N-113 軍船ができた。娘もできたぞ
双子島で最初にしなければならないのは、木道作りだ。
グラストさんが先頭に立って工事を進めてくれている。対岸までの距離を稼ぐために西に向けた木道にしたのだが、この選択によって木道の傾斜が緩やかになったのは後々の進水と陸揚げには楽だろう。
木道に使う丸太はカマルギさんが1日2回運んでくれる。
距離にして30m程の木道だが、末端は茂みの中に入っているから、この海峡に入ってこない限り見つかることも無いだろう。
サンゴ礁が満潮でも水深2m程の浅い海だから、軍船は入れないし漁師だって入ってこないだろう。水深が5mもあればそれなりに通行があるんだろうけどね。
20日ほど掛けて木道を作ったところで、双胴船と小型の動力船を木道に引き上げた。艤装前だから10人程で引き上げることができたが、全ての艤装が終わったら巻き上げロクロを使うほか無さそうだ。
周囲の立木を利用して滑車を掛けると、双胴船の前部を持ち上げ、横幅1.5m全長9mの船体を双胴船の真ん中に入れて双胴船の横梁にあらかじめ付けてある切り欠き部分を使って接合した。
カスガイで打ちつけたから、外れることは無いだろう。
魔道機関が甲板位置から飛び出すけれども、これはどうしようもない。
次に甲板を張っていく。板を切って並べて行き、傍から釘で打ちつけるだけだから、2日で終了した。
小屋の櫓は少し面倒になる。全長15mの軍船は10m近い小屋を持つのだ。後部には小さな操船櫓があるからその分は小さくなる。
小屋の天井に2基の大形石弓であるカタパルトを設置する予定があるから、その位置を確定して、補強しなければならないのだ。
太さの異なる柱材を用意して、小屋の構造体と補強材を組み合わせて枠を作る。
「結構大きくなるが小屋の横幅が小さくないか?」
「壁になる部分は、雨避けの天幕とその外側に作る装甲板ですからこれで良いんです。小屋の天井も2重にしないとダメですよ。雨避け用と足場になる甲板です」
「2つの甲板ができるのか! 確かに普通の屋根ではあんな大型の石弓は撃てないけどな」
バルトスさんがクギを打つ手を休めて俺に言った。
10人近い男達が手分けして作業しているから、思ったよりも作業が捗る。
一か月も過ぎると、バルトスさん達は分解したカタパルトを小屋の屋根に据え付けている。カタパルトの台数は3基、数日後には据え付けが終わるだろう。
グラストさん達は装甲板に真鍮の鱗のような板を丁寧に貼り付けている。500枚用意したんだが、少し足りないようにも思える。慌てて300枚を追加したんだがまにあうだろうか?
完成したのは3か月後だった。
長いこと掛かったと思う。どれ位長いかと言うと、その間に俺が父親になったぐらい長かった。
カヌイのおばさんが名付けてくれた女の子はマイネと言う名だった。希望と言う古い意味があるとエラルドさんが教えてくれた。
ちょっとしたお披露目を入り江で行ったのだが、長老達まで祝いに来てくれたぞ。
「聖痕の血を引く娘だ。相手は選り取りみどりだぞ」
グラストさんが酒器を掲げて俺に笑ったけど、氏族の島で俺達の傍にいつまでもいて欲しものだ。
軍船に名前をという事になって、長老達が選んだ名前は『リーデン・マイネ』かつて大陸でネコ族が王国を築いていた時代の女王の名らしい。
「お前の娘にもそんな願いを託そうとしてるのかもしれんな」
そんな事をグラストさんが、軍船に名前を書きながら教えてくれたけど、俺はそんなだいそれた人でなくとも、幸せな家族を作ってくれれば良いと思う。
軍船には3基のカタパルト用に20本以上の銛を積んでいる。石弓は20丁で矢は300本を小屋に置いている。予備は購入するしかないが、それをやっていないという事は、パレード用って事だな。
真鍮の鱗がやけに目立つけど、表面に腐食防止のために何かの樹脂を塗ったようだ。燃えることは無いと言っていたけど、樹脂って燃える物なんじゃないか?
わけの分からない物が入ったタルや水の保管容器、カマドも2つ船尾に付いている。
大きな鍋が2つとヤカンに似たポットが置いてあった。
「一度走らせてみたいものだな」
「引き上げるのが面倒ですけど、俺も賛成です。この船がどれ位速度がでて、その状態でカタパルトが使えるかを試しておかないと戦になりません」
「相手の意表を突くつもりが、笑いを誘うようではトウハ氏族の恥になるぞ」
相手の度肝を抜いて戦をするなら氏族の名も高まるけど、相手の笑いを誘って戦いに挑むのもどうかって事だな。でも、何となく戦術的には良さそうな気もするな。
大笑いしてるなら武器だって強く握れないし、こちらを見る目だってぼやけて見えるだろう。
その状態で戦をして負けたりしたら、種族の評判が一気に下がりそうだ。
ここは、グラストさんの言う通りの方向に持って行きたいものだな。
そんな事で関係者を乗せての試験航海を行ってみた。
操船はエラルドさんで指揮はグラストさんが執る。
さすがにトリマランだけあって、3つのスクリューを2ノッチにすると海上を滑るように疾走する。
カタパルトの弓は動滑車を使って3人引くことになったが、100m程先の水面に顔を出した岩礁に見事に当たったぞ。
「普段は斜めの装甲板で矢を防ぎ、銛を撃つ時に上面を外側に畳むんだな。木造だが、装甲板には真鍮の鱗が貼ってある。これなら相手が火矢を撃っても炎上する事は無さそうだ」
「だが、操船はかなり難しいぞ。直進性は良いのだが、舵が今一つだな。方向を変えるには大きく曲がる事になる」
「曲がりたい方の魔道機関の出力を下げるにゃ。そうすると簡単に曲がれるにゃ」
ライズが操船のアドバイスをしてくれる。
まあ、原理的にはそうなんだけど、自分達で考えたのかな?
試験航海が終わったリーデン・マイネを双子島に隠匿して、俺達の準備は終わった事になる。
こんどは本来の仕事ができるぞ。
ラディオスさん達と連れだって素潜り漁をする日々が続いている。
・・・ ◇ ・・・
そんなある日。漁から帰って来ると石の桟橋に商船が停泊している。
マイネを俺に預けてサリーネ達は獲物を担いで商船に向かった。
隣から、ビーチェさんがやって来て、俺からマイネを受け取ってベンチに腰を下ろす。
「夕べ遅くに商船がやってきたにゃ。エラルド達は今朝から長老会議に出て帰ってこないにゃ」
「大陸の戦の状況が変わったんでしょうね。でも、ここまで影響が出るとは思いませんが?」
「ネコ族の危機は種族全体に影響するにゃ。トウハ氏族だけが傍観することはできないにゃ」
種族の結びつきは強いって事だな。普段は氏族が離れて暮らしているけど、ことある場合は結集するのだろう。
しかし、俺達から魔石を受け取って更なる傭兵を雇い入れた王国なら、そう簡単に瓦解はしないと思うんだけどな。
だけど、そんな能天気な考えを持っているのは俺だけみたいだ。
夕食が終わってお茶を飲んでいると、ラディオスさんや、オリーさんやサディさんも子供連れでやってきたぞ。嫁さんと子供達は小屋に入って、にゃあにゃあと意見を交わしているようだ。
バルトスさん達は長老会議の末席にいるはずだから、甲板にゴザで作った座布団に腰を下ろしているのは俺、ラディオスさんにラスティさんの3人になる。
「やはり大陸の戦の話のようだぞ。カマルギさんが長老会議に参加している人物に話を聞いたそうだ」
「兄さんも、ちょっと出て来て話してくれれば良いんだけど……」
噂が噂を呼んでいる感じだな。
ここは早いところ、エラルドさん達に真相を教えて藻わねばトウハ氏族の連中が浮足立つことになりそうだ。
リーザが入れてくれたお茶を飲みながら、言葉少なくパイプを吸う。
ラスティさんがパイプの灰を取って新しい葉を詰め込もうとした時、桟橋から動力船伝いに渡って来る音が聞こえて来た。
「皆揃ってるな。まあ、仕方ねえ話だ」
俺達が座を開いてやってきた4人の座る場所を確保すると、ライズとオリーさんが酒器を配ってくれた。
皆の酒器にワインが満たされると、無言でグイっとあおる。
「先遣隊がやってきたそうだ。サイカ氏族は全て氏族の島を去ったが、問題はその後だな」
苦々しい口調でグラストさんが話を始めた。
すでに、サイカ氏族は島を去っているから特に混乱は無かったらしいが、サイカ氏族の漁場に立ち入る動力船を軍船で追い出しているとの事だ。
「何人かが矢を受けて怪我をしたらしい。更に軍船をオウミ氏族の島に派遣して立ち退きを迫ったらしい」
大陸から離れて再起を図る考えなんだろうか?
そうだとすれば、かえってネコ族の協力を得る方が望ましいと思うけどね。この地域を自らの版図としている王国のおごりという事なんだろうな。決して良いことが無いと思うけど……。
「さすがにオウミ氏族は断ったそうだ。軍船3隻の兵士の数は数十人。オウミ氏族とサイカ氏族を合わせれば男だけで300人を超える。慌てて引き上げて行ったらしい」
「俺達の敵は俺達を海賊から守護してくれた王国って事ですか!」
グラストさんが重々しく頷いて話を続ける。
敵対する王国からナンタ氏族を通じて王国を攻める側の王国から親書が届いたという事だ。
「俺達の自治を認め、その代償は取れた魔石の1割。ただし、3個の中位魔石を混ぜること。5つの氏族にそれを求めるという事だ。低位魔石5個で中位1個。高位魔石1個は中位魔石5個に同じとするらしい」
「今までよりも緩やかに見えるが、サイカ氏族の漁場は魔石が獲れぬ。オウミ氏族とホクチ氏族は何とかなるにしても、ナンタ氏族とトウハ氏族がサイカ氏族の中位魔石分を獲らねばなるまい。それに重要な事だが、軍船をあまり持たぬようだ。海賊の対応は俺達で傭兵を雇わねばならないぞ」
別の問題が出て来るのか……。
なるほど、長老会議が長引くわけだな。




