M-023 ココナッツを採りに行こう
新婚の連中がハリオを突いて凱旋したら、氏族総出で彼らの健闘を称え合うのがトウハ氏族の習わしらしい。
かつては海人さんも出掛けてハリオを突いたらしいが、今だにそのレコードを超える者がいないとオルバスさんが教えてくれた。ハリオを6匹とはねぇ。数を聞かされた時には思わず目が丸くなってしまった。
そんな名人はしばらく出ないかもしれないけど、前回の婚礼の航海では散々な成果だったらしいが、今回は6隻で7匹を運んできたらしい。
これも聖痕の加護に違いないと皆が俺の肩を叩いて言ってくれるのが心苦しいところだ。
浜辺に大きな焚き火を作って、持ち寄った料理を皆で味わう。焚き火で焼き上げたハリオを皆で味わうのだが、一口サイズだったのが残念なところだ。
食事が終わると、酒が配られる。
ココナッツジュースで割った蒸留酒だから、あまり飲まずにいよう。口当たりが良いからついつい飲みすぎて二日酔いに苦しむんだよね。
一通り、酒が回った頃を見計らって、長老がハリオを突いた者達に小さな真鍮のカップを手渡している。
どうやらそれが記念品になるらしい。オルバスさんの話では年月日を刻んだだけの簡単な物らしい。値段も10Dというところらしいが、それを得るチャンスは人生で1度だけなのだ。
グリナスさんもその一人だから、長老から恭しく受け取っていた。俺の隣に戻ってきて見せてくれたんだが、確かにオルバスさんの言う通りだ。
もっとも、高額な商品を贈ることなど長老達は考えてもいないんじゃないかな。名誉は金で得るものではないのだ。婚礼の航海でハリオを突いたことを長老が認めたということがこのカップの意味なんだろうな。
大宴会は深夜まで続くらしいから、俺とナツミさんは早々に引き上げることにした。
カタマランの甲板のベンチでお茶を飲もうとしていたら、グリナスさん達も帰ってきたようだ。
「あそこにいたら、明日は二日酔いで動けなくなってしまいそうだ。アオイ達も引き上げて正解だよ」
「それでも、ワインをカップ1杯なら飲めるんじゃないですか? グリナスさんが帰ってきたら飲もうと用意してあるんです」
俺の言葉に嬉しそうな顔をすると、カリンさんに顔を向けて頷いている。カリンさんも小さく頷いているから、ナツミさんが家形の中に入って錫製のカップを持ってきた。5個セットだったらしいから、多人数では飲めないな。次の商船が来たら追加しといた方が良いのかもしれない。
ワインのコルクを開けてカップに注いだ。もう1杯ずつは飲めそうだな。
「ほう、いいワインじゃないか!」
ナツミさんが渡したカップを持って、グリナスさんが鼻をクンクンさせている
「俺達もカタマランを持てましたからね。それじゃあ、俺達のカタマランに!」
自分達のカタマランの家形にカップを掲げて、一口飲んだ。やはりいいワインのようだ。さっぱりした甘さが特徴だな。
「ザバンを新しくしたようだけど、少し小さくないか?」
「しばらくは使わないと思いますよ。小型のカタマランなら乗り降りも楽です。船尾にあるハシゴを使えば戻るのも楽だと思ってます」
カタマランの船尾には左右に箱型のベンチがある。これは弩のカタマランも同じだ。その中に魔道機関を納めてベベルギヤを介してスクリューを回しているのだ。真ん中をどう使うかは各自の好みにもよるのだが、多くは左右の箱を延長して大きな道具置き場にしている。
この船の場合は、中間部の1.2mを外側に開けるようにしてある。簡単に開くから、木製のハシゴを横に差して開かないようにしてある。
おかげで釣りの小物を入れるぐらいの小さな収納庫が左右に付いているだけになってしまったが、ナツミさんの座る椅子の周囲を板で下まで下ろして収納庫を作ったから、大きなものはこっちに置くことになってしまった。
扉にはギャフやタモ網を立ててあるから扉の蝶番は頑丈なものだし、ギャフが倒れてきたら困るから、タモ網と個別に取り外しができるよう、ロープで抑えてある。見た目は棒状のボタンなんだけどね。この辺りはナツミさんの工夫なんだろうな。
「いろんなところが違ってるにゃ。この船だったら、ハリオを持ち上げるのも簡単に見えるにゃ」
カリンさんが、腕木の先にある滑車に取り付けられたフックを指差して呟いた。
「大型なら、この真ん中の板を外に開けば海に斜めに傾きます。引き上げるのが格段に楽になるはずです」
本当に楽になるかどうかは、今後の漁で試すことになるんだろうな。
「色々改良したようだな。なるほど引き渡しが遅くなるはずだ。ところで出漁はしたのか?」
「一昨日届いたばかりです。直ぐにでも行きたかったんですが、グリナスさんが戻ってからということで」
嬉しそうな表情で、俺の肩をグリナスさんがポンポンと叩く。
残りのワインを飲んで、早めにハンモックに入ろう。明日も色々とやることがあるからね。
次の朝。
Tシャツに短パンというスタイルで、足にサンダルを履く。日差しが強いから、ナツミさんが買ってくれたヤシの葉で編んだような帽子を被る。麦わら帽子のように縁が幅広だから、首筋の日焼けも防いでくれそうだ。
すでに隣のハンモックは空だから、ナツミさんはトリティさんの手伝いに出掛けたに違いない。
タバコケースを腰に差し込んで家形を出ると、何隻かの船が湾を出ていくのが見える。
昨夜の内に商船も帰ったんだろうな、いつの間にか姿を消していた。
「もうすぐ朝食だぞ。今日は何をするんだ?」
甲板の後ろにあるベンチに腰を下ろしてパイプを咥えていたグリナスさんが問いかけてきた。
「カマル釣りということですから、ナツミさんの仕掛け作りです」
「なら、ココナッツを取りに行かないか? カタマランをまだ走らせていないんだろう」
そういうことか。ナツミさんに視線を向けるとコットを向いて頷いているから、一緒に行くってことだな。
「ナツミさんが、ちゃんとカタマランを動かせるか確認する必要もありますね」
「まあ、そういうことだ。アオイは木登りが下手だから、下で上手く拾ってくれよ」
それぐらいはやらないとね。
食事が終わると、先ずはカタマランを入れ替えなくちゃならない。オルバスさんの後ろにカリンさんがカタマランを移動させて、桟橋の柱にロープを結わえ付けている。その間に、オルバスさんの船に繋いだロープを解いて、カリンさんが乗り込んでくるのを待った。
「皆、乗ったわね。では出発するよ!」
ナツミさんが、ゆっくりとカタマランを後退させる。通常なら少しずつ桟橋から離れるように舵を取るのだろうが、ナツミさんはそのまま後退させているから、グリナスさん夫妻は顔を見合わせて微笑んでいる。
ナツミさんが操船に慣れていないと思ってるんだろうな。
「これぐらい離れれば使えるわね」
操船楼からナツミさんの独り言が聞こえてきた。
突然、カタマランが桟橋から向きを変え始める。グリナスさん達が驚いてベンチから立ち上がると、甲板から身を乗り出すようにして状況を見ているようだ。
「アオイ、これってどうやってるんだ? カタマランは舵が取り難いことは誰でも知っている。小回りすることがどうしても苦手なんだ。だけどこのカタマランは動かずにその場で向きを変えてるぞ!」
「バウ・スラスタというものをこのカタマランには付けてあるんです。おかげで魔道機関が4つも付いてしまいました。大型のカタマランには是非とも付けたかったので、その前に具合を確かめようとして付けたんです」
魔道機関の数が4つと聞いて驚いているようだ。改造費だけで金貨2枚だったからね。もっと安く作りたかったんだけだなぁ。
「確かに便利そうだが、魔道機関を2つも余分に付けるのはどうかと思うな」
「おかげで小回りや、桟橋に横付けするのが便利ではあるんですが、やはり高額になってしまいました」
湾の外に船首が向いたところで、回転が止まりゆっくりと湾の外にカタマランが進んでいく。
「ちょっと、魔道機関の調子を見てみるね!」
操船楼から顔をこちらに向けてナツミさんが確認してくる。OKサインを出したころには湾の出入り口を過ぎていた。
突然、カタマランの速度が上がる。
滑るように海面を進んでいくぞ!
「湾内の速度は三分の一ノッチというところだろう。この速度なら2ノッチに上げているはずだ」
グリナスさんの話では、魔道機関の出力調整用のレバーは3つのポジションを持っているらしい。各ノッチではカチンと音がして一端そこで止まるようだ。一気に最大出力に上げないための方策かもしれないな。
「このレバーおもしろい仕掛けになってるわ。途中で一端引っ掛かるの。次は2ノッチになるのかな?」
「何だと! カリン、様子を見てこい。このカタマランの魔道機関はどうなってるんだ?」
カレンさんがハシゴを上ってナツミさんの横から様子を見ている。見ただけで分かるんだろうか?
やがて下りてきたカリンさんは、当惑した表情だった。
「どう見ても、魔石8つを使った魔道機関にゃ。操船台のレバーがたくさんあって、あれを操るのは私には無理にゃ」
呆れたような表情でグリナスさんが俺を見ている。
「まったく驚かされる。漁船に速さを求めてもしょうがあるまい。通常なら魔石6個で十分だ」
「単独で漁ができる時に確かめたいことがあったんです。5割増しの速度が出せるなら、3日掛かる距離を2日で進めますから」
「それなりの思惑があったということか? だが、内緒にしといた方がいいな。俺が魔石8個を使うカタマランなど作ろうものなら、親父から大目玉だろう」
そうかもしれない。 ある意味宝の持ち腐れに近いことではあるんだが、この海域を広範囲に調べたいという思いは俺もナツミさんも持っているんだよな。
しばらく南東方向に船を進めていたんだけど、カリンさんが屋根に上がって、ナツミさんにココナッツが取れる島をナビゲーションしているようだ。
俺とグリナスさんは、のんびりと船尾のベンチでパイプを楽しんでいる。




