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M-014 新たなカタマランは婚姻のしるし


 雨季の暮らしは、ジメジメした生活になるのかと思っていたのだが、南国の日差しはわずかな時間照り付けるだけで、湿気を掃ってくれる。

 それに、家形の床に直に寝るわけではなくハンモックを使うから、雨季の夜は意外とぐっすりと寝られる。

 とはいえ家形の大きさは、横が3.6m、奥行きが4.2mほどだ。ここに7人が寝ることになるから、ハンモックの高さを上下に吊るすことで何とかしている。

 俺のハンモックのすぐ上にはナツミさんが寝てるんだけど、結構寝相が悪いみたいで揺れるんだよね。

 いつ落ちて来るかとヒヤヒヤしながら寝ているのが現状だ。乾季なら、甲板で大の字になって気分よく寝られるのだが……。


 5日の漁を終えて島に戻ると、2日程休息を取って再び漁に出る。

 これは乾季も雨季も変わりがないようだ。

 島の桟橋に停泊したカタマランの船尾で釣りをしながら湾を眺めていると、数隻のカタマランが、次々と島を離れあるいは帰ってくる。

 ずっとこの暮らしが続いてきたんだろうな。

 雨季がそろそろ終わろうとしていると、俺の隣で竿を出していたグリナスさんが教えてくれた。


「雨の降る間隔が伸びてきたろう? それが雨季が終わる目安になる。たぶん次の満月には終わるんじゃないかな? その次の満月にはリードル漁になるぞ」

「前回で少しコツが分かってきましたから、今度は頑張れますよ!」

「ハハハ……。それはいい。だけど大事な2つの事は忘れるなよ」


 俺もつられて笑いながら頷いた。海底で足を付くな! 砂浜は裸足になるな! この2つだったな。

 ナツミさんにも始まる前には注意しとかないとね。


「……あれは?」

 俺が指さした方向をグリナスさんが目で追う。

「どうやら出来たみたいだな。トウハ氏族の新たなカタマランだ。明日にも姉さんは嫁に行くんじゃないかな」


 新たな船は新たな家族ということなんだろうか? 

 ティーアさんに頼まれていたサンゴの穴で釣る底釣用の竿は出来てるし、仕掛けも上物用の浮き仕掛けと、枝針を2本出した胴付き仕掛けもどうにか間に合った感じだな。

 あまり話はしなかったけど、ナツミさんが魚を捌く時には近くにいてフォローしていてくれたんだよな。

 なんとなく別れ惜しい気がするけど、同じ島で暮らすんだから会う機会も度々あるんじゃないかな。


「ほう、今回は2隻か。今夜にでも確認してこよう。トリティ、準備は出来てるな?」

「雨期前に揃えてあるにゃ。これで1人片付くにゃ」

 パイプを咥えたオルバスさんに、トリティさんが答えてる。

「まだ2人いるし、アオイ達もいるぞ。まだまだのんびりは出来んな」


 親はそれなりに苦労するってことなんだろう。

 俺達まで厄介になってるんだから、トリティさんの苦労は倍増してるんじゃないかな?


「ねえ、アオイ君。あのカタマランは少し小さくない?」

 ナツミさんの言葉に、商船の後ろに繋がれたカタマランを改めて眺めてみた。

 確かに、一回り小さいんじゃないかな。ザバンでカタマランに乗り込んだ男性の背丈と比べても小さいのが分かる。

 そういえば、カタマランって皆同じ大きさなのか? 

 湾内の桟橋に繋がれたカタマランの大きさをゆっくりと眺めながら調べてみると、どうやら2つの大きさに区分できるようだ。

 オルバスさんのカタマランは大きい方だが、家形の大きさが2周りほど小さいカタマランもある。どちらかと言うと、小さなカタマランの方が多いようにも思えるぞ。


「カタマランの大きさを見てたのか?」

 グリナスさんが俺を見て問いかけてきた。

「そんなところです。少し小さいなと思ったので、他はどうなのかと?」


「親父のカタマランは大きい方だ。島には30隻ほどあるんじゃないかな。もう1つは商船が曳いてきた小型のカタマランだが、俺達が最初に手に入れるカタマランはあれになる」


 小型のカタマランの良いところは、操船が容易で喫水線から甲板までの高さが低いところにあるらしい。


「夫婦2人では、ザバンを使わずにカタマランの周囲で素潜り漁をするんだ。甲板の左右、それに船尾に小さなハシゴを下ろせば、ザバン並みに魚を獲ることができる。とはいえ、リードル漁にはザバンが必要だから、船首に置いておくんだ。たまに塗料を塗らないと使えなくなると聞いたぞ」


 なるほどね。子供が大きくなったら大型のカタマランにするんだろうな。


「カイト様は数年で3隻の船を順次乗り換えたらしい。最後の船は甲板で数家族が宴会を開けるほどの大きさだと言われてるぞ」

「それも凄いですね。この印を持ってはいるものの、果たして皆さんの期待に副えるかいつも悩んでいます」


 グリナスさんがにこりと俺に笑みを浮かべる。

 海人さんならではの事だろうな。真似することなどできないが、なるべく早くカタマランを手に入れなければなるまい。


 ネコ族の結婚は、式を挙げるということはないらしい。相手の男性がティーアさんに結婚を申し込み、本人と親達の了承が得られれば、新たな船を手に入れた当日、もしくは翌日にティーアさんが父親に連れられて相手の船に輿入れするとのことだ。


「持って行く物は、背負い籠に入る荷物だけになるそうだ。生活用具は姉さんが揃えるんだよな。漁の獲物の分配があるだろう? あれを貯めておけば十分に揃えられると母さんが言ってたな」

「俺達は何も用意しなくていいのかな?」


「何もいらない。でも、姉さんに頼まれたんじゃなかったのか?」

「釣り竿だけだぞ。外にもいるんじゃないのか?」

「俺とマリンダで水ガメを1つ贈るぐらいだな。それを考えればあれで十分に思えるんだけどな」


 そんなものかな? たぶんナツミさんもトリティさんに聞いているだろうから、後で聞いてみよう。

 それより、商船が来てるなら魔法も買えるんじゃないかな?

 ナツミさんを誘って、2人で商船に出掛けることにした。

 砂浜を歩きながら、ティーアさんの贈り物について聞いてみた。


「私も気になって、トリティさんに確認したんだけど、アオイ君に頼んだもので十分と言ってたわ。それよりも私達に祝ってもらえることを喜んでたわよ」

「俺達の町とだいぶ習慣が違うんだね」

「でも、ちょっとした宴席は設けるみたいよ。明日の夜になるんでしょうけど、そのお酒を買って行けば良いんじゃないかしら?」


 それでいいか。たぶんオルバスさんも用意してるんだろうけど、飲まなければそのまま持ち帰ってもらえば良い。2人で漁の成果を祝いたい時だってあるんじゃないかな。

 

「それじゃあ、私は魔法を授かってくるわ」

「お店で待ってるよ。珍しいものがあるかもしれないからね」

 商船に乗り込みながら話をしたところで、ナツミさんはお店のカウンターにいる店員と話を始めた。


 俺よりも遥かに魔法の使用回数が多いということで、【リトン】という光球を作る魔法はナツミさんが得ることになった。

 本来なら男性が持つ魔法らしいが、ナツミさんが欲しがったんだよね。男女同権まで持ち出すんだから困った人だ。

 俺達が使うとしても、自分達のカタマランを持ってからになる。あのカタマランの灯りを点けたのは誰だ、と気にする者もいないだろう。


 商船のお店はいつくかのコーナーに分かれている。日用雑貨のコーナーは女性達がにゃあにゃあと騒がしく店員と話しているし、釣り具を扱うコーナーでは男達が静かに品定めをしているようだ。


「何をお探しですか?」

 不意に店員が声を掛けてくる。

「酒を探してるんだけど、少し上等のワインが欲しいんだ」

「それなら、こちらになります」


 この辺りの客扱いができるかどうかが商人の腕なんだろうな。

 男に付いて行くと、カウンターの一角に案内された。


「こちらが、ネコ族の皆さんがお買い上げくださるワインです。これより上等というと、この2種類になります」

「さっぱりした甘口がいいんだが……」

「それならこちらになります」

 さらに、もう1本のボトルがカウンターのテーブルに出てきた。


「やはり高いんだろうか?」

「通常のワインなら2本で銀貨1枚ですが、こちらは1本で銀貨1枚になります」

 

 2倍なら、それほど高価というわけでもないんじゃないかな?

 1本を購入して、ついでにタバコも2包を購入しておく。これでティーアさんへのお祝いが全て揃ったぞ。


 ワインの支払いをしていると、肩を叩かれた。振り返るとナツミさんが笑顔を見せてくれる。ナツミさんの方も終わったということか、ワインを受け取って皆の待つカタマランに向かうことにした。


「これで、後はカタマランを手に入れるだけになるわね」

「生活用具も必要ですよ。ご飯を炊いたり、調理道具や香辛料だって必要です。野菜や果物の入手方法も確認しておかないと……」


 そんな俺の呟きに、ナツミさんが体を俺に向けて笑いを堪えている。


「ティーアさん達にちゃんと聞いているからだいじょうぶよ。ティーアさん達は1からのスタートになるの。そのために、必要な品は背負い籠に1つで納まるらしいわ。とはいっても、今では背負い籠2つ分ぐらいにはなるみたいよ」


 それが嫁入り道具ということになるんだろうか?

 そうなると、カタマランを用意する男性の準備品というのも確認し解かなくてならないな。これはグリナスさんに聞いてみよう。独立したいような話をしていたからね。

 

 その夜。いつもより数品おかずが多い夕食は、ティーアさんの嫁入りを祝ったものなんだろう。

 食事をしながらワインを頂く。明日からはティーアさん達は2人で食事をすることになるんだろうが、トリティさんがきちんと食事作りは教えたに違いない。


 翌日。朝食を終えたところで、ティーアさんがオルバスさんに連れられてカタマランを下りて行く。背負い籠には、俺の作った釣り竿が飛び出している。昨夜渡した時には俺をハグしてくれながらありがとうと礼を言ってくれたんだよな。ナツミさんの渡したワインも大事そうに籠の奥に仕舞っていたっけ。


 カタマランの端で2人の姿が見えなくなるまで俺達は見送ったんだが、トリティさんとマリンダちゃんは涙ぐんでいた。

 嬉しさと寂しさが入り混じった感じなんだろう。俺も少し寂しさを感じてしまう。


「次はグリナスの番にゃ。漁の腕を上げないと嫁が可哀そうにゃ」

「何とかなるさ。俺より腕のない連中だって貰ってるんだからね。それにしばらくは親父と一緒に漁をするつもりだ」


 たぶんティーアさんの嫁ぎ先も、そんなことになるんだろう。最初から単独で漁をすることはないはずだ。少しずつ親元を離れていくのだろう。


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