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M-015 カタマランを手に入れろ


 カタマランの住人が1人減っただけなんだが、夕食の席が急に寂しくなってしまった。

 今頃は、2人でちゃんと食事が取れてるんだろうか? そんな心配が頭を過ったのだが。


「今頃はティーアも宴会だろう。グリナスも考えてはいるのだろうが、判断は次のリードル漁の結果でするんだぞ」

「だいじょうぶさ。どうにかカタマランを手に入れるだけの金貨は集めたからね。でも、作るのは1期遅らせたんだ。姉さんよりも先に貰うのは俺だって考えてしまうよ」


「相手は、カリンだったな?」

「そうなんだけど……。問題は親父さんだ」

「それは俺の方で、説得するさ。そうか……、あいつと縁戚になるとは人生、何が起きるか分からんな」


 俺にも良く分からないんだが、隣に座ってココナッツジュースを飲んでいたマリンダちゃんが教えてくれたところによると、筆頭漁師の長女ということらしい。

 確か、一緒に漁をしたことあったよな。それほど悪い人には見えなかったんだけどね。


「場合によってはアオイ達もカタマランを手に出来そうだな。長老はカイト様の銛を2本渡しても良いとまで言っている。上級魔石を4個は手に入るぞ」

「ありがたいお話ですけど、氏族の宝ではないんですか?」

「単なる銛だ。氏族の宝はこの海そのものだ。この海があれば我等は暮らせるのだからな」


 確かに、あの物干し竿が2本あれば、大型のリードルを5匹は運べるに違いない。獲らぬ狸ではないけど、俺達のカタマランをどのように作るかをナツミさんと相談を始めた方が良いのかもしれない。


「でも、ナツミの腕がマダマダにゃ。もう少し手元に置かないと心配にゃ」

「それをずっと考えていた。マレットの姉が子供を2人抱えている。島での暮らしでは可哀そうだ。子供を鍛えてやろうかと考えているのだが……」

「リジイ姉さんなら、私よりナツミに教えられるにゃ! アオイには絶対に上級魔石を4個手に入れてもらうにゃ!」


 どういうこと?

 思わずナツミさんと顔を見合わせてしまった。

 そんな俺達にオルバスさんが、パイプを楽しみながら話をしてくれた。


 リードル漁以外の危険な漁はないから、氏族の男性が若くして亡くなることは余り無いらしいが、皆無ではないらしい。

 オルバスさんの2番目の妻は、産後に亡くなったらしいが、その妻の姉さんの嫁ぎ先の漁師は漁の最中に亡くなったらしい。

 元々丈夫では無かったとオルバスさんが言っていたから、素潜り漁はやはり過酷な漁なんだろうな。

 残された妻子の働き口は、島での畑作や長老達の世話になってしまう。それほど裕福な暮らしとはいかないらしい。

 

「カタマランは手入れさえすれば20年は持つ船だ。今でも漁に使っていたカタマランで生活している」

「私達のカタマランで暮らして、漁をするときにアオイの船に乗ってもらうにゃ。そうすればアオイ達も2人になれる時もあるにゃ」


「あるにゃ」とナツミさんに笑いかけている。ナツミさんが苦笑いで答えているのがおもしろいところだ。


「氏族は助け合わないとな。リジイは他に助けを求めるようなことはせぬから、こちらから手を伸ばすことになる。グリナスよりは時間が掛かるかもしれんが25前にはカタマランを手にさせてやりたいところだ」


 子供と言っても、マリンダちゃんより大きいらしい。19歳の女性と16歳の男の子だというから、男の子は俺より1つ年下になるのか。

 一緒に騒げそうだな。ナツミさんも、マリンダちゃんより少し歳が近い女性が来れば話し相手にもなるんじゃないかな?


「となると次のリードル漁は?」

「次の満月だ。いよいよ雨季が開けるぞ。素潜り漁に励まねばならん」


 今朝、西に傾いた月は下弦の三日月だったな。リードル漁まで20日以上はありそうだ。少なくとも2、3回の素潜り漁ができることになる。


「明後日には出掛けたい。準備は頼んだぞ。今夜の会議で同行漁師を確認する」


 明日は水運びと銛を研ぐことになりそうだ。

 グリナスさんと顔を合わせて小さく頷く。考えることは同じなんだろうな。


 翌日は、たっぷりと水を運んでカタマランの船内にある真鍮の水ガメに貯めこんだ。

午後には島を出て近くの島を巡りココナッツと野生のバナナを採る。俺もやってみたんだけど、ココナッツの木の半分ぐらいまでしか登れないんだよな。

 途中から、グリナスさんが落とすココナッツを集める方に転向することになった。

                 ・

                 ・

                 ・

 乾季の空はどこまでも蒼い。 

 獲物を突いたところで浮上したところで、思わず空を見上げた。

 1日に何度も襲来した、豪雨をもたらすような雲はどこにも見えない。やはり、乾季が一番だな。

 だけど氏族に飲料水をもたらす滝は、雨季の雨によるものなんだろう。無くても困るけど、あんなに降るとは思わなかった。俺達の町だったならたちまち大洪水になってしまいそうな雨だったんだよな。

 

 近づいてきたザバンに、銛から獲物を外して投げ入れる。

 潜水しようと息を整えた俺に、夏海さんが話しかけてきた。


「少し休んだら? だいぶ獲物が獲れたわよ」

 頷いたところで、ザバンに体を投げ込むようにして乗り込む。ザバンを早いところ改造したいんだが、カタマランを手に入れないと無理だろうな。

 ナツミさんが渡してくれたココナッツジュースを飲みながら、周囲を見渡すとグリナスさん達も休憩しているみたいだな。


「カタマランの仕様は、本当に私に任せてくれるの?」

「ナツミさんの方が、船には詳しいでしょう? 俺はザバンにアウトリガーを付けることが精いっぱいです。操船は面倒かもしれませんが、転覆はしないでしょう。海からザバンに乗り込むのは結構神経を使いますからね」

「問題は、カタマランへの搭載ね。できればアウトリガーを着脱式にしてほしいわ」

 

 中々面倒な構造になってしまいそうだが、いろんな漁をする以上、それも考えねばなるまい。ザバンの舷側に穴を空けて竹竿で連結するか。2本も使えばアウトリガーのフロートも安定するだろう。


 俺が獲物を獲る間は、ザバンでナツミさんがアウトリガーの仕様を考えているらしい。待つのは退屈かもしれないから、ちょうどいいのかもしれない。

 だけど、あまり色物にならないで欲しいな。その辺りは、ナツミさんの一般常識に期待したいところなんだよな。


 昼近くに、漁を止めてカタマランに戻る。

 のんびりと船尾で釣り竿を出して夕食のおかずを釣るのだが、ナツミさんは俺の獲って来たブラドを捌かないといけないんだよな。

 どうにか終わったらしく、俺の横にやって来た。


「失敗したのは1匹だけよ。だんだん上達してきたわ」

「カタマランを手に入れるころには、トリティさんみたいになれるんじゃありませんか?」

 

 ナツミさんに顔を向けたら、ナツミさんの後ろでマリンダちゃんが指を5本出して次に1本出している。

 なるほど、5匹捌いて1匹失敗したんだな。でも勝率8割なら甲子園にも行けそうだぞ。いろんな種類の魚がいるから、捌き方も少し異なるのかもしれない。

 だけど、1年前には包丁を握ったことが無い人だからねぇ。ひょっとしてリンゴも剥けないのかもしれない。


「今夜は私がスープを作るの。期待しててね」

「そりゃあ、楽しみですね」


 スープなら問題はないんじゃないかな? 使う食材は野菜に果物だし、魚は昼前まで泳いでたぐらいだから新鮮だ。


 夕食前に釣り上げた魚は、グリナスさんと会わせても数匹だった。

 夕暮れが迫っているんだけど、ここで夜釣りはできないと、トリティさんが船を深みに移動する。潮通しの良さそうな砂地で、島と島の真ん中にいるよう気がするが、これなら青物だって期待できそうだ。


 ナツミさん会心の作であるスープは少し塩味が強い気もするが、ご飯に掛けると丁度いい感じになる。

 酸味もいつもより強いけど、これはパイナップルを入れたんだろうな。

 これぐらいなら、ナツミさんの手料理も何とか食べられそうだ。問題はご飯が炊けるかなんだけど、カタマランを手に入れる前には何度か作るんじゃないかな。


 オルバスさん達も、何も言わないところを見ると許容範囲内ということになるんだろう。トリティさんが首を傾げているのは、教えた通りに調理しても味の違いが出たことを悩んでいるのかな?


 明日はリードル漁に出発という夕刻に、オルバスさんが物干し竿のような銛を2本運んできた。


「長老が返す必要はないと言ってくれたぞ。カイト様と同じように上級魔石が得られるだけでも氏族の誇りとなるとも言っていた」

「何とかしたいですね。少なくとも前回の数を上回らせることを目標にします」


 銛を屋形の屋根裏にしまい込んだところで、ナツミさん達が夕食を並べる。代わり映えしない食事ではあるけど、魚の種類で味も変わる。それにスープの味が楽しみでもあるんだ。トリティさんとナツミさん、この頃ではマリンダちゃんまでがスープ作りをしているからね。

 さて、今夜のスープは……。トリティさんだな。相変わらず絶妙の味を出している。

 ちらりとトリティさんを見たら、俺と目が合って微笑んでくれた。本当に、料理上手だよな。俺達の町でお店を開いたら商売繁盛間違いなしだ。


 翌日。早朝から再度の水汲みを行い朝食を早めに済ませる。

 船首に乗せた3艘のザバンのロープをグリナスさんと点検していると、法螺貝の音が聞こえてきた。

 船団を作る時には、法螺貝の合図で白い旗を掲げるそうだ。準備完了の合図になるらしい。


「船団を組む時には、筆頭漁師の指図に従うんだ。あの白い吹き流しを掲げた船だな。船団の末尾は赤い吹き流しになるんだが、これは次席である親父の役目だ。黄色の旗を掲げたカタマランが動き始めたろう? あれが見分役だ」


 法螺貝の合図を出せるのは船団の指揮者だけらしい。数隻で船団を作っても法螺貝を吹けるようだが、実際のところは10隻以上になるらしい。その船団で漁の腕が1番の者が指揮者となるらしい。


「とはいえ、必ずしもという感じだな。若手の漁師達が10隻以上の船団を組んで漁に向かう時には順番で指揮を執るそうだし、筆頭漁師であっても次の筆頭を鍛える意味で代行させることはよくある話と聞いたな」


 ザバンの点検が終わったところで、船尾の甲板でグリナスさんの話を聞く。

 色々と風習があるようだ。とても覚えられないからカタマランを持ったとしても、オルバスさんやグリナスさんと行動を共にしていれば問題もないだろうな。


 法螺貝の音が大きく2回響いた。いよいよリードル漁に向かう船団の出発になるらしい。


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