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N-120 大漁なのは聖痕のおかげなのか?


 左右から網を閉じて、上下からも閉じるようにして魚を網の中に閉じ込めた。

 網に掛かって身動きもできない魚もいるのだが、網に引っ掛からずに閉じ込めた魚から順に竹ひごに差して網から取り出す。

 竹ひごを差す前に、ナイフでシメているから暴れることは無い。暴れるのはシメるまでだ。

 数匹を差したところで海面に出てザバンに手渡しているのだが、たちまちザバンに魚の山が出来てしまった。

 バルテスさんが笛を吹いて船を呼び寄せている。これは大漁だぞ。

 ゆっくりとトリマランが網の近くまで船を寄せるとアンカーを下ろした。

 他の船も近くに船を停めたところで、リーザが嫁さん達をトリマランに運んでいる。


「皆驚いてたにゃ。でもまだまだ網の中だと教えといたにゃ!」

「ああ、まだまだいるぞ。網を引き上げるのは最後になるから、その前に網の前にいた連中を片付けないとな」


 俺の言葉に嬉しそうな表情でリーザが頷いている。

 他のザバンが大きなカゴを運んで来たところで、リーザはひとまずトリマランに戻ったようだ。

 

「いったいどれ位入ってるんだ?」

「シーブルの群れが丸々入ってる感じですね」

 驚くばかりで、あまり会話も進まない。それでも、網を少しずつ広げて魚を獲っていくと、今度は網に刺さった魚が俺達の前に現れた。


「どうするんだ?」

「いったん、船に網ごと引き上げましょう。海中では息が続きません」

「そうだな。おぉーい、ラディオス。網に付けた錘を外して来い。網を船に引き上げるぞ!」


 近くに浮かんできたラディオスさんにバルテスさんが指示を与える。ラディオスさんは頷くと直ぐに潜って行った。

 さて、引き上げるとしたらやはりトリマランになるな。


「リーザ。トリマランに網を引き上げるぞ。甲板の荷物を片付けて、ここまで後進して来るように伝えてくれ」

「分かったにゃ。母さん達がさばいてる最中だけど邪魔にならないように言っておくにゃ」


「カイトよ。まさかこれほどとは思わなかった。この漁の仕方も問題がありそうだぞ」

「そうですね。一応、ありのままをバルテスさんが伝えてください。判断は長老会議に任せましょう」


 俺だってこれほど獲れるとは思わなかったからな。ある意味、エリ漁よりも大型が捕れる。

 参加人数で漁果を割っても、素潜りで魚を突くよりは遥かに大きいだろう。1日に一回でも、少し獲れすぎだ。


 5人掛かりで網を引き上げ、刺し網に頭を突っ込んでいる魚を棒で網を広げながら取り外していく。

 確か、向こうの世界では、先が鍵の手になった金具を使って外していたな。

 次はそれも作ってみるか。

 どうにか外し終えると、甲板に皆で座り込んでお茶を頂く。

 3時間程の作業だったが、とんでもなく疲れたな。からからに乾いた喉にお茶が気持ち良い。


「この船だけでなくラディスの船の保冷庫にもたくさん入ってるにゃ。氷は不足しないけど、明日も網を使うのかにゃ?」

「これで帰りましょう。明日も網を仕掛けたら、さらに2隻の保冷庫が一杯になりますよ」

 バルテスさんの言葉に皆が頷いている。

 俺達若手はホッとした表情になっているだろうな。とにかく疲れる漁なのは確かだからね。


「やはり網が大きかったかな? それと中心部はやはり袋状にした方が良くは無いか?」

「それも良いですね。エリを作るような感じになると思います」

「追い込まずに、一晩仕掛けておいても良さそうだ。この漁は色々と応用が効くな」


 初めての網漁だからな。場所によって色んな網が向こうの世界でも作れれていた筈だ。

 これで、一応俺の知っている漁は教えたことになるのかな?

 海面から大型の魚を銛で突く漁もあるが、ここにはそんな大きな魚はいないようだ。

 そう言えば、クジラは見たことが無いな。ランタンの油はk鯨油が使われてるんだからクジラ捕りはどの氏族が行っているんだろう?

 エラルドさん達が帰って来たら是非とも聞いてみたいな。


「思いもよらん大漁だ。2日程漁をしようと思ったが、2隻の保冷庫が満杯では帰った方が良さそうだ」

 バルテスさんの言葉に、皆が賛同する。

 これはこれでおもしろい漁だが、疲れるのが難点だ。

 明日、もう一度網を張ろうなんて考えは誰も持っていないんだろう。


ザバンをトリマランやカタマランに積み込んで、バルテスさんのカタマランを先頭に氏族の村へと船を進める。

 もうすぐ日が暮れるけど、今夜が満月だ。速度を速めて海上を進んでも俺達は周囲を見ることができるからな。


 俺とライズで操船楼に上がっている間に、ビーチェさんとリーザが夕食の支度を始めている。

 サリーネもマイネをカゴに入れて手伝っているかも知れないな。


「カイトは不思議にゃ。色んな魚の漁を知ってるにゃ」

「今日ので最後だよ。後は皆で工夫するんだ」

「父さんが聖痕の持主と一緒なら、食うに困ることが無いって言ってたけど、本当にゃ」


 別に聖痕を持ってなくても、漁場には獲物が豊富だから、食うに困ることは無いと思うけどな。


「父さんでも、獲物を突けない日があったにゃ。カイトはそんな日がまるでないにゃ」

「たまたまだと思うよ。氏族筆頭のグラストさんにはまだまだ敵わないからね」


 俺の言葉にライズが首を振っている。

 という事は、トウハ氏族の素潜り漁は俺が来るまでは不良続きだったんだろうか?

 聖痕を持つ俺がいることで、氏族全体にその恩恵が広がったってことは、俺にはちょっと信じられないぞ。


「不漁が続いてたの?」

「バヌトスが10匹突ければ大漁だったにゃ。ご飯も混ぜ物がないものが食べられたにゃ。今でもたまに炊き込みご飯を作るけど、私が小さい頃はバナナにご飯が付いてるだけだったにゃ」


 それって、比率が逆転したって事か? バナナの炊き込みご飯は少し甘味が出るから俺は好きだけどね。


「ずっと、あの氏族の島で暮らしてたんだ。漁場の魚が減ったんだろうな。だけど、リードル漁があったから皆で暮らせたんだと思うぞ」

「そのリードル漁得られる魔石も、カイトのおかげで倍になってるにゃ。聖痕はやはり偉大にゃ……」


 閉塞した暮らしに俺と言う外乱が入ったから、氏族からは疎まれると思ったんだけどね。

 この聖痕には、それを避けるだけのご利益があったんだろうな。今までの方法以外のやり方で漁をすれば、漁果にも変化があるのは当たり前だ。だけど、それほど貧しい暮らしをしていたとは思わなかったな。


 操船櫓にリーザが上がって来たところで食事を交替する。

 俺達が櫓を下りると、ビーチェさんが上がって行った。船尾の小さなテーブルに俺達の食事が用意されている。

 スープを椀に入れてくれたサリーネの背中にはマイネの姿が見えないから、ハンモックでお休みしているんだろう。


「シーブルの唐揚げなんて、めったに食べられなかったにゃ」

 ライズの言葉にサリーネが微笑みを返している。

 いつもはカマルだったからな。早速フォークを突き差して頂いたが、ちょっと酸味の強い香辛料で味付けされた唐揚げは、シーブルの上品な風味と良く合うぞ。

 スープに入った肉団子は根魚なんだろう。白身だが少し変わった味なのは、練り込む時に果物を混ぜたのかも知れない。これはこれで美味しいな。

 スープとご飯をお代わりして頂いたから、鍋の中身はきれいに無くなってしまった。


 食後に、小さな酒器にワインが出て来る。

 ライズとサリーネはお茶のようだ。パイプに火を点けて、航跡を眺めながらのんびりとくつろいだ。


「ラディオスのところに、厄介になりたいという少年が来た話を聞いたにゃ。バルトス兄さんよりも早く見習いを置くのはどうかと思うにゃ」

「それは初耳だ。見習いって、エラルドさんに厄介になった俺みたいな感じなのか?」


「そんな感じにゃ。一人前なら、何人か育てることになるにゃ。親が子沢山だと、他の船で鍛えて貰うにゃ」

「父さんは4人も育てたにゃ。皆、良い銛突きにゃ」


 ライズにはグラストさんが憧れの男性なんだろうな。父離れが出来ないと言うよりは、それだけ偉大な存在なんだろう。ラディオスさんや、サリーネ達もエラルドさんを決して悪くいう事が無いし、その言い付けをキチンと守っている。それだけ家族の中の存在感があるって事になるんだろう。

 これは見習わなくてはならないが、それは一夜にしてできることじゃないからな。普段から、何気ないそぶりから気を付けなくちゃならないとは思うけど……。こればっかりは、かなり難しいんじゃないかな。


「それで、1人なのかい?」

「4人でやってきたらしいにゃ。でも、サイカ氏族の少年達にゃ」


 同じトウハ氏族なら問題ないんだろうけど、サイカ氏族が難を逃れてやってきた中の少年達なんだろうな。親が乗っている動力船は小さいから、早めに他の船で漁を習うんだろう。

 俺は問題ないと思うんだけど、ネコ族の倫理観念が俺とはだいぶ異なるのが分かっている。ここは見守ることにしよう。


「たぶん、バルトスさんに相談してるんじゃないかな。バルトスさんなら長老会議でも発言ができる。長老の裁可に従えば問題にはならないと思うけどね」

「同じネコ族にゃ。氏族は違っても助け合わないといけないにゃ!」


 ライズが力説してるけど、たぶん長老達も同じ言葉を言い出すんじゃないか。トウハ氏族の島に難を逃れたサイカ氏族の民を受け入れる位だからね。

 

 翌日、朝食の準備を始めようとしている時分に、トリマランが方向を大きく変えた。

 どうやら、氏族の島にもうすぐ到着するようだ。

 朝食は簡単なもので済ますことになるな。桟橋に着けば色々とやることが出て来る。

 パイプを咥えて、舷側から身を乗り出して進行方向を眺めると、入り江の灯台が見えて来た。


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