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世界の終わるそこそこ前〈上〉

「ふわぁ……、眠ぅ……」


 僕は大きなあくびをして言った。朝の登校時は冷たい空気のなかに枯葉が舞っていて、どこか澄んでいるような気がする。僕はコートの襟をすぼめた。目蓋が重い。目を瞑って歩くとふらつくので危ないが、やらずにはいられない。

 昨日の晩、早速芹沢さんからメールが来て、さまざまな事を遅くまでレクチャーしてもらったのだ。

 僕は主に志望校や勉強法のことを尋ねるが彼女はその度に『ぎゃー』などの擬音語と顔文字を題名にして返信してきた。未だにそれらの顔文字が何を表しているのか分からないものもある。

 そのようなメールでのやりとりの最後、その文面にはこう書いてあった。


『明日の朝、今日別れたところで待ち合わせ』


 僕は、思い出すだけでニヤリとしてしまう自分が悲しい。そういうワケなので僕は普段よりさらに早く家を出たのだった。

 角を曲がり、道路を横切って緩やかな弧を描く傾斜を登っていくと、待ち合わせ場所だ。昨日芹沢さんに手を振った場所に来ると、僕は白い息を吐いた。

 早すぎるか、さすがに誰も居ない。僕は隙間から雑草の生えたコンクリートの壁に背を預け、芹沢さんを待つことにした。

 待つこと五分、十分。僕は冷えきった体を励ますように手に息を吹き掛ける。

 待っている間中瞑想をしていたので、眠気は大体解消された。根深い睡魔が目蓋の裏を突いているような錯覚と眠気で頭の奥が鈍くなっていることは変わらないが。


「あっ」


 驚いたような声が聞こえ、そちらに目をやると少女がチェック柄のマフラーを踊らせながら僕のほうに走ってくるのが見えた。芹沢さんだ。


「えー、ウソ待ったー? 私いつもより十分も早く出たのにな」


 芹沢さんは不思議そうに首を傾げる。僕は小さく笑い、芹沢さんに歩くよう促しながら応えた。

「僕もいつもより十分早く家を出たんだ。待たせたら悪いと思って」

「なんだ、おんなじようなこと考えてたんだ」


 可笑しそうに言って、芹沢さんは笑った。僕も釣られるように笑みを浮かべる。

 そして芹沢さんはふいに大きなあくびをした。ぁふ、と息を吐くと僕に気付いた芹沢さんは恥ずかしそうにマフラーを口元にずり上げる。


「ゴメン、昨日メールやりすぎちゃって。二時まで起きてたの」

 その告白に僕はびっくりした。二時なんて未知の領域である。寝不足甚だしく、授業に集中できないのではないだろうか。

 僕がそう言うと芹沢さんは苦笑を浮かべて言う。


「あー、私、授業聞かないから。今日なんかだと国語とか寝ちゃうし」


 僕は信号待ちの一時停止ついでに芹沢さんに尋ねた。


「居眠りなんかして大丈夫なの?」

「大丈夫、大丈夫。なんとかなるよ。今度ノート写させて」


 それじゃダメなんじゃないかと僕は思うが、ノートを綺麗に取ろうと決心してしまう僕は馬鹿だろうか。

 僕の心中を知ってか知らずか、芹沢さんは笑顔を浮かべて青になった横断歩道を闊歩する。

 そうして昇降口を抜け階段を上り教室に辿り着くと、やはりと言うか幼なじみといって差し支えない彼が声を掛けてきた。


「お早よう、橋本に……芹沢?」

「そ、私芹沢。お早よ」

 芹沢さんはそう言うなりつかつかと彼女の席につき、カバンを下ろした。彼が小さく何事か呟いたが入り口につっ立ったまま彼女の横顔を眺める僕には聞こえなかった。彼が僕に顔を向け、声を掛けてくる。


「おい、あれからどうなったんだ? 言えたのか?」

「ああ、うん。なんとか」


 本当によくなんとかなったもんだと思う。一歩間違えば僕はただの変質者だ。

 彼は僕の言葉をどう受け取ったのか、気遣わし気に僕の肩をぽんぽん、と叩く。


「そっか、よかったよかった。これで心残りはないな」

「どういう意味だ、おい。それにまだ結果言ってないんだけど」

「いやぁ、無理しなくていいぞぉ。俺には彼女が居るとはいえ俺とお前は友達だからな」


 彼は仰々しく両手を振り上げ、演技掛かった口調で言う。さり気なくムカつくことを言いやがった。

 僕は机脇のフックにカバンを吊し彼に言い返そうと口を開き掛けたとき、始業を告げるチャイムが鳴った。

 彼はチャイム着席だ、などと言って僕を座らせ自分もすぐ席に戻った。くそ、真面目なやつめ。


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