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M-002 不思議な世界と見知った人物


 カヌーの下にはサンゴ礁が広がっている。水深は数mというところだろう。

 島と島との距離は数百mぐらいで、波も穏やかだ。広範囲にこの光景が広がっているに違いない。


 島と島の間を、尾の長い極彩色の鳥が数羽飛んで行った。あんな鳥が日本にいるわけがないからどう見てもここは日本ではなさそうだ。

 都市伝説は信じない方だったけど、どうやら俺は日本から赤道近くに流されてしまったらしい。

 理由は良く分からないけど、あの海底の穴が原因じゃないのかな?

 ともあれ、この状態を早く脱出せねばなるまい。


 俺の冒険の物語はかなり変わってしまったけど、仲間達に聞かせるのも楽しみだ。

 南洋の多島地帯はどの辺りだったか……、とりあえず、人の住む場所に行かねばどうしようもない。

 カヌーの前に着けたコンパスで方向を確認しながら、西を目指してパドルを漕ぐ。

 たぶん南北は外洋になってしまうんじゃないかな。太平洋の東にはあまり島が無かったはずだから、西が人と出会える可能性が一番高そうだ。


 夕暮れ近くまでカヌーを漕ぎ、日が暮れる前に近くの島近くのサンゴ礁にロープを結んでカヌーを停める。

 食料はビスケットのような非常食と、ペットボトルに半分残った気の抜けたコーラだ。冷えてないから美味しくはないけれど、水は貴重だからな。


 夜は満点の星空の下で、カヌーの上でひと眠り。落ちれば目も覚めるだろう。

 肉体疲労と、気疲れで直ぐに目が閉じた。

 

 翌日。朝日で目が覚めた。

 帽子は被っていたけど、この場所ではキャップよりも麦わら帽子が欲しいところだ。バンダナで背筋と耳を覆っておけば日焼けに苦しむことはないだろう。ラッシュガードを着ているから背中の日焼けも緩和できる。

 安物のサングラスだが掛けないよりはマシだろう。一応スポーツサングラスだが、ゴムを調節すると頭にしっかりとフィットする。


 昨夜と同じく、ビスケットの食事を取ったところで、今日も西に向かってカヌーを進めることにした。


 やはりここは南洋になるのだろう。たまに野生にバナナの木やココナッツの実をつけた植物があるから、食料が尽きたらあれを食べれば良いんじゃないかな。

 東南アジアもしくはニューギニアというところだろうか?

 昨夜見た満点の星空には見慣れた星座がどこにもなかったから、南半球ということも考えられる。

 

 そろそろ昼食にしようかと考えていた時だった。何気なしに後ろを見ると巨大な波が迫っている。

 慌てて、カヌーにしがみ付いたのがやっとだった。

 波に巻き込まれて何度かカヌーが回転したのは覚えているが、いつしか意識を飛ばしてしまったようだ。

                 ・

                 ・

                 ・

 顔に掛けられた海水で目が覚めた。

 びっくりして頭を上げ、周囲を眺めると直ぐ傍に誰かが立っている。逆光で顔が見えないけれど女性のようだな……。


「気が付いた? 確かアオイ君よね」

 よろよろと立ち上がろうとする俺を支えて、近くにあったカヌーに座らせてくれた。

 シェラカップにペットボトルから水を注いで渡してくれたから、ありがたく頂いて喉を潤す。


「助けて頂いてありがとうございます。ところで?」

「3年の夏海ナツミよ。ヨットの練習をしてたんだけど……。変なところに来ちゃった感じ」


 良く知っている人なんだけど、こんなところで合うとは思わなかったから、思わず聞いてしまったというのが本当のところだ。

 ナツミさんか……、俺達の高校の人気度では1、2位を争う人なんだよな。ヨット部のホープでもあり、テストも何時だって上位に食い込んでいる女性だから、1つ年下の俺達にとっては憧れの存在だ。

 ナツミさんの両親が港の一角で食品加工工場を経営しているから、お袋の話では暮らしだって俺達とは異なるらしい。いわゆるお嬢さんということになる。


 俺の前に座ったナツミさんは、ちょっと目の毒というか、嬉しくなるというか……。南の島のような場所なんだけど、何とナツミさんの格好は俺達の町では誰も着ることが無いような布地の少ない水着なのだ。その上にラッシュガードをカーディガンのように羽織っている。


「それで、ここはどこか分かる? スマホも無くなっちゃったし、周囲の様子だって湾内とはとても思えないんだけど」

「実は俺も……」


 簡単に、昨日の異変からの話をしたんだけど、ナツミさんは俺の前に座ってうんうんと頷きながら聞いてくれた。

 俺の話を笑って否定してくれたほうがどんなに嬉しかったか……。


「それが、左腕に付いた傷の跡なのね。おかしな傷だったけど、バンダナで巻いといたからだいじょうぶよ。血も流れていなかったし」


 今度は、ナツミさんの話が始まる。

 次のヨットレースに備え、昨日は3艇で湾内を走らせていたらしい。ナツミさんはヨットの後部に船外機を付けて後輩のヨットに随伴していたそうだ。

コースを変えようとしていた時に突然ヨットが岩礁に接触したらしい。


「あんな場所には岩礁も無いはずなんだけど、海に投げ出されてヨットに這い上がった時には、同じヨットの乗っていた3人はどこにもいなかったし、他のヨットも見付けられなかったの」


 少し沖に泊めてあるヨットがナツミさんのヨットらしい。帆柱が半分無くなってるな。それ以外はあまり傷もなさそうに見える。

話を聞くと船体下部にある板と船外機がもぎ取られているらしい。荷物はヨットにいくつか付いているハッチ入れてあるから無事だったらしい。食料と水を入れたクーラーはロープで舳先付近にしっかりと結んでいたようだ。

 ヨットを動かせなくて途方に暮れていたところへ、大きな波がこの島に運んでくれたらしい。その波にカヌーにしがみ付いた俺がいたということだった。

 帰れるかな? と思っていたんだけど、どうやらそう簡単には行かないみたいだな。


 夕暮れが近づいてきたので、海岸にある流木を集めて焚き火を作る。

 食事は、ナツミさんのヨットに積まれていたレトルト食品をご馳走になる。俺のカヌーにも食料がつんであるから、しばらくは食いつないで行けそうだ。


「ところでこれからの予定は?」

「こういう時の行動は男性が決めるものよ。私は付いていくことに決めたの」


 そう言われてもねぇ。

 とりあえず、当初の予定通りに西に進むことを説明する。俺のカヌーを調べると底に大きな穴が開いていた。プラスチックの船体だから、ここでは修理は無理だな。


「ナツミさんのヨットは無事なんですか?」

「一応浮くんだけど、ラダーと帆橋柱があれではねぇ。私1人では無理だわ。アオイ君はヨットの経験がある?」

「カヌーならどうにかなんだけど。でも、ナツミさんの指示で動けばなんとかなるんじゃないかな?」


 首を傾げながら頷くという器用なそぶりを見せてくれたのは、それしかなさそうだと自分に言い聞かせた結果なのかもしれないな。

 

「それしかなさそうね。アオイ君の荷物を私のヨットに運んだら出発しましょう」


 ナツミさんに頷いたところで、カヌーに向かった。

 底に穴が開いているけど、前と後ろの水密ハッチの中は無事のようだな。ハッチを開けて荷物を取り出すと、友人のザックまで出てきた。

 何が入ってるか分からないが、これも持って行こう。これからどんなことがあるかわからないからね。


 防水カバーに入ったザックが2つに、水のボトルは2ℓが1つだ。コーラの0.5ℓボトルがもう1つ出てきた。

 銛2本と釣り竿は無事のようだ。スリングで結んで1つにしておく。その他にあるのは、少し大きめのタックルボックスが1つに、カヌー用のコンパスとパドルだけだ。これも少しは役立つに違いない。

 荷をまとめるゴムのネットも外しておく。俺の素潜り用具を入れた買物カゴに少しばかりのロープをまとめて入れればカヌーには何も残っていない。

 このまま渚にカヌーを置いておくのも問題がありそうだ。背中に背負って島のジャングルの中に運んでおいた。環境に優しいプラスチックだと親父が力説していたから、ゆっくりと島の土に還っていくに違いない。


「これだけですけど、なんとか乗りますか?」

「全長6m近いからだいじょうぶよ。前に乗せておけばいいわ。銛も一緒にしといてロープで固定しておけば少しぐらい揺れても平気よ」

 ヨットならそれなりにこの海域を進むこともできるだろう。俺一人じゃないということも心強い限りだ。

 たき火の傍で横になり目を閉じる。


 翌日は朝から忙しい。

 ナツミさんが食事の支度をしている間に、マリンシューズからスニーカーに履き替えて、島の中から帆柱の代用になりそうな丸太を切って来た。

 島を巡るキャンプをしていたから小さな鉈は必需品だったんだが、こんな時にも役に立ってくれる。

 丸太は腕位の太さだが長さは3mほどだ。折れたマストに括り付ければもう少し大きく帆が張れるだろう。

 食事はインスタントスープに、ビスケットなんだけど、これが料理とはね。とはいえ、安心できることも確かだし……。

 今日のナツミさんは、昨日と違う水着を着ている。いくつも持っているんだろうか?

 短パンにタンクトップのような水着だけど、上にラッシュガードを着てるから隣にいてもあまり意識しないで済む。


「この丸太で代用できますか?」

「何とかなるでしょう。マストを倒すから、上手く繋いでくれないかしら?」


 ヨットの帆柱は倒すことができるようだ。

 教えてもらいながら前方に倒したところで、運んできた丸太をマストに括り付ける。ヨットには数本のロープが乗せてあったのも好都合だ。

 ナツミさんはマストの先に滑車を取り付けていた。あの滑車を使って帆を張るんだろうな。

 船外機と一緒にラダーも無くなってしまったようだ。

 俺のパドルをラダー代わりにしようと、船尾の両舷にある金具にロープを8の字を描くように張って、その真ん中にパドルを縛りつけた。

 パドルの上を動かせば、水中のパドルが左右に動くから何とかラダー代わりになるんじゃないかな?

 パドルで作ったラダーの動きを、ナツミさんに確かめて貰ったところでヨットの準備が終わる。

 時計では14時すぎだが、まだ昼は過ぎてないようだ。落ち着いたら南中を正午として時刻合わせをしておこう。


 周囲を見渡し忘れ物がないことを確認して、いよいよ出発かな。

 ヨットのアンカーを引き揚げると、錨は長方形の石が縛りつけてあった。 船首によいしょと持ち上げたところで、船尾でロープを確認しているナツミさんのところに向かう。


「ここから帆を張るのは問題よ。少し沖に出てからにしたいんだけど……」

「それなら、漕いでいきますか」

 

 海に飛び込むと、船首に結んだロープを2人で泳ぎながら曳いていく。

 小さいながらもヨットだからね。それなりの重量がある。

 それでも、少しずつ置きに向かって進んでいく。岸辺から100mほどまで出たところでヨットに乗り込んだ。

 舷側に腰を下ろして、コーヒーの入ったシェラカップを2人でカチンと合わせる。出発前のセレモニーかな。


「アオイ君はずっと西に向かってたのよね。私達もそうした方が良いのかしら?」

「周囲を見る限り赤道近くの群島でしょう。西に向かえばその内に誰かと会えると思うんです。これだけ自然な海域はそんなにありませんよ」

「じゃあ、西に進みましょう。上手いことに、風は南東だからヨットを操るのも容易だわ」


 ナツミさんの指示で、帆をマストに掲げることになった。ナツミさんがブームに巻きつけてある帆のロープを解くと、俺が引くロープでマストに帆が張られていく。


「どうにか帆走6できそうね。 このヨットの本来の速度は出ないけど、漕いで行くよりは早いはずよ」

「ところで、ヨットの下には板が張り出しているんですよね。無くなってもだいじょうぶなんですか?」

「少しは残っているわ。風が強いと問題だけど、全速で走るわけじゃないからなんとかなるでしょう。ある程度は舵で補正できそうだし」


 言われるままに、ブームの端から伸びたロープを持って帆に風を捉えると、ゆっくりとヨットが動き出した。

 少なくとも俺の漕ぐカヌーなど比較にならない速さだ。


「時速10kmというところでしょうか?」

「そうねぇ……、5ノットは出てないと思うけど」

 1ノットは、1.8kmほどじゃなかったか? そうなると時速9kmというところなんだろうな。それでも自分で漕がなくても良いのがありがたいところだ。


 風はあまり強くないが、やはり風で右に少し流されるみたいだ。ナツミさんが俺の持っていたコンパスを手元に置いて進行方向をたまに補正している。

 麦わら帽子にサングラスが良く似合ってるな。俺の方は安物の帽子にスポーツサングラスだけど、海面の眩しさを抑えられるならそれで十分だ。


「これなら、夕暮れまでに50kmは進めそうですね」

「今日が無理なら、明日は確実に人里にたどり付けると思うわ」


 1人でないということが、こんなに気持ちを引き上げられるとは思わなかったな。

 ヨット部のホープであるナツミさんが一緒だから操船の心配はまるでない。町に戻ったらさぞかし友人達が羨ましがるに違いない。

 言われるままにブームのロープを引いて風を捉えるのが俺の仕事だ。


「結構上手に風を捉えるわね。ヨット部に是非とも欲しい人材だわ」

「そうですか? だけど、今のままが一番です。それに来年には部活動もできなくなりますから」

 ナツミさんなら、財力で進学できそうだが、俺の場合は努力ということになってしまう。


「それより、このヨットは2人乗りなんですか? だいぶ余裕があるようですが」

「3人は乗れるわ。私の家のヨットなの。お父さんがたまに釣りに行くから船外機も付けてあったのよ。1年生にヨットを教えるのにちょうど良いから、このヨットを使ってたんだけどね」


 自分の家のヨットで後輩を指導なんて、ちょっと唖然とする言葉だな。

 だけど、それなら……。


「このヨットに乗っていた部員はどうなったんですか?」

「不思議な話なんだけど、私だけがこのヨットに泳ぎ着いたの。皆、ライフジャケットは着ていたから、浮かべばすぐに分かるんだけど、しばらくその場にいたけど誰もやってこなかったわ」


 ライフジャケットは、着たらとても潜ることなどできない代物だ。となれば、ここにやって来たのはやはりナツミさんだけだったに違いない。


「不思議な巡りあわせですけど、ナツミさんと会えて良かったです」

「私もよ。同郷が一番だもの」


 同じ町で同じ高校に通っていたのもなんとなく縁を感じる。

 これが見ず知らずの他人だったら、果たして一緒に西に向かおうなんて考えられなかったかもしれないな。


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