N-132 火薬と大砲
「後はカイト次第じゃな」
「物が揃いましたから、少しずつ始めようと思っています。そうなると邪魔が入らぬ島を1つ欲しいところです」
「それなら、俺達が見つけてある。見習い達も使って良いぞ。完成した段階で氏族から慰労金を出す。休漁保証にはなるだろう」
後で島を教えて貰えば良い。周辺で漁もできるだろう。食料を届けて貰いながら漁果も渡せるに違いない。
その夜、皆が俺の船に集まる。
エラルドさんに教えて貰った島は東に2昼夜船を進めたところにあるらしい。
「双子島に似ているが規模が大きい。平らな島だがジャングルが岸辺まで迫っている。最初は開墾から始めなければなるまい。それは俺達も手伝ってやる」
「カマルギが曳釣りをしながら島まで荷物を運んでくれる。それとリーデン・マイネを作った時の道具とカイトの言った材料は手配してあるが、真鍮板の厚さが倍でもだいじょうぶなのか?」
軽く頷いて答えたけれど、船体重量が増すことを懸念している感じだな。だが、船の全長が長くなって横幅が狭くなるし、2重甲板を作るわけではないからな。速度が遅ければ更に魔道機関を増やせばいい。船外機のような推進機関は増設が簡単だ。
「船の方はバルテスさんにお任せします。俺は、その島で新たな武器を作ります。ちょっと面倒なんで船作りは手伝えません」
「だいじょうぶだ。ラディオス達もいるからな。見習いのお前達にも手伝ってもらうぞ。その代り、リードル量の報酬は俺達と等分にする。それで十分な収入になるだろうし、島の周辺で俺とグラストが素潜り漁を教える」
翌日、大量の食料を買い込んで、新たに真鍮の水を入れる容器も手に入れた。
作業が終われば余ってしまうが、それは新たな軍船に積み込めばいい。
「薄い布をたくさん買ったけど、何を作るにゃ?」
「袋を作ってくれないかな。これがぴったり入れば良いんだけど」
あらかじめ大砲の口径に合わせた薄手の袋に黒色火薬を詰め込めば装填がかなり楽になるはずだ。戦闘時に火薬の分量を一々量っていられないからな。
直径4.5cm長さ10cm程の積み木のような木切れをサリーネに渡しておく。
買い込んだ布は絹らしい。確かに薄手ではあるが高価じゃなかったかな。
硝石や、硫黄、木炭を革の袋に入れて、棒で叩いて細かにする。後で磨り潰すのが楽になるだろう。
見習いの青年はシメノン釣りに使う餌木を作っている。手元に俺の餌木が置いてあるから、それを参考にしているのだが、数個作ってどれが一番釣れるかを確認するんだろうな。
島に行くまでに2昼夜ということだが、俺達は日中だけ船を進めている。3日と少しと言う感じかな。夜は適当に根魚を釣って一夜干しを作っているが、このまま干物にしても良いんじゃないかな。
氏族の島を出て3日目の夕刻に変った島が見えてきた。
なるほど平べったい島だ。標高は5mもないんじゃないか?
島の周囲は水深が2mもない浅いサンゴ礁だ。ちょっと船底をこすりそうな感じがしないでもないが、グラストさんの船はゆっくりと島を目指して進んで行く。
日暮れが近いからヒヤヒヤしながら俺達の船が後を付いていくんだけど……。
かなり島に近付いた時に、グラストさんが船を進めている原因が分かった。島から西に向かって水路のようにサンゴの谷ができているのだ。
幅は20m程だが、島に向かっている。それに目標にしている岩はどうやら岬の突端のようだ。奥に深い入り江が俺達の前に姿を現した。
入り江にアンカーを下ろして船を停める。
砂浜はほとんどなく、直ぐにジャングルが入り江の周りを取り囲んでいる。
入り江にはほとんど波さえないぞ。各船ともザバンを下ろして俺の船に男達が集まってきた。
「どうだ。ここなら双子島より見つかりにくいだろう?」
「十分です。トウハ氏族でさえ、ここまで漁に来るものは限られているでしょう」
エラルドさんの言葉に俺が答えると、皆も頷いている。
確かにここまで来るやつはいないだろうし、水深が浅すぎるから、素潜り漁だってできないんじゃないか? 根魚釣りなら直ぐに根掛かりしそうだぞ。
「入り江の出口がサンゴの谷だ。素潜りなら、そこそこ獲物が獲れる。そこで見習い達は交代で漁をすれば良いだろう」
グラストさんの言葉にレトナス達見習いが頷いている。場合によっては軍船がやって来ないとも限らない。カタマランを1隻外海に停めておくぐらいはしておくべきだろうな。
「俺とグラストで交代で島の外海に船を出す。動力船とザバンなら王国の軍船が近付いても不審に思われる事は無いはずだ」
「そうなると、俺が指揮を執ればいいな。不明なところはカイトに聞くとして、何とか俺達で軍船を作るぞ」
バルテスさんの言葉にラディオスさん達が頷いている。ここは任せておこう。前回の双子島での作業で全体の流れは分っているはずだからな。
翌日。ザバン3隻に見習い達を乗せてエラルドさんが入り江を出て行った。
入り江は細長く伸びて、奥行きは200mもある。横幅も50m近くあるから、入り江内で俺達の軍船を回頭するぐらいはできそうだな。
ザバンに道具を積み込んで、バルテスさん達が入り江の奥を目指して漕いで行く。
入り江の半分より少し奥まった場所を開墾するみたいだ。
しばらくして、コンコンと斧の音が聞こえてきた。
俺はヤゲンのような鉄製のスリ器で、ひたすら革袋に入った火薬の原料を粉にひいていく。量が必要だから面倒だけど仕方が無い。
粉を吸い込まないように布で口元を覆い、甲板で作業をしているのだが【クリーネ】の魔法があるから助かるな。粉を綺麗に落とせるから汚れずに済んでいる。
3日目に、カマルギさんが食料と水を運んできた。代わりに獲った魚で作った干物を運んでもらう。
造船を行う場所の開墾は終了したみたいで、今は船を滑らせる丸太をジャングルの奥に向かって組んでいる。
俺は相変わらずスリ器を使う毎日だ。
たまにサリーネ達も手伝ってくれるのだが、結構重労働だから俺としては入り江でおかずを釣っていて欲しいところだ。
10日程過ぎると、用意した5ℓほどの素焼きのツボに原料の粉が一杯になる。
いよいよ調合なのだが……。確か、2:3:15だったか?
重さなのか容積なのかが分からないから、容積で調合の割合を少しずつ変えて確かめれば良いか。
真鍮製のスプーンを軽量カップにして、材料を木製の深鉢に入れると、軽く霧吹きで水分を与える。ゴマをするような感じで丁寧に混ぜ合わせ甲板に出して良く乾燥させる。
次の深鉢を取り出して、調合に比率を変えて同じように混ぜ合わせた。
3つの深鉢に火薬を調合したところで、深皿の番号と調合比率をメモに記入しておく。向こうの世界の数字だから、この世界の連中には読めないはずだ。
翌日、実験をしてみる。
紙に木鉢から少しずつ火薬を取り分けて番号を書いておく。場所は材料置き場用にエラルドさん達が開墾して広げた砂浜を使えば良いだろう。
ザバンで小さな砂浜に向かい、砂浜に焚き火を作る。
その反対側で燃焼試験をすれば良いだろうと、点火用の長い竿を見付けてくる。先に枝が付いているのが使い易そうだ。
2本の木を並べて、その上に数十cmの間隔で紙包みを広げて大きな葉を数枚乗せておく。
そんな俺の行動に興味を持ったのか、ラディオスさん達がザバンに乗ってやってきた。
「何を始めるんだ?」
「新しい武器の実験ですよ。最初から完成させるのが難しいんで、少しずつ実験するんです」
「見てても構わないよな?」
「良いですけど、この焚き火より近寄らないでくださいよ。俺も実験するのが初めてですから、何が起きるか分かりません」
危ない奴だと思われたかも知れないが、ザバンを火薬を乗せた丸太の反対側に付けて皆が見守っているぞ。
見付けてきた点火用の棒の先の枝を焚き火で炙って火を点ける。
麦わら帽子に今では水漏れが出来て使えなくなった水中メガネを掛ける。ガラスではなくポリカーボナイトだから、小石が飛んできても目を守る位は出来るだろう。
最初の火薬を覆っている葉を退けると、後ろに下がり棒を伸ばして、火薬に火を点けた。
ボオォォ……と勢いよく炎が上がった。高さは40cm程だな。次の火薬は60cm程に炎が上がる。最後のは30cm程だ。
これで調合比率は確定したな。つぎは発射薬に分量になる。
実験が終わって焚き火を消していると、ラディオスさん達が集まって来た。
「何だ、今のは? あんな炎は見たことも無いぞ!」
「あの炎の力を使う武器なんです。火薬と言うんですが、次の実験はもっと驚きますよ。実験はラディオスさん達に手伝って貰う事になりますからよろしくお願いします」
装薬を作るのは大変だが、比率が分かったからな。一度に作る量は2倍以上には出来るはずだ。
カマルギさんの定期便で板を運んでもらう。
リーザ達には食料を運んで来た麻袋を使って土嚢を数個作って貰う。
砂浜近くに迫ったジャングルを開墾して3m程の砂浜を入り江の端まで伸ばして貰った。
それでも張り出した岬のよってこの島に入り江があるとは誰も信じられないだろうな。
サリーネ達が作ってくれた絹の袋に酒器を計量カップにして詰め込んだ。カップ1杯、2杯、3杯の3種を作って天日で中の火薬を乾かす。
大砲を砂浜に運んで土嚢でしっかり固定する。的は大砲の軸線上に横2m高さ3mの板を張り合わせて作っておく。距離は100mだ。
大型の石弓の飛距離が60mというところだから、100mで厚さ3cmの板を破れれば一方的な戦ができるだろう。
「少し的が遠いんじゃないか? リーデン・マイネの大型石弓でさえあれじゃ届かないぞ」
「でも、あれを破れればリーデン・マイネを沈められますよ。ネダーランド王国が俺達に一方的な要求を出しているのはリーデン・マイネの存在があるからです」
エラルドさんに俺が答えると、腕を組んで考え込んでいる。
やって来たグラストさんにも耳打ちしてるけど、2人ともリーデン・マイネで活躍してきたんだよな。思い入れもあるんだろう。
「カイトの言う通りだろう。だが、あれを沈めるのは容易ではないぞ」
「ですから、それを行うための武器を作ってるんです。思考錯誤ではありますが、俺の知る最高の武器がもうすぐ出来上がりますよ」
前回の試験を見られなかったという事からか。今度の試験は近くにカタマランまで寄せて嫁さん連中も鈴なりになって見ているぞ。
一応、近くには寄ってくれるなと言っているけど、ラスティさんとラディオスさんが協力をかって出てくれた。
「かなり危険ですから、準備が出来たら離れてくださいよ」
「ああ、あの衝立の後ろで良いな。だが、本当に危険なのか?」
あまり心配してないけど、まあ、見たことも無い武器だからだろうな。
最初の火薬の小袋を入れて、棒で突く。カップ1杯だから威力はそれ程でも無いだろう。
砲弾の代わりに大砲の口径に合わせた木の棒を入れて再度しっかりと棒で突いた。
大砲の火皿を開けて、数mmの穴に針金を突き差して袋を破っておく。火皿にも火薬を乗せれば準備完了だ。
皆を下がらせると、焚き火から点火棒を取り出す。
水中眼鏡を掛けて、斜め後ろから火皿の火薬に点火した。
ドコオォォン!
大きな音が入り江に鳴り響いた。
木片は的の近くにまで飛んで行ったようだが、的に当たってはいない。
ザバンが浜に近寄り、男達が次々と砂浜に上がって来た。
「何だ、今のは?」
「これが、リーデン・マイネ二世の武器になります。片舷に4門取り付けて、すれ違いざまに敵の軍船を破壊するんですが……」
「だが、距離が足りんな。それに木片では不足だ」
「次に撃ちだすのはこれですよ。あの的を破るのが目標ですからね」
俺が取り出した鉄球を見て、エラルドさんが絶句する。
手に持って、その重量感をグラストさんが確かめているぞ。
さて、次の装薬量を試してみるか……。




