M-024 トウハ氏族の漁場は広い
2時間ほどの航海を終えると、島中がココナッツ林と思うような島が俺達の前に現れた。これならココナッツが取り放題に違いない。
島にもたくさんのココナッツの木があったけど、誰も取らないのを不思議に思っていたんだが、規模が違うってことなんだろうな。それとも、島で暮らす人達のために漁をする連中が手を出さなかったのかもしれない。
「ここは浅いんだ。ザバンを下ろしてカタマランまで運ぶことになるぞ」
「なら、ちょっと待ってください。使い初めですから、準備がいるんです」
アンカーも降ろさなければなるまい。
ハシゴを上って、家形の屋根を歩いて船首甲板に急いだ。
最初にアンカーを投げ入れて、ロープを少し緩めておく。深さは2mもなさそうだ。斜めに立てかけてあったザバンを戻して、アウトリガー用の竹竿とパドルをザバンに入れたところで舷側を滑らせるように海に浮かべた。フロートは竹籠にココナッツの繊維をぎっしりと詰め込んで厚く樹脂を塗ったものだから、案外軽いんだよな。
フロートを持って海に飛び込み、フロートとザバンを竹竿で繋ぐ。
ザバンは標準品よりも1mほど短いけど、2人が乗るには十分だ。フロートの横幅も30cmほどあるし、腰を下ろす部分と竹竿の接合部は木製だから強度的にも十分だろう。
ザバンに乗るのも格段に乗りやすい。フロート側から乗りやすくするために3段の縄ハシゴを船首部分に付けた効果も十分に満足できるぞ。
パドルを使ってカタマランの船尾に向かうと、グリナスさんが短いロープを持ってザバンに乗り込んできた。
「横に浮きを付けたんだな。これだとカタマランに積むのに苦労するんじゃないか?」
「分解できるんです。ザバンも短くしましたから、それだけ軽くできました」
ザバンの扱いには、皆が苦労してるんだよな。
5隻に満たない船団では、カタマランの船尾にロープで繋いで引いていくが、5隻を超える場合はカタマランの船首の小さな甲板にザバンを横にして積んでいく場合が殆どだ。
ザバンを曳くときには他船との距離を取る必要があるし、あまり速度も出せない。ザバンを船首に積めば、船団を密にできるし速度もあげられる。
簡単に船首に積み下ろしができればいいのだが、ザバンは結構な重さがあるんだよな。俺達がザバンを短くしたのは、動滑車を使ってナツミさんと2人で引き上げようとしたためでもある。
「最初のカタマランですから、色々と試していこうと思ってます。次のカタマランが使い良くなるでしょうからね」
「次のカタマランでも色々と試すんだろう? 親父が話してくれたカイト様も似たようなことをやってたらしいぞ。俺は、トウハ氏族にカタマランを教えてくれた事だけでも感謝したいな。値段はかつての外輪船の2倍になっていると聞いたが、俺達の漁には一番合っている。……この辺りで落とすか・アオイ、浜に着けてくれ」
グリナスさんの指示で、浜にザバンを接岸させる。
目の前には数本のココナッツの木があるんだが、もう少し低く品種改良ができないんだろうか?
どう考えても2階建ての屋根より高いんだよな。
「俺が登ったら、木の下には入るなよ。ココナッツが落ちて当たったら怪我では済まないからな」
「了解です。それと、申し訳ありません。俺には登れませんから」
「気にするな。高いところが苦手な連中はそれなりにいるんだ。それに、カイト様もそうだったらしいぞ」
グリナスさんがロープを取り出して、最初の木を登り始めたからカヌーに戻ってカリンさんが投げ入れてくれたカゴを持ってきた。
両手に1個ずつでは効率が悪いからね。手カゴなんだろうけど、結構大きなカゴだ。
「落とすぞ。離れてろ!」
頭上から声が聞こえてきた。もう上まで上ってたんだ。ネコ族の連中は木登りが上手いな。
そんな思いで上を見上げたら、数m先にココナッツが落ちてきた。もう少し離れていた方が安全かもしれない。
たくさん実っているんだが、すべてを落とすことはない。10個ほど落とすと下りてきた。
「次はあれにする。ココナッツを運んどいてくれ」
「カタマランまで運べそうですね。やっときます」
砂の上に落ちたココナッツを集めてザバンに乗せると、カタマランを目指して漕いで行く。
舷側にザバンを寄せて、甲板にココナッツを投げ入れると、再び砂浜を目指した。
2時間ほどで30個を超えるココナッツが集まった。
次に向かったのは野生のバナナが採れる島だ。それほど離れていないということで、ザバンはカタマランで曳いていく。
なるほど、ザバンを曳くと速度を出せないな。アウトリガーはザバンに乗せてあるけど、速度を上げると波切の飛沫がザバンに入っているようだ。
30分ほど船を進めた島に背負いカゴを持って出掛ける。
大きな房を2つカゴに入れて、グリナスさんが房を1つ担いでザバンに戻る。
カタマランにバナナを乗せたところで、船首甲板にザバンを引き上げた。
グリナスさんに、場合によっては手伝ってもらおうと立会を頼んだんだけど、動滑車を使えば俺一人で楽に引き上げることができた。
グリナスさんも考えこんでみていたから、滑車を買い込むかもしれないな。だけど、舷側に張り出す柱を工夫しないとどうしようも無いと思うんだけどね。
最後に、ザバンを屋形の壁に斜めに立て掛けて、ロープで固縛しておく。
帰島の船旅はカリンさんも操船楼に上がってる。無理すれば2人が座れるということなんだろうな。
やはり変わった機動ができる操船は、カリンさんも興味が尽きないらしい。
俺達2人は船尾のベンチに腰を下ろして、ココナッツジュースを飲みながらパイプを楽しんでいる。
ナツミさんとカリンさんの仲が良ければ、俺達も安心できる。
「サンゴの穴を探るには都合が良さそうだな」
「浅瀬を縫いながら細い水路を進むことも出来ます。新たな漁場を探そうとすると、それなりに準備は必要ですよ」
各氏族の漁場は船で5日と言われている。それはかつての外輪船時代の氏族間の取り決めによるものらしい。
カタマランなら外輪船の2倍の速度が出せるから、かなり広範囲の漁場を持つことになる。
とはいえ、海人さんが漁をしていた時代に、西側の境界を決めた島から西には漁に出掛けることはないとのことだ。
南北と東に漁場を広げて活動しているのだが、その先はどうなっているのだろう?
氏族の島の周辺と同じように島が広がっているのか、それとも島がなくなるのか、俺とナツミさんで確認してみようと考えている。
桟橋に繋いだオルバスさんのカタマランに横付けしたところで、俺達の今日の仕事が終わる。
取って来た果物を一端オルバスさんの甲板に移動したんだが、バナナはよく考えるとおやつと言うより主食なんだよな。
「蒸かして昼食にするにゃ!」
それぐらいは出来るだろうと、トリティさんがナツミさんに顔を向けた。キョトンとしたナツミさんの表情を見て溜息をついている。
「こんなにあるにゃ。直ぐに作って教えるにゃ!」
リジィさんがトリティさんの肩を叩いて、ナツミさんを手招きした。早速お料理教室が始まるみたいだな。
「さすがにバナナの房は3つもいるまい。1つはティーアに渡してこい」
オルバスさんの指示に、グリナスさんが嬉しそうな顔をして背負いカゴに詰め込んで出掛けて行った。
実の姉さんだからね。嫁いでからは帰って来ないから少しは心配してるんだろ。
「それにしても変わったカタマランだな。トリティがあれはこのカタマランでは出来ないと言っていたぞ」
「横づけですね。操船はナツミさんですから、全てお任せです。最初に会った時に乗っていた船、ヨットと俺達は呼んでいますが、そのヨットの操船を指導していたほどです」
「未熟と思っていたが、それほどの腕なのか」
趣味と言っても理解できないだろうな。
だけど、帆船を自由に操れるということは、動力船を使う今となってもネコ族の中では尊敬に値するようだ。
「今回はラビナスも素潜り漁をするんでしょう?」
「まあ、あまり期待はできないかもしれん。だが、3匹は期待したいところだ」
そう言って、タモ網と一緒にロープで固定された銛を指差した。
柄の長さは2mにも満たないが、銛先は1本ものだ。50cmほどなら容易に突けるんじゃないかな。俺も早く作っておこう。
せっかく柄を貰っているんだからね。銛先とゴムを付けるだけで十分だ。
桟橋をグリナスさんがあるいてくる。
背負いカゴを、自分のカタマランの甲板に置いて戻って来た。
「喜んでたよ。向こうも明日から出掛けるみたいだ。南のサンゴの崖でブラドを狙うらしいよ」
「俺達は北東に向かう。昨夜聞いた話では、シメノンも混じっていたそうだ」
それならと席を立って隣のカタマランに飛び乗り、俺のタックルボックスから餌木を1つ取り出した。ナツミさんの餌木と違って手作り品だが、これならラビナスにあげてもいいだろう。
オルバスさんに渡しておいたから、使う時に渡してくれるに違いない。
「出来たわよ!」
ナツミさんが嬉しそうにザルを俺達のところに持ってきた。マリンダちゃんが桟橋を走って行ったのは、どうやらラビナス達を呼んでくるようだ。
俺達の代りにおかず釣りをしてたのかな?
やがて獲物を入れたカゴを持ってラビナス姉弟が戻って来た。
これでおやつが食べられそうだ。トリティさん達がお茶を入れたココナッツの椀を配ってくれたから、蒸かしたバナナを頂くことになった。
野生のバナナはそのままでは固くて青臭いから食べられたものじゃないのだが、簡単な調理で柔らかくなって甘さが際立つ。
スープの具やご飯に入っている時もあるんだよな。今回は蒸しただけなんだが、向こうの世界で食べたバナナよりも柔らかくて甘く感じる。
これがちゃんと作れるなら、俺達は飢えることが無いんじゃないか?
翌日。
朝早くに起きると、2回往復して3隻分の水を汲む。
朝の水汲み場は、賑やかだ。小さな子供達までやってきて、竹から流れでる水を容器に入れて運んでいる。
水汲みが終わったところで、カタマランの周囲を一回りしながら、異常がないことを確認した。
朝食を終えたところで、いよいよ出漁になる。
ナツミさんが帽子を被りサングラス姿で操船櫓に上った。隣の櫓にはトリティさんが登っている。
カタマラン同士を繋いだロープを解いて、船首でアンカーを引き上げる。
屋根伝いに船尾に向かう途中で、ナツミさんに準備ができたことを伝えると、ナツミさんが笛を短く1回吹いて、隣のトリティさんに先に移動することを伝えている。
操船は女性の仕事だから、甲板で銛でも作っていよう。
その前に、帽子を被ってサングラスを掛ける。周囲は海だからね。島でもそうだけど海上での紫外線は馬鹿にはできない。




