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M-001 待ち望んだお楽しみ

 とある日本の小さな町。

 そこには不思議な伝説がある。

 昔々のその昔。遥か彼方から海を越えてご先祖様はやって来た。

 この地に住んで、魚を捉えて暮らしてきたらしい。

 ここで天命を迎えたら、再び海の向こうに帰ることができる。それを夢見て人々は毎日の辛い漁に勤しんできた。

 でも……、たまに天命を迎える前に帰ってしまう者もいるらしい



「いいか、絶対に双子岩には近づくんじゃねぇぞ! あそこで行方不明になった海人は、未だに遺体すら出てこんからな」

「分かったよ。それに俺達が行くのは入り江の西だからね。その話は仲間達だって知ってるよ」


 俺達が住み町は入り江の奥にある。入り江にはいくつかの島と岩があって、太平洋の荒波を打ち消してくれる。入り江の奥は池と間違うくらいに波が殆どないぐらいだから、昔から漁業が盛んな土地なんだよな。

 町の住人のほとんどが何らかの形で漁業に携わっている。20年ほど前に出来た水産加工の大きな会社があるのも一因なんだろう。


 そんな町で夏休みを過ごすとなれば、小さな船で島を巡りながらのキャンプが俺達の人気の的でもある。

 ところが、3年ほど前に一人の少年が帰らぬ人になった。

 数人で入り江を時計回りにカヌーで進みながらキャンプをしていたらしいが、ある日の事、友人たちの目の前で突然に消えてしまったということだ。

 単に溺れてしまったわけではないらしい。沖にカヌーで乗り出して、素潜りをしている最中に、停めてあったカヌーごと消えたということだった。


 まるで都市伝説のような話だが、古老の話では生きながらあの世界に行ったのではないかということだった。


「ワシらは死んでから向かうんじゃが、中には生きたまま行く者もおる。海の彼方にあるワシらの理想郷じゃ。そこで銛の腕を競うんじゃよ」

 俺の爺様がそういって、笑っていたのを覚えている。


 どうやら、昔からの伝承があるらしい。それで、この町には寺があっても墓が無いのだろう。

 去年m爺様が亡くなった時も遺灰は小さな小舟に乗せられ、漁船が沖に曳いて行ったのを覚えている。小舟には遺灰を入れた袋の上に銛先が1つ置かれていた。


 ともあれ、今は21世紀の世の中だ。都市伝説も色々と知ってはいるが、あまり根拠のない話ばかりに思える。

 親父達の心配も分かるけど、たぶん潮流が変化する中に入ってしまったのだろう。

 海で消えた海人さんは、俺達に銛の使い方を教えてくれた兄貴のような存在だったんだよなぁ……。


「西なら心配はなさそうだな。去年は西のロウソク岩でクエを獲った高校生がいたそうだ」

「三村さんだろう。学校でも一躍有名人だよ。あちこちの漁船から誘いが来ているって聞いたことがある」


 クエは滅多に獲れないからなぁ。それを突けるなら運がいい若者ということなんだろう。運の良し悪しは漁獲に影響すると、爺様にも聞いたことがある。たぶんそれを狙った勧誘なんだろうけどね。


「仕事仲間の間でも有名な話だ。お前も頑張ってみろ。さっきの話では、その近くを通るはずだからな」


 夏休みを利用したカヌーでのキャンプと、そこで行われる釣りや銛を使う素潜り漁は、この町で暮らす男達の通過儀礼のようなものでもある。

 その時に獲れた魚の大きさは生涯付きまとうことになるのだ。

 親父が熱心になるのも無理はない。


「明日の朝だったな。準備は出来てるだろうが、これを持って行け。チタン製だからステンレスより刃先は鋭いぞ!」

 テレビ台の下の引き出しから布包を取り出して俺の前に置いた。


 大きさは6cmほどの銛先だが。長さの半分よりも前に、ラインを通す穴が開いている。刺されば森の先端から外れて魚体の内部で回転するから絶対に外れることはない銛先だ。俺にクエを狙わせようってことなんだろうな。


「ありがたく使わせてもらう。連絡したらちゃんと来てくれよ」

「当たり前だ! カメラを磨いて待ってるからな」


 翌日。お袋からお弁当を2つも渡されて、1人乗りのカヌーを親父の軽トラに積んだ。

 向かうは皆が待つ漁港だ。総勢5人の仲間が今回のキャンプの同行者だ。


 漁港に何人かの仲間が揃っている。3艘のカヌーが、漁船を上げ下げする斜路付近に置かれていた。あいつらの荷物もかなりのものだ。まるで夜逃げする感じだな。

 仲間に手伝ってもらって俺のカヌーを運ぶ。親父は仲間達の親父と一緒になってタバコを咥えながら何やら笑い声を上げている。

 昔の思い出話というところだろう。


 カヌーを積んだ軽トラがやって来た。どうやら最後の仲間の御到着ということになる。

 カヌーを俺達が運ぶのを見て、親父達もカヌーのところまで集まってくる。

 出掛ける前に、お小言を食らうのかと思っていたら、親父達の中の1人が酒のビンを取り出して俺達のカヌーにかけながら安全を祈ってくれている。残った俺の親父達は頭を下げているところを見ると、昔からの風習なんだろうな。


「よし、これで終わりだ。良いか! 大きな魚を獲れんような奴には嫁さえ来ねぇんだからな。よその町から貰うことになっちまう。そうなったら一生町の連中に頭が上がんねぇと覚悟しとけよ!」

 黒田の親父さんが俺達に活を入れてくれる。だけど後ろの親父さん達が頷いているところを見ると、それが本当の事に思えてくる。

 俺の親父は近所から嫁を貰ったと言っていたけど、大きな魚が獲れたんだろうか?


「「行ってきます!」」

 黒田の親父に負けないくらいの大声を出して答えると、自分達のカヌーに乗り込んだ。早めに離れるに限ると、誰もが思ったに違いない。

 ゆっくりと漕ぎ出して、数十m離れたところで親父達に手を振ると、向こうも一生懸命に手を振ってくれた。


 さて、先頭は吉村だったな。休憩ごとに先頭を代わることはあらかじめの約束事だ。

 港で釣りをしている連中も俺達に手を振ってくれる。朝早い時間帯なんだが、漁港の中は結構人がいるんだよね。

 俺達に手を振ってくれる人達が、あちこちにいるんだから。


 漁港から出ると少し波が出てくる。そんな波をものともせずに最初の目標地である。小さな岬を目指す。

 昼食をそこで取ったら、一気に宇の島という小さな島に向かう。今夜の野営は宇の島で取るのだ。

                 ・

                 ・

                 ・

 俺達のキャンプは10日の日程だが、すでに3日が過ぎている。島伝いにカヌーを進めてきた俺達の前に、外洋との境である三本松島が見えてきた。折り返すのはもうすぐだ。

 その夜。焚き火を囲んだ俺達は、今回のキャンプで魚があまり獲れないことを嘆くばかりだ。


「俺達の3日前に出掛けた連中がいるからだろうな。かなり荒らしたんじゃないか?」

「だけど、そいつらの姿を見掛けないんだからコースは違っているはずだ。奴らも三本松島の近くでは漁をしてないんじゃないか? 明日はあの近くに潜ってみようぜ」


 仲間の言葉に全員が頷く。このまま帰っても親父達に馬鹿にされるのが落ちだろう。一発勝負にでるのもおもしろい。三本松島の周囲は岩がゴロゴロしている岩礁地帯だ。大物が潜んでいてもおかしくはないからな。


 翌日。朝からレトルトカレーという食事を取ったところで、吉田が持ってきたウイスキーを飲んで気合を入れる。

 大型の銛をカヌーの横に結わえたところで、三本松島を目指した。

 皆から少し出遅れたのは、貝原のカヌーの荷物を俺のカヌーに積んでいるためだ。カヌーの水密ハッチが緩んでしまったらしい。俺の荷物と一緒にカヌーの後ろにある荷物入れの中に入れたから、重心が少し変わって漕ぐのに骨が折れる。何を入れてるんだか重いバッグだったぞ。


 皆とだんだん離れていくけど、このままでも潜る回数1回分の差ぐらいになるだけだろう。

 最初に潜った者が、必ずしも大物を突けるわけではない。運が作用するのは俺だって分かる。


 どうにか仲間達のカヌーに追い付いた時には、すでに連中は海の中だ。

 大急ぎでマスクとフィンを用意すると、海に飛び込んだ。

 先ずは、カヌーが流されないようにロープで海底の岩に結んでおく。

 一端浮上して、銛を手に今度は獲物を探し始める。


 仲間達との距離は数十mほど離れているに違いない。海に入った後は、互いに姿を見せることはほとんどないからな。

 数回ほど潜って獲物を探したのだが、大物はおろか小魚さえあまり見かけない場所だ。

 こんな場所に潜ったのは、初めてじゃないかな?

 普段なら群れをなして小魚が泳ぐ姿を見られるのだが……。


 場所を変えようかと思っていた時だった。前方に深い穴が見えてきた。かなり深そうで、透明度が高いこの辺りでも底が見えないほどだ。

 一端浮上して、一息入れる。

 あの場所を調べてみるか。かなりの深さがあるから大物が潜んでいてもおかしくはない。

 周囲を見渡すと近くのカヌーで休んでいる仲間の姿が見えた。


「おお~い。どうだ?」

「小魚ばかりだ。そっちは?」

「小魚すら稀だよ!」


 情報交換を素早く済ませると、銛を掴んで一気にあの穴を目指して潜っていく。

 小魚すらいないというのは大物を恐れての事じゃないのか? やはりあの穴が一番怪しいな。


 ほとんど円形に見える穴だが、直径は20mを超えている。

 薄暗い穴底を目指して潜っていくと、周囲の壁に亀裂が殆どないことに気が付いた。円筒形の穴の側面を見ながらさらに深場を目指す。

 やはり、おかしい。どう考えても自然に出来たものではなさそうだ。

 

 一端、浮上しようと上を見た時だった。

 頭上に小さな光の円板が見える。どう考えても数十mは潜ったかのようだ。息が続くわけがない。

 急いで上に向かって泳ぎだす。

 光の円板が少しずつ広がっているようだが、依然としてそこまでの距離は遥かに思えてきた。

 

 ここで溺れてしまうのだろうか? バタ足もいつしかゆっくりとなってきたし、意識も少しずつ遠のいてくる。

 その時だった。何かが俺の体に巻き付き、俺の体を深場へと連れ去ろうとしている。体の締め付けがきつくなり、肺に残った空気がぼこぼこと音を立てて口から吐き出されている時、左手に激痛が走った。

 どうやら、ここまでのようだな。痛みで一瞬意識が戻ったけど再び闇の中に溶け込んでいく。

                 ・

                 ・

                 ・

 ふと、目が覚めた。

 どうやらカヌーに寄りかかって眠ってしまったようだ。魚もいないことだし、今日の野営地に早めに移動した方が良いのかもしれない。

 だいぶ疲れが溜まっているのだろう。こんな状態で寝入るなんて初めてだ。


 カヌーのロープを解こうとして、海に潜ってびっくりした。

 慌てて水面に浮かぶと、深呼吸を繰り返すともう一度海に潜る。

 驚いた……。最初は気の迷いかとも思ったけど、やはり俺の目の前に映る光景は最初と同じだった。


 三本松島の周囲は岩場の筈だが、どこまでもサンゴが続いている。まるで話に聞く熱帯の海そのものだ。

 俺が岩に結び付けたロープはテーブルサンゴに引っ掛かっていた。とりあえずロープを外して浮上したのだが、寝ている間に流されたんだろうか?

 黒潮が沖を流れるから外洋側にはサンゴがあると聞いたことがあるけど、これほどとは思わなかったな。それに海水温がやけに高い。生温かく感じるほどだ。


 かなり流されているみたいだから、早めに仲間と合流しようとカヌーに乗った時だ。

 周囲の光景が変わってしまった。

 三本松島の近くだったはずだが、そんな島はどこにも見えない。

 俺の周囲には、見たこともないお饅頭のような島があちこちに浮かんでいる。

 いったい、ここはどこなんだ?


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