N-114 たくさん魚を獲らねばならない
「ここ数年、海賊というものに出会ったことがありませんが、海賊って本当にいるんですか?」
グラストさんに長年の疑問をぶつけてみた。
海賊の獲物は、俺達より商船だと聞いたことがあるけど、商船に行ってもそんな話は聞いたことがない。それなりに武装はしているらしいのだが。
「俺もいまだに見たことが無い。長老達にも聞いてみるがたぶん答えは俺と同じだろう」
「なら、何で海賊の噂があるんだ? おかしいじゃないか」
ラスティさんの言葉にエラルドさん達は首を傾げる。
ネコ族の版図は広大な千の島だ。そこに5つの氏族に分かれてネコ族が平和に暮らしている。
かつては大陸で王国を築いていたらしいが、今では長老達の伝承の話になっている。
そんなネコ族の自治州に海賊の話が出るのはどうしても理解できないんだよな。
高価な魔石をたくさん集めた商船を狙うと言った話もあるが、数年間で襲われた商船は一隻も無い。
海賊が、東の外洋との境辺りを根城にしている話もあるが、そんな場所に行く商船は無いだろうし、軍船が定期的に哨戒しているような話も聞いたことが無い。
軍船を見たのは氏族の島を移った時と、この間の魔石の徴税位だったような気がする。
だとすれば……。
自治州内の自由航行権を得る為に王国がねつ造した話なのか?
かつてはそんな海賊がいたんだろうが、ハイリスク・ハイリターンの稼業を嫌って海からいなくなってるんじゃないか?
たまにそれらしい噂を流せば、取り締まりを名目に自治州内を自由に動ける。
その目的は、ネコ族の団結を恐れているのかも知れない。
かつてのネコ族は大陸で恐れられた王国の末裔なのかも知れないな。
「少し見えてきましたよ。海賊は千の島にはいないんです。いたとしても、それは古い時代の話か、大陸に極近い場所ってことだと思います」
「まて、それなら軍船の目的は?」
「俺達の監視ですよ。反乱……、いや、かつての王国の再興を恐れているのではないかと思います」
「トウハの銛は世界一……。トウハの強さは軍に並ぶと?」
「そこまでは言いませんが、かつて大陸に住んでいた当時は周辺国より恐れられていたんだと思います。ネコ族の総人口が数千でも、かつての勇猛さを考えると無視できなかったという事じゃないかと」
男達がゆっくりと考え込む。
長老達に聞かされた昔話を思い出しているんだろう。
「カイトの言うとおりかもしれん。となると、一番の疑問は俺達に軍船を持たせる事だ」
「軍船と言っても、大陸の軍船を購入しない限り脅威は無いと判断したんでしょう。現に、サイカ氏族の戦闘艇は中型の動力船です。軍船よりも小さくて速度が出なければどうとでもなる。と判断したんでしょうね」
「だが、トウハのリーデン・マイネは違う」
グラストさんがニヤリと笑いながら酒器をあおった。
俺達もその言葉に大きく頷く。
「いまだ大陸では攻防が一進一退らしい。だが、王国の連中の財力では次の傭兵が雇えぬことは確かだ。無理に俺達から収奪することも考えられるが、そうなると約定も何も無くなるからな。ネコ族全体を敵に回すことになる」
「攻め手の王国の内々の約定も届いている。大陸の大きなギルドの公印も押されているという事は、約定と同等の意味を持つらしい」
信用取引という事らしい。
複数のギルドがその約束を保障したという事で、俺達の生活が大陸の王国のどちらが勝者となっても同じ暮らしを続けられるという事になる。
異なる点は、海賊対策だ。
攻め手の王国は俺達で行えと言う事だから、俺達に最低限の軍備を持たせることを許容している。もっとも軍船の保持だけで、陸戦部隊については許容できないんだろうな。
だが、将来的に千の島を俺達ネコ族の版図とするなら、軍船を持つだけで十分だ。かつては、大陸に覇を唱える王国を持っていたとしても、今は平和な種族だから、そんな野望は持っていないだろう。だが、俺達の版図を侵す者達にはそれなりの対処をすることにやぶさかではない。
軍備を持った中立国って感じになるんだろうな。
中立が軍備を持たない限り維持できないのは悲しいが、大国の思惑で俺達の暮らしが左右されるのも問題だ。
「5日後にこの島で種族会議が行われる。俺達種族の行く末を決めるぞ。リーデン・マイネの乗員は20人だ。俺が指揮を執って、エラルドが舵を握る。乗員には残念ながらお前達の名前は無い。筆頭漁師はバルトスに、次席がゴリアスだ。カイトと良く相談すれば良い漁に恵まれるだろう」
「父さん達は引退するのか?」
思わず叫ぶようにバルトスさんがたずねる。かなり驚いたんだろう、大声になってるぞ。
「引退ではないが、あまり漁に出られないって事だな。リーデン・マイネの乗員は子育てが終わった連中だ。悠悠自適に漁をするより、船を思い切り走らせる方がおもしろそうだ」
「王国の軍船ならばあまり気乗りしないが、あの船は別格だ。18の枠に30以上が名乗りを上げたから選ぶのに苦労したぞ」
それが会議の長引いた原因だったんだろうな。
最初から自分達の役目を決めて、残りの部署に応募者を募ったに違いない。全く困った人達だ。
そんな事を考えながらパイプに火を点けてエラルドさんを見ると、目が合ってしまったが、その眼は少年のように輝いている。
ひょっとして、ネコ族に長い間軍備を持たせなかった政策はこれを避ける為かも知れない。エラルドさんやグラストさんの目の輝きが違うし、ラディオスさん達も懸命に自己アピールをして連れて行って貰えるように頼んでいるからな。
ネコ族はかつて戦闘民族だったんじゃないか?
「問題はある。俺達が抜けると漁をするものがそれだけ減ることは確かだ。リードル漁はなるべく手伝うとしても、普段の漁獲が減っては大陸諸国への魚の流通が問題になりそうだ。無理をしないで、漁をするんだぞ」
俺達は渋々頷いた。確かに残された俺達の使命は重大だ。
魔石の確保は、大陸で暮らす大部分の人達には他人事でしかないが、魚の流通が止まったらささやかな食事の楽しみが減ってしまうだろう。
肉の値段よりは遥かに安い魚の供給は良質なタンパク源の確保上重要な事なのだ。下手に供給が途絶えたら食料暴動が起きかねない。
それは俺達ネコ族へ責任を追及する事態にも発展する恐れがある。
全体としてまとまっていた世界に争いが起きると困るのは弱者である民衆と相場が決まってるんだよな。
「分かりました。場合によっては漁の仕方を色々と改良してみるつもりです。大きさで競うことなく、一定量を確保することに努めるようにします」
「バルトス、そういう事だ。カイトの方が全体と先が見えるようだ。お前達が氏族を率いて漁をすることになっても、カイトの知恵は頼りになる」
バルトスさん達は俺の顔を見ながら頷いているけど、エラルドさん達の言った言葉の意味を理解してるかどうか怪しい限りだ。
後で教えてあげれば良いだろう。それよりも、20人が漁を休むとなる方が問題だぞ。
俺達よりも遥かに技量が優れてる連中が漁を今まで通りできなくなるという事だから、俺達も今まで通りの漁では追いつけないという事になる。
子供達が父親の動力船を使う事も考えられるが、氏族全体としては漁に出る動力船の数が10隻以上は減ることになるだろう。
サイカ氏族の移動に伴う漁獲高の減少と他の氏族の持つ軍船モドキの運用に伴う漁獲高の減少はかなりの量になりそうだ。
やはり根本的に漁の方法を一部変えねばなるまい。
「どうした? 浮かぬ顔をして」
「ネコ族全体の漁獲高の減少が大陸に与える影響を考えてました。下手をすると、大陸の下層庶民が魚を買えずに不満を高めるかも知れません」
「暴動……。そこまで考えるか。だが、あり得る話だな。サイカ氏族を島から追いやっただけでも魚の末端価格は上昇しただろう。その上、各氏族が軍船の乗り手に漁師を使う事になれば……」
攻める側もそれを気にしたというのが本当のところだろう。現在の王国はすでにそんな事はきれいさっぱり忘れているのかも知れない。
となれば、民衆の動きも攻め手の王国に傾く事になるだろう。
色々と矢継ぎ早に事態が動く可能性がありそうだ。
「まあ、対外的なところは長老に任せておけば良いし、俺達は明日からリーデン・マイネの訓練航海をするつもりだ。種族会議の前には隠匿するから問題ねえぞ」
「バルトス、今まで以上に魚を獲れ。それがお前達の種族への貢献になる」
そう言って、エラルドさん達は嫁さんを連れて帰って行ったのだが、俺達5人はどうやって獲物の数を増やすかの相談になる。
今までのやり方を組み合わせれば良いという事になったけど、それでも曳釣りは獲物の数があまりないという事で、しばらくは見合わせることになってしまった。
「やはり、はえ縄と素潜り、それに根魚という事になりそうだな」
「しばらくは共同で獲物を獲りたいが、それは賛同してくれるな?」
色々と、提案が出される。
すでに一人前として認められている存在だ。
筆頭漁師の肩書は、たとえ名目であろうとも氏族の漁師仲間の間では尊重されるのだ。
猟の方法、参加者……。次々と決め事を提案して俺達を納得させるんだからたいしたものだ。
「それでは、明日の昼に出掛けるぞ。双子島の南で漁をする。双子島から半日離れていれば父さん達の邪魔にはならないだろう。基本は素潜り漁だ。夜は合図をするまで根魚を狙う」
昼は積極的に魚を追うって事だな。嫁さん達も参加すると言って来たけど、子供の世話もあるからリーザとライズが交替で銛を突くのかな? でも、ちゃんと突けるんだろうか……。何か、心配になってきたな。




