N-136 砲船が出来た
雨季が近付いてきた。
たまに豪雨が襲ってくるけど、2時間も続かない。こんな天気が続くと、そろそろリードル漁の季節が来たことが俺にも分る。
「俺達の方は8割方終わったな。周囲に真鍮の板を張るのと、大砲の組み込みが残っているだけだ」
「俺も、120個作りましたよ。何度か大砲の試射は出来そうです。次は砲架ですが、甲板に少し工夫が要りますから、リードル漁の後で良いでしょう」
夜の集まりで、そんな話になったことからカマルギさんが来るのを待って、俺達は氏族の島に戻ることにした。
なんと言っても、リードル漁は俺達のボーナス的なところがあるからな。
それで稼いだ金で、ネコ族は動力船を手に入れているのだ。
2昼夜を掛けて島に帰ると、俺達は休養となるが、リードル漁に備えて銛を研ぐ事になる。
見習い達も自分の銛を研いでいるが、俺の大きな銛を見て驚いていたぞ。
ラディオスさん達は2人で組みになって大型リードルを捕らえていたが、見習い達にはまだ無理かもしれないな。腕を見てから教えてやろう。
昼過ぎには、カルーネスさんがカヌイの長老の手を引いてやってきた。
リトネとレミナを1人ずつ抱き抱え、何事か呟いているが、俺には何を言っているのか分らない。
俺達の話す言葉とは少し違うみたいだ。
「カヌイの長老も2人の誕生を喜んでいます」
「ありがとうございます。ところで、長老は何を話し掛けているんでしょうか? 俺達の言葉とは異なるようですが」
「真言と私達は教えられています。神と対話する時に使う言葉ですから、その意味を理解できるのはカヌイだけでしょう」
そんな話は向こうの世界でも聞いたことがあるな。
ある意味、宗教家の権威付けに近いんじゃないかと思ってるけど、適当に言ってる訳ではないんだ。意味は教えてくれないんだろうな。
甲板のベンチでカルーネアさんとお茶を飲んでいると、ふらりとカヌイの長老が小屋から出てきた。
甲板のテーブルにサリーネが案内して、直ぐにお茶のカップを差し出す。
「これで、ワシの願いは全て託したにゃ。聖印は伝承にある通り。我ら種族を導いてくれるにゃ」
大任を果たしたような安堵感が表情に出ているな。
これで、聖印、宝珠、聖痕が揃った事になるが、リーザだっているんだよな。いったいリーザのまだ見ぬ子にはどんな事が待ってるんだろう?
「竜神が俺達に示す印は、他には無いんですか?」
「伝承では、もう一つあるそうじゃ。聖姿とあるが、どのような物かは伝えられておらぬ。このまま進めば、リーザの子がそれを持つかも知れぬのう」
『姿』というのがヒントなのかも知れないな。
まさか、竜神そのものの姿で生まれるわけではないんだろうけどね。
その夜、長老会議に呼ばれて小屋に顔を出すと、4人の長老が揃っていた。
リトネとレミナの誕生、それに伴う龍神との経緯をグラストさん達から聞かされて驚いていたようだが、俺に対しては双子の誕生の祝いを言ってくれた。
「新しいトウハ氏族の誕生じゃ。めでたい事で嬉しい限りじゃが、リードル漁には問題が出たぞ。各氏族ともに上級魔石を2個、それに取れた魔石の2割を要求してきた」
「5つの氏族で10個の上級魔石を上納することなど、無理そのものだ。出来ないときの見返りは、サイカ氏族の島という事らしい」
上級魔石を得る手段があるのは、ナンタ氏族の大型トゲヒトデとトウハ氏族の大型リードルになる。
俺も数個は持っているから、何とかなる数ではあるな。
「用意出来そうか?」
「上手く運べば最後の要求にもなるんですから、数を揃える事になります。数個は手持ちしてますから次のリードル漁で何とか出来るでしょう。今のところはおとなしく従う外に手はありません」
「済まんのう。カイトに迷惑を掛け続けじゃ」
「俺もトウハ氏族の一員ですから、お気になさらずに」
しばらくは今のトリマランで十分だからな。
次を作るのはマイネが年頃になったころになるんじゃないか?
「南のコーサラ王国それに北のスジャーラム王国は、我らの行動に賛意を示すとのことじゃ。ネダーランドとの縁戚関係は持っていないようじゃな」
権益の一部が何もしないでやってくるんだから、賛意は当然か……。
権益と言っても中位魔石3個相当分だからな。割り当てる交易船が5隻という事だから、ネコ族全体で考えればそれほど苦にはならない。
上手く行けば、国境付近に軍を派遣してくれるかもしれない。
たとえ、国境警備に倍する程の数であっても、ネダーランド王国では無視できない事になる。同時に3方向の軍隊の展開は視野に入っていないんじゃないかな?
「長老に確認したいことがあります。もし……、大陸の一部でも、次の戦で得ることができる状態になった時、ネコ族はどうしますか?」
「それは、5つの氏族の長老と何度も話し合った。我らは大陸からやってきた。大陸で覇を唱えたこともある種族じゃ。再び大陸に戻れるならば……、その足掛かりが得られるのであればどうするとな」
「結論は出たぞ。我らは千の島で龍神の加護を受けた種族じゃ。この地を離れて覇を唱えても再び戻ることになろう。その時、我らは龍神の加護をまた受けることが出来るのであろうか? おそらく出来まい。わずかな漁で子供の飢える姿を見て暮らすことになろうな……」
過去の戦を再現を恐れているようだ。種族を説得するために龍神を持ち出してはいるが、千の島に逃れてきた当時は、そんな光景だったに違いない。
穏やかな漁で暮らす日々をネコ族は選んだと言う事だな。
「俺も同感です。千の島を領地として俺達の国を作りましょう」
「そうじゃな。確かにそうなるであろう。名を考えなくばなるまい」
「良い名を知っています。かつての千の島を先人達が呼んだ名でよろしいでしょう」
「そんな話をカヌイの長老に聞いたことがある。それで良いじゃろう」
リードル漁には6日後に出掛けることらしい。
それが終われば、大砲も届くだろう。俺のトリマランの中も色々と荷物が増えてるから早いところ、軍船に乗せなければならないな。
・・・ ◇ ・・・
体力を温存しながら2日間のリードル漁を行い、3日目の大型リードル漁をラディオスさん達と専門に狙い続けた。
どうにか8個の上級魔石を手にしたから、ネダーランド王国が俺達に科した無理な要求には答えることが出来たぞ。
氏族の島に帰ってくると、俺が頼んだ荷物が全て届いていた。長老に貰った金貨で支払いを済ませると、秘密の島に直ぐに出発する。
「上級魔石が皆無くなったにゃ」
「それでも、ネダーランドの連中がこの辺りをうろつくよりはマシだろう。もう少しの我慢だ」
「そしたら、前みたいに毎日漁をして暮らせるのかにゃ?」
「そうなると良いね。そのためにエラルドさん達が頑張ってくれるはずさ」
秘密の島に向かう途中は、ひたすらトリマランを走らせるだけだ。
大砲を積んだり食料を積んだりで、小屋の中は荷物でいっぱいだけど、5隻の船ではまだ材料が足りない感じだ。カマルギさんが少しずつ届けてくれる事にはなってるが、何とか雨季の間に完成せねばなるまい。
双子の泣き声にリーザが慌てて小屋に戻ったけど、元気な泣き声だからお腹がすいただけなんだろう。マイネも妹の傍から離れないな。姉さんぶっているんだろうと思うとかわいらしくなる。
秘密の島の入り江に船を停めると、いきなり雨が降り出した。雨季だから仕方が無いけど、作業を進めるには問題だな。
軍船の甲板を覆う装甲板は張り終えているらしいから、今度は真鍮の板を鱗状にクギで打ち付ける事になる。小屋のようになった広い甲板に砲架を受ける簡単なガイドレールを作れば発砲時の衝撃で後退する砲架をある程度制限できるだろう。
その工作は俺の仕事になりそうだ。
翌日から、豪雨の合間を縫って資材を運び軍船の制作に再び取り掛かる。
俺は小屋の中だから良いようなものの、ラディオスさん達は空を度々見上げながらの作業になるだろうな。
グラストさん達は操船用のラダーや魔道機関の出力調整用レバー等の調整を行っている。
大型の魔道機関がトリマランの左右に取り付けられるし、真ん中の船にだって固定式と可動式魔道機関が取り付けられるのだ。全体調整は試験航海になるだろうが、事前にできることは済ませておくつもりのようだな。
「この床の柱が砲架のガイドという事か?」
「そうです。たぶん4YM(1.2m)程度大砲を撃つと砲架が後ろに動くんじゃないかと。ガムを編んだ緩衝用の紐を50cm程、装甲板と砲架の間に3本付けましたから、それほど後退するとは思えないんですけどね」
最後はガイド後方に置いた砂袋に当たって止まるだろうけど、どれほどの反発力を受けるかはやってみないと分からないんだよな。
火薬のテストでは周囲を砂袋で包んでしまったから、その辺りは未経験領域って事になる。
左右に4門ずつ柱でレールを作った後に砲架を組み立て大砲を乗せる。
大砲の重心位置で左右に張り出した突起をしっかりと砲架に組み込めば、発射時の反動は全て砲架に伝わりガイドレールに沿って後退する。
発射時には砲架より40cm程砲身が伸びているから、甲板を覆う装甲板の一部分を鎧戸のように開いて大砲を突き出すのだ。
「左右に撃てるが、その時は大砲の方向を変えなければならないな」
「もっと大型の軍船なら他にも方法はあるんですけどね。今回であれば、これで十分だと思います」
軍船の方が終了すると、グラストさんとエラルドさんの船に大砲を2門乗せられるように小屋と甲板の改造を行う。
軍船で要領が分かってるから、改造は意外とスムーズに出来た気がする。
そんな事をしていると、月日だけがどんどん過ぎていく。
豪雨の降る時間が少しずつ短くなってきた。そろそろ雨季も終わるのだろう。
「どうにか完成だな。これでネコ族は3隻の強力な軍船を持ったという事になる」
「ああ、長老達も種族会議に出掛けたらしい。いよいよネダーランドが招集した会議で事が始まるって事になる」
カマルギさんが動力船を動かす男達を連れてやって来るのを俺達は待っているだけだ。
すでに3隻が完成し、入り江に浮かんでいる。
大砲の試射を実際の軍船でやってみたのだが、思ったようには後退しなかったな。1m程下がったが砂袋の手前で止まったぞ。
それでも、装甲板で覆われた中での発射音はすごかった。
しばらく耳がキーンって鳴ってたからな。戦の時には耳を何かで覆ってなければ耳を悪くしそうな感じだ。




