M-005 トウハ氏族の島
ネコ族が氏族という集団で1つの島を活動拠点にしていることは教えて貰ったが、周囲の島を見るとそんなに大きな島があるんだろうか? どれも周囲数kmに満たないような島なんだよな。拠点とするなら最低限でも水場がある筈だ。そうなると周囲10km以上はないと無理なんじゃないか?
そんな俺の心配をよそに、カタマランは西に向かって進んでいる。
食事は船にある2つのカマドを使って作るらしい。周囲を板で囲って内部を粘土で固めている。そこに大きな植木鉢を逆さにしたような土器のカマドが乗せられていた。燃料は炭を使っているようだ。
食事時は皆で甲板で取る。テーブルは無いんだが、おかずは魚を焼いたり揚げたりしたものと、果物の漬物ぐらいだ。スープは少し酸っぱくて辛い感じだな。
船が動いているから凝った料理は出来ないし、お茶も必要な量以外は作らない。
「どうした? 明日は村に着くぞ」
「それなんですが、俺達はどうなるんでしょう?」
夕食を終えてお茶を皆で飲んでいる俺の表情を気にしたのだろうか? 俺の傍にやってきたオルバスさんが、ドカリと腰を下ろすとパイプにタバコを詰めて、炭で火を点けるとタバコを楽しみ始める。
「この世界が良く分かりません。少なくともオルバスさん達のような種族を知ったのは2日まえですよ。……しばらく厄介になりたいのですが」
そんな俺の肩を、ポンとオルバスさんが叩いた。
「なら、俺のところにいるがいい。漁の腕は一人前だ。更に磨きを掛けてやる」
お願いしますと頭を下げた俺に、ナツミさんも倣っている。
ナツミさんも同じ思いだということだろう。これで少なくとも俺達2人って事にはならないし、食事の心配もしないで済む。
ちょっと、オルバスさんには申し訳ないけど、それは漁を頑張ることで答えてあげたいな。
休みなく船は進んで行く。それにしても、船のエンジンは何なんだろう? 音もしないし、排気ガスも出ないんだよな。
オルバスさんが自分達の船を動力船と呼んでいるから、間違いなく何らかのエンジンを積んでいるに違いないんだけどね。
村に付いたら教えて貰おう。色々と教えて貰うことが多そうだ。
「あれが私達の村にゃ!」
マリンダちゃんが木箱の上に上って教えてくれた時には、すでに朝日が昇ってだいぶ経ってからの事だった。
背伸びをして眺めると、今までの島から比べてだいぶ大きい。島を4、5個集めたぐらいにはあるだろう。三角形に見える島の頂きは、標高300mはあるんじゃないだろうか?
船は島に直接向かわずに、少し遠回りするように迂回していく。
島を横に見てその理由が分かった。島は南に開いた湾を取り囲むように細長いのだ。
横幅が500mを超える湾には、5つの桟橋が突き出ている。湾の入り口にある灯台を避けるようにして、一番右端に向かって船が進んで行く。
「どうだ。中々良い港だろう。長い桟橋の柱に旗が見えるから、まだ商船は来ていないみたいだな」
オルバスさんが伸ばした腕の先には桟橋に旗竿があった。白と黒の布を縫い合わせたような旗が風を受けてひるがえっている。
桟橋は砂浜から30m程沖に突き出ているのが3本南側にあり、湾の北側に50m程突き出した2本がある。俺達の外輪船は一番南側の桟橋の先端付近に停泊した。
「お前達はしばらくその船にいてくれ」
ある意味、異邦人だからね。姿も周囲のネコ族の人達と異なっているから、不審に思われることを避けるためだろう。
「了解です。昼寝でもして待ってますよ」
「それとだ。お前達が乗っていた帆船は売ってしまっても良いだろうか? あれでは漁に使えんだろう。商船と交渉してザバンと交換した方が良いと思うのだが」
確かに進むには苦労する。ザバンというのは、カタマランが曳いていた小舟を言うらしい。ちょっとカヌーに似た木造船だ。
ナツミさんの顔をちらりと見たら、小さく頷いてくれた。ここは、オルバスさんに従った方が良さそうだな。
「よろしくお願いします」
俺の答えに笑顔を作ってオルバスさんは舷側から姿を消した。そうとなれば、このカタマランに荷物を運んでおかないとな。
俺達が甲板に荷物を積み上げるのを見ていたトリティさんがゴザのような敷物を広げて、この中に丸めておくように言ってくれた。屋形の隅に丸めておけば邪魔にならないと思ってくれたようだ。帆布や滑車まで取り外しておく。最後にラダー代わりに使っていたパドルも取り外した。ロープだって、何かに使えそうだからね。
最後にもう一度水密ハッチを空けて、何もないことをナツミさんが調べている。
「もう、何も残ってないわ。それで、どうなるかしら? 行く当てが無いからここで暮らしたいけど……」
「オルバスさんに任せましょう。断られたら西に向かうことになるでしょうけど、オルバスさんの話ではあまり良い場所には思えませんね」
ナツミさんも頷いているところを見ると同じ思いに違いない。
となれば、ここでのんびりと漁をしながら暮らすことになるんだろうな。
「ところで、お財布を見た?」
「見ました。アルバイトの全額を持ってきたんですが、見たことも無い硬貨に変わってるんです」
「これと同じ物かしら?」
ナツミさんが取り出した硬貨を俺の財布の硬貨と比べてみる。
まったく同じ意匠の硬貨だ。ひょっとしてこの世界で使えるんだろうか?
「確かめる必要があるわね。使えるとしたら新たな船を作りましょう。トリティさん達にいつまでも厄介になることは出来ないでしょうし」
「しばらく厄介になれそうですから、相談してみるのも方法です」
素潜り漁とちょっとした釣りはやるようだけど、他にどんな漁をするのかわからないからね。ある程度、漁の種類と対象魚を確認してからの方がいいんじゃないかな。
「親父とお袋達が出掛けたから甲板にでて来いよ。この船から出なければいいんだろ?」
グリナスさんの言葉に、思わずナツミさんと顔を見合わせた。小さく互いに頷いたところで、船の甲板にでる。
甲板には、竹を編んだスノコのようなものが屋根から張り出している。日陰を作るための生活の知恵なんだろうな。
グリナスさんがココナッツを割って俺達に渡してくれた。ありがたく頂いて喉を潤す。
俺達が一服を楽しみ始めたのを見て、ナツミさんは舷側から双眼鏡でネコ族の集落を偵察しているようだ。俺にも貸してくれたのでゆっくりと島を眺めてみた。
岸に近いところにある小屋から煙が出ている。小屋は3か所あったが、煙りがでているのは2か所だけだ。燻製でも作ってるんだろうか?
小屋の奥には、素朴なログハウスが10軒程並んでいる。たぶんその奥にも何軒かあるんだろうが、30軒は無さそうだな。遠くに小さな滝も見えた。あれがこの村の水源になるんだろう。
小さな段々畑と、ココナツヤシやバナナのような植物も見える。
畑を耕しているのは老人ばかりに見える。
動ける内は漁をして、歳を取ると船を下りて島で暮らすのだろうか?
桟橋にはこの船以外にもたくさんの船が泊まっていた。形はこの船と同じだから、動力船の標準タイプという事になるんだろう。双眼鏡で覗いたが、誰も乗っていないようだ。
浜辺に双眼鏡を戻すと、丸太小屋から人が出てきて、海に向かって手を振っている。
外海を見ると、この船の数倍の大きさの船がゆっくりと島に近付いている。あれが商船なんだろう。商船は舷側に付いた大きな水車で進んでいる。
甲板をほとんど占領して建てられた家は2階建てで、10人程が甲板に出て、手を振っているな。
魚を買い取って、食料や小物を売っているんだろう。2重に儲けているような気もするが、それでも大事な交易船に変わりはないんだろうな。
商船の後部にはザバンまで積んである。小舟も商品として売れるってことなんだろう。
改めて桟橋を見ると、長い桟橋は石作りのようだ。この船が停泊した桟橋は木造だけど、あれなら頑丈そうで横幅もありそうだ。
あの桟橋で荷物を運ぶんだろう。砂浜には竹カゴがたくさん並び始めた。
商船から小舟が下ろされ、数人が櫂を漕いで砂浜に向かっている。早めに値を付けるのだろう。
ナツミさんに双眼鏡を戻して2本目のタバコに火を点けた。
もう1箱残っているが、この箱の残りは4本になってしまった。グリナスさんがパイプを使っているから、無くなったら試してみるか。
小舟が着くと、浜は賑やかになる。ここまで話し声がたまに届いて来る。まるで、市場のように賑わってるな。
商船が桟橋に接岸すると、何人かの男達が荷車を引いて浜に向かって行く。買い取った魚を船に積み込むようだ。
荷車が何回か桟橋を往復すると、あれほど並べてあった竹カゴが無くなっている。どうやら全て売ることが出来たようだ。
荷車の後を何組もの男女が商船に向かって歩いて行く。
今度は買い物って事になるんだろう。食料をこうやって手に入れるとなると、無駄にすることはできないな。
俺達が乗って来たヨットが2艘のザバンに寄って商船に引かれていった。
かなり値段が高いものだったろうが、この島ではまったく使い物にならないからね。
桟橋を竹籠を持ったオルバスさん達が歩いて来る。
竹籠を次々と船に運び入れると、俺の傍にオルバスさんが座り込んだ。
「長老達に挨拶して、聖痕を見せてやってくれ。それとアオイのザバン1艘を買い付けた。ザバンがないと素潜り漁が不便だからな。これがお釣りになる」
「ありがたい話ですが、俺達がこの村で暮らす許可はまだ得ていませんよ」
「だいじょうぶだ。それは任せておけ」
カヌーに似た船だからだいじょうぶと思いたいが、ザバンを動かすのは女性の仕事らしい。ナツミさんにカヌーが漕げるのだろうか?
真新しいザバンを見てナツミさんが喜んでいるけど、かなり練習が必要かもしれないな。
夕食が終わったところで、俺達はオルバスさんと一緒に桟橋を歩く。長老達が暮らす丸太小屋に行くらしい。夕暮れ時だから桟橋には誰もいないし、いたとしても帽子を深くかぶった状態なら誰も気にも留めないかもしれないな。
桟橋に繋がれた商船はいくつものランプを船べりに掲げている。商いは終わったのだろうが、たまに桟橋を急ぐ人影もあるようだ。
商船の存在が俺達を目立たなくしているのかもしれない。ほとんど波が無い浜辺を過ぎて、島の少し奥まったところにある平屋建ての小屋に着いた。
オルバスさんが扉を開くと、10畳ほどの土間の真ん中に囲炉裏が焚かれている。正面の壁際に座った5人の老人が長老なんだろう。ヤシの葉を編んだような敷物に腰を下ろしていた。
オルバスさんの後ろに座って帽子を取ったら、長老や小屋の中にいた数人の男達が目を見開いた。
「カイト様と同じ種族か?」
「分からん。東で拾ったのだが、この辺りの事も良く分からんらしい。行く当ても無いなら俺のところで暮らしを立てさせたいのだが……」
「それは分かるが、種族が違うぞ。そいつを漁師に仕込めるのか?」
左右の男達の質問とオルバスさんの答えを面白そうに聞きながら、長老達はジッと俺を見ている。
「漁師としての腕は、息子グリナスより上だ。直ぐに漁師として一本立ち出来るぞ。それにだ……」
俺の左腕に巻き付けた布きれをオルバスさんが外して腕を焚き火の灯りにかざした。
「聖痕だと!」
左右の男達が俺の腕を食い入るように身を乗り出して眺めている。
「聖痕の保持者を他の氏族に渡すわけにもいかんだろう」
男達はビトネンさんの言葉も聞いていないように、俺の顔と腕を交互に見ている。
ここでもカイトという人物の名が出てきた。
俺と同じ種族と問うほどだから、ネコ族とは明らかに姿が異なっていたということになる。やはりカイトは海人さんなんだろうか?
俺の心を見透かすような目をして、長老達はジッと俺達に顔を向けたままだった。




