N-135 双子を祝福する者
秘密の島にやってきて4日目の事だ。
乾季には珍しいほどの豪雨が朝から続いている時に、ライズのお産が始まった。
グラストさんの嫁さんやビーチェさんカルーネスさん達が付き切りで介護をしてるけど難産なんだろうか? ちょっと心配になってきた。
そんな心配をしても俺には何もできないから、甲板に張った屋根代わりの天幕の下で、グラストさんやエラルドさん、ラスティさん達と早く生まれることをパイプを煙らせながら待っていた。
「ラスティも難産では無かったんだがな」
「バルテスの時もそうだ。育ち過ぎたってことか?」
そんな話をエラルドさん達はしているけど、何の参考にもならないな。
ますます雨が強くなってきた。周囲が海だから浸水することは無いだろうけど、昼過ぎなのにまるで夕暮れ時のような空に変っている。
「父さん!」
ラスティさんが立ち上がると、豪雨の中に飛び出して南西に広がるサンゴの谷間を指差した。
何のことかと、俺達も立ち上がって南西の海を見た。
水底が赤く光っている。しかも脈動しているぞ!
「竜神か?」
「たぶんな。神亀と言う事もありそうだが、細長く光っているところをみると、竜神と考える方が良さそうだ……」
エラルドさん達はその怪異に驚いてはいるものの、冷静に相手を分析しているようだ。
だが、竜神であるならその出現理由があるはずだ。
俺をこの世界に連れて来て、聖痕を刻んだように、ただ出現しただけに終わるはずが無い。
待てよ、今の氏族の島を教えてくれたのも竜神なんだよな。
とすれば、俺達に何かを教える目的で来たのかも知れない。来年には間違いなく戦が起こる。それを危惧してやってきたのだろうか?
「父さん。何でやってきたんだろう?」
「分らん。他の船も気付いてるのか?」
周囲の船を眺めると、やはり甲板に出て海の怪異を眺めながら、小声で話をしているようだ。
「おい、こっちに近付いてくるぞ!」
脈動する光の帯はゆっくりとトリマランに近付いている。
この船に何の用だ?
光の帯の先端が更に近付き、甲板から数mほどに達した時だ。
突然、海面が沸騰するように盛り上がると、赤みがかった金色の光を放つ龍が姿を現した。
尖ったワニのような顔立ちには、長い髭が左右に2本伸びている。人間のように顔の正面にある大きな目には瞳が2つあった。ライオンのようなタテガミが頭から背中に伸びていた。
体全体から燐光を発し、それが甲板にも零れ落ちては消滅する。
いつの間にか、左腕の聖痕が熱を帯びている。それ自体が竜神の発する光の明滅と合わせて輝いているようだ。
ジッと俺を見ていたが、次の瞬間に頭を小屋の中にするすると伸ばしていき、それを眺めていた俺達は体を動かすこともできない。
やがて、子供の泣き声が喫超えたかと思うと、竜神が小屋から姿を現わし、再び俺達に顔を向けた。小さく頷くような仕草を俺にしたかと思うと、大きな水音を立てて海の底に沈んで行った。
豪雨の海面の下で、長く光の帯を引きながら外洋に向かって遠ざかっていく。
光の帯が見えなくなるに従って、あれほどの豪雨が過ぎ去っていく。みるみる空が明るくなって、突き刺すような乾季の日差しが俺達を包む。
遠くに虹が見える。2つの巨大な虹だ。
ぼんやりと俺達が虹を眺めていたところに、ビーチェさんとカルーネスさんが布にくるんだ赤ん坊を抱いて小屋から現れた。
「無事に産まれましたよ。双子の女の子です」
「女の子だと?」
エラルドさん達が思わず聞き返している。
「ええ間違いありませんよ。竜神の祝福を受けて生まれた双子の女の子です」
「それより、ライズは?」
「かなり苦しんでいましたが竜神様のお陰で直ぐに産まれました。今は穏やかに眠っています」
それなら一安心だ。エラルドさんのもう一人の奥さんはリーザを生んで亡くなったと聞いたからな。この世界に満足な医療は無いだろうから出産で命を落とす嫁さんは意外と多いらしい。それもあって多妻の風習が生まれたんだろうな。
布に包まれた新たな家族の顔を見る。ネコ族だから生まれ時は小さいから本当にネコのように見えるぞ。
そんな2人の赤ん坊の額に見慣れぬ輝きがある。
「気が付かれましたか? 竜神の髭が赤ん坊の額を貫いた跡です。聖印ですよ。先人の伝承にありましたが、ネコ族でこれを持ったものは初めてです」
愛おしそうにカルーネスさんが聖印を撫でているけど、それって問題ないのか? 脳に触れたと言う事になるぞ。聖痕どころの話では無さそうだ。
ひょっとして、竜神を2人が呼べたりするんだろうか?
そうなると、あの歌を教えなければなるまい。
竜神よ……。竜神よ……。
トンガカサクヤ……インドムー……
頭の中で、双子が踊りながら歌う姿が想像できるぞ!
「天啓なのでしょうか?」
「おそらく……。マイネさんは神亀と意思を伝え合う事ができるでしょう。今度の場合は、竜神と意思を伝え合う事もできると考えられます。カヌイの長老に早く伝えねばなりません」
たしかに、あのお婆さんならもう少し知ってるかもしれないな。
だが、あえて幼子に科した事も考えるべきだろう。
「マイネそれに今度の双子を考えると、竜神との接点が生まれたと言う事でしょうね。2人の守護と言うよりも、俺には無垢な子供の目で俺達の生きざまを竜神が知りたいのでは、と考えています」
「たぶんカイトさんの言葉の通りでしょう。竜神は私達に直接手を差し伸べません。自分の選びし者を除いてですけど……」
聖痕に持ち主は助けると言う事か? それで豊漁が約束されるんだろうか。
まあ、俺達がどうなろうとも、マイネ達には穏やかな暮らしをさせたいものだ。
「ところで名前は?」
「リトネリムにレミナリス……。長老から預かった封には、そうありました」
「リトネにレミナですね。氏族の島にはカマルギさんの船が来たら乗せて貰えますよ」
何か、度肝を抜かれた感じだけど、無事に生まれたんだからな。今夜はお祝いって事になるんじゃないか?
釣竿を取り出しておかずを釣らねばなるまい。
ビーチェさん達が大事に赤ん坊を抱えて小屋に入って行った。
他の船からもザバンに乗って、嫁さんを連れた男達がトリマランにやってくるのが見える。
「サリーネ、酒器を用意してくれ。皆がやってくるぞ」
「男ではなかったか……。それでも竜神の祝福を受けて生まれてきたのだ。ネコ族のために俺達を導いてくれるだろう」
グラストさんが、さも残念そうに言ってるけど、内心は孫の誕生に喜んでいるはずだ。
日差しが強いから甲板は直ぐに乾く。
ヤシの葉を編んで作った敷物を広げて酒器が並ぶ。
俺達は酒を飲み、嫁さん達は小屋の中で赤ん坊を眺めているはずだ。
昨日までは軍船や火薬作りに精を出していたけど、俺達の本来の姿は小さな幸せや喜びをみんなで楽しく分かち合う種族なんだと思う。決して好戦的な種族では無いはずだ。
「竜神の姿を初めて見ました。いるんですね?」
「新しい氏族の島を探していた時も海中で俺達を導く竜神の姿を見たが、姿を見たのは初めてだな」
「若い連中が何を言う。この歳になってようやくだ。お前らも漁を頑張ることだな。俺達には竜神の加護があるんだ」
若い見習いの連中にグラストさんが諭しているけど、それも少し違うんじゃないかと思う。竜神は俺達を見守っているんだ。
俺達の生きざまが、竜神の思い描く姿と事なれば何が起こるか分らないぞ。
「大事なのは竜神が子供の目を通して俺達を見ている事でしょうね。竜神の加護で俺達は漁を続けてきました。穏やかな暮らしがその中にあるはずです。この暮らしを俺達が破ろうとした時、果たして竜神はそれを許すでしょうか?」
「竜神の怒りなんぞ考えたくもないぞ。不漁続きなら俺達は直ぐに飢えてしまう」
「俺達の生活を脅かす者には鉄槌を、そうでないなら共に暮らして行くと言う事か?」
「基本は今まで通り、千の島はネコ族のものです。それを侵略するものに限定して対応せねばならないでしょうね」
「戦を始めるのは簡単だが、落とし所を見極めろと言う事だな。その大前提が俺達の安らぎであり、平和な漁にあるわけだ」
中々難しいところだ。きちんと戦の最後を考える必要がありそうだな。
版図の確保と他者の立ち入り制限と言うところだろうが、長老達はどのように考えているのだろう。
「大砲の弾は100個作れば良いでしょう。威力が高すぎますから他の種族が真似をしたらとんでもない大戦に発展します」
「軍船を数隻沈めれば、こちらの要求も飲んでくれるだろう。長い交渉の後の戦は短い間に終わりそうだ」
大陸へ食指を伸ばさなければそれで良い。
戦が終われば、再びこの島に軍船を隠しておこう。たまにやってきて整備をすれば長く使えるだろうからな。
翌日、穏やかな顔で子供達にお乳をあげるライズを見ていると心がなごむ。
「2人だから大変だぞ」
「だいじょうぶにゃ。サディ姉さんもちゃんと育ててるにゃ。ビーチェ母さんがいるから安心にゃ」
隣でサリーネが抱くマイネが手を双子に伸ばしている。マイネも妹が2人もできたから将来は苦労するぞ。
遠くで木にクギを打つ音が聞こえてきた。
朝早くからラディオスさん達が頑張っているんだろう。俺も火薬を作らねばな。
炸薬を100個分だから頑張らないと。
2日後にカマルギさんが材料と食料それに水を持ってやってきた。
見習い達が獲った魚の干物を乗せて、彼らの獲った魚の代金を置いていく。
カルーネスさんも役目を終えたと言って、カマルギさんの船で氏族の島へと戻っていく。
これで、再び俺達だけだな。2人増えたからこの仕事を早く終わらせて、漁に出なければなるまい。
漁の成果を皆で話し合いながら、海岸で宴会をしたこともあった。
あの時の暮らしがずっと続く事が大事なんだろう。そのためには、俺達に干渉する勢力には断固抵抗する必要がありそうだ。




