N-108 サイカ氏族の腕は?
ツインスクリューを持つカタマランの速度はかなりなものだ。水車式の動力船なら1日半の工程になる漁場に日暮れ前に着いてしまった。
夕暮れの太陽が照らす海域で、それぞれの船はサンゴの穴を見つけてアンカーを下ろす。
今夜から夜釣りを始めるので、早々と夕食を嫁さん達が作り始める。その間に根魚釣りの竿を持ち出して、胴突き仕掛けを道糸に取り付けた。
餌は、始める時で良いだろう。念のためにタモ網とギャフを用意しておく。
「出漁中でも、こんな食事が食べられるのか?」
「船で暮らしていますからね。停泊しているなら、島での食事と変わりません」
カドネンさん達はご飯とスープに漬物の食事に驚いているようだ。
子供達は喜んでお代りしているから、食事を作ったサリー達も顔がほころんでいるぞ。
食事が終わると、ゆっくりお茶を飲む。子供達には冷えたココナッツジュースだ。
本来ならワインを飲みたいところだが、今夜は一晩中夜釣りになる。
ランタンを左右と中央に灯して、いよいよ夜釣りが始まる。根魚の動きは夜の方が活発だからな。
サリーネが保冷庫から餌のカマルを取り出すと、素早く3枚に下ろして短冊に切ってくれた。釣り針を皮から刺して皮に出す。3本の釣り針に餌を付けて、左右の舷側と船尾に仕掛けを下ろす。
鈴が付いているから、パイプを楽しみながら待てば良い。
サリーネは竹かごやまな板、それに包丁まで用意して待っている。ちょっとプレッシャーを感じるな。
それほど待つこともなく、船尾の釣竿の鈴が鳴りだした。
竿を取り上げリールをゆっくり巻きながら追い食いを待つ。竿先に伝わる感触ではそれほどの大物ではないな。
タモを使わずに、胴突き仕掛けを持って甲板に取り込んだ。
中型のカサゴだ。30cmは超えているけど、この辺りなら45cmクラスが欲しくなる。
釣り針を外して、餌を突けると海中にポイっと仕掛けを投げ入れる。
獲物は竹カゴに入れてサリーネに渡すと、素早くさばいて保冷庫の中にある保管用のカゴに放り込んだ。
「根魚はこんな感じで釣るんです。もうちょっと獲物が大きいと良いんですが」
「サイカの漁場で獲れるものより大きいぞ。あの三分の二が平均だ」
乱獲が祟ったのかもしれない。この漁場は新しいから大型が釣れるとも取れる話だ。この漁場の魚が小さくなれば、他の場所を探さねばならないのかもしれない。
次に、鈴が鳴った舷側の竿はカインドさんに頼んで、別の竿を俺が上げる。
リールの操作に手間取ってはいたが、直ぐに要領をつかんだようだ。
次々と獲物を引き上げてくれる。
獲物をさばくのが大変だろうと、サリーネの方を見ると、リーネさんがいつの間にか手伝ってくれていたようだ。
俺達が釣り上げた獲物をいとも簡単にさばいている。
「島にいる時よりも大きいけど、この方が感嘆にゃ!」
そんな事を言ってるけど、結構大変な作業だと思う。カサゴはあちこちにトゲがあるからね。
入れ食い状態が続いた後、ぱったりと当たりが遠のいた。群れで行動する魚ではないんだが、とりあえず一休みが出来そうだ。
サリーネが沸かしてくれたお茶を飲みながら一服を楽しむ。
今夜は雨は降らないみたいだけど、空には全く星が出ていない。曇天なんだろうな。
「俺達の動力船でもこの辺りなら2日掛ければ来れるだろう。仕掛けは竿を使わずとも良さそうだ。仕掛けは俺達の持つ漁具よりも大仕掛けだが、商船で購入できるだろう」
「念のために、タモ網は持っていたほうが良いですよ。たまに大物が掛かります」
2時間ほどの根魚釣りで、釣り方は理解したようだな。
「乾季なら保冷庫に入れずに一夜干しにするにゃ。今夜は降るかも知れないから保冷庫に入れてるにゃ」
「保冷庫は氷を入れてるんだな。俺の嫁も一応氷を作れる。2日掛けて漁場へ来て、2晩夜釣りをして帰ればそれほど無理な漁にはならないな。漁に係る禁忌はないのか?」
「氏族の島周辺は禁漁です。竜神の住まう島での漁は恐れ多いと……」
そんな俺の話も、真摯に受け取っている。
ある意味、外様って事になるんだろう。俺達の漁の流儀を守ることは当然と言う事らしい。
夜明けまでに数十匹の根魚を釣り、ライズ達と交代して朝食の後は俺達は一休みだ。
初めてのハンモックもおもしろそうに乗り込んで直ぐに眠りに着いたようだ。小屋の外では子供達がはしゃいでいるけど、落ちる事は無いだろう。
激しく屋根を叩く豪雨で目が覚めた。
どうやら最後まで寝ていたらしく、他のハンモックには人影が無い。
ハンモックから用心深く降りると、ライズ達が子供達と一緒にスゴロクで遊んでいる。
3本の竿は仕掛けを上げているから、雨が収まるまでは一休みの状態らしい。
俺が起きたのを見計らって、食事が出てくる。
ご飯と野生のバナナを一緒に蒸したものだが、粘り気の無いご飯が少しまとまるようにも思える。これだとおにぎりができそうだな。
後で試して貰おう。魚醤を付けて焼きおにぎりにしたら美味しいんじゃないか?
2時間ほど過ぎたところで雨が止み、綺麗な夕焼けが見えてきた。
急いで仕掛けに餌を付けて海に投げ込む。
今夜も根魚釣りが続くのだ。サリーネ達がザルを引き出して保冷庫の魚を並べている。一夜干しをするようだが、雨が降る前に込まないとな。
・・・ ◇ ・・・
翌日、船団をバルテスさんがまとめて氏族の島に帰島する。やはりこの船は便利に使える。通常の動力船よりも2倍ほど速度を上げられるから、夕暮れ前には帰島できるんじゃないかな。
「根魚釣りはだいたい分かった。後は何が釣れるんだ?」
「シメノンにシーブルですね。バルも大きなのが掛かりますよ。シーブルは仕掛けをゆっくり動力船で曳いて釣るんです。シメノンはこんな形の餌擬を作って釣りあげます」
ベンチの蓋を開けて餌擬を見せる。曳釣りの仕掛けは理解できないようだな。小型のシーブルを浮き釣りで獲るというのは納得していたから、似た釣り方があるのだろう。
「やはり動力船の大型がいるな。俺達の動力船では遠くに行くことが難しそうだ」
「託された金貨を使うにゃ。使った分は魚を獲って返していけば良いにゃ」
カインドさんにリーネさんが話し掛けてる。確かにそうなんだが、金貨2枚を釣りで得るにはかなりの時間が掛かりそうだな。
「そうだな。サイカ氏族がこの先どうなるかは分らん。トウハ氏族の中で漁を覚えるのは、俺達の氏族が再び集まった時にも役立つだろう」
そんなことを夫婦で話しているけど、俺達の間で小型と呼ばれる種類の動力船を購入するのだろうか? 確かに、カインドさんが乗っていた動力船よりは大型だが、4人で寝るには少し小さそうだぞ。
「ところで、カインドさんは素潜り漁はできますか? 銛を使う漁ですけど」
「子供のころは誰もがやる漁だ。あいにくとサイカ氏族の周辺では大物はいないのだが……」
やったことはあると言う事か。となれば乾季のブラドも対象になりそうだな。
リードル漁への参加は長老会議が決めることだろう。慣れない者が漁をして命を落とすことが無いようにしなければなるまい。
氏族の島に着いた時には日が落ちていた。
石の桟橋に商船が停泊している。明日、再び会う事にして、カインドさんは自分の船に戻って行った。
「あの家族で、あの船は小さいにゃ……」
「そうだね。たぶん島に住居を持ってたんじゃないかな。あの船では精々2人が漁をできる位だからね」
昼の話だと、商船に動力船を注文するかも知れない。安く譲れる動力船があれば良いのだが、俺達の船はすでに素潜り漁が出来ない人達に格安で譲っているからな。
俺達だけになったトリマランで今夜は早めに寝よう。
だけど、1家族を乗せたぐらいでは全く問題が無い広さだ。ラディオスさん達も喜んでるに違いない。
翌日、カインドさん達がやってきたところで、嫁さん達が獲物を商船に運んでいく。
「やはり、船を作る事にした。昨夜、エラルド殿に相談したのだが、中型であれば金貨3枚を超えることは無いらしい。古い動力船はここでは使い物にならなそうだ」
「長屋を利用すれば?」
「ああ、しばらく貸してくれるそうだ。男達2人で船に乗り、南の島の先で漁をしようと思う。根魚釣りの要領は分ったから、先ずはその辺りで獲物を獲る」
あの辺りにも結構魚が豊富だったな。十分漁で生計を立てることができるだろう。
サリーネ達が帰って来ると、売値を2分割してリーネさんに渡している。
俺達の漁を手伝ってくれたのだ。半分ずつ分ける事に問題は無い。
「漁を教えて貰ったのは俺達なのだが?」
「家の嫁さん達に料理を教えて貰えましたし、カインドさんの方が俺よりも釣ってたじゃないですか。ここは山分けという事で……」
「済まんな。どれ、商船に出掛けて来るか。今頼めば次の雨季前には船が手に入るだろう」
2人が席を立って、小舟に乗り込む。
互いに手を振って別れたけれど、また一緒に漁をしてみたいな。
さて、いよいよはえ縄漁に行けるぞ。
いつ出掛けようかと船尾のベンチに座ってパイプを楽しんでいると、ラディオスさん達がやってきた。
話題は、サイカ氏族の男達になるのは自然の流れだろう。
「腕は良いな。根魚の取り込みも、嫁さんがさばくのも俺達以上に思えたぞ」
「ああ、竿を1本預けたんだんだが、俺よりも数を上げている。やはり釣りはサイカ氏族に負けるな」
「ですが、彼等最大の漁法はここでは通用しませんよ。今の内はね」
彼らの漁の対象魚は小型の魚だ。ここでは2倍以上大きいんじゃないか? そんな獲物を相手にはえ縄漁をしたら、枝針が絡んでしまうだろうし、切られることも多いだろう。それに細い道糸を引き上げる時に指を切りかねない。
その工夫が彼等にできるだろうか? あまり彼らの漁が振るわなければ教えてあげた方が良いのかも知れないけど、これは長老会議に下駄を預けておこう。




