N-118 刺し網?
バルテスさん達が俺達の輪に加わったのは、それから間もなくだった。
酒器を手にワインを酌み交わす。
「どうやら海戦があったらしい。サイカ氏族の島の北で行われたそうだ」
どこか他人事のようにバルテスさんが話を始めた。
相手は王国の貴族と私兵らしい。軍船を盗み出してオウミ氏族の暮らす島を目指していたらしいが、全て沈められたとのことだ。
外輪船の船で進路を塞ぎ、リーデン・マイネのカタパルトで火矢を打ち込まれては堪ったものじゃないな。
鎧を着込んだ兵士達はどうしようもないけど、女性子供の多くを救助して敵対する王国の軍に引き渡したらしい。
「さすがはカイトの考えた軍船だ。ネコ族に被害は全くなかったらしいぞ」
「でも、敵国に引き渡して良かったんでしょうか? 奴隷として働かされるのも可哀そうです」
「昔はあったらしいが、今ではどの王国にも存在しない。平民として暮らすことになるだろうな。働き口が無ければ王国の評判にも係る話だ」
負けても、地位と財産を失うだけなのか。それが嫌でオウミ氏族の島で今までと同じ暮らしをしようと言うのはちょっと問題がありそうだ。
「ホクチとナンタ氏族にも知らせを運んだそうだ。かつてのサイカ氏族が中心になって西の海を監視していると商船から聞いたらしい」
「何隻か、ローデン・マイネと同じ船を作らなくていいのか? さらに大陸から渡ってきそうだぞ!」
「俺の父さんの船を商船が曳いていくらしい。やはり高速船は役に立つと父さんからの知らせだ。荷物はカイトの船に頼むと言っている。戻ってくれば父さんと母さんが厄介になることになるけど……」
「だいじょうぶです。俺の船は大きいですし、小屋も2部屋ありますから」
「済まんな。本当は俺の船になるんだが、父さんからのかっての頼みだ」
バルテスさんが折りたたんだ小さな紙片を渡してくれた。
中には、バルテスさんの言った通りの事が書いてある。
エラルドさんはトウハ氏族では銛の腕はグラストさんに次ぐ腕だ。ビーチェさんも料理上手だからな。こっちからお願いしたいくらいだ。
「それで、大陸の戦況は?」
「やはり滅びる運命なんだろうな。来年までは待たないと商人ギルドは見ているらしい」
「そうなると、リードル漁が微妙だぞ。上納をどちらにするんだ?」
「ネダーランド王国になるな。ガリオン王国は約定を破ってサイカ氏族の島に移っている。今さら税を納めるように俺達ネコ族に言えるわけはない」
サイは投げられたって事だな。ガリオン王国の税収は大幅に落ちるだろう。傭兵でかろうじて均衡を保っているならば、資金が無くなればそれまでだ。
大陸の王国はある意味群雄割拠と言う事になるんだろうか?
油断したら簡単に滅ぼされてしまうようだ。
「前に聞いたネダーランド王国との約定なら、だいぶ税金が安くなりそうだな」
「ああ、だがその見返りとして、漁獲の安定供給が義務付けられそうだ。見掛けの税が安くとも、魔石取引には別の税が掛かる。王国としては十分に潤うって事だな」
サイカ氏族の復旧にはかなり資金を使いそうだな。
エリ漁はサイカ氏族でも取り入れても良さそうに思えるぞ。
まあ、それは種族会議で長老達が相談するんだろう。
「月が代わればリードル漁だ。その前に、やはり銛の使い方を復習しとかないとな」
ゴリアスさんの意見に俺達は笑みを浮かべる。
どうやら、大物を狙いたいのはバルテスさん達も一緒のようだ。
「漁場は北東のガルネックのいたサンゴの谷間だ。あれほどの大きさの奴はいないだろうが、大型のフルンネやバルタスもいるからな」
俺達の顔は子供のように目が輝いているんじゃないかな。
うんうんとバルテスさんの言葉に頷きながら漁の説明を聞いていた。
「今度はフルンネにゃ?」
「まだガルネックは戻らないにゃ……。そんな話が聞えてこないにゃ」
朝食を取りながら今度の漁の話をすると、ライズとリーザがそんな事を小声で話している。
サリーネはいつものようにやさしい目で俺を見ているし、ビーチェさんはマイネに離乳食を食べさせようと奮闘しているぞ。
「昼には出発したいから、食料を準備してくれないかな。谷に潜らなければそれ程深くない。交代しながら素潜りを楽しめるぞ」
サンゴの谷がある漁場は砂地が少ないから、動力船のアンカーを下ろさずに漂わせる。ザバンを使わずに広範囲に漁ができるから、かなり漁果を期待できるだろう。
久しぶりの大物漁だから、皆も楽しみなようだ。
・・・ ◇ ・・・
フルンネやバルタスを銛で突き、また久方ぶりに曳釣りを楽しむ。
素潜りでは1m近いフルンネが一番大きかったが、曳釣りでは70cmを超えるグルリンを5隻で20匹以上釣り上げることができた。
そんな事が続くと、氏族の連中にも尊敬の目で見られることが多くなる。
筆頭漁師とはそんな漁果の積み重ねで選ばれるんだろうな。
リードル漁は参加者がだいぶ減っているけど、徴税官が来ることも無い。
どうやら、エラルドさん達のガリオン王国封鎖は上手く機能しているみたいだ。
ガリオン王国の貴族の中にはカタマランを持っている者もいるようだけど、遊ぶ船と漁をする船では構造や、魔道機関の質が違う。
たぶんエラルドさんのカタマランを追い掛けることはできないだろうな。
今回は特に数を調整することも無いから、上位魔石を3つも手に入れることができた。1割を税に支払っても、俺の取り分は十分にある。
いつもなら中位魔石を氏族に納めるのだが、今回は上位魔石を納める。
ネダーランド王国との約定に両者がサインをする際に向こうに贈れば良い。めったに取れないという事だから、俺達も年間10個を越えぬように注意するつもりだ。
「父さんはいつになったら帰れるのかにゃ?」
「どうやら、ガリオン王国の王都にまでネダーランド王国は攻め入ったらしいから、それほど長くは無いんじゃないかな? 早ければ雨季が終わるころには帰って来られると思うんだけど……」
サリーネ達は心配なようだ。いくらガリオン王国の敗走を阻止するためとは言え、命がけだからな。無事に帰って来られるよう竜神に祈ること位が俺達にできる事なんだろう。
雨季に入ると毎日のように豪雨がやってくる。
俺達は曳釣りをして収入を得ているが、これだけでは収入が安定しないのが難点だ。
たまにシメノンの群れを見つけると、皆がホッとした表情を見せる。リードル漁でたんまりと稼いではいるのだが、それはそれと言う事なんだろうな。
「はえ縄漁が期間限定になったのは痛いな」
「資源保護と言う事ではいた仕方ありませんよ。それに雨季に長く仕掛けを伸ばしたら船のスクリューに絡んでしまいます」
「だけど、カゴ漁の連中は似た仕掛けでシーブルを釣っているぞ?」
「あれは、カマル仕掛けの改良だな。枝針も3本らしいぞ」
はえ縄の長さが数mの簡単な仕掛けではあるが、カゴ漁の合間に根魚釣りと一緒に上物を狙う仕掛けを考えたようだ。
あれぐらいなら、仕掛けを海に放置して待つような事にはならないから大目に見るべきだろう。
数隻の船が集まっているから遠くからでも分るし、他の動力船の通行が阻害される事もない。
「外に考え付く漁は無いのか? できれば素潜りで行う方法が良いのだが」
「考え付くのは、追い込み漁ですね。こんな感じの網を作るんです。網をサンゴ礁の間に張って、此方から何人かで魚を追いかければ、一網打尽ってことです」
そんな話を始めると、全員が俺の方に膝を寄せる。簡単に描いた網を見ながら色々考えているようだ。
「河口で似たような網が使われているそうだ。小さな魚を獲るためのものだそうだが、これには魚を集める袋部分が無いんだな?」
バルテスさんは、漁の種類と使われる道具には詳しいようだ。
地引網のような構造を言っているのだろう。ある意味海中に作るエリと同じに考えると、そのような構造を持っても良さそうな気がするぞ。だけど作るのが面倒だな。
「刺し網と言って、魚が網の目に引っ掛けるんです。上手くいかなければ、バルテスさんの言う通りにこの網に袋を取り付ける事もできますね」
「カイトは単純に作ろうと言うんだな? サンゴ礁に仕掛けるんなら単純に作るべきだ。あまり凝った網だとサンゴに引っ掛かって直ぐにボロボロになりそうだ」
ゴリアスさんは現実主義のようだ。
ラディオスさん達も、その話に頷いているぞ。
「先ずはやってみよう。そこから改良を加えれば良いだろう。それで具体的にはどうなるんだ?」
バルテスさんの言葉に、網の詳細を考えながら寸法等をメモに記載していく。
長さは20mほどいるだろう。横幅も5m以上は必要だ。網が垂直になるように片方には浮きを付けて、もう片方には重りの石を結ぶ。
後々を考えると、鉛の錘を商船のドワーフに頼んでも良さそうだ。
「浮きは大きくないんだな?」
「網を広げられれば良いですから、握りこぶし2個分位で良いと思います。重りは商船に頼んでみます」
「問題は、この大きな網だな。網目は1YMの三分の一(10cm)だと? 大きすぎないか」
「シーブルなら頭を突っ込んで、逃げられませんよ。十分な大きさです」
網はバルトスさん達が、野菜作りをしているおばさん達に頼んで見ると言っていた。
大きいから銀貨2枚は必要になるらしいが、それはバルテスさんが用立ると言っていた。
浮き作りはラディオスさん達が分担して、俺は重りだから商船に行けば良い。
どうにか刺し網ができたのは、一か月も過ぎたころになってしまった。
何度か商船がやってきて、大陸の様子を伝えてくれる。
王都に攻め入って10日後にガリオン王国は敗北したらしい。
大陸では落ち武者狩りが盛んらしい。かなりの王侯貴族が王都から姿を消したという事だ。
粛清の嵐も吹いているんだろうな。この地域はそんなことには無関係だから安心して暮らせる。
ガリオン王国からサイカ氏族の島に逃亡したとしても、その先にはエラルドさん達が待ち構えているから、いずれはネダーランド王国の軍隊に降伏せざるを得ないだろう。
全く、俺達に迷惑をかけないで欲しいものだ。




