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N-138 我ら望むは平和な世界 (END)

 交渉決裂と同時に現れたネダーランド王国の軍船は8隻だったらしい。

 新たなリーデン・マイネと元グラストさん達のカタマランに搭載した大砲で、武力外交を企てようとした軍船は6隻が一方的に沈められたとの事だ。

 事前の根回しで、非武装船を従えて見守っていた北と南の王国が慌てて調停に入ったらしい。


「基本的にはカイトの目論見通りという事じゃな。我らと事を荒立ててはいかぬとネダーランド王国も学んだようじゃ」

「となると、新たな協定は他の王国とも交えて行う必要がありますね」

「そうなるじゃろう。直ぐに次のリードル漁が始まるが、上位魔石を3つ用意してくれぬか? 調停には贈り物も必要になるじゃろうからのう」


 それ位なら問題ないだろう。俺の取った魔石を贈れば済む事だ。

 それで千の島の長い平和が続くなら、たかが1日のリードル漁の漁果でしかない。


「分かりました。ところで、これが残金になります」

 革袋の金貨は半分以上が残っている。

 世話役に手渡すと、長老が頷き合って袋から3枚の金貨を取り出した。

「魔石の前金じゃ」

「別に報酬など……」

「大型リードル等我らは見たことも無い。グラストを持ってして『あれは俺には無理だ!』と言わしめるほどなら、タタで頼むわけにもいくまいて」


 そう言うと、パイプを取り出して美味そうに楽しんでいる。

 俺もパイプを取り出した。

 囲炉裏で火を点けたところで、次の目標を提案する。


「必ずしも平和が訪れたわけでは無い事に注意してください。俺達の軍船が強力であることから手出しを差し控えると言うのが正しいところでしょう。

 リーデン・マイネの大砲を撃つための火薬、それと砲弾は残り少ないはずです。現時点ではサイカ氏族の島周辺を遊弋(ゆうよく)していれば、相手に与える効果は絶大ですからしばらくはそのままで良いでしょうが、もう1度海戦を行えるだけの砲弾を準備する必要はあるでしょう。新たに、カタマランクラスの小型の軍船を作る事は可能です。大砲の予備が2門ありますからね。

氏族は5つですが軍船は4隻。しかも大砲の砲弾は1門当たり15発。これで調整してください」


とは言っても、残った氏族も欲しがるだろうな。

この辺りは種族会議の結果待ちで問題は無いだろう。


「カイトの要求するのは、あくまで王国と対等の約定じゃな?」

「そうです。かなり脅しても良いでしょう。水の魔石の採取停止。沿岸都市への砲撃、場合によっては、かつてのネコ族による大陸覇権もほのめかすことも可能です。

 それに、俺達には軍船だけではない事を暗に示すこともできますよ。

 マイネに頼めば、神亀を出現させること位は可能です」


 数年後なら確実だろう。まだ言葉がどうにか理解できるだけだからな。

 10年後には、龍神さえ味方に付けることができるかも知れない。双子の願いなら龍神は姿を現すだろう。

 数年をどう過ごすかが問題だ。軍船による防衛はいつまでも続くとは思えない。

 超自然の存在である龍神達に俺達の守護を出来れば委ねたいものだ。


「千の島は龍神によって守られるという事じゃな」

「我等ネコ族は、好戦的な種族だったと聞きます。覇権を唱えず、この約束の地で穏やかに暮らしましょう。ですが、かつては大陸で覇を唱えた民族であることも忘れてはなりません。俺達にその自覚があり、大陸の王国にその時の戦の記録があれば、我らとあえて事を構えることにはならないはずです」


 切れる刀は鞘に納めておくべきだ。見せるべきものでは無い。

 それが切れると言う事を持ち主と相手が知っていれば良い。


「対等で、我らの版図に入る商船の規制は王国側に任せるのじゃな?」

「少しは余禄があっても良いでしょう。あまり商船に税を課せば、その商船の品物は値段が高くなります。結果、品物の売買量が減りますから、その王国の商船は少しずつ数が減るでしょうね。商船の運航は王国側の責任になりますから、横暴を働く事は無いでしょう」


「サイカ氏族の島に作ったネダーランド王国の施設はどうするのじゃ?」

「商業ギルドに貸与してはどうでしょうか? 大陸との交易を有効に行うためにも、商業ギルドは千の島に拠点を欲しがっている筈です。

トウハ。ナンタ、ホクトの各氏族が大型保冷庫を乗せたカタマランを作れば、生鮮魚類をサイカ氏族の島に送るのも楽になるでしょう」

「日持ちを考えた物は今まで通り、生ものは早く運ぶという事か。カタマランでなら時間は半分以下になるからのう」


「その辺りは商業ギルドと調整を図れば良いと思います。王国とて商業ギルドをおろそかにすることができません。その施設が千の島にあるとなれば、我らへの攻撃は事前に商業ギルドと調整を行う必要も出てきます」

「カイトの言う独立とは、仲間を増やすことで実現するのじゃな。種族を集めて外敵に備えることが必要じゃと思っておったが、そのように根回しをする事でも可能になるのじゃな」


 ある意味、同盟的な意味合いになるんだろう。

 対等な同盟なら積極的に結ぶべきだ。それが俺達の平和な暮らしに少しでも役に立つなら……。


・・・ ◇ ・・・


 リードル漁を無事に終えて、俺の取った上位魔石3個と中位魔石を数個持って長老は種族会議に向かって行った。

 その後にはネダーランド王国と他の2つの王国との調整が待っているから長老にはなりたくないものだな。

 エラルドさん達は少し離れた場所で待機しているのだろう。圧倒的な力の差を見せつけた以上、リーデン・マイネに倍する軍船で王国の特使がやって来ても、何ら威圧は感じないはずだ。

 相手が、上手に出たら大砲を1発撃つだけで、提案を退けるだろう。

 手続きは面倒だけれど、対等条約であれば問題は無いはずだ。


「もうすぐ皆で素潜りに出掛けられるぞ」

 甲板のベンチに座ってリーザが入れてくれたお茶を飲む。

 いつになく涼しい朝だ。マストから張った天幕が屋根になって刺すような日差しを抑えてくれる。

 マイネは俺の隣で一丁前に小さなカップでお茶を飲んでるぞ。

 サリーネがそんなマイネにやさしいまなざしを送っている。

 双子はライズとビーチェさんが抱いているけど、だいぶ育ってきたな。もうすぐハイハイをするだろうから目が離せなくなるぞ。


「今度は遠くに行ってみたいにゃ。エラルド達も帰って来るから一緒に行けるにゃ」

 ビーチェさんも夫の無事を見るまでは心配なんだろうな。

「もう直ぐですよ。また昔のように漁をする日々が始まります」


 出漁に備えて見習いが一生懸命に銛を研いでいる。

 乾季の漁は素潜り漁だ。俺も家族が増えた分はがんばらないとな。

 ラディオスさんのところも、2人目が雨季には生まれるとの事だ。

 いつの間にか、若者とは呼ばれなくなってきている。

 すでにこの世界で5年以上の年月が過ぎている筈だ。エラルドさんに連れられて素潜り漁をしたのがつい昨日のようにも思える。

 そんな事を考えるようになったのは、俺も年を取ったのだろうか?

 まだまだ若者の一員で、色んな漁に挑戦したい。その思いがある限り、俺は若いままでいられるんだろう。グラストさんやエラルドさん達のように。


 ブオオォォーとブラカの音がする。

 種族会議も気になるが、今は俺達がやるべきことをやろう。


「サリーネ、出発だ!」

「了解にゃ」

 サリーネがライズと共に操船櫓に上っていく。

 双子を伴って嫁さん達が小屋に向かったので、隣にいたマイネも小屋に走って行った。双子のお姉さんだから色々と大変なんだろう。

 テーブルのカップを見習いの娘さんが片付けてくれる。

 俺は船尾のベンチで様子を見ていれば良い。出番は漁場に行ってからだからな。

 

 素潜り漁を2日続けて氏族の島に帰る。

 ブラドが多いがバルタスが10匹以上混じっている。

 中々の漁果に違いない。

 嫁さん達がカゴで燻製小屋に運んでいるけど、桟橋がかなり痛んで来たな。

 バルテスさんから長老会議で桟橋の整備について提案して貰おう。


「西はどうなってるんだろうな?」

 ラディオスさんがパイプを咥えて船を渡って俺のところにやって来た。

 ベンチに座って、互いに西に顔を向ける。そこには尾根の1つが張り出し岬になっているから西の海は見えない。

 だけど、俺達の脳裏には新たなリーデンマイネの操船櫓で指揮を執っている2人の姿が浮かんで来る。


 サイカ氏族の島を眺められる位置で、ずっと長老達の後ろを守っているはずだ。

 もう過ぐ新たな約定が定まるだろう。

 その中で、俺達の新しい国名が披露されるはずだ。


 『ニライカナイ』海の向こうの理想世界。

 大陸の連中にそう呼ばれるようにしないとな。その楽園は俺達が作っていくものだ。

 龍神の加護はあっても、それではネコ族の矜持が許さないんじゃないか?

 俺達の毎日の漁が上手く行くようにとは祈っても、俺達を外敵から守ってくださいとは祈れないだろうな。

 マイネと双子の存在はあるけれど、それは俺達の日々の暮らしを見て龍神が満足するための目であると俺は思っている。

 

・・・ ◇ ・・・


 乾季の中ほどになって、エラルドさん達が帰って来た。

 やはりリーデン・マイネの存在にネダーランド王国も千の島を版図に含めることは断念せざるを得なかったらしい。

 

「圧倒的な強さだった。大型軍船であっても、1回の砲撃で片舷側を水面下まで破壊されてはどうしようもあるまい。慌てて救助を行っていたが、多くは鎖で編んだヨロイを着ていたからな。かなりの兵士が海底に沈んでいった」

「敵兵であっても痛ましい限りだな。向かってこない限り砲撃は止めたのだが、それでも功を焦った連中がいたことは確かだ」


甲板に何時ものように輪になって座ると、そんな戦の様子をワインを飲みながら教えてくれた。


「だが、これでニライカナイは我等ネコ族のものになる。千の島の海図を商船が提示してくれたから一番外側の島から半日の海域までが俺達の版図だ。広大な海域だ。更に遠洋に漁をしに出掛けねばなるまい」

「もう、3つ、4つ氏族が増えても問題ねえだろうな。それで問題の軍船だが、ナンタとホクトに俺達の改造した軍船を渡したぞ。残った砲弾も渡しておいたが、1門当たり16発分だ。リーデン・マイネの弾が足りねえし。サイカとオウミ氏族もナンタ氏族と同様の軍船を欲しがっていた。これは仕方がないだろうな」

「15発分の砲弾と火薬を作って終わりにしますよ。サイカとオウミは俺もそうなるんじゃないかと……」


「軍船はあの島に隠しておけば良いだろう。整備して塗料を塗っておけば長く使えるだろうし、王国にしても最強の軍船のありかが分からなければ手出しは出来ないだろうよ」

「各王国が5隻に限って鑑札を出すらしい。都合15隻だから今までよりも船の到来が多くなりそうだ」


 王国の軍船が近くを動かなければそれで十分だ。

 俺達は昔のように穏やかに暮らせるって事だな。


「父さん達はもう出掛けなくて良いのか?」

「ああ、これで終わりだな。エラルドはカイトの船に乗るだろうし、俺はラディオスの船だ。大きいから見習いも乗せられるしお前達にだってまだまだ教えることはあるからな」


 そう言って俺達を眺めて笑い声を上げる。

 つられて俺達も笑ったけれど、俺達の腕がまだまだだと言ってるんじゃないのか?

 確かにグラストさん達から比べると劣ってるのかも知れないけどね。


 明後日の漁を約束して皆が帰って行ったが、俺はベンチでのんびりとワインを楽しんでいる。

 いつの間にか飲めるようになってきたのは、ラディオスさんやグラストさん達のおかげだろうな。宴会がこれほど多くなるとは思ってなかったからな。


「これで昔に戻るのかにゃ?」

 ワインのカップを持ってサリーネが隣に座る。

「ああ、これで昔以上になる。ニライカナイはネコ族が平和に暮らせるところになるよ」


 いつまでも平和に暮らさねばなるまい。それを見守る存在がいるんだから。

 見上げると満点の星空だ。

 銀河まで綺麗に見えるぞ。

 俺が暮らしていた向こうの世界も星が綺麗だったが、これほどでは無かった。

 それでも2度と帰れないと思うと懐かしく思える時もある。

 だが、帰ったとしても浦島太郎になっているんじゃないか?

 再び、この世界を思い出して渚をさすらうよりは、皆で仲良く暮らしたいと思えるようになってきた。

 明日も、色々と漁の準備をしなければいけないだろうな。

 今夜は、このカップを空けたところで寝ることにしよう……。

                  ・

                  ・

                  ・


END



<< エピローグ >>



 仕留めたブラドを銛先に付けたまま、浮上してプファーと息をつく。

 このサンゴの崖はかなりの段差がある。海底までには12mを超えてるんじゃないか?

 この海域で漁をするのは俺達が最初なのだろう。大型の魚が多いし、あまり俺達を怖がっていないようだ。

 素早く周囲を眺めてザバンを探す。2艘のザバンがトリマランから下され、船首に赤い旗竿を立てているから直ぐに分かった。

 泳いで近付くと、ライズがパドルを握っている。


「大きいにゃ。だいぶ獲れたから一度船に戻るにゃ」

「ビーチェさん達はどうだい?」

「同じ位にゃ。頑張らないと負けてしまうにゃ!」


 ヨシ! と親指を立てて、獲物を外した銛を持った再び海底に向かう。

 まだまだエラルドさんには敵わないな。


 昼で漁を終えるとトリマランに戻った。どうやら3匹程負けたらしい。明日は頑張れと嫁さん連中に言われてしまった。

「子供達は?」

「神亀に乗って出かけたにゃ。もうすぐ帰って来るにゃ」


 この頃、度々神亀が遊びに来る。

 大きな甲羅を海面に出して子供達を乗せて遊んでいるんだが、そのまま海底に連れて行かれないかと心配だ。

 不思議な事に心配してるのは俺だけで、他の連中は全く心配していない。

 神亀とはそれ位信頼できるしろものなんだろうか?


「あれだけ乗りこなせるなら軍船は不要だな。あれを見ただけで他国は俺達をそっとしておくだろう」

「そうですね。更に龍神だって出て来るかも知れませんよ。でも、俺は神亀も龍神もそっとしておきたいです。いつまでも俺達の守り神でいて欲しいですからね」

「確かに……。子供と遊ぶ姿は神ならではの事だろう。俺達と一緒になるようでは問題だろうな」


 今のところはネダーランド王国もおとなしいものだ。

 他の2王国も問題ない。

 リードル漁のたびに3王国に魔石を贈呈しているが、これは税金では無い。

 向こうもキチンと返礼に鍛えられた銛を贈ってくれる。婚礼の航海に出る若者にそんな銛を進呈するのもおもしろい。

 

「帰って来たにゃ!」

 ライズの声に首をめぐらすと、亀に乗った子供達が俺達に向かって手を振っている。

 俺達も手を振ると、神亀の頭が海上に浮上してこちらを見ているようにも見える。

 ファンタジーな世界だよな。彼女達にはザバンは必要ないんじゃないか?

 神と子供達が共に遊ぶ。そんな不思議な世界がこのニライカナイなのかも知れない。

 お祖父ちゃんが話してくれた南の楽園は、正にこの世界なんだろう。



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