N-133 ニライカナイ
大砲には色々付属品が必要だな。
装薬の袋を押し込む棒も必要だし、発射した後に筒の内部を清掃する先端に布を巻きつけた煙突掃除の道具のようなものも必要だ。
大型になると大砲内部の熱を除去するために水を布に付けて掃除したらしいけど、この大砲の発射間隔は長くなりそうだからそこまでは必要ないだろう。
2カップの火薬を入れた装薬で鉄球を100m先の板に叩き付けることができたし、3カップの火薬では板に穴が開いた。
大きな音で子供達は驚いていたようだけど、泣き出す子供はいなかったな。
今度花火を作ってあげよう。
「それにしても大きな音だな。あれだけ離れていても板を打ち砕くのか」
「大型石弓の威力も凄かったが、これは別物だ。あれならもう少し離れても軍船の装甲を撃ち抜けるぞ」
軍船の装甲は基本的に板張りらしい。リーデン・マイネの金属板で覆った装甲を見た時には、水軍の連中に衝撃が走ったらしい。
火矢の対策と聞いて、軍船にも取り入れられたらしいが、基本的には薄い真鍮の板だ。火矢をはじくということまでは考えなかったらしい。
「この大砲を4門乗せる事になります。重さが半端ではありませんから甲板は厚い板で覆ってください」
「ああ、最初にそう言ってたな。3隻の船を繋ぐ桁も太くして本数を多くしている。だが、これをそのまま載せるとなると、土嚢がたくさんいるな」
そんな話から、砲架の図面を見せる。
頑丈な木製の柱で作られた砲架の下には鉄の車輪が前後に付いている。
「大砲をこれに乗せて使います。発射するときは筒先をこのように甲板を覆う装甲板から突き出せば敵の火矢に乗員が当たる事もありません」
「1つの大砲で10YM(3m)か。操船櫓も小さいものだな。柱まで立てると言うのは、見張りを乗せるという事だな」
完成予想図を見ながら話が弾む。
次の作業の段取りを行い、俺は一度氏族の島に帰ることになった。
大砲の目途が付けば、ある程度数を作って貰わねばならないし、砲架も別に作って貰った方が良いものができそうだ。
商船に頼んでおくものを皆に聞いたところで、翌日の早朝に島を後にした。
トリマランを昼夜に渡って走らせれば、氏族の島には2日で着く。サリーネは巡航速度をやや上げて航行しているから明日の深夜には着くんじゃないだろうか?
見習い達はエラルドさんに預けているから、甲板の操船櫓の下で火薬の原料を木槌で叩いて細かにする作業を継続する。
素焼きのツボを何個か購入しておかないとな。
深夜に到着した氏族の島には、まだ商船が来ていないようだ。大型商船が次に来るのはリードル漁が終わってからになるんだろうな。
翌日。嫁さん達に食料の購入を頼んで、俺は必要な品を長老に頼みに出掛けた。
小屋の奥にいたのは2人の長老だ。
まだ、族長会議から戻っていないらしい。
とりあえず、購入したい品のメモと概略図を長老に頼んでおく。
「これを我らに頼むと言うことは、出来たのじゃな?」
「リーデン・マイネを沈めることは可能です。バルテスさん達が船体を作り始めようとしているところです。雨季には完成出来ると考えてますが」
「だんだんと雲行きが怪しくなる。雨季明けのリードル漁が山になりそうじゃ。我らの覚悟は出来ておる。更に東に向かうも良しとするつもりじゃ」
負けても良いって事か?
良いなりになることは種族の矜持が許さないって事なんだろうな。
全く、平和に暮らしてたネコ族をなんだから、そっとしておいて欲しいものだ。
「そこまで覚悟があるのであれば、問題は無いでしょう。ですが、周辺王国との調整は長老達の仕事ですよ」
パイプを取り出した俺に向かって、笑みを浮かべている。
「抜かりない。ナンタ氏族とホクチ氏族がその任に付いておる。基本は静観じゃ。交易はその後の話」
「静観してくれるなら十分です。雨季明けのリードル漁を反旗の時と考えれば、次のリードル漁の税はある程度向こうの意を汲んであげたいところですね」
「それは我らも考えておる事じゃが、魔石を得る手段を見たいと言って来たようじゃ」
「なら簡単です。雨季前のリードル漁を中止しましょう。1度ぐらい中断しても暮らしに困ることは無いでしょう。各氏族共にそれ位の蓄えはある筈です」
俺の言葉に絶句している。
パイプを取り出し囲炉裏で火を点けると、ゆっくり考えている様だ。俺もパイプに新しいタバコを詰めて、付き合う事にする。
「そこまでするのか?」
「はい。王国としては税を少し上げて様子を見ると言うところでしょう。更に税を上げて、尚且つ魔石を得る手段まで見たいと言うのは、交渉担当の貴族のわがままであり、自分の王国内の地位を高めたいと思っているに違いありません。リードル漁まで残り2か月ほどです。中止をほのめかせば、会談が振り出しに戻りますよ」
俺の言葉に、再び笑みを浮かべる。
交渉という以上、下手に出ては良いカモになってしまう。ある程度進展した段階で、俺達に不利と判断したらどんでん返しをしても良いだろう。
どんな表情を相手が見せるかが楽しみだな。
「交易船の運航を停止すると相手が言って来たら、我らで周辺王国に売りに出掛けると言えば十分です。我々がどの王国に獲物を売りに行こうと、それは我らの勝手であって、交易船を使うのは、それが便利だからに外なりません。交易船の運航を許可制にしているのは王国側ですから、運航停止は我に何ら問題が無いところです」
「運航停止を逆に用いるのだな。他の王国が我らの版図に交易船を出すことはネダーランド王国としてどう映るかじゃな」
「あえて、そんな危険な行為が起こりそうなことにはならないでしょう。苦々しく思いながら、交易船の運航停止の話を取り下げるでしょうね」
俺達に世話役がお茶を出してくれた。だいぶ長く話しているが、最後に言っておくことがあるぞ。
「ですが、雨季明けのリードル漁について同じ話が出た時には、その場で交渉を破棄してください。商業ギルドの議事録に、運航停止がネダーランド王国から通達されたと書かれれば十分です。それで我等がネダーランド王国と対峙することになれば周辺諸国は権益を求めて我らの側に着きます」
「雨季明けのリードル漁の前に全てが決まるのじゃな」
長老の問いに大きく頷く。
出来れば小型の軍船も欲しいところだが、あまり贅沢は言えないな。
何とかしたいところだが、今から作るには間に合わない。
頑張れよ! と長老に励まされながら小屋を出る。
水と食料を補給して、商船に大砲の材料を依頼すれば俺達の用事は終わるのだが、トリマランに帰ると、見知らぬご婦人が乗り込んでいた。
「初めまして。カヌイの1人、カルーネスと言います。長老の言い付けで、ライズさんの初産に立ち会う事にしました」
「ありがとうございます。ビーチェさん達も一緒ですがいつも一緒という訳には行きませんから。心強い限りです」
マイネの前例があるからカヌイのご婦人方もライズの出産に興味を持ったに違いない。氏族の産婆さんも兼ねているらしいから、ここはありがたく同行して貰おう。
それにしても、ネコ族では珍しく語尾に『にゃ』が付かないな?
「カルーネスさんは、語尾に『にゃ』が付かないんですね?」
「ネコ族の女性が全て語尾に『にゃ』を付ける訳ではありません。トウハ氏族では私以外にもう一人。種族全体で10人程いるんじゃないでしょうか」
きわめて稀って事じゃないのか? まあ、本人さえ気にしなければ、俺としては聞き易いから都合が良いけどね。
すでに嫁さん連中には知らされているらしく、一緒に夕食の準備を始めている。
俺も、釣竿を出しておかず作りに協力しなければなるまい。
翌日は夜明けを待って氏族の島を出発する。
巡航速度を上げて、ひたすら東に進めば良い。
簡単な朝食を作って甲板で頂いたが、揺れが少ない事にカルーネスさんが驚いている。カタマランやトリマランに乗るのは初めてなんだろう。
甲板のベンチに腰を下ろし、のんびりとお茶を飲んでいる。
確かに、ライズのお腹は大きくなってきたな。カルーネスさんがマイネを抱いてそのお腹を見て微笑んでいる。
俺は船尾のベンチに腰を下ろしているから、パイプを楽しみながらこれからの工程を考えていた。
「それにしても、急に世の中が動いて行きますね」
「こんな時に生まれる子供は可哀想にゃ……」
ライズはちょっと下を向いてしまった。
だが、生まれる子供には時代は選べないぞ。俺としては、その時に生まれたことを誇れるようになって欲しいな。
「俺達を取り巻く環境が変わっても、俺達はのんびりと千の島で漁業を続けたいですね。せっかく先人が譲ってくれた島々です。今はもういませんが、お祖父さんが昔話してくれた遥か南の理想郷、ニライカナイを思い出しますよ」
突然、カルーネスさんの穏やかな顔が、俺を問い詰めるようなきつい表情に変わった。
何だ? 変な事を言ったかな。
「ニライカナイは、先人が千の島を指す言葉です。私達カヌイが口伝えで代々教えてきた本当の名前ですよ!」
「俺のいた世界では、伝承の中の島でしかない。平和な理想郷として教えて貰ったけど……」
カルーネスさんが深くため息をついた。
「たぶん、カイトさんは神亀に付いて行った先人の血が流れているのでしょう。その名はネコ族の中でも知る者はごくわずかです。みだりに人には……」
小さく頷く事で、黙っていることを了承した。
それにしても不思議な話だよな。
亀に導かれてこの島々を去った先人たちの行く末は、日本だったのかも知れないな。
姿は俺と同じような人間だったのだろう。導かれた先の島の社会に溶け込んで行ったのだろう。
世界と時代が合わないけれど、俺と同じように集団で世界を飛び越えたのだろうか?
大きなウミガメは神の使いだとも言っていたから、それが本当に起こったのかもしれない。
だとしたら。俺も帰れるのだろうか?
今となっては、この世界の暮らしも気に入っているから、別に帰りたいとは思わない。だけど、両親には元気に暮らしていることだけでも伝えたいな。




