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 叩きつけるような杉浦の口調とは正反対の抑えた口調は、逆に杉浦を黙らせた。

「……俺が、何にこだわっているって?」

 杉浦は慎を見上げ、射抜くような瞳で彼を見つめた。

「あの事故のことも、ギターのこともだよ! あのことがあってから、俺もお前も、何も変わらなかったなんてわけじゃない。だけど、どうして捨てる必要があったんだ? 今からだってまだ間に合うだろ? お前さえその気になれば、《BE》を簡単に超えることはできるんだ……!」

「もういいよ! ほっといてくれよ! もう、関係ないんだから! 《BE》はもう存在しない。もちろん、《BE》のギタリストだった俺も、もういないんだ。ここにいるのは、ただの杉浦晃だよ!」

 激しい感情そのままに言葉を叩きつけて、杉浦は慎を見据えた。その肩が、小刻みに震えていた。

「それなら、どうして音楽の世界で仕事をしているんだ? 全てが終わったと主張するのなら、新進気鋭のプロデューサーと呼ばれるKOU-Fは存在しないと、俺は思うけどね」

「だから……っ、だから、俺にどうしろって? 今更、お前の隣でギターを弾けとでも言うのかよ? そんなの、無理に決まっているじゃないか! これ以上、何も変わらないんだよ! 俺は、自分の手でデビューのチャンスをつぶした。約束されたはずの未来を、めちゃくちゃにしたんだ。それだけのことだ。そして、お前は俺を裏切った」

「……杉浦、でも、それは……」

「懐かしそうな顔をして近づいて来て、どういうつもりなんだよ? あの頃とは、何もかもが違うんだ。あの頃に追いかけていたものとは違う音楽に振り回されている俺を、馬鹿にしたいのか? 俺は、俺が決めた通りに生きる。誰にも指図なんか受けない。お前にだってね。いくら誘って来ても無駄だよ。俺は決めたんだよ。《BE》が自然消滅みたいに解散して、お前が一人でデビューして、そんな中で始めた、拠り所だったはずの《WING》が一度もライブをやることなく終わった時に、俺はあいつに誓ったんだ。もう二度と他のボーカリストのためにギターは弾かないって! 俺のギターは、お前のためだけにあるって! 俺にとって、あいつが最後のボーカリストだ。あいつが、《BE》を失くした俺に弾く場所をくれた。俺のために弾けって言ってくれた。でも、あいつはいない。だから、もう終わりなんだよ。俺は、もう、あいつ以外のボーカリストのためにギターなんか弾かない! これ以上、俺に関わるな!」

 それは、杉浦の拒絶の言葉だった。慎に対する、本気の拒絶だった。

 美雪は、《BE》のことは知らない。もちろん、《WING》だって知らない。

 だけど、それでいいのだろう。

 美雪は、バンドでギターを弾く杉浦を好きになったわけではない。新進気鋭のプロデューサーのKOU-Fを好きになったのではない。ただの杉浦晃を、好きになったのだから。

 あまり見せることのない杉浦の激しさは、彼の音楽に対する思い入れの深さの現われなのかもしれなかった。とりわけ、《WING》に対しての。

 杉浦の過去が、少しずつ見えて来る。

 それは、晃にとって、楽しいだけの想い出ではないのだろう。

 慎と過ごした《BE》の時よりも、大切な時。杉浦が最後のボーカリストと呼ぶ人は、今は何をしているのだろう。

 きっと、杉浦はその人のことを忘れたいんだ、と思う。

 今の自分を信じることで、過去を否定している。

 そんな気が、してならなかった。

「何が一番大切なのか、そんなことに、簡単に答えなんて出せない。だけど、ひとつだけはっきりとしていることはあるよ。俺は、もう、誰にも裏切られたくないんだ。信じて置き去りにされるのは、もう嫌なんだよ。ギタリストとしての自分を捨てて行くことで、全部が終わるはずだった。見たくない過去を、忘れられるはずだった。それなのに、お前が余計なことをするから……!」

「余計なことじゃないだろ!」

 慎は声を荒げ、杉浦の肩を掴んだ。

 杉浦は鬱陶しそうに顔を上げ、正面から慎を見つめる。二人の視線が絡み合ったその瞬間に、美雪は、二人の間には今も深い絆が存在しているのだと確信した。

 表面的に見える言葉は相手を拒絶して、様々ことを言っている。けれど、杉浦は、今でも慎のことを大切に思っている。だけど、それを口にすることで壊れる何かに怯えているような、そんなふうに思える気がしたのだ。

「このまま、アイドルのプロデューサーで終わるつもりか? お前が、裏方に徹するつもりか? 違うだろ! お前は、どう足掻いてもギタリストなんだよ。俺が気づかないとでも思うのか? お前の曲のあちこちに見えるのは、俺に対する挑発じゃないのか? お前はギタリストだ。それ以外の生き方なんて認めない。お前は、俺が認めた最初で最後のギタリストなんだ」

「……何、言ってんだよ……?」

 うろたえたように杉浦は慎の手を振り払い、怪訝そうに慎を見上げた。

「俺は諦めない。絶対に、お前のギターを手に入れる。ずっと、そのつもりで歌って来た。一度は裏切ったと思ったし、その負い目に顔を合わせるつもりも、その資格もないと思ったけど、それは嘘だ。俺は裏切ったんじゃない。全部は、お前の音を手に入れるための回り道だったんだって、胸を張ってお前に言える自信があるからお前に会いに来たんだ。 俺は、今もお前を必要としてる。だから、何年経っても諦めない」

 それは、何年もの空白も、お互いのすれ違いも、全部を無視してまで歩み寄ろうとした、慎の心からの言葉だったのだと、美雪には思えた。

 杉浦はその言葉にとても驚いたらしく、目を見開いて慎の顔を見つめていた。

 ぎこちない沈黙が続いて、美雪はその場の居心地の悪さを感じて仕方がなかった。ここにいてもいいのか、張り詰めた空気に息が苦しくなる。

 その時。

「……もう、遅いよ」

 沈黙を破って、杉浦が低い声でつぶやいた。

 聞き取りにくいほどの小さな低いつぶやきは、慎にその言葉を伝えるのに少しの時間が必要だった。

「……え?」

「だから、遅すぎるんだよ。もう、何もかもが」

「晃、でも、まだ……」

「俺たちが元に戻るには……俺が、お前の歌のためにギターを弾くには、あまりにも時間が経ちすぎた。あれから、何年経ったと思う? 高校を卒業してから、何年も経つんだ。お互いがいる立場も、あの頃とは違う。単純に楽しんでバンドをやっていられた頃と、違うんだよ。お前は、一人でトップ・シンガーとしての地位を手に入れた。それで成功した。俺は俺で、プロデューサーとしての道を歩いている。その道が間違っているとは思わないし、ここから引き返そうとも思わない。俺たちが選んだ道は、別々だ。その道が交わることは、ないと思う」

 杉浦の淡々とした拒否に、慎は息を呑んだ。

 何年もの二人の空白。その空白も、隔たりも、二人の間には意味のないことのように思えた。

 それなのに。

 杉浦は、あえて壁を作ったのだ。

 慎の言葉を聞かないように、耳をふさいだのだ。

 それでも、そう言う杉浦は、言葉とは逆にとても辛そうだった。本当は、慎の言葉を受け入れたい、そう思っているのではないかと、美雪が思うほどに。

 杉浦は、慎を切り捨てたいわけではない。慎を受け入れたくないわけではない。そんな気が、して。

だけど、自分がそう言うことで慎が諦めるのを待っているのではないか、そんなふうに思えてならない。

「元に戻れはしないって? 戻るんじゃない、もう一度、新しく作るんだよ。昔の《BE》ではできなかったことが、今ならできるんだ! どうしてそれを望まないんだよ!」

「そんなのに理由なんてないよ。もう駄目なんだ。それだけだよ。これ以上《BE》の面影を追いかけるのはやめろよ。お互い辛いだけだ。……帰って、欲しい。お前の隣でギターを弾くことはできない。それが、俺の答えだ」

 杉浦の言葉に、慎は、一瞬だけとても傷ついたように目を伏せた。

 でも、彼はすぐに顔を上げると、いつものように笑ってうなずいた。

「……わかった、帰るよ」

 それは、今までの行動からすればとてもあっさりとした引き下がり方で、美雪は驚いた。

 慎は美雪に向かって軽く手を振って、「またね」と言った。いつも、ステージから去って行く時のような、笑顔で。

 そのままお店から出て行こうとしてから、慎は、杉浦を振り返った。

「……もしも」

「何だよ」

「これから先、お前の気が変わったら、いつでも連絡をくれないか? お前が、俺以外の奴の隣でギターを弾くのは許さない。弾くのなら俺の隣で、だ。俺以外の奴の隣で弾いてみろ、その時はどんな汚い手を使ってでもお前を取り戻してやるから、覚悟しておけよ」

 その言葉に、杉浦は答えなかった。ゆっくりと立ち去る慎の後ろ姿を、無言のまま見つめていた。

 慎の姿から視界から消えると、杉浦は溜め息をついて美雪を見た。

「みっともないよな、俺」 

 ばつの悪そうな表情になって、杉浦は苛立たしそうに髪をかき上げる。

「あんなことまで言うつもりじゃなかったのに。俺、どうかしてる。どうして、トモのことなんか……」

 溜め息にも似た悲痛な声で、杉浦は呻くように言った。

 そして、杉浦は、この日から美雪の前から姿を消した。


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