N-131 建国という考え
雨季の漁は釣りが主体になる。
昔は根魚を狙ったものだとエラルドさんが言っていたけど、俺達は曳釣りで大型のシーブルを狙う事ができる。
船もその為に特化したようなものだし、1mを超える大物さえも引き上げる事ができる道具まで揃えた。
数年の経験で夜間はあまり釣れない事が分かったから、薄明時から日暮れまでが曳釣りを行う時間だ。
5隻の船を横に並べて走らせてるけど、間隔は200m以上開いているから、他の船の影響は無いはずだ。
いつものように両舷に張り出した竿と船尾の竿に仕掛けを付けてトリマランを歩くよりもやや速度を上げて走らせている。
船尾後方にヒコウキが跳ねているのが良く見える。
「あれで釣れるんですか?」
「魚がいればね。掛かれば魚の大きさで、タモ網、ギャフ、銛の順で取り込みをするから手伝ってくれよ」
俺の隣でパイプを咥えたレトナスが頷いてくれる。
操船櫓の上ではサリーネとカレアンが前方を見ているはずだ。海鳥を探せと事前に話したんだけど、カレアンはその意味が分っただろうか?
曇天だが雲は高そうだから、日中は豪雨にならないだろう。気温は30℃を超えていそうだが、航行しているから風が気持ち良い。小屋の中も、屋根の換気用の扉を開けているようだから過ごしやすいだろう。マイネはお昼寝中かも知れないな。
突然、バチンと右舷の竿から道糸が外れた。
「来たぞ!」
直ぐに席を立って、リール竿を手にする。
「他の道糸を巻き取ってくれ。長く伸ばしているから放っておくと絡んでしまう!」
レトナスがオーバーに頷いて船尾のリール竿を巻き取っていると、リーザが小屋から飛び出して左舷のリール竿を巻き取り始めた。
グイグイと強く引いている。サリーネに少し船足を遅くするように伝えて、竿を立てて巻き取りながら下ろしていく。
「かなりの引きですね!」
「ああ、3YM(90cm)クラスだな。銛に自信はあるのか?」
「1YM(30cm)以上のカマルなら突けますよ」
俺の傍に来て、タモ網を持っていたんだが、銛が使えるならその方が安心だな。
「リーザ。レトナスに先の外れる銛を渡してくれ!」
「魚を突くと銛先だけが魚に残るにゃ。この紐を引けば簡単に引き上げられるにゃ」
後ろで成り行きを見守っていたリーザが銛をレトナスに渡している。ついでに使い方を説明してくれてるようだ。
始める前に一通り説明はしたんだが、忘れてる可能性だってあるからな。リーザに感謝だ。
道糸を巻き取って、ようやくヒコウキを手にできた。この先に魚がいるんだが、まだ姿が見えないな。
慎重に釣り糸を手繰っていくと、大きな魚が黒く海面に浮かんできた。
「俺は糸を手繰る。レトナスに銛は任せたぞ!」
「任せてください!」
レトナスがベンチの上で銛を構える。
何度かの引きを糸を指で押さえながらブレーキを掛けていたが、段々と引きが弱まってきた。
すーっと浮上してきた魚の姿目掛けてレトナスが銛を投げ入れる。
魚体をくねらせながら潜っていくが、すでに銛は魚体を貫通している。後はゆっくりと2人で引き上げれば良い。
獲物はグルリンだ。幸先が良いな。リーザが手際よくさばくと保冷庫に入れて魔法で氷を放り込んでいる。
「どうだ。ちゃんと掛かるだろう? 今度はレトナスが上げてみろ」
「大物が掛かるとは聞いてましたが、本当なんですね」
そんな事を言いながら頷いている。
パイプを咥えながら僚船を眺めると、2隻ほど船足が遅れている。どうやら取り込みの最中らしい。
「群れに当たったようだ。次が直ぐに来るぞ!」
言ってる傍から船尾のリールがギィィと悲鳴を上げ始めた。
「頑張れよ!」
レトナスに声援を送ってギャフを取りに行く。
夕刻までにシーブルを3匹とグルリンが2匹。全て3YM(90cm)を超えている。初日としてはまあまあだな。
夕暮れが近付いたところで俺達は近場に集まりアンカーを下ろす。
いつものように夕食を嫁さん達が作ってる間に、根魚釣りの仕掛けを用意する。
雲が少し垂れて来ているが、今しばらくは持つだろう。
マストから帆布を屋根のように伸ばしておけば、豪雨になっても釣りはできそうだ。
甲板にカンテラを下げて食事を始める。
初日はいつも炊き込みご飯にスープになる。根魚が釣れれば明日の夕食のおかずが増えるな。
そんな期待と欲望が混じるから根魚釣りにも力が入るんだよな。
夕食後のお茶を飲んでいると、突然に豪雨が襲って来た。
帆布の屋根の下で釣竿を出す。豪雨だけど気温が少し下がる位で、あまり涼しくはならないんだよな。
サンゴ礁から少し離れて船を停めたから、たまに掛かる位だ。それでも中々形は良いな。
深夜まで俺達の根魚釣りが続く。
3日間、曳釣りを行って氏族の島に帰る。
保冷庫にはかなりの魚が貯まってるから、2人に銀貨で配当することができるだろう。
ラディオスさん達のようなカタマランを購入する考えでいるようだから、頑張って稼いで貰わないとな。
商船が来ていなかったから、嫁さん連中が燻製小屋へと漁果を運んで行ったが、世話役から受け取った報酬を5人で分ける。ライズがお腹が大きいから戦力外になってるがこれはいたしかたない。分配金は1人185Dだった。
翌日、おかずを釣りながら次の漁を相談していると、大型の商船が入り江に入ってくる。その後ろに引いているのは、細長い動力船だ。
釣りを忘れて、その動力船の異様な長さに俺達は驚いた。
「あれか?」
「そうだな。今度は少し作るのが面倒だ。頑丈に作らなくちゃならないんだ。もし頼んである物ができてたら、手伝ってくれないか? かなりの重さになってるはずだ」
「前に変った物を頼んだと聞いたけど、そいつか?」
出来上がるまでは、教えないでおこう。
砲座を作らないといけないけど、海賊船の中にあったやつで良いんじゃないかな? 映画をだいぶ見たからだいたいの形は覚えてるぞ。
問題は発射時の反動の受け方になりそうだ。確か台座に車輪が付いて後ろに下がっていたぞ。
大砲の後部にバネでも付けてみようか? 少しは反動を吸収してくれるかも知れない。大砲の両側に突き出た棒もちゃんと精度が出ているか心配になるな。
午後に商船に向かい、頼んだものを確認してラディオスさん達に手伝って貰ってどうにかトリマランに運び込んだ。重量だけで40kgは予想より重かったが、鍛造品であるようだ。良くも中繰りができたと感心してしまう。
点火用の火皿と穴もきちんとできている。砲弾用の鉄の球は10個ほどあるから試験には十分だろう。
問題は使う火薬の量なんだが……。試行錯誤でやってみるか。
夕刻になって、エラルドさん達の船が入り江に入ってくる。
今夜は役割分担を皆で話合う事になりそうだ。
夕食が終って素焼きのカメに入れた硝石をすり器で粉にしていると、バルテスさんが俺を呼びに来た。
商船で種族会議の状況が知らされたらしい。
急いで、バルテスさんの後に付いて桟橋を走る。小屋に入ると、長老が2人欠けている。まだ種族会議は続いているようだ。
「来てくれたな。それでは、種族会議の連中と王国側の調整の状況を読み上げる……」
集まった連中はジッと長老の読み上げる手紙に聞き入った。
それによると、やはり俺の危惧したとおりの内容だ。
俺達と商船の取引はネダーランド王国の指定した船のみを考えていたらしい。
他の王国の商船については見つけ次第拿捕すると言っている。これは、俺達の主張する版図についても同じであるようだ。
やはり、リーデン・マイネを所有することで、海戦が有利になると考えているな。
氏族の動力船が停泊する桟橋への停泊権については、放棄したらしいが入り江に入りこまれれば同じことだ。
サイカ氏族の島に作る建物と土地の面積については了承しているところをみると、埋め立てを計画しているのだろう。
まあ、頑張って貰おう。俺達が使う事もありそうだからね。
「どうじゃ?」
読み終えた長老が、俺の顔を見る。
「どうじゃと言われましても、呆れかえるだけですね。王国は我らの自治権を認めていないようにも思われます。我らの自治権について再度確認する必要がありますね」
どう考えても自治とは程遠いな。だが今は雌伏の時だろう。この状態で反旗を翻しても直ぐに鎮圧されかねない。
交渉で時間を、どれだけ稼げるかが問題になりそうだ。
「どうも、一戦は避けられそうもない。前の王国の方がまだマシに思える」
「約定を守るなら、俺達は漁に勤しめるでしょうが、それがころころ変わるようでは困ります。それに、俺達の海は俺達のものでは?」
「確かに、カイトも言う通りじゃな。交渉はしつつ、反旗の準備も必要じゃろう」
「反旗というと誤解されそうですよ。自治州より、独立国になるんですから、建国と言うべきでしょう」
俺の言葉に、集まった男達からどよめきが起こる。
まさかそこまでを想定していなかったようだ。だが、俺達の版図を守り、他の王国と気兼ねなく取引を行うとしたら、他の王国は俺達の建国を認めるんじゃないかな?
陸を接する大陸の王国ならともかく、千の島は海に浮かんだたくさんの島だ。その島を自由に往来する手段が動力船なのだが、その移動を俺達が制限できるなら、どのような王国であろうとも俺達を害する事は出来ないはずだ。
トリマラン型の軍船と搭載した大砲があれば、それが可能になるだろう。




