N-106 皆ではえ縄を作ろう
遠い大陸の戦いがどうなろうと俺達には関係ないのだろうが、所属として見れば問題が出て来るな。
サイカ氏族は大脱出を始めたようだ。オウミ氏族が分かれていなければ、別の問題があるのだろうが、上手い具合にオウミ氏族は3つに氏族を分けている。元々が2千を超えていたそうだから、サイカ氏族の半分を加えても元の人口に戻るのかなりの時間が必要だろう。
俺達の氏族にも若いサイカ族が集団で来るらしいのだが、10家族という事だ。動力船を持っていると言っていたから、リードル漁も一緒にできるかも知れないな。
「長老を1人連れて来るそうだ。若い連中だけでは俺達と諍いが起こった時に調停もできないと踏んだのだろうな」
「彼らの漁は釣りだと聞いたけど……」
「そうだ。俺達とは漁法が異なるからあまり問題にはならないだろう。長老を長老会議に招待すれば、彼らも俺達氏族と協調して行けるだろう」
それがいつまで続くかが問題だな。早めに解決せねばなるまい。と言っても全ては大陸で起きている戦に左右されるんだけどね。
「ところでカイト。場所はどうだ?」
「十分です。ですが、手伝って貰いますよ。艤装は俺達で行う事になりますから」
俺の言葉に皆が頷いてくれる。
ダメとは言わないだろうけど、皆で作らないと、その装備を施した意味が伝わらない気がする。それが一番の問題だと思うからな。
「カイトが頼んだ船は乾季の中ごろになるんだろう? それが届く前に準備する者はあるのか?」
「板と柱が必要です。大工道具も必要ですし、クギもかなり入用になるでしょう」
「紙にまとめておけ。次の商船が来たら頼んでおくぞ」
そんな話が一段落した時、バルトスさんが俺に話し掛けて来た。
「カイトの言っていた仕掛けを作ったが、どこで試す?」
「枝針をたくさん付けた仕掛けですか?」
「ああ、俺とゴリアスで2式作った。1つの長さが12FM(36m)で枝針の間隔は8YM(2.4m)で枝針の長さが5YM(1.5m)だ。枝針の近くに親指2本分の浮きを付けてあるから深く潜ることは無いぞ」
「浮きは、カゴ漁に使った浮きをもう1度作っておいた。5個作ってある」
試験的には十分だろう。4式あれば全部で40本の仕掛けを流すのと一緒になる。
「こんな感じに仕掛けるんです。少し離れて浮きの動きを見てれば掛かったかどうかが分かります。数時間経ったら、浮きに動きが無くとも上げて見るべきでしょう」
「あまり海面から下げていないなら、サンゴ礁でも使えそうだな」
「いや、針掛かりして潜る奴もいる。やはり水深はあった方が良い」
そんなやり取りがあったところで、双子島の南で試す事になってしまった。
あそこは、サンゴの崖が続いているんだが、かなり崖の段差が少ないことは確かだ。カゴ漁の連中も双子島の近くには仕掛けないとのエラルドさんの言葉が決定打になった。
「先行して、船作りの場所を確保する。嫁さん連中に仕掛けを見て貰って、俺達は島にザバンで行けば良い」
そんなグラストさんの言葉に皆が頷いてるぞ。
道具と餌を明日中に準備して出発は明後日との事だ。またシメノンが現れれば良いんだけどね。
翌日はのんびりとトリマランの船尾で釣りを楽しむ。
餌としても使うから、50匹近く釣らねばならないのが問題だが、途中からライズ達が手伝ってくれた。小さなカマルは餌にして、大きなカマルは俺達のおかずだ。小さなカマルが、ザルに1杯になったところで止めにして、保冷庫に入れておく。氷w6個も入れといたからしばらくは持ちそうだ。
夕方にココナッツを届けてくれたラディオスさんに、ライズがカマルを渡している。俺達だけで食べるには多すぎるから、仲間達の船にも配っているみたいだ。
翌日、あいにくの豪雨の中を、俺達は出掛けることになった。
ブラカの合図は豪雨の中だから、バルトスさんも大変だな。白旗を上げるのは小屋の外だが、屋根があるから安心だ。もっとも、この豪雨だから全く濡れないことは無い。その上、アンカーを上げたり、僚船とのロープを解くのに俺はずぶ濡れになってしまった。
小屋の下に戻って、操船櫓のライズとリーザに完了したことを告げると、小屋の中に入って着替えをする。
やがて、トリマランが波を切る音が聞こえて来た。
外にも出られないし、ずぶ濡れの服を着替えたところで床に横になる。ずっとハンモックで寝ていたから、ゴザの上で大の字になって寝るのは久しぶりだ。
そんな俺の横にサリーネが寝転がる。
朝が早かったからな。操船櫓の2人には悪いけれど、ここは朝寝を楽しもう……。
昼過ぎにサリーネが操船櫓に上り、リーザが下りてくる。
まだ外は豪雨だが、朝に比べれば少しは小ぶりになったようだ。こんな豪雨が頻繁に来るとなれば素潜り漁はどうしても自粛って事になるな。
夕暮れ前に、前回と同じ場所にトリマランを停めると、明日の準備をすることになった。
朝早く、バルテスさん達が仕掛けると言っていたけど、果たしてどうなるかな。
翌日、バルトスさんとゴリアスさんが、はえ縄を仕掛ける。嫁さん達が根魚を釣りながら見張るらしい。
俺達はグラストさんの先導で海峡に入り小さな砂浜にザバンを引き上げる。
「斜めに作ると言ってたな」
「はい。こんな感じに船を出せば海峡の横幅を広げるのと同じ効果が得られます」
「勾配もな。となると……、ロープを伸ばすぞ!」
ロープをピンと張って、船の艤装をする場所と同時に船を隠ぺいする場所の確認をする。
浜から30m程林に入るが、海に浮かべるには木製のレールを使えば良いだろう。
手前の木々を切らずに奥の木を切り倒して浜に運ぶ。これは氏族の島に引いて行って小屋の柱に使えそうだ。
「小屋の柱は自分達で切り倒して、船に使う木材は商船から買うのか?」
「そうなります。きちんと製材することができません」
ラディオスさんの素朴な疑問に答えたんだが、俺もおかしな話だと思う。
板や柱を定尺に切る方法があればそうしたいところなんだが……。
丸太を浮かべてイカダを作りトリマランにロープで結んでおく。帰りに曳いて行けば良いだろう。
それで、はえ縄漁法は? とバルトスさん達のカタマランにザバンを近づけた。
「カイトか。かなりの成果だぞ。6匹から7匹が一度に掛かる。問題は引き上げなんだが、結構体力がいるな」
「何とかしようと思ってますから、とりあえずは我慢してください」
かなりの釣果のようだ。サリーネも早く作って欲しいと言ってるし、グラストさん達も興味を引いている。
これは、早いところ島に帰って、皆の分を作った方が良いかもしれないな。
一晩夜釣りをして、翌日遅い時間に島に戻ったのだが、ちょっと変わった動力船が入り江の西に10隻ほど停泊していた。
「どうやらサイカ氏族の若者達がやってきたらしいな。向こうも慣れない他の氏族の島にやってきたのだ。しばらくは漁には出ないだろうが、場合によってはお前達に面倒を見て貰うぞ」
エラルドさんのカタマランにロープを結んでいると、俺の肩を叩いてそんな事を言って来た。
まあ、俺と同じような身の上になるんだろうな。だけど、仲間と一緒ならそれだけ助け合えるんじゃないか。
「了解です。ですが、あの動力船では俺達の速度は出ませんよ」
「その時は乗せてやれ。ネコ族は助け合うものだぞ」
パイプを咥えながら笑っている。
船尾のベンチに腰を下ろして俺もパイプに火を点けた。
「サイカ族は、バルトスさんに教えたはえ縄釣りをするようです。一度仕掛けを見てみたいですね。たぶん小型を狙っているんだと思うんですが」
「それに対して、俺達は大型って事だな。明日は俺も仕掛けを作らねばならん。ビーチェがうるさいんだ」
たくさん釣れたのを見たらそうなるよな。俺もリーザ達から早く作れって言われてるしね。
2日程掛けて、のんびり作ろうと思っていたんだが、ラディオスさん達も誘って一緒に作ろうかな。
翌日は、嫁さん達にも手伝ってもらって、はえ縄仕掛けを作り始めた。
道糸と枝針の仕掛けは俺が作り、嫁さん達は浮きを作っているんだが、メガネケースよりも小さな竹かごを良くも器用に作れると感心してしまう。
昼近くになると、チマキモドキをたくさんカゴに入れてエラルドさん夫妻がやってきた。その後は、どんどんと人が増えて、浮き作りの嫁さん達は子供を連れて小屋に入っていく。
残った俺達は、天幕を頭上に大きく広げて日よけを作り、ワインと世間話を楽しみながらの仕掛け作りだ。
雨季だからたまに空を見上げるんだけど、今日は何とか持ちそうな感じだな。
それでも、仕掛け作りの道具や作った仕掛けはカゴやザルに入れて、いつでも仕舞えるようにしている。
「長さは10FM(30m)で良いんだな?」
「それで十分です。道糸の先端から1FM半(4.5m)を取って、その先から7YM(2.1m)間隔で10本。枝の長さは5YM(1.5m)で良いでしょう。バルトスさん達の仕掛けよりも少し余裕が出ますから、大きいのが掛かっても隣の枝針に絡まないと思います」
「兄さん達はこの仕掛けに直接浮きを付けてたけど、カイトは違うんだな?」
「この仕掛けの良いところは、連結して仕掛けを伸ばせるんですよ。ですが、あまり伸ばすと……」
「引き上げるのが大変だと言う事だな。バルトスもそれを嘆いたいたな」
「その為に、太い糸の下にこの仕掛けを付けるんです。曳釣りの道糸よりも太い組紐ですから、かなり楽になりますよ。それに、これを引き上げる道具を頼んでいますから、それに使えるようにするためでもあるんです」
巻き上げ用のロクロが早く来れば良いんだけどな。
そんな事を考えながら、2つ目の仕掛けを作り始めた。
他の連中もバルトスさんの仕掛けに比べて格段に面倒になった仕掛けを、文句も言わずに作り続けている。
明日には誰もが3つは作れるだろう。また双子島に出掛けて仕掛けを流してみようかな。




