N-101 大陸の戦がもたらすもの
グラストさん達が俺達の輪に加わる。
差し出した酒器のワインをグイっと空けると、種族会議の話とトウハ氏族の長老会議の話を織り交ぜてグラストさんが話を始める。
小屋の扉近くに嫁さん達も集まって聞き耳を立てているぞ。やはり気にはなっていたようだ。
「臨時の種族会議など、碌なもんじゃねえ。今回もそうだ。直接的にはあまりかかわりあいにはならんが……、どうやら、大陸で戦が始まったようだ。俺達が戦に行くことは無いんだが、俺達の自治を認める王国がその戦に加担している」
となると、臨時の増税って事になりそうだ。何が原因かは分らないけど、財政は火の車になるんだろうな。
「王国の依頼……いや、要求だな。要求は、大きく2つだ。1つは、漁獲量を2割増やす事。もう1つは、リードル漁で得た魔石の半分を直接王国が買い取るということだ。買い取り価格は商船の買い取り価格の半値になる。裏を返せば、手に入れた魔石の四分の一を王国が持って行くという事になるな」
ため息をつきながらグラストさんが自分の酒器にワインを注いで飲み始めた。
「我ら種族が、この海域で自治を始める時に王国と交わした約定では、王国の要請により一時的に税率を2割まで上げることが出来るとある。その期間も最大で2年間と定めているのだ。王国側がこの約定を破れば、我らは他の王国の被護に入るとしても、王国が異を唱えることが出来ぬとある。ある意味、明確な約定違反だ」
エラルドさんがグラストさんの説明を補足してくれる。
となると、俺達は他の王国の被護下に移るという事になるのだろうか?
「それが王国としての最大の問題だったんだろう。約定書に新たな記載を行う事で、種族会議の面々が署名をしたそうだ。最大の税率を今回の税率とすること。ただし期間は1年間。もう1つが、我ら種族が独自の軍を持つことだ」
それって、海賊対策は俺達でやれって事にならないか? 実質的には王国にメリットがありそうな気がするな。
「軍を持つと言っても、軍船の建造は各氏族が1隻だ。それに俺達の種族は5つの氏族があるが、軍船を持てるのは、ナンタ、ホクチ、トウハの3つの氏族だけになる。サイカとオウミ氏族は持つこと適わずという事だから恐れ入る」
大陸の近場に住む氏族には軍備を認めず、遠方の氏族に軍船を1隻だけ認めると言うのは、遠方まで商船警護が出来ないっていう事じゃないか! そんな一方的な約定の変更は認めない方が良いんじゃないか?
「サイカとオウミは反対しなかったのか?」
「大反対だ。おかげで族長会議はもめにもめて、哨戒艇の建造を王国は認めることになった。氏族間がこれだけもめるなら王国も安心できるだろうよ」
そう言った、グラストさんの口元には笑いが込上げているぞ。
「軍船が3隻に小型の武装船をサイカが1隻、オウミが3隻だ。これが自治領に認めた軍備になるな。かつては大陸で夜戦に長けた軍を持っていた俺達種族ではあるが、既に昔話でしか聞かぬ事だ。王国も我らが反旗を翻すとは思ってはいないようだ」
「だが、そうなると海賊の取り締まりは俺達の仕事になるぞ」
「底は約定に変更が入らない。俺達は王国に税を差し出す。その見返りは漁場周辺の安全を王国が保障することで代わりはない。俺達の軍船は俺達の漁場の安全を確保するためだ。それが海賊であろうと、軍船であろうと変わりはない」
それだったら、いらないんじゃないか?
そんな気がするな。商船の安全と漁場の治安を守ってくれるなら、自分達で軍船を持つ必要は無さそうだ。
「それほど、王国は劣勢になっているという事か?」
「ああ、劣勢らしい。商人ギルドや工房にも色々と手を伸ばしているらしいぞ」
「サイカ氏族の島を欲しがらねば良いが……」
場合によっては、ネコ族の暮らす島に落ち延びるってことか?
その場合に、3隻の軍船を徴用して使用することを考えているのだろうか?
だが、ネコ族だって、大陸から落ち延びた子孫なんだよな。これを機会に大陸に足がかりを作ろうと画策しなければ良いのだが。
「種族が1万を超えていれば……、と長老が言っていたぞ」
「5つの氏族を合わせても4千には行くまい。無理だな。だが、サイカ氏族の島を取り上げようとするならば……」
「ああ、その時は結集せねばならんだろうな」
種族の弾圧が始まるのであれば、ということだろうか?
平和な種族なんだけどな。周りがそうさせないのであれば……、防衛戦に徹するのだろう。
「1つ聞いても良いですか? 何となく理解はできるんですけど、どうしても腑に落ちないのは、将来の落ち延び先に軍備を認めることがあり得るんでしょうか? サイカとオウミに軍船を作らせず、それより遠い氏族に軍船を作れせれば、たとえサイカ氏族を追い出しても、反攻を受けるのは間違いないと思いますけど」
俺の言葉にグラストさんが大きく頷いた。
ラディオスさん達は首を傾げているな。
「長く軍を持たなかった俺達に力が無いと思っているのか……。それとも、俺達が作る軍船など軽く沈められると思っての事だろうな」
「俺達をナメてるって事か?」
ラスティさんの大声に、グラストさんが大きく頷いた。
そう言うわけか……。だが、ネコ族の人達は義に厚い。頼られれば快く助けてくれるが、それが反対になった場合は、とんでもないことになるぞ。
「もう1つ教えてください。現在俺達を庇護している王国が無くなったら、俺達は誰からも庇護を受けられないんですか?」
「水の魔石を供給しているのはネコ族だけらしい。直ぐに新しい王国が俺達を庇護する条件を種族会議に持ってくるだろうな」
俺達を追い出したり、虐殺したりせずに、今まで通り水の魔石を取らせるって事なら将来的な課題は無いだろう。
俺達の協力を得るために、場合によっては税を安くすることも考えられる。
そうなると、問題はサイカ氏族の島って事になりそうだな。
「サイカ氏族の一次的な避難?」
「そうだ。場合によっては我等トウハ氏族に組み込まれることになるやもしれん」
サイカ氏族の島はこの島位に大きな島らしい。大陸にも近い事から、素潜り漁では無く、小型の魚をたくさんの枝針の付いた仕掛けで漁をしているようだ。
ネコ族の中で唯一、魔石を王国に納める事が無いのも、そんな漁であれば仕方のない事なんだろう。
小魚を大量に大陸に送ると言うのは、魔石を得るよりも大変なんじゃないか。
「現在のサイカ氏族の人数はおおよそ800人。分派したオウミ氏族が半数。残りを、3つの氏族が引き受けることになる。トウハ氏族には30家族程がやって来るだろうな」
「となれば、動力船が20隻以上という事だぞ」
「いや、動力船は10隻程だろう。サイカ氏族の船は艪を使うんだ」
手釣りで、延縄って事か? かなり特徴的な漁だが、この島でそんな漁を行えるのだろうか? 入り江の中には小型のカマルが入って来るけど、延縄で狙うのは青物だろうし、俺達は曳釣りで獲物を狙ってるぞ。それは相手が大きいという事なんだが……。
「彼らの漁が、ここで出来るんだろうか?」
「分からん。だが、同じネコ族に変わりはない。無理なら教えてやらねばなるまい」
「リードル漁もか?」
「長老が考えている。俺達は意見を言う事はできるが、最終的に判断を下すのは長老になる」
ラディオスさん達も、色々と疑問があるようだ。
グラストさんが、そんな問いに一々答えている。
トウハ氏族は600人に満たない氏族だが、2割程人口が増えるって事になるのかな? 動力船が10隻程度増えるらしいが、入り江は大きいからな。桟橋をもう1つ作っても良さそうだ。木造桟橋ならそれ程難しくは無いだろう。
島に定住するなら、彼らの家も島に作れるだろう。場所を限定するならそれ程問題にならないほどに、この島は大きいからな。
「そこで、カイトに相談だ。王国は俺達に軍船を作る事は許しても、それを王国の造船場で作る事は許さぬそうだ。そうなると、動力船を改造することになるのだが、何とか相手の裏をかいてやりたい。軍船を作ってくれ!」
「はあ……。話の流れでおおよその事は分かりましたが、王国の軍船がどんな構造なのか俺にはさっぱりですよ。それに武器にどんなものを積んでいるのかも分かりません」
「そんな事か。教えてやる……」
軍船の大きさは、全長8FM(24m)横幅2FM半(7.5m)はあるらしい。中は船底の倉庫、その上の船室。上階は船尾に三分の一程の長さにブリッジがあり、操船と士官室があるそうだ。
「魔道機関は2つだが、カイトの船に付いているようなクルクルと回る奴は1つだな。軍船の速度は俺達が曳釣りをするより、もう少し速いくらいだ」
「武装は弓を使う。火矢を放つこともあるぞ。それと、一番強力な武器は水中にあるんだ。軍船を相手の船にぶつけて穴を開ける」
衝角を持ってるって事か。だが、俺達の動力船ならやすやすと逃げられるんじゃないか?
ひょっとして、海上での戦闘よりも、陸戦を考えているのかも知れない。それ位の大きさなら、30人は乗せられるだろうし、全員が弓を使うならかなり物騒な集団になりそうだ。
「弓の飛距離は?」
「20FM(60m)と言うところだろう。普通、軍船は2隻で行動する。商船の護衛は1隻だけだがな」
「それ以外に武器は無いんですね。ならば、何とかなりそうです」
「やってくれるか。ナンタとホクチは大型動力船を改造する考えのようだが、しょせん漁船だ。あまり人を乗せられんし、火矢を受けたらひとたまりもない」
漁船ではな。それでも、速度は軍船より速いから、火矢を防ぐ方法を考えればそれなりって事になりそうだ。
トウハ氏族の軍船はかなり変わった物になりそうだけど、果たしてドワーフの職人がそれに答えてくれるのかが心配だな。最悪は、中型動力船をカタマランにして改造することにするか。




