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N-130  やって来た2人


 長老達がオウミ氏族の島から帰ってきたのは、雨季に入ってからだった。

 豪雨の中を大型商船が入り江に入ってきたのは知っていたが、雨が弱まるのを待って降りたのだろう。

 とはいえ、この雨だからな。この地方に傘はないから、一夜干しを作るザルを頭に乗せて雨を防いでいるようなんだが、所詮ザルだから濡れてしまうんだよな。

 外にも出られないから、歩き始めたマイネの遊び相手になって小屋にいたのだが、ずぶ濡れになったバルテスさんがやってきた。


「カイト長老達が呼んでいる。直ぐに、来てくれ!」

 マイネをサリーネに預けると、バッグを布に包んで外に飛び出した。

 豪雨ではあるが、体が冷えることは無い。麦わら帽子を被れば我慢できる。


 サンダルで桟橋を駆けて小屋にたどりつくと、麦わら帽子を入り口近くの軒下に吊るしておく。

 小屋にはだいぶ人が集まっているな。

 長老に教えられた囲炉裏の右側があいている。そこに腰を下ろすと、長老達が満足そうに頷いている。


「さて、大まかには告げたが、カイトがやってきたから、詳しく話すことになる。我らは物事をそのままに捉えるが、カイトならのそれらの裏を読み解く事ができるじゃろう」


 話は約定の記載事項だ。時間を掛けただけ俺達の要求がかなり通っているように見える。

 一番の問題は俺達の自治権が及ぶ範囲だ。約定書では認める旨の記載がなされている。ただし、王国の軍船の自由航行を認めるようだ。

 サイカ氏族の島の王国側が要求した施設は多目的に使える建屋を含めて3棟。敷地は3棟を含めて10YM(30m)四方。島に平地が少ないことから入り江の一部を埋め立てて造るそうだ。

 税は前の王国の税を踏襲することで納得したらしいが、王国の要求していた税よりは若干少ないらしい。


「そんなところじゃ。一見、我らの意を汲んでいるように思える。じゃが、どうも気に食わん」

「王国として、我らを御する足掛かりを作ったと言う事でしょう。これだけでも王国側は喜んで調印したんじゃありませんか?」

「確かに喜んでおったな。調印後、我らに上等な酒を振舞ってくれた」

「色々と問題がありますが、先ずはこの部分です……」


 自由航行権は俺達に対する無言の威圧でしかない。船団を組んで各氏族の島を回るだろう。休息のためと称して部隊を上陸させることも可能だ。

 だが、ここではあくまで航行の自由と書いてあるから、停泊を容認しない方向に持て行くことは可能だろう。

 そのためには武装をする事になるが、石弓を氏族の島に常備するぐらいは必要になる。


「念のためじゃろうが、直ぐに約定の改訂が始まりそうじゃな」

「約定の改訂は毎年行う物でも無いでしょう? それほど頻繁に改定すれば王国の統治力が疑われます。今回の約定も、周辺諸国に写しを渡してはどうでしょうか?」

 

 征服した王国の民衆と自治権を持った俺達。協力さえした者達の扱いが同じであれば、周辺諸国も付き合いの態度が変わるかも知れない。

 場合によっては、領土拡張の終了を宣言しても、それを疑う事になる。

 既に疑っている事も考えられるが、俺達との約定を見れば、それがさらに深まるだろう。


「周辺の王国を味方に付けるのじゃな?」

「手土産に魔石が使えるでしょう。単に国交と言う事でも問題ありません。場合によっては我らの版図の自由航行権、ただし、事前連絡と了承を得ての事ですが、それを与える事も視野に入れても良いと思います」


 俺達の版図へ軍船を乗り入れるための手続きを両者で定めれば良い。一方的な自由航行権ではないから、ネダーランド王国の軍船を牽制することもできる。

 

「税の徴収は諦めましょう。ですが、商船の氏族の島への立ち寄りは自由にすると言うのもおもしろそうです。この場合は、商船の航路をある程度制限できます」

「商船への魔石販売をネダーランド王国だけに限らぬと言う事だな」


 サイカ氏族の島に関しても諦める事になりそうだ。入り江を埋め立てて拡張するのが目に見えている。これを防ぐには彼らの埋め立て工事に先行して漁船の入り江を区画すれば良い。丈夫な桟橋を入り江に作って他の利用を拒めば良いだろう。

 

「彼らが建物の工事を始める前に、島の地図を作って彼らの要求する土地を明確に記載する必要があります。地図作りは不本意ですがネコ族から資金を出すことになりますね」

「都合が悪いことには金は出さぬか……」


「現状はここまでになります。彼らが作る建物の周辺に石造りの小屋が欲しいところです。倉庫、燻製小屋、色々作れるでしょう」

「おもしろそうじゃな。石弓を置いておくか」


 長老達と視線を交わして頷き合う。

 完全に悪だくみの世界だが、向こうがその気ならこっちだって指を咥えて見ているだけではない事を分らせてやろう。


「交わした約定だけでも準備はできるか……。だが、早めに準備は必要だぞ」

「軍船を2隻作れば何とかなるでしょう。さらに必要であれば俺の船を提供します」

「大型の動力船も必要になるだろう。それはグラスト達に任せよう。先のリードル漁の魔石を使うが良い」


 その後は、いつもの長老会議だ。

 パイプを咥えて聞いていたら、いきなり俺の名前が上がった。


「レトナスにカレアンという事か?」

「来季の雨季明けに行うリードル漁を終えるまで。それで、レトナスは動力船を手に入れられるでしょう。兄弟が多いですから大きなものは望めませんが、後は2人で暮らせるはずです」

「新たな夫婦の誕生になるのじゃな。それに反対する者はおるか? ならばカイト。2人を頼むぞ」


 いつの間にか俺のところに来る見習いが決まったようだ。

 しかも、短い見習い期間が終われば直ぐに夫婦になるようだけど、まあ、ラディオスさん達と相談すれば何とかなるだろう。

 嫁さん連中にも、直ぐに話さないといけないな。


 長老会議が終わると、皆で俺の船に歩いて行く。

 あれほど降っていた豪雨が止んでいるけど、星空ではないな。

 また、降って来るんだろう。


 すでに、ラディオスさん達が集まっている。段々と人数が増えるけど、トリマランだからこれ位は何ともない。

 長老会議の話をすると、皆が少し王国に腹を立てているようだ。


「それで、カイトを呼んだのだ。やはり王国の連中は俺達をそっとしておくことはなさそうだな」

「少し計画を早める必要もあるでしょう。エラルドさん。場所の選定をお願いしますよ」

「分かってる。それと、カイトのところにも見習いがやって来る。1年と少しだが、お前達も面倒を見てやるんだぞ」


 俺も、よろしくと皆に頭を下げる。

 たぶん、やって来るのは明日になりそうだな。銛は作ってあるが、直ぐに嫁さんを貰うとすれば年齢は高そうだ。俺とそれ程変わらないかも知れないな。


「そうなると、次の出漁は明後日になりそうだな。何を狙うんだ?」

「雨季ですからね。やはり曳釣りから始めましょう」

 

 そんな話から、場所と期間の調整に入る。

 ジッと俺達の話を聞いていたグラストさんが、おもむろに俺達との動向を取りやめる事を告げてきた。


「曳釣りはお前達で行け。俺とエラルドは、根魚釣りをしながら島を巡るつもりだ。でないと、お前達の次の仕事が出来なくなるからな」


 ちょっと残念そうだが、確かにそうなるよな。

 俺達だって、漁と次の軍船作りの両方をすることになる。

 結構忙しくなりそうだぞ。


 皆が帰ったところで、サリーネ達とベンチでワインを楽しむ。この頃ライズのお腹が目立ってきたな。雨季前のリードル漁の前後に生まれるかも知れない。


「レトナスとカレアンは私より1つ年下にゃ。泣き虫レトナにゃ」

 ライズの言葉にリーザが頷いているところをみると、同い年の2人って事だな。泣き虫なんて言葉が付くくらいだから、ひ弱だったのかも知れない。ちゃんと素潜り漁ができるんだろうか? ちょっと心配になって来たぞ。


「泣き虫だけど、銛の腕は確かにゃ。カイトも負けないようにしないといけないにゃ」

 今度は、予想外の話をリーザが教えてくれた。

 だったら、見習う必要は無さそうだけど、釣りを中心にして教えれば良いのかな?

 

 翌日、豪雨の止むちょっとした時間を利用して、見習いの2人がやって来た。

 嫁さん達を交えてベンチで簡単な自己紹介をしたのだが、なるほどレトナスはちょっと気の弱そうな顔をしている。それに引き換え、カレアンはハキハキとしたポッチャリ型の女性だ。美人というよりかわいいと表現されるんだろうな。どうも、この2人は小さい頃から一緒に遊んでいたらしく、ある意味幼馴染という事になるんだろう。

 質問をすると最初に答えるのがカレアンだから、何となく2人の力関係が分かってしまったぞ。

 

 小屋は大きいから2人が増えても問題は無いし、何といってもハンモックは便利だ。

 サリーネ達は見習いの話が出ると、直ぐに購入していたようだな。

 雨が降らない内に曳釣りのやり方を説明し、獲物の取り込み方を教えておく。いつもはライズ達が頑張ってくれるんだけど、操船だってあるからかなり人手がいる釣りになるんだよな。


 説明している最中に豪雨が襲って来た。

 皆で小屋に入り、操船櫓の倉庫から持ち出した仕掛けや疑似餌の話をする。


「かなり変わった釣りですね。そんな方法で魚が釣れるんでしょうか?」

「一応釣れるぞ。だけど、この釣りは魚の群れを見付けるのが大変なんだ。船を走らせ続ける。獲物が掛かれば減速するけど、3YM(90cm)を超えるなら、停止させなければ無理だな。3YM以下ならギャフで引き上げるし、それ以上なら銛を打つことになる」


 素潜りよりも大きい魚が釣れると聞いて驚いているようだ。


「狙いはシーブルにグルリンだ。引きが強いぞ。一度その引きを味わうとやみ付きになる」

「俺にも釣れるでしょうか?」


 その問いに笑顔でうなずいた。あまり凝った事をしないでも向こうから掛かってくれるからな。掛かった後がこの釣りの難しいところになるのだ。

 それは、経験が教えてくれるだろう。先ずは、目的地に向かって明日、船出する事だな。



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