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N-123 久しぶりの素潜り漁


俺達がサンゴの崖と呼んでいる漁場は、以前に神亀を見た場所だ。

あれから神亀を見たものはいないようだが、素潜りでも曳釣りでも不漁という事を聞いたことが無い。

 新しく見習いの少年少女が加わったから、最初の漁を外れの無い漁場で行うと言う事なんだろうな。


 サンゴの崖までは俺達の動力船なら1昼夜で行くことができる。今頃は、見習いの4人がカタマランの船足に驚いていることだろう。

 

 トリマランの操船は嫁さん達がやってくれるから、甲板でのんびりと新しい銛を作る。長さはラディオスさんが合わせてくれたから、柄の先端を割って銛を埋め、柄の後部にゴムを取り付けるだけで良い。

 それでも、丁寧に作ればそれだけ長く使えるから、ゆっくりと得心が行くまで銛先の取り付けを行う。柄をくるくる回してゆがみやくるいの無い事を確認する。


「せいが出るにゃ」

「バルテスさんの話では、半年もすればこの船にも見習いがやってきます。用意できるものは早い方が良いと思って」


 ビーチェさんが俺に笑顔を向けて、網を編んでいた手を休めて立ち上がる。

 俺も、いったん作業を終えると、道具を片付けてパイプを咥えた。

 もう過ぐ日が傾くからマイネも外に出てくるだろう。日差しが強烈だから、天幕を張って日陰を作っても海からの照り返しでサングラスを欠かせないからな。


「ラディオス達も交代で操船ができるにゃ。少しは離れた漁場に向かえるにゃ」

 お茶のカップをテーブルに2個置くと、1個を手に持ち美味しそうに飲んでいる。

 ラディオスさんやラスティさんのカタマランは3人だが、子供だっているからな。夜間の操船は眠気との戦いに違いない。2人の見習いを乗せることでかなり緩和されることは確かだろう。


「俺達の船は少し変わってますけど、基本は動力船と変わりません。サイカ氏族の動力船の操船を経験していれば良いんですが……」

「直ぐに慣れるにゃ。後は、見習いが泳げるかどうかにゃ」

 思わず、ビーチェさんを見てしまった。まさか、泳げないなんて事があるんだろうか?

「泳げないと言うよりも、長く潜った経験ってことにゃ」


 そう言い直してくれたから少しは事情が分ってきた。

 要するに銛を突ける位に海中を泳げるかって事だな。最初はちょっと驚いたけど、確かに氏族によって少し漁の仕方が変わっているようだ。

それを考えると、小ぶりの魚を対象としたはえ縄に近い漁をするサイカ氏族は、あまり素潜り漁をする経験が無いのかも知れないな。


「潜っていられる時間と海中でどれぐらい自由に動けるかによるでしょうね。海面付近で魚を探し、潜って突けるなら問題は無いでしょうが、氏族の島では入り江で小さい子供達もやってますから基礎ができています。そんな遊びみたいな漁を彼らがやったことがあれば良いんですが……」


「カイトは基礎ができてたにゃ。ラディオスよりも潜水時間がはるかに長いにゃ」

「ある程度は慣れで何とかなるでしょう。素潜りがダメなら釣りを教えれば良い話です」


 俺の場合はそんな心配は無用に違いない。やってくるのはトウハ氏族の若者だし、小さい頃から銛を持って入り江に潜っていたはずだからな。

 ラディオスさんがどんな指導をするのか、俺も良く見ておこう。


 サンゴの崖に着いたのは翌日の朝だが、一晩中船を走らせていたので素潜り漁は明日にするとのことだ。

 先ずは根魚釣りを教えるらしい。

 氏族の掟に従って、酒器にワインを注ぎ神亀に大漁を祈って海に捧げる。

 その後、各動力船を少し離してアンカーを下ろす。


リール竿を取り出して、ラディオスさん達の様子を双眼鏡で眺めながらの釣りだ。

 監視してるのはリーザとライズで、俺達は甲板で釣り糸を垂らす。


「手釣りを教えるみたいにゃ」

「兄さんも手釣りにゃ」


 ベンチに立ちあがって、俺達に一々報告してくれるから、俺は眺める必要もない。

 バヌトスが退屈を紛らわせるように釣れてくれるが、他の船はどうなんだろう?

 

「見習いが1匹釣る間に兄さんは2匹釣れてるにゃ。あれならだいじょうぶにゃ」

 


 そう言いながら双眼鏡をしまって、サリーネさんからリール竿を受け取っている。ライズもビーチェさんと交代したようだ。

 兄貴達の様子が分ったので安心したんだろうな。見習いの方が釣りが上手かったら、確かに立場が微妙になりそうだ。


「心配ないにゃ。サイカ氏族の釣りの腕はネコ族でも指折りにゃ。初めて私等の仕掛けを使ってあれぐらい釣れりゃ問題ないにゃ」


 氏族ごとに、漁のやり方が少しずつ違っているってことだろうな。

 彼らのやり方と俺達のやり方の良いとこ取りをした漁が、あの見習い達が始めるのだろうか?

 カガイによる他氏族の嫁取りは、そんな技術交流を目的にしているのかも知れないな。


 午後には釣れた魚をさばいてザルに並べる。小屋の屋根に乗せる頃にはだいぶ日が傾いていた。

 おかずを釣るために竿を出したら、中型のシーブルが釣れた。

 これで唐揚げ確定だな。ちょっと嬉しくなる。


「結構釣りあげてたにゃ。後は慣れでどうにでもなりそうにゃ」

 それがリーザの感想らしい。ライズ達も頷いてるから第3者の目で見ると、釣りの漁具を理解させれば良さそうだ。


「曳釣りとシメノン釣りを教えれば良いってことかな? それ位なら、それほど長期にならないだろうね」

「明日は、素潜りで銛を使うにゃ。シュノーケルは難しいから使わないと思うにゃ」


 ラディオスさんが作った簡易版シュノーケルはある程度出回っているんだけど、筒の中の海水を上手く飛ばさないと海水を飲んでしまうから、使う人があまりいない事も確かなんだよな。


「どんなところに獲物が潜むかをきちんと教えないとダメだろうね。今頃は、それを教えてるんじゃないか?」

 皆の視線がラディオスさんのカタマランに向かう。大げさに手を振りながら教えているのはラディオスさんみたいだ。


「ちゃんと教えないと、エラルドが可哀そうにゃ……」

 ビーチェさんの呟きは、きちんと教えないとその親にまで評価が及ぶってことかな? それもあるから、あんなに一生懸命教えてるんだと思うぞ。

 だけど、熱意だけでもダメだと言う事は、ラディオスさんだって分ってるはずだ。別に2、3日で教えるわけじゃないからね。教えを受ける方だって、詰め込み過ぎだと、どれが大事か分らなくなりそうだ。1つ1つ教えていかないとね。


 翌日は日の出とともに起き出すと、屋根の一夜干しをカゴごと甲板に下ろす。その後は船首に行ってアウトリガー付きのザバンを下ろした。

 ザバンの乗り込み、船尾に漕いで行くと、船尾で待っていたライズにロープを投げる。甲板に乗り移って銛を準備していると、ライズが獲物を入れるカゴと水筒をザバンに積み込んでいる。


 ラディオスさんとラスティさんの船にもザバンが結ばれているが、1艘だけのようだ。最初はやり方を教えるだけだからな。明日は2艘になるかもしれないぞ。


朝食を終えてお茶を飲みながら合図を待つ。

素潜り漁は過酷な漁だ。船団の指揮者が全体を見ながら漁の開始と終わりを笛で合図する。


「私とライズで交代しながら漁をするにゃ」

リーザがそんな事を言いながら銛を2本積み込んだ。まだ、保冷庫に氷は入っていないが、獲物が獲れたら入れるんだろう。だいぶ日差しが強くなってきたが、今日は潜るからサングラスを掛けられない。古い麦わら帽子を被って我慢する。


ピィー! 短かく鋭い笛の音が聞えた。

 ベンチから立ち上がると、ロープを引いてザバンを寄せる。

 2人が乗り込んだところで、ロープを解くと水中眼鏡を掛けて海に飛び込んだ。

 だいぶフィンが痛んできたから、今日はマリンシューズだけだ。水中眼鏡は競泳用のメガネだが、これでもこの世界のメガネから比べれば数段上なんだろうな。

 トリマランから10m程離れて俺を待っている、ザバンのアウトリガーに腰を下ろすと、ライズがサンゴの崖に向かって漕ぎ出した。

 最初に銛を使うのはリーザのようだな。


水底まで見通せるほど海水は澄んでいる。それ程間をおかずに、サンゴの崖が東西に延びている場所に達した。


「無理をしないでよ」

「分かってるにゃ。今度こそ、神亀を探すにゃ!」


 そんな事を言ってるけど、果たして姿を現すのだろうか?

 俺達が見てから、この海域で神亀を見た者は数人だけらしい。それ程目撃することがまれだから、ご利益があるって事なんじゃないかな。


 リーザ達に笑顔で答えて、海中に潜る。

 先ずは偵察だ。ロデニルのカゴ漁が行われているから、少しは住んでる魚も変わったかも知れない。

 水深、6m程のの海底まで一気に潜り海底からゆっくりとサンゴの隙間や根本を見ていく。

 依然と同じようにブラドがこっちを見ているぞ。バルタスは以前よりも数が多いように思える。根魚の代表であるバヌトスも見掛けたが、さすがに根魚だけあって海底近くにいるだけだ。

 大きさは40cm以上が揃っている。60cmを超えるものはいないようだ。この辺りにフルンネは来ないようだな。

 

 息苦しくなったところで、海面に浮上し息を整えた。ザバンに戻ると、向こうから持ってきた銛を手に取る。

 潜ろうとしたところに、リーザが浮き上がってきた。

 しっかりと銛の先にブラドが刺さっている。先を越されたか? まあ、先は長いからな。俺はバルタスを狙おうか。


 ゆっくりと呼吸を整えながら銛のゴムを引いてしっかりと握る。

 頭から海中に突っ込むように、海底に向かってダイブすると壁の隙間を丹念に確かめてバルタスを探す。


 いた! 細心の注意を払って近づくと左腕を伸ばす。

 ギリギリまで銛先を獲物に近付けて、左手を緩める。

 シュタ! と音が聞こえるようだ。バルタスのエラの上に狙い違わず俺の銛が刺さった。

 銛の柄を持ってサンゴから獲物を引き出すと、急いで海面を目指す。


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