N-104 船団を組んで走らせよう
それ程荷物は無いはずなんだけど、引っ越しが終わった時にはだいぶ日が傾いていた。東には次の雨雲が近付いているから、どうにか間に合った感じだな。
エラルドさん達が今まで乗っていた動力船は、元の位置に戻してある。今夜の長老会議で分配を決めるようだ。
俺のトリマランにエラルドさんとラディオスさんのカタマランが横付けされている。
バルトスさん達はグラストさんと一緒に俺達よりも少し沖に停泊していた。
「しばらくはザバンで移動することになりそうだな。動力船の値段を新しい桟橋で割り引いても良さそうだ」
「やはり、前とはだいぶ違うな。オリーも小屋の中が広いと喜んでたぞ」
「いよいよ、俺達だけで船団を組めそうですね」
そんな俺の言葉に2人がパイプを咥えて頷いている。
「曳釣り、素潜り、根魚釣り何でもできるな。それで、カイトの考えてる新しい漁は出来そうなのか?」
「仕掛けは、バルトスさんに任せましたが、引き上げるのに俺達では無理です。どうしても魔道機関を使う事になるんですが、軍船用の船を注文するついでに頼んで来ました。できるとのことです」
「仕掛けそのものは、サイカ氏族の使う仕掛けに似ているが、長さがだいぶ異なるからな。サイカ氏族は4FM(12m)程の長さだ」
「規模が10倍だからな。サイカ氏族が吃驚するぞ」
ラディオスさんが嬉しそうに呟いている。
そんな俺達にリーザがお茶を入れてくれた。
「中は片付いたのかい?」
「どうにか、収まったにゃ。床下収納が増えたから少し便利にゃ」
やはり、トリマランは便利だな。三分の一が魔道機関とスクリュー、それにシャフトに取られたけど、まあ、それは仕方あるまい。
リーザは夕食を準備しているサリーネの手伝いを始めたようだ。
日が暮れる前に豪雨が襲ってくる。
サリーネの話ではそれ程長くは続かないと言ってたけど、本当に俺達が夕食を食べている時に降りやんだから驚いてしまった。
ネコが顔を洗うと雨って事で、天気の変わり目がネコ族の人達には分かるんだろうか?
そろそろ皆が訪ねてくるころだ。
外に出てカンテラを点けると、船尾のベンチに腰を下ろして待つことにした。
最初にやってきたのはラディオスさんとラスティさんだ。エラルドさん達は長老会議がまだ終わっていないようだな。
サリーネが酒器とワインを運んできてくれたので、3人でちびちび飲みながらパイプを楽しむ。
ベルーシさんもザバンでやってきたから4人になった。
「早く走らせてみたいな。魔道機関が2基なんて、ちょっと前までは考えもつかなかった」
「舵の効きが普通の動力船より悪いことに注意してくださいよ」
「ああ、それは聞いている。入り江の中では十分注意するよ」
早く走らせたいのは皆一緒のようだ。バルテスさん達がやってきたら、明日の漁の話をしないとな。
しばらくして、エラルドさん達4人がやってきた。
ザバンでの移動は、ちょっと面倒だがしばらくは我慢しないといけないみたいだ。
ワインを飲みながら、長老会議での話を教えてくれる。
「俺達の動力船の分配は上手くいった。まだ自分の動力船を持たぬ若い者にも渡すことができたぞ」
「例の大陸の話だが、一進一退を繰り返しているらしい。長く掛かるかも知れんな。再度、部族会議を開くらしい。今度はエラルドに同行してもらうぞ」
「約定の改訂をするぐらいだから、かなりの苦戦だと思っていたが、なかなかやるもんだな。だが、長老達は準備しておくことは重要だと言っている。移民対策と軍船は前に決めた通りだ」
かなり危なそうな話だったが、どうやらそうでもないらしい。
だけど、こんな話は悪い方向に考えておいた方が良いのかもしれないな。新しい情報を元に再度会議を開くと言う事なんだろう。サイカ氏族ならば大陸に近いだろうし、俺達の氏族のように東に遠く離れた場所にいるより詳しく分るだろう。
情報の遅れはこの世界では仕方がないのだろうか? もうちょっと何とかしたいものだと思うんだけどね。
「という事で、明日出掛けるぞ。南西の双子島だ。俺達が見つけた軍船の隠匿場所の確認もそこでできる。漁は二の次だが、根魚なら釣れるだろう」
グラストさんの言葉に俺達は笑顔を向ける。
軍船の隠ぺいや根魚釣りよりも、早く新しい船を走らせたいのだ。
どれぐらいの速度で船団を巡航させられるか? これが、俺達が一番知りたい事だ。
・・・ ◇ ・・・
翌日、俺達が朝食を食べていると隣のカタマランからエラルドさん夫婦が乗り込んできた。
「ビーチェを連れて行ってくれ。1人ではつまらんと昨夜から散々言われ続けてるんだ」
「この船は初めてにゃ。一緒に行くにゃ」
確かに1人ではつまらないだろうな。
快く引き受けると、エラルドさんからザバンに乗せたカゴを受け取って小屋に入って行った。
リーザ達も嬉しいに違いない。俺も料理の上手なビーチェさんなら大歓迎だ。
バルテスさんの吹くブラカが聞こえると、リーザが白旗をマストに掲げた。マストの上部には左右に短い腕木が出ており、それに付けられた滑車を使って旗を上げられるようにしている。一々旗竿を立てるのは面倒だからな。
左右の僚船と結んだロープを解き、アンカーを引き上げる。
操船櫓に片手を振ると、トリマランがゆっくりと後退していく。この辺りの操船は前と同じだから問題は無いだろう。
赤い吹き流しをマストに掲げてバルトスさんが入り江の出口に向かう。数隻のカタマランがその後を追うが、皆知ってる連中だ。今回は新たな参加者はいないようだ。
白旗を上げたカタマランがそろったところで、白い吹き流しをなびかせた船の小屋の屋根に立ったゴラオンさんが黄色の旗を振った。
再度、バルテスさんのブラカが鳴ると、バルテスさんの乗ったカタマランが速度を上げながら島を南西方向に走り始めた。
ビーチェさんと船尾でのんびりお茶を飲んでいると、操船楼の後ろの鎧戸が跳ね上げられて、ライズが顔を出した。
「速度調整レバーの隣にもう一つレバーがあるにゃ。これ何にゃ!」
「そうだな。試してみるか。船団の右に出て並走してくれないか。でないと危ないぞ」
後ろを付いて来る、ゴラオンさんのカタマランに、黄色の旗を振って右に出ることを知らせる。ゴラオンさんが操船櫓から身を乗り出して旗を振ってくれたから、俺の意図が分かったようだ。
船団から50m程離れたところで、ライズにもう1個のレバーを操作する前にその、下にあるレバーを前に倒すように告げる。
「後は、速度調整レバーと同じだ。もう2つのレバーと同じノッチにすれば一気に速度が上がるぞ」
鎧戸から顔を出して、うんうんと聞いていたライズがサリーネにおしえているようだ。
さて、どれ位、速度が上がるんだろう?
グン! と速度が上がり、次々と縦列で進むカタマランを追い抜いて行く。たちまち先頭を進むバルトスさんの船を追い抜いたところで、速度が他のカタマランと同じになる。ブースト用のスクリューを停止したようだ。
少し速度を落として定位置に戻ると、他のカタマランもトリマランの真似をして、カタマランの軽快な速度を試しはじめた。
バルトスさんも試した後で、最後尾に戻って行ったのだが、トリマランに向かって手を振っていた顔には笑顔が溢れていた。
納得したって事なんだろうな。他の連中もそうだと良いんだけどね。
いつの間にか、船団の速度が上がっている。
先導するバルトスさんが少しずつカタマランの速度を上げているみたいだ。
今の速さは、水車式の動力船の2倍近く出ているぞ。目的の双子島まで、夕方には着くんじゃないか?
昼を過ぎた頃、土砂降りの雨が降ってきた。
慌てて小屋に逃げ込んだが、甲板側に2m程屋根が伸びるから、小屋の間際にベンチを移動すれば濡れずにパイプを楽しめる。
それにしても凄い雨だ。後続のゴラオンさんのカタマランが霞んで見える。
数度の雷鳴が空に轟いたと思ったら、突然に雨が止んだ。メリハリの効いた豪雨だな。
船団は真っ直ぐ目的地に向かっているようだ。ますます速度が上がっている。バルトスさんは慎重なんだけどな。ケルマさんが操船してるんだろうか?
そういえば、このトリマランも微妙に蛇行しているように思えるな。思わず操船櫓を見上た。
「ライズと母さんにゃ。たぶん母さんが操船してるにゃ」
困った顔をしてサリーネが冷たいお茶を渡してくれた。新しい船を操船するのが好きなのかな? それとも、エラルドさんがいないから、自由気ままに操船してるんだろうか?
「漁は2の次って言ってたにゃ。船の操船が今回の航海の目的だと言ってたにゃ」
「間違いじゃないけど、漁もするつもりだよ。魔道機関の魔石が2倍必要だからね。このトリマランに至っては3倍だ」
そんな俺の言葉にうんうんと頷いている。
便利だけど、その分維持費が掛かるって事なんだよな。次の船はずっと先になるだろうから、頑張ってまた貯めなければならないな。
船速があるから、夕暮れ前には目標の双子島が見えて来た。
海峡の中に小さな砂浜があるそうだが、まだ慣れない船の操作を暗くなってから行うのも問題だろうと思っていると、双子島の南を回り込むようにして船団が進んで行く。
双子島の南にあったのは砂浜だった。
遠浅だと問題だが、南側から眺める周囲の海域にはかなり離れて島影が見える。
サンゴの崖に続く海域なんだろう。西側はこんな感じになっているんだ。
ブラカの合図で船団を解き、遠浅の浜辺にアンカーを下ろす。




