M-013 海人さんの墓は?
ネコ族の曳釣りは、潜水板と飛行機を使う。絶対にカイトさんは海人さんに違いない。この漁法は日本のやり方だからね。
俺も物は見たことがあるんだが、実際に使うところを見るのはこれが初めてだ。
「カタマランの両側に竿を出して糸を伸ばすんだ。両方とも竿の長さは1FM(3m)だが、伸ばす糸は10FM(30m)ほどになる。糸の長さを色々と変えてみたが、10FMが一番だな」
「その先に、これを付けるんだ。潜航板は中層を狙えるし、上層なら飛行機になる」
3人で甲板に車座になっての道具の説明だ。
潜航板には結構な長さのハリスも付いている。その先に付けられているのは、ルアーじゃないか! 弓角もあるぞ。爺様の道具箱にもいくつかあったし、俺も綺麗な物を強請ったんだよな。
「昼は曳釣りで夜は底釣りだ。昔も曳釣りはしていたんだが、バルしか獲れなかったらしい。雨季は暮らしがきつい時期でもあったんだ」
「今では、曳釣りを専門にやる連中もいるんだ。数隻で広くこの付近の海域を巡っている」
それで暮らしが立つとしても、船を買うのは時間が掛かりそうだな。
詳しく聞いてみるとカゴ漁をする片手間の漁でもあるらしい。確か耳を傷めた連中だと聞いたことがある。
彼らの船はリードル漁をする連中から中古品を譲ってもらっているらしい。値段は三分の一ということだが、きちんと手入れをすれば20年は持つ船らしいから、俺もそれで良いような気がするな。
「中古品を買おうなんて気は起こすなよ。素潜りができる連中は全て新品を買うんだ。そうすれば、島の連中に船が行き渡る」
誰の船を誰に譲るかは氏族会議で決めるらしい。それでも、ある程度は内諾ができているとのことだ。
「掛ったにゃ!」
マリンダちゃんが大声で教えてくれた。
その声に、俺達は立ち上がって取り込み作業を始める。
竹竿をくるりと回して先端のフックから糸を外すのはオルバスさんだ。グリナスさんは反対側の仕掛けを急いで引き上げている。糸が絡むのを防ぐためだろう。
そんな作業を豪雨の中で行うんだから、曳き釣りも過酷な漁になるんだろう。
「アオイ! タモを用意してくれ」
「分かりました!」
オルバスさんに大声で答えると、直径50cmはありそうなタモ網を持ってオルバスさんの斜め後方に陣取った。
タモを使うとなればそれほど大きくはないんじゃないかな?
オルバスさんが手繰っている道糸の先を覗き込む。やがて潜水板が上がって来た。もうすぐだ。
オルバスさんの上手に位置して、タモ網を水中に入れて待つ。やがて、オルバスさんが手繰ったハリスの先に魚体が見えてきた。紡錘形だからシーブルかもしれない。イナダに似た青い魚だ。
「それ!」
掛け声とともに魚がタモ網に入る、と同時に勢いよくタモ網を引き揚げた。
バタバタと甲板を叩いているシーブルの頭にトリティさんが棍棒で一撃を与える。
「ちょっと小さいにゃ。次は大きいのを釣るにゃ!」
思わずオルバスさんと顔を見合わせてしまった。ネコ族の女性は結構きついことを言うんだよな。
「まあ、向こうにだって都合はあるんだろうな」
そんな呟きが聞こえてきた。再び仕掛けを流して、屋根の下に入ると手拭いのような布で顔を拭く。
「雨の曳釣りは、出来ればしたくないな。サンゴの穴にカタマランを停めて、底物を釣る方が俺には合っていると思うんだ」
「収入を考えると曳釣りもせねばなるまい。延縄という漁もあるが、あれで指を怪我する者もいるんだぞ」
海人さんが、色々と凝った仕掛けを教えたらしいのだが、数十年も過ぎると少しずつ省略された仕掛けになって来たらしい。
巻き上げ機まで試作したというんだから、驚く外ないな。
現在使われている延縄は枝針を10本程度に減らして、延縄自体を短くしたらしい。横に伸ばす糸も、海人さんは太い組紐を使ったらしいが、今では曳釣りに使う道糸を使う者が殆どだと教えてくれた。
「グンテという丈夫な糸で編んだ手袋をして糸を手繰るんだが、往々にしてグンテをせずに糸を手繰ってしまうのが問題だ」
オルバスさんの言うグンテは「軍手」の事だろう。あれば、それなりに役立ちそうだが、商船には無かったんじゃないか?
「グンテは島のおばさん達が編んでるんだ。1組5Dで編んでくれるぞ。……これが、そうだ」
グリナスさんがベンチの蓋を開けて取り出してくれたのは、まさしく軍手そのものだ。少し糸が太い気がするけど、あればいろいろ役立ちそうだな。島に帰ったら頼んでみよう。
豪雨と晴れ間が繰り返す中、曳釣りが夕刻まで続く。
獲物が大きいから、ナツミさんが捌いても何とかなったみたいだ。トリティさんの指導のたまものなのかもしれないけど、油断は禁物だ。
「晴れ間を縫っての夜釣りになるな」
オルバスさンの言葉に俺達が頷く。曳釣りの成果は7匹だったからね。少しは獲物を追加しなければなるまい。
もっとも、カタマランを停めた場所は水深12mほどの砂地らしい。もう少しサンゴの繁茂した傍なら良かったんだけどね。
夕食後に始めた夜釣りの成果は、4時間ほどで8匹という成果だった。ナツミさんの練習には丁度いいのかもしれない。今度は油断したらしく、2匹がおかず用になったようだ。
それでも、オルバスさんは「頑張れよ」とナツミさんを応援しているんだよな。
一人前にするまでの責任を持つというのは大変なことに思える。それに答えるためにも漁を頑張らねばなるまい。
2日間の漁を終えたところで氏族の待つ島に戻る。
獲物は少ないが、オルバスさんは不漁ではないと言っていた。トリティさんも「次は頑張るにゃ!」とナツミさんを励ましている。
しばらくはこんな生活が続くんだろうな。ナツミさんがめげない人で良かった。
雨季の真最中でも、一日中晴れる日もある。
上手く出漁中に当たれば、素潜り漁ができるし、カタマランをサンゴの穴に停めることができるから夜釣りの釣果もそれなりに上がる。
比率的には雨が7つで晴れが3つという感じに思える。これが乾季だと滅多に雨が降らなくなるんだけどね。
曳釣りから帰った翌日、ずっと気になっていたことをオルバスさんに聞いてみることにした。
「カイト様という長老は、どうも俺の住んでいた町の先輩に思えます。年代が合いませんから人違いかもしれません。それでも、一度はお墓に花を捧げたいと思っているんですが」
「カイト様の遺灰は妻達と共に、この海のどこかにある。この海で生を受けた俺達は、死して後は龍神の元に還るのだ。サンゴに穴を空けてその中に遺灰を埋める。やがてサンゴが成長すればその場所は分からなくなる」
どの海域のサンゴに埋めたかは、埋葬を行った者だけが知ることで、それを他者に教えることは無いという。
ということは、この島の周辺にも誰かの遺灰がサンゴに埋もれているのだろうか?
カタマランの周囲を思わず見回した俺を、オルバスさんが笑って見ている。
「この島の周囲は島1つ分を神聖な場所としている。何と言っても、龍神が導いてくれた島だからな」
恐れ多いということなんだろう。海人さんは海に帰ったのか……。俺達の町の風習に似ているようにも思えるな。3人の妻と一緒なら寂しくもないだろう。
パイプを取り出して、火を点けると南の海を眺める。
この海のどこかに眠ってるんだな。俺もいつかは海に還るんだろうか? 故郷の爺様は銛先と一緒に海に船出した。
案外、この世界を目指したのかもしれない。
「どうした? そろそろおかずを釣ろうぜ!」
グリナスさんが誘ってくれる。俺達が釣った魚でナツミさんの修行ができるんだから、がんばって釣らねばならない。
「そうですね。ちょっと待ってください。竿を取ってきます!」
「ほら、こっちだったな。釣り針が変わってると、皆が言ってたぞ。できれば1本貰えないかな? 商船のドワーフに作ってもらおうと思ってるんだ」
手先の器用な職人というのが、俺のドワーフ族に対する印象だ。
グリナスさんの言う釣り針は、おかず用の仕掛けに付けてるんだが、元々は同付き仕掛けに使うネムリ針という種類の釣り針だ。先端が少しひねってあるから簡単に釣り針が獲物から外れないという特徴がある。
タックルボックスの中のピルケースから釣り針を取り出すと、メモ用紙に包んでグリナスさんに渡す。
「出来れば同じ大きさと、一回り大きな釣り針を頼んでください。俺も10個ほど欲しいです」
「了解だ。50本ほど頼んでみよう。俺の友人達も欲しがっていたんだ」
上手く作れるなら、延縄仕掛けの釣り針には最適だ。
船尾で釣り竿を出しながらグリナスさんと延縄仕掛けの話に話が弾む。グリナスさんも次のリードル漁で前回と同じぐらいの魔石を手に入れられれば、小型のカタマランを手に入れることができるそうだ。
「しばらくは親父と一緒に行動することになるだろうけど、友人達もたぶん手に入れられるだろう。そうなれば仲間と一緒に漁もできるんだ」
「でも、1人では……! そういうことですか」
「そういうことかな? だけど、船を作るのはリードル漁を1回分延ばせとまでいわれてるからなぁ。ティーア姉さんは次のリードル漁前には嫁に出てしまうが、それを考えると少し早いようにも思えるんだよな」
なるほど、姉さんの歳を考えたということかな? 姉さんより若くして嫁を貰うのも気が引けるということに違いないけど、チャンスがあるなら貰うべきじゃないかな? 最初で、最後のチャンスかも知れないぞ。こういうのは縁だっていつもお袋が言ってたからね。
「あまり考えないで良いんじゃないですか? それよりも、グリナスさんにお相手がいたということの方に俺は驚いてるんですけど」
「まあ、幼友達ということかな。子供の頃はこの浜で一緒に魚を追い掛けてたんだ」
本人同士の恋愛を重視しているなら、素晴らしいことだと思うんだけどね。俺達の世界でも地域や民族によって様々な結婚の形態があったようだ。
でも、ネコ族は集団お見合いの風習も持っていたんじゃなかったか?
「カイトさんは3人も嫁さんを貰ったらしいけど?」
「ああ、それは種族の男女比率を見れば分かるんじゃないか? 圧倒的に女性が多いんだ。女性が独り身で暮らすのは中々できないよ」
漁業を生業とする種族だからねぇ。でも、海女さんという職業が俺達の世界にはあったけど、ネコ族の女性達は素潜り漁をやらないんだろうか?
その疑問に答えてくれたのはオルバスさんだった。
夕食後のお茶を飲んでいるときに聞いてみたら、かつては女性も参加していたそうだ。
「中型の獲物を突くなら、トリティでも可能だ。所帯を持ったころには一緒に潜ったからな。だが、ティーナが生まれると、ザバンに子供を乗せるわけにもいくまい? そんなことでだんだんと離れてしまうのだ。数年後にカガイの席で2番目の妻を貰ったのだが、マリンダを生んだ後に亡くなった」
「お産は命がけにゃ。でも、子供がいないとネコ族は滅んでしまうにゃ……」
オルバスさんの言葉に継げるようにつぶやいたトリティさんの言葉にはいつものような明るさが無かった。
爺様がイヌのお産は軽いけど、ネコのお産は重いと言っていたのを聞いたことがあるけど、それと似てるのかな? それもネコ族に女性が多い原因なのかもしれない。
いつも、ネコ族の女性達の明るい声を聴いていると、そんな話があるとはとても思えなかった。
「アオイが気にすることは無いぞ。それがネコ族の昔からの暮らしなんだからな。おかげでカタマランにはいつも大人を1人は置いておける。安心して子供達を任せられるし、もう1人の嫁がザバンを漕いでくれるんだからな」
種族の男女比が、漁にも反映されているということなんだろう。トリティさんは今ではザバンを漕ぐことは無いけど、カタマランの操船と家事の一切をやっているんだよね。
ティーアさんも嫁に行ったら、旦那のザバンを漕ぎ、カタマランの操船を行うんだろう。食事も作らなくちゃならないし、獲物を捌いて一夜干しを作ることもしなければならない。なるほど、もう1人の妻が必要になってしまいそうだな。
そうなると、俺達がカタマランを作ったらそれが全てナツミさんの仕事になってしまいそうだ。かなりの部分を手伝ってあげないといけないんじゃないか?




