねぇ。
竿を片付けて、ナツミさんと隣のカタマランに移動する。
グリナスさん夫妻もやってきてるな。明日は一斉に出漁するから、今夜はいくつもの集団で前祝の酒が酌み交わされてるんだろう。
明日は二日酔いでも操船するのは女性だから、という安心感がそうさせるのかもしれないな。
とはいうものの、座った途端に酒のカップが配られた。まだ夕食前だけど良いのかな?
「ちゃんと銛は研いであるんだろうな?」
「もちろんです。相手は魚と違って弾力がありますからね」
俺の言葉にオルバスさんが笑みを浮かべ頷いた。その通りということなんだろう。
「ということだ。魚であればゴムを引いて突くことも可能だが、リードルはそうではない。軽く突くのではなく、突き通す思いで突くんだぞ」
ラビナスに顔を向けて教えてるけど、具体的な話でないと聞いてる方も困るんじゃないか?
「刺したら、もう一度、両手で思い切り突き通すんだ。下の砂地に縫い付けるような感じでね」
「それだ! 後は銛の柄の後ろを掴んで、ザバンの舳先にある溝に銛を入れて柄を腰かけた板の下に入れれば、少しぐらい荒く操船してもだいじょうぶだ」
なるべく他のザバンから離れること。ザバンを後ろから押して砂浜に上がること。さらに足を付く時には必ずサンダルを履くこと……。
注意事項はいくらでもある。とはいっても常識的な話なんだよな。
要は、危険に対する感受性とその対応ができるか、ということなんだろうけどね。
リードル漁に出発する朝は、二日酔いで少し頭が痛かった。船尾のベンチに座って苦いお茶を飲みながら出発の合図を待つ。
「こっちの船に乗りたいにゃ!」とマリンダちゃんがナツミさんの横にちょこんと座ってるけど、今日は1日中船を進ませるだけだからねぇ。
トリティさんが何も言わないから問題も無いんだろう。
手持ち無沙汰にパイプを楽しもうと、タバコ盆を取り出していると法螺貝の音が響き渡った。
その合図にマリンダちゃんが白い布を帆柱に掲げる。白、黄それに赤の布は準備してあるようだな。
数隻ずつ、世話役のカタマランが出発の合図を送っている。事前の打ち合わせで、俺達のカタマランはグリナスさんの後ろに決めてある。
やがて、世話役の笛の音と合図で、オルバスさんの船が桟橋を離れた。いよいよ出発だな。ナツミさんがバウ・スラスタを使ってカタマランの向きを変えている。
「出発するにゃ!」
マリンダちゃんが俺に振り返って教えてくれた。ゆっくりとカタマランが前進を始める。
後ろにも、別のカタマランが付いてくる。まるでアリの行列にも思える光景だ。
湾を抜けると、だんだん速度が上がってくる。前後の距離を200mほどに取って、一路船団は北を目指して進んでいく。
操船はナツミさんがしてくれるから、のんびりと曳釣り用の竿を作る。
カタマランの左右に伸ばす竿は作り終えたから、手元の竿を作るだけだ。1.5mほどの竿の形は出来上がっているから、ガイドを付けて、リールを取り付けるだけでいい。
それほど時間が掛かるとは思えないけど、早めに作っておけば安心できる。リードル漁が終われば雨期がはじまるんだから。
たまにマリンダちゃんが操船を代わっているみたいだ。
ひょっとして、操船がしたくて乗り込んできたのかな? いずれ誰かの船の操船を行うことになるんだから、今から練習してるのかもしれない。
前の船の後についていくだけだし、船の速度は一定だ。意外と簡単なのかもしれないな。その内、俺にも教えて貰おう。
昼食時になっても休むことなく進んでいる。今は北東方向に進路を変えている。夕昏前には東に向きを変えるはずだ。
目印になる島を越えるごとに、進路を変更しているようだからね。
大きな湾のある島に次々とカタマランが入ってアンカーを下ろす。
アンカーを下ろして、オルバスさんの船にロープを投げると、互いにロープを引いて船を結び付けた。
グリナスさんも同じように、オルバスさんの船に結んだところで、夕食の準備が始まる。
「明後日の昼前には到着できそうだ。あまり酒を飲まずに体調を整えておくんだぞ」
オルバスさんの注意が無くとも、今夜は飲む気にもなれない。どうにか二日酔いが治った状態だからね。
グリナスさんも父親の忠告に苦笑いで答えていた。
夕食はカマルの燻製を解したスープとバナナが入ったご飯だった。
スープが少し酸っぱいのだが、何の果物を入れたんだろう? ちょっと不思議な味のするスープだった。
早めにカタマランに戻ってハンモックに座り、ナツミさんと小さな錫製のカップでワインを楽しむ。
小さなカップだからワイン1本で5日以上持ちそうだ。残ったワインは保冷庫で冷やしておくそうだから悪くもならないだろう。
「蒸留酒も、次には買い込んでおくわ。ワインのビンに入れてくれるそうだから、このビンを使いましょう」
「あまり安い酒はダメだよ?」
「それは任せといて。原料の違いで値段が変わるみたいよ」
前々から気になってたんだけど、ブランディーとも違うみたいだ。無色だし、アルコール濃度もかなりあるんだよな。
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リードル漁の島に到着して、最初にする仕事は穴掘りだ。
焚き火を作る溝のような穴と、殻を破って魔石を取り出したリードルの残骸を入れる深くて大きな穴だ。これをパドルで掘るのが結構重労働にも思えるんだよな。
それが終わると、焚き木と手作りのベンチを運ぶ。最後にゴザを運んで焚き木に被せれば今日の仕事は終了だ。
そうそう、トリティさんが最後に旗を立てているんだが、リードル漁のたびに違う色の組み合わせなんだよね。
今回は白黄白の組み合わせになる。
夕食を早めに済ませて自分達のカタマランに戻ると明日の準備だ。ナツミさんの荷物と水差しのような水汲みの容器を背負いカゴに入れる。
麦わら帽子にサングラスを手カゴに入れて、サンダルは履いて行けばいい。
素潜り用の器具を入れた買物カゴも甲板に出しておく。ココナッツも3個、背負いカゴに入れておいた。
「準備完了ね」
「数を競わずに、確実に行くよ」
「それが1番。3日目の大型も無理はしないでね」
とは言っても、トウハ氏族の一大イベントなんだよな。
だんだんと、自分でもテンションが上がってくるのが分かる。こんなんで今夜眠れるんだろうか?
たぶん、ここに集まった男達全員がそうなんじゃないか? 今夜は酒を飲んで寝るに限るな。




