N-117 エリ漁を行う者達
入り江に入り、いつもの桟橋に船を泊めると、嫁さん達がカゴに獲物を入れて燻製小屋へと担いでいく。
生憎と商船は来ていなかったようだ。
「とんでもない量だな。あれを見たら皆が始めそうだ」
「規制して貰いますよ。いくらなんでも獲りすぎです。それに色々と問題もありますから、今夜の長老会議でバルテスさん達に頼んでみるつもりです」
課題は色々あるが、維持管理と獲れる魚の大きさそれに漁果の分配を考えれば良いだろう。
エリを多く作る必要は無い。あの場所にある1基で十分なはずだ。乱獲防止は絶対だからな。
エリを氏族の共同管理とすることで、維持も図れるだろう。状態を維持するのは大変な事だ。
獲れる魚の大きさは1YM(30cm)以上として、それ以下の魚は逃がせば良い。大きくなってから獲れば良い。
猟果の半分は氏族に還元し、残りを漁に参加した人数で割れば問題も起きないだろう。
そんな事をメモにしたためていると、両側からラディオスさん達が覗き込んで来た。
「半分を上納するのか? ちょっと多すぎないか」
「エリの管理を氏族にするのは良い考えだな。俺達ならもっと大きな魚を突ける。今回の獲物だって1YM以上とすれば2割は少なくなりそうだ」
「自分の事を考えるよりも氏族の事を考えるにゃ。お前達よりカイトの方が立派なトウハ氏族にゃ」
俺達にお茶を運んでくれたビーチェさんがそう言って2人を叱ってるぞ。
2人とも頭に手をやって頷いている。母さんには逆らえないのかな?
「小魚が結構いたにゃ。カイトの言う通りその場で逃がすことは賛成にゃ」
グラストさんの嫁さんも俺に賛成のようだ。
「バルテス達がちゃんと長老に説明できないと、あの仕掛けがたくさんできるにゃ。そうなると直ぐに魚がいなくなってしまうにゃ!」
ビーチェさん達も乱獲を恐れているようだ。生態系を乱すような漁法は確かに問題だよな。
カゴ漁も依然と比べてロデニルが捕れなくなったようだ。それでも半分になったわけでは無いと言っていたな。
カゴを制限しても、数が減るのだからエリを使った漁が多用されると素潜り漁ができなくなるんじゃないか?
豊穣の海はマイネ達の世代にきちんと残してあげなければな。俺達の代で枯渇するようでは親として失格なんじゃないか。
「母さん達のいう事も分かるけど、色々と問題もあるんだ。何ていってもあのタモ網の重さを何とかしないとな」
「それは、もっと長い杭を打って、こんな感じにタモ網を繋ぐんだ。テコの原理で数人分の力になると思う」
ラディオスさんの不満はそれで何とかなるだろう。
明日は休みなんだが、色々とありそうだな。
その夜、俺達3人で甲板のベンチでバルテスさん達をを待っていると、かなり遅くなって2人が帰って来た。
テーブル越しにベンチを持ってきて腰を下ろし、長老会議の結果を話てくれる。
「カイトの案が全て通ったぞ。氏族への上納は3割。残りを参加した人数に1を足して分配することになった。足した1の分配は俺達5人で分けるように言っていたが、これは俺達の次の漁法の改良資金という事になるだろう。魚をすくうだけなら女子供でもできるだろうという事で、夫がリーデン・マイネに乗り込んで残された家族がその漁を担当することになった。リーデン・マイネが島に戻れば必要ないだろうとも言っていたぞ」
期間限定だけど、終わりを決めるのはトウハ氏族ではないって事かな?
1基だけなら資源の枯渇を気にすることも無いだろう。長老達もその辺りは気を配っているようだ。
「ちょっともったいないな。せっかく俺達で作ったんだが」
「俺は長老に賛成だ。戦に出掛けても残された家族が必ずしも漁が上手いとは限らない。俺達は恵まれているんだから、それ位は出掛けた連中を気遣っても良いんじゃないか?」
やんわりとラディオスさんにバルテスさんが氏族の仲間意識を説いている。
俺もバルテスさんに賛成だな。それに、数を稼げる漁を任せることができるなら、俺達は大型を狙えるってことになる。
自分の力量にあった漁を心掛ければ良い。たぶんその辺りを長老は考えてくれたんじゃないか?
「俺達は明日、数隻を引き連れてエリ漁のやり方を教える事になる。サムセスさんがエリ漁の連中を率いてくれるそうだ」
「サムセスさんは残ったんだったな。子沢山だし一番上が15歳だと聞いたぞ」
子供でもそれなりに親の手伝いはできるだろう。
14歳以上なら半人前の分け前が貰えるし、16歳なら1人前になる。少しは暮らしが楽になるかも知れないな。
「それなら、石運びの台船を修理して運んで行きませんか? やはり足場がしっかりしていないと、あの大きなタモ網を引き上げるのは大変です」
「そうだな。もう一度ガムを塗り直せば良いだろう。後は長い木材とロープになるか」
そんな話で盛り上がる。
途中からワインを飲みだしたこともあるんだろうけど……。
翌日は、朝早くから手分けして作業が始まる。
台船は俺達が表面に防水のガムを厚く塗り、俺とエラルドさんのザバンの代わりに船首に乗せておく。
バルテスさん達は林の奥から長い木材を切り出してきた。
サムセスさん達も手伝ってくれてるようだ。
準備ができたところで、双胴船3隻と大型の外輪船5隻に分乗して双子島の南を目指す。
速度が遅いから引き上げは明日になりそうだ。
のんびりとトリマランを走らせながら、朝食兼用の昼食を食べる。
「これで素潜り漁に行けるにゃ」
ビーチェさんは何年振りかで素潜りを行ったんだろうけど、大きなブラドを突いていたからな。エラルドさんが帰ったら自慢したいのかも知れないけどね。
「フルンネやバヌタスも突きたいにゃ!」
ライズはサディさんが大きなバヌタスを突いたのが悔しいのかな?
リーザも頷いているところをみると、心は同じって感じだな。サリーネだけはマイネがいるから船で待機という事になるけど、子供達がたくさんいるからな。更に2人の嫁さんがトリマランに待機する事になる。
「今夜の集まりに提案してみるよ。たぶんバルテスさん達も賛成だろう」
「銛がもう一つアルト便利にゃ。入り江用の銛だと大きいのが突けないにゃ!」
銛はたくさんあるけど、場所や対象によって使い分けてるからな。リーザ達が使える銛は向こうから持ってきた銛と最初にエラルドさんに貰った銛だ。
入り江で魚を突く竹竿の銛があるからあれを少し長くすれば満足してくれるんじゃないかな。
途中で一泊して翌日の昼頃に双子島のエリに到着した。
最初にすることは長い柱を魚のたまり場近くに据え付けることだ。
サンゴ礁に穴を開けて杭を深く打ち込むと柱を立て、補強のスジカイを付ける。
柱の上に付けた滑車にロープを通して大きなタモ網の枠の付け根にしっかり結び付けた。
台船を柱近くに停められるように、新たな杭を打って固定すると、バシャバシャと魚が騒いでいるたまり場からタモ網で魚をすくいあげた。
ドサドサと大きなカゴに魚が入ると、嫁さん達が手際よく魚を選り分けて、小さな魚を海に帰している。
目標は30cm以上なんだが、目分量で測ってるな。それでもかなりの数が海に帰されていく。
カゴが一杯になると別のザバンが動力船に運んでいく。動力船の上では魚がさばかれて保冷庫に入れられるのだ。
作業そのものは単純なんだろうけど、長年やっているから流れ作業に見えるぞ。
片方のたまり場が終えるともう片方に台船を移動して、同じように作業が行われる。
どうにか全ての作業が終わったころには、夕焼けが辺りを染めていた。
このまま、一泊せずに氏族の島に向けて船を走らせる。
明日の昼前には到着するだろう。動力船2つの保冷庫が満杯らしいから、大漁って事になるんだろうな。
次はサムセスさんが中心になってエリ漁をしてくれるに違いない。
翌日、氏族の島に到着した時には、船から担いで下ろされる魚の量に、皆が驚いていたな。
商船は来ていたけれど、そのまま商船に売らずに燻製小屋へと運んでいた。
付加価値を上げたいんだろうな。運ばれた魚で1つの燻製小屋が占領されてしまうようだ。3つ目の燻製小屋ができるのも近いかも知れないな。
サリーネ達が商船に買出しに行っている間、森に出掛けて銛の柄になる木を探す。
そんな俺を見ていた老人の1人が2m程の柄をプレゼントしてくれた。
「まっすぐで良い柄になります。良いんですか? 貰ってしまって」
「構わんさ。お前さん達が魚を取ってくればワシ等の仕事が増える。食うには困らんが、体を動かさんとな」
そんな事を言って片手を上げて去っていく。老人の背中に頭を下げると、トリマランに戻って銛を作り始めた。
その夜は、久しぶりに少し上等のワインが出出て来た。
皆で飲んでいると、ラディオスさん達が嫁さんと子供連れでやって来る。その後はサディさん達だから、バルテスさん達はまだ長老会議に出ているんだろう。
俺達3人は甲板でワインを飲み、嫁さん達は小屋の中でワインやジュースを飲んでいるらしい。
酒は男同士で飲むのが良い。
2人とも酒のビンを持ってきてくれたから、漁に出ても一緒に飲むことを考えているみたいだ。
「今度は大物を突こうぜ。父さん達の言い付けはエリ漁で何とかできる。やはり俺達は銛の民だからな」
ラスティさんの言葉に俺達も頷いて同意を示す。
確かに素潜り漁なら大きな獲物を選択できる。向こうから掛かって来る釣りやエリのような選択肢の無い漁ではないからな。
しばらく大物を突いていないと。腕が鈍るような気がするのは俺だけではないだろう。早く、場所と獲物を決めたいものだ。




