M-022 グリナスさん達の凱旋
翌日は、朝から皆が湾の入り口に目を向けている。
朝食を食べている最中も、やはり南に目が向くんだよな。
「カタマランなら直ぐに帰って来れるはずにゃ。2人だから寝坊してるのかもしれないにゃ」
トリティさんの言葉にマリンダちゃんまで頷いている。
カタマランに乗っているのは若い夫婦だからねぇ。だけど、操船を考えると昼夜船を進めるわけにはいかないんじゃないかな? それに最初の船団での行動だから、リーダーともなれば安全な航海に力点が行くに違いない。昼間ゆっくりとカタマランを走らせているからだと思うんだけどねぇ。
「最初の航海ですからねぇ。トリティの時もそうだったんでしょう?」
「私の時は3隻で競って帰って来たにゃ。漁は2番だったけど、桟橋に着いたのは1番だったにゃ」
胸を張ってリジィさんに答えてるから、リジィさんやナツミさんは噴き出す寸前の表情で笑いを堪えている。
なんとなくトリティさんの性格が分かる話だ。となると、その時に一番ハリオを突いたのは誰なんだろう?
オルバスさんに何気なく顔を向けたら、「バレットだ」と答えてくれた。
昔からライバルだったということか。
「もっとも一番大きなハリオを突いたのは俺だったし、フルンネと合わせればケネルが一番だ」
言い訳しながら、パイプを咥えている。
そんなオルバスさんに、ついにリジィさんがこらえきれなくて笑い始めた。
「本当に、昔と変わらないにゃ」
「今でも、昔のままにゃ。あの3人で騒いでるにゃ」
そんなことを言いながら南の海を眺めてるんだよな。
俺達だけかと思ったら、桟橋やカタマランの甲板、屋根にまで上っている男達もいるみたいだ。やはりグリナスさん達の漁が気になるに違いない。
このまま昼を過ぎるのかと思っていた時だ。カタマランの屋根に上っていた男が、笛を吹いた。数回笛を吹いたところで沖に向かって両手を振る。
帰って来たのかもしれない。
目を凝らして沖を眺めると、小さな黒い点が動いていた。
ナツミさんが家形に入ると、双眼鏡を持ち出してきた。沖を眺めていたが、カタマランよ! と言って俺に柄がを見せてくれた。
双眼鏡を貸してもらって、沖を眺めると真新しいカタマランの船団だ。間違いないな。
「グリナスさん達ですよ。船団の船が全て新調したものです!」
「そうか。とりあえず一安心だな。トリティ、今夜の準備を頼んだぞ。それとお茶を沸かしといてくれ」
「大丈夫にゃ。主役がいないと私達で食べるところだったにゃ」
どうやら、ハリオを浜で焼いて大宴会をするらしい。準備は送り出した親達だそうだから、トリティさんもその事前準備をしていたんだろう。
となると、今夜は美味しいものが食べられそうだな。
船団が1列になって湾に入っていた。先頭のカタマランに乗った男性が法螺貝を吹くと、船団が各船の停泊地を目指して分かれ始めた。
俺達の方に向かってくるのグリナスさんのようだ。オルバスさんのカタマランの横に白いカタマランが停泊しているから、少し船の向きを変えている。俺達のカタマランの横に停泊するようだな。
急いでカタマランに戻って、準備をする。左舷に衝突を軽減するカゴを2個置いて、船首に向かった。
グリナスさんも船首でロープを持っているから、横付けしたら投げてくれるに違いない。
ゆっくりと近付いてきたところで、グリナスさんがロープを投げてくれた。左舷にロープを結び付けると、アンカーをグリナスさんが落としている。
「船尾も頼むぞ!」
「了解です!」
カタマランの屋根を使って船尾に向かう。舷側の余裕があまりないから、どの船も船首と船尾の行き来は家形の中を通るか屋根を通るかになるようだ。
再び、グリナスさんが投げたロープを俺のカタマランに結び付けたところで、グリナスさんと顔を見合わせる。
「突けましたね?」
「ああ、アオイのおかげだ。ハリオの突き方がどうにか理解できたよ」
俺を手招きしているから、グリナスさんのカタマランの甲板に飛び乗った。これだ! という感じで保冷庫の蓋を外すと、70cmほどのシマアジが2匹入っている。その下にあるのはフエフキダイだな。こっちではフルンネというらしい。
顔を上げると、グリナスさんの笑顔があった。思わずグリナスさんの手を掴んで笑みを返す。
「まったく、待つということを聞かなければ、俺には無理だったかもしれない。ハリオの水中での動きは銛よりも速いんじゃないか? サンゴの陰に隠れて近づいてくるのを待って、銛を放ったんだ」
「それが出来るか出来ないかでハリオの数が決まりそうですね。俺も機会があればハリオをまた突きたいですよ。この大きさならねぇ」
俺が突いたハリオは60cmにも満たないからな。やはり大型を突いてみたいところだ。
「そんなところで話してないで、こっちに来たらどうだ!」
オルバスさんが俺達を呼んでいる。カリンさんも家形の中から顔を出してトリティさんに手を振って、オルバスさんのカタマランに向かって行った。
あまり遅れるとお小言を言われそうだな。グリナスさんが保冷庫の蓋を閉じたところで俺達もオルバスさんの船に向かうことにした。
夕食は浜で獲物を氏族の皆で頂くらしい。
日が落ちてからになりそうだから、ちょっとした駄菓子をつまんでお腹を満たしながら、皆でグリナスさんの漁の様子を聞くことにした。
最初に獲物の数を報告したところで、大型の魚をどうやって突いたかを、身振り手振りでグリナスさんが話してくれる。
中々の話し上手だな。その光景が頭に浮かんでくるぞ。
「まあ、そんな感じで漁を終えたんだ。商船はまだ出発していないんだったら、今の内に運びたいんだけど……」
「大きい方のハリオを世話役に渡して、残りは商船に売ることになる。これからは漁をしただけ収入になるんだから頑張るんだぞ」
「私達も手伝うにゃ。ナツミも背負いカゴを用意するにゃ!」
ハリオが2匹でフルンネが5匹、その上バルタスとバヌトスを突いたらしいから、3人でも足りないかもしれない。その時はリジィさんも手伝うんじゃないかな。
女性3人がいなくなったところで、パイプを取り出して火を点ける。
「それにしても白い塗装は考えなかったな。あの柱も考えたのか?」
「あれは大きい獲物を引き上げる時に使うんです。たぶんハリオやフルンネではカリンさんが苦労したんじゃありませんか?」
「そうなんだ。エラにロープを入れて引き揚げたんだが、結構重かったらしくて文句を言われたんだよな」
「あれを使うと重さが半分になるんです。引くロープの長さは2倍になりますけどね」
そんなことができるのか? という目で俺を見たのはグリナスさんだけじゃなかった。
「ええ、できるんです。でもしばらくは使わないでしょうから、甲板の屋根代わりなると思いますよ」
「そういえば、カゴ漁をしている連中もあのような横木の付いた滑車仕掛けを使っていたな。それと同じということだろう」
大きなカゴを海底から引き揚げるんだから、クレーンモドキは必要だろう。海人さんなら直ぐにでも思いつくはずだ。
「それより、曳釣り用の竿は細くないか? あれだと大きく弧を描くぞ」
「それは工夫しました。あの竿は竹製ですが中空部分が無いんです。だから細くとも頑丈ですよ。短い竿を別に作って、糸が竿から外れたらリールを使って引き上げるようにしてます」
俺の言葉に、一度見せてくれと言うことになってしまった。
まだ途中だけど、仕上がりがどんな形になるかは理解できるんじゃないかな?
グリナスさんと俺達のカタマランに向かって、曳釣り用の竿とその固定金具を説明する。
少し考えているから、直ぐに作り事はないだろうが、便利だと思ったら自作すればいいだろう。俺達男性は、漁場に着くまでは仕事がないからね。
桟橋から女性達の声が聞こえてきた。どうやら、帰って来たみたいだな。
背負いカゴをカタマランに運んでナツミさんが教えてくれた売値は126Dということだった。
「でも、氏族への税金があるでしょう? 実質は109Dということになるわ」
「銀貨3枚あれば夫婦2人が一ヵ月暮らせるらしいよ。今月は、同じような漁を2回すれば何とかなるってことなんだろうね」
とはいえ、普段の漁ではそこまでの収入を得ることが難しいのかもしれない。
今度は3隻で出掛けられそうだから、何を狙うんだろうな。
「銀貨1枚を超えたらしいな。先ず先ずの成績だ。明日は休んで漁に向かうが一緒に来れるか?」
「付いてくよ。アオイのカタマランも一緒だろう?」
グリナスさんの問いに、もちろんと答える。俺達だって早くカタマランを動かしたいんだからね。
「グリナスの友人を連れてきても構わんぞ。狙いはブラドとカマルだ。カマルの群れが東に来ているらしい」
「カマルというと、延縄ですか?」
「いや、素潜りをしながら、カマルの群れを見付けて釣りをする。延縄は魚の通り道を探すのが面倒だ。群れを見付けて釣るのなら数も出るだろう」
1YM(30cm)を超える魚体が対象になるのだが、1匹1Dというのがねぇ。それでも燻製にすれば2匹で3Dで売れるらしい。
島の老人達の小遣い稼ぎに協力することになりそうだな。
「となると、カリンにも手伝ってもらえそうだ。おかず用の釣り竿でもそこそこ釣れるだろう」
「ですね。そうなると……」
俺がラビナスに目を向けたのを見たオルバスさんが頷いてくれた。
「ラビナスには俺が竿と仕掛けを作ってやるつもりだ。ナリッサもマリンの竿を借りればいい。何と言っても、カマルは数を上げなければいけないからな」
そういうことになるんだろうな。となると、ナツミさんの竿に合う仕掛けも作っておかないとね。
でも、それは明日でいいだろう。
その前に確認しておかないといけないことがある。
「船を持ったら、獲れた魚の収入は船の持ち主ということを前に聞きました。グリナスさんの場合はそうなるんでしょうが、俺達はまだ自分達では魚を捌いて商船に売るまでにはいきません。それに食事も問題です」
「確かに問題だな。だがトリティからその答えを貰ってる。アオイ達の売り上げの三分の一と言っていたぞ。商船で得た額の1割は氏族に上納する。残った金額の三分の一をトリティに渡してくれ。その中にリジィへの謝礼も含まれている」
「ありがとうございます。しばらくはそれでよろしくお願いします」
半分は必要かな? と考えていたんだが、ちゃんと渡しておかないと、お代わりすることも出来なくなってしまいそうだ。
魚の報酬の三分の一と、おかずを釣ることでトリティさんには納得してもらおう。




