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M-017 グリナスさんのお嫁さん


 相変わらずナツミさんは魚を捌くのに苦労しているようだ。その上、近頃は食事の支度までトリティさんの厳しいご指導が続いている。

 俺達2人になっても苦労しないようにとの親心なんだろうけど、ナツミさんはかなりストレスが溜まっているんじゃないかな?

 素潜り漁のザバンの上で、そんな心配をナツミさんに聞いてみたのだが……。


「私? だいじょうぶよ。本来ならお母さんが教えてくれるんでしょうね。この世界に来て私の事を親身になって心配してくれるんだから、トリティさんにはいくら感謝してもしきれないわ。アオイ君だって、オルバスさんに感謝してるでしょう?」


「そうですね。グリナスさんやマリンダちゃんにも感謝しきれませんよ。あれから3カ月近くになりますから、俺達のカタマランもそろそろやってくるはずです。それでもしばらくはオルバスさんと行動を共にすることは賛成してくれますね」


「グリナスさんもそんな話をしてたわね。少なくとも数年は一緒に行動すべきだと思うわ。グリナスさん達が友人達と漁をするようになったら、たまには誘ってもらいましょう」


 トウハ氏族の日々の暮らしは、魚を獲っての暮らしだ。かなりかつかつの暮らしではあるけれど、リードル漁の収入で補填する金額をなるべく少なくしているように思える。新たな船を得るための貴重な収入源と割り切って、きちんと手元に残しているらしい。

 海人さんが残してくれた銛で上級魔石を得られるとは言っても、あまり無理をせずにリードル漁をしていこう。どちらかと言うと、氏族に1個と言われる低級魔石を上級魔石に変えても良いんじゃないかな?

 それぐらいの事をしても、俺達は他のネコ族と比べれば恵まれていると思う。


 素潜り漁から氏族の村に帰った翌日の事だ。

 商船が、数隻のカタマランを曳いてきた。さて、誰のカタマランになるんだろう?


「俺のかもしれないな。商船に行ってみるよ」

 俺と一緒に甲板でパイプを咥えていたグリナスさんが腰を上げた。

 そうなると、グリナスさんのところにお嫁さんが来るってことになるんじゃないか?

 慌てて、家形の中にいるナツミさん達に知らせることにした。


「グリナスの船と分かってからでも大丈夫にゃ。でも、ナツミ達の船かもしれないにゃ?」

「俺達の船は直ぐに分かります。操船場所のすぐ横に柱を立ててますから、曳いてきたカタマランにはそんな柱がありませんでした」


 トリティさんが首を傾げてるから、何に使うのか分からないってことなんだろうな。ナツミさんが色々と改造したおかげで金貨2枚が余分に掛かっている。ちゃんと使えないと、皆から色物扱いされそうだぞ。


「アオイ、これでいいのか?」

 甲板からオルバスさんの声が聞こえてきた。屋形から出ると長い竹竿を3本抱えてカタマランの横に置いている。

 1本は釣り竿なんだけど、今使っているおかず釣り用の竿より長いものだ。4.5mはあるんじゃないかな?

 もう2本は曳釣り用の竹竿を作るためのものだ。

 竹は中空だから、曳釣り用の竹竿は手元が太いんだけど、竹を細く割いて纏めてみようと思っている。

 割り箸ほどに割いた竹を竹の編む時のような薄いテープのように加工した竹で巻き上げれば細くて丈夫な釣り竿ができるんじゃないかな?

 最後はタコ糸のような丈夫な糸で巻き上げ、樹脂を塗れば長く使えそうだ。

 二回りほど大きなリールと組紐のよう道糸も購入してあるから、漁場への往復時間を使ってのんびりと作ってみよう。


「ありがとうございます。これで曳釣り用の竿を作るつもりだったんです。こっちはおかず用の竿ですね。今使ってるのは、船を離れる時にマリンダちゃんに進呈するつもりですから」

「あの竿なら、色々と使えそうだな。住人が増えた時にも役立つだろう。だが、この竹で曳釣りには太くないか?」


 そんな問いに、竹を割って新たに竹を束ねることで竿を作ろうとしていることを話したのだが、頷きながら俺の話を聞いているところを見ると、オルバスさんも今の竹竿をそのまま使うのは問題だと考えているようだ。


「なるほど。それなら俺も手伝ってやろう。上手くできるなら俺の船もその竹竿を使いたいからな」

 早速、2人で竹を割っているところに、グリナスさんが桟橋を駆けて戻って来た。


「俺の頼んだカタマランだ。隣に移動してくるぞ!」

「なら、知らせに行かねばなるまい。アオイ、とりあえず甲板を片付けてくれないか? 今夜は宴会になりそうだ」


 確かティーアさんの時はワインを買ったんだよな。屋形の連中に状況を話すと、3人がすぐに立ち上がった。

 どうやらすごろくで遊んでいたようだ。広げた板とサイコロが転がっている。

 トリティさんがカマドに火を熾すと鍋を掛ける。そんなことをしながらマリンダちゃんとナツミさんに買う品物を教えてるけど、リストも作らずに2人とも頷くばかりだ。ちゃんと覚えていられるんだろうか?


「分かったにゃ? これでお願いするにゃ」

 ナツミさんがトリティさんから銀貨を受け取り、マリンダちゃんが籠を背負うと直ぐに出掛けようとしたので、慌ててナツミさんにワインを頼んでおく。

 残った俺はおかずを釣ればいいのかな?

 釣り竿を取り出して、船尾で釣りを始めたんだが、もうすぐここにカタマランがやってくるんだよな。


 片付けが終わって一服を楽しんでいると、オルバスさんのカタマランの横にグリナスさんがカタマランを操ってきた。

 船体の間にココナッツの繊維をたっぷりと詰め込んだ籠を挟むと、俺にロープを投げてきた。2隻のカタマランをロープで繋いでいると、トリティさん達が新しいカタマランを眺めている。


「これで一人前にゃ。でもまだまだ油断できないにゃ」

「私も乗せてほしいにゃ!」

 片方は心配そうな表情で、もう片方は大喜びをしている。

 グリナスさんは頭をかきながら苦笑いで答えていた。


「これが最初のカタマランだから、アオイの船も似てるはずだ。大型とさほど変わらないけど、ザバンと違って小回りが利かないんだよな」

「カリンが操船するから心配はいらなにゃ。それより、おかずを釣るにゃ!」


 宴会って言ってたんだよな。グリナスさんと頷いたところで、グリナスさんのカタマランの甲板で2人で竿を出すことにした。

 オルバスさんのカタマランは宴会の準備で色々と大変らしいんだけど、見てる範囲では鍋をカマドに掛けただけなんだよな。

 船尾で一服していたオルバスさんもトリティさんにこちらに追いやられてきた。

 俺達の後ろで浮きの動きを見ながら、改めて一服を始めている。


「ところで、何をしてたんだ?」

「グリナスさんにカタマランが届きましたから、俺のところにももうすぐ来るんじゃないかと思って、曳釣り用の竿を作ろうとしてたんです」


「この船にはまだ竿を取り付けてないんだよな。明日にでも探しに行くか」

「明後日には出掛けるぞ。もっとも、素潜り漁と夜釣りになるがな」


 困ったものだと、オルバスさんの顔に書いてあるな。グリナスさんはちょっとのんきなところがあるけど、やってくる嫁さんはどんな人なんだろう。


 マリンダちゃんがやってきて、俺達の釣果を持って行く。まだまだ釣らないといけないんだろうか? ちらりとオルバスさんのカタマランに目を向けると、ナツミさんが頑張れ! と言いながら手を振っている。

 思わずグリナスさんと顔を見合わせて溜息を吐いた。


 太陽が傾いてきたところで、釣りを終えるとオルバスさんのカタマランに引き上げる。俺の竿は持ち帰ったけど、グリナスさんは自分の船の屋根裏に釣り竿を投げ込んでいた。そういえば、まだグリナスさんの銛はこっちにあるんだったな。明日にでも移動するのかもしれない。


「今の内に引っ越しをするにゃ!」

「背負い籠に入れといたから、アオイが運んでくれないか? 俺は銛を運ぶから」

「了解です。……これですね!」

 

 背負い籠に色々と詰め込んでるな。袋がいくつも入っている。

 そのまま担いで、グリナスさんの屋形の手前に置いておいた。運んできた銛を受け取って屋根裏に入れればこれでおしまいになるのかな?


 そんなことをやっていると、日暮れが近づいてくる。

 もうすぐ沈む夕日を眺めていると、ナツミさんが俺つついた。


「あれがグリナスさんのお嫁さんね。ティーアさんの時と同じでお父さんの後ろを付いてくるわ」


 桟橋に目を向けると、確かに2人がこちらにやってくる。

 籠を担いでやってくる男性は、一度会ったことがあるけど名前を思い出せない。


「オルバス、やって来たぞ。トリティ、カリンをよろしく頼む」

「カリンなら、グリナスにもったいないくらいにゃ」

「バレットと縁者になるとはな。これだから人生何が起こるか分からんな」


 甲板に車座になって酒盛りが始まったんだが、調理はこれからのようだ。カリンさんがトリティさんの手助けを始めたから、これがネコ族のしきたりなんだろう。


「アオイのカタマランは届かなかったのか?」

「はい。たぶん次に商船がやってくる時になるんじゃないかと。それに、カタマランを手に入れても、しばらくはオルバスさんと一緒に漁をするつもりですから……」

「あまり無理はするな。だが俺達も期待していることは確かだ。若手をネイザン達が仕切るだろうから、船を手に入れたらグリナスに連れて行ってもらうんだぞ」


「了解です。トウハ氏族としては数個の船団を持っているということですね」

「そうだ。俺達は好き放題に漁をしてるが、若い連中だと、漁の成果がばらつきすぎる」


 歳の近い連中で漁の腕を競わせているんだろう。その成果をバレットさん達が氏族会議で聞いてアドバイスを行うのかもしれないな。


「まあ、それはこれからの話だ。とりあえず1人片付いたが、まだ2人も残ってるんだよなぁ。オルバスはもう1人だな?」

「アオイも船を持つということで、リジィの一家を船に乗せようと思っている。下の子供が16歳だから数年暮らせば良い漁師になれるだろう」

「リジィか……。そうだな。俺も賛成だ」


 リジィさんの暮らしぶりは、バレットさんも考えるところがあるということなんだろう。

 ちょっとしんみりしたところに、トリティさんの元気な声が響き渡った。

「出来たにゃ! さぁ、今日は宴会にゃ」


 改めてワインが配られ、俺達はトリティさんの料理に舌鼓を打つ。カリンさんが手伝ったのはブラドの唐揚げらしい。

 ぶつ切りも美味しいけど、姿揚げも美味しいな。たくさんの薬味を入れて煮たてた魚醤を掛けると、香りまで違ってくる。

 

 それでも数杯のワインを傾けたバレットさんは、カレンさんに頷くと宴席を後にした。桟橋を1人で帰る姿が寂しく見えるけど、これがネコ族の娘を持つ父親の姿なんだろう。

 どうにか立つことができたグリナスさんをカリンさんが新しいカタマランに連れて行った。

 これでグリナスさんも独り身を卒業だ。

 ティーアさんも美人だったけど、カリンさんも十分に美人だと思うな。ネコ族の女性は皆美人なのかもしれない。

 とはいえ、ナツミさんとは美人の方向が少し違う気もする。皆明るくて誰にでも親切な性格が、美人として相手に映るのかもしれないな。



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