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世界が終わる割りと前

 僕は今、猛烈に自己嫌悪している。

 現在六時限目、これが終われば帰れるのだが今だけ僕は生まれて初めて授業よまだ続いていてくれと願う。時計をちらりと見るが嗚呼無情、普段より早く十分前が訪れた気がしてならない。

 今日僕は、芹沢さんを誘って一緒に下校しようと思っているのだ。が、如何せん勇気が足りない。心構えがいつまで経っても出来ないのだ。どこかに勇気落ちてないかなあ?


(現実逃避してる間にあと五分?! 本格的に覚悟を決めないと!)


 僕は胸中で絶叫し、念じる。なにも帰りを誘おうとしたのは今日が始めではない。今日こそは、いや明日こそはと逃げる間にメッセージの発信から一週間が経っているのだ。いつも冷やかしながら励ます腐れ縁の野郎はこの体たらくに呆れ果て、とうとう何も言ってこなくなってしまった。

 僕だって誘えるものならさっさと誘ってしまいたい、とどこぞの誰かに責任転嫁。その天罰か、非情にも終業を報せるチャイムが鳴り響いた。

 一縷の望みを託した終学活も瞬く間に終了し、僕は青くなる。


「橋本、お前ホント間違いなく絶対に今日、狂いなくこの今日こそ芹沢誘えよ」


 僕の肩を叩き、彼が励ましてくれる。彼は恋人と帰るためすぐさま扉へ向かってしまうがやはり彼は親友だ。世界が今年で終わらなかったらなにかおごってやろう。

 そんなことを思いつつ、もらった勇気と自棄の勢いを使ってまだ彼氏が出来てないらしい芹沢さんのもとに向かい、声が震えそうになるのを必死に抑えて言う。


「芹沢さん、一緒に帰ってもいい?」


 言った。いや、言ってしまった。どもらずに言えたのは僥倖だろうか。

 芹沢さんは眉を不審そうにひそめ、僕の唐突ともいえる行動の意図を計るように僕を見た。不本意ながら僕の緊張に強ばった顔から気が付いたらしい。怪しいヤツと思われて逃げられるよりマシなのでよしとする。

 芹沢さんは一歩下がり、改めて僕を頭から足元まで値踏みするように何往復も眺めた。そして記憶を手繰るように視線を斜め上に固定。それが終わるともう一度僕を眺め、にぃと笑って頷いた。


「ま、帰るだけなら」


 僕は内心で勝鬨を上げた。正確には明らかに芹沢さんは様子見の姿勢でこちらに釘をさしてさえ居るうえ、例によって惚れた弱みを握られた形になっている。

 だがそれでも僕はそれくらい嬉しかったのだ。初恋にしては相手が高嶺なのだから。


「ところで橋本君って家どっちなの?」

「え? 駅の方」


 答えてから気が付いた。帰る方向が逆だったらタダのアホウじゃないか。芹沢さんが良いといえば遠回りぐらいいくらでもするつもりだが、いきなり遠回りしてまで一緒に帰るなんて事を許可するとは思えない。

 しかし、芹沢さんはにぱっと笑って言った。


「駅の方? そっか、じゃあ一緒だ。うっし、早く帰ろ」


 僕は神とかそんなものに感謝を述べた。そしてマフラーの余分を背で踊らせながら前を行く少女を早足で追う。

 僕が彼女に追い付き隣に並ぶと、彼女は僕を見上げて笑顔を浮かべると前を向いた。僕は男子の平均身長より低いのだが、芹沢さんは女子のなかでも小柄な方なので僕を見るときは見上げなければならないということに初めて気が付いた。

 靴を履き替え、昇降口を出る。冷たい風がびゅうと吹き付けた。僕はやせ我慢したが、芹沢さんは自分の体を抱くようにして身を震わせた。僕は何気なく言う。


「寒いね」


 芹沢さんは僕の方を向く事無く、マフラーを整えながら普通に返した。


「ホント。寒い」


 僕は何の気なしに芹沢さんの後頭部に目をやった。彼女はやや早足で校庭に足を踏みだす。僕は視線を動かさず慌てて後についていった。

 誰かと、それも好きな人と並んで校門を出るというのは非常に新鮮な気分だ。抑えたくても自然に笑みが浮かんでしまう。僕はマフラーでそれを隠した。

 ふと気付けば、芹沢さんが僕の方を見ていた。何かと思って目線で問い掛けると、彼女はやれやれと言ったふうで盛大に白い煙を口から吐き出した。


「なにか訊きたいこととか、ないの?」

「え?」


 何を問えといってるのかと一瞬思考を巡らせたが、何のことはない。喋らない僕にうんざりしただけだ。一緒に歩きだしてから僕は『寒いね』しか言ってない。『いい天気ですね』と同レベルの発言しかしていないのだ。呆れるのもしょうがないというところだろう。

 だが、僕は世情に疎い。家でのテレビ権は母さんに全権がある。音楽関連もサッパリだ。経済的理由から中古しか買えないので、現代の若者が赤ん坊だった頃のモノしか聞かない。オマケにたまにしか聞いたりしない。若い娘と共通した話題など持っていないのだ。

 僕が苦悩していると芹沢さんは本当に呆れたようにコートから携帯電話を取り出した。


「取り敢えずアド交換しよ」

「あ、うん」


 僕はそれがあったかと内心で舌を巻きながら携帯電話を取り出した。芹沢さんは僕の機種を見るなり頭を抱える。


「うわ、それいつの機種? ゼロ円ケータイで買うにしてもまだ選びようあるでしょうに……」

「いや、使えりゃいいかなと思って……」


 僕の言いざまに芹沢さんは笑いを弾けさせた。心底呆れたように笑みを乗せた溜め息を吐くと貸して、と手を伸ばしてきた。僕は言われるままに彼女へと携帯電話を託す。

 鮮やかな手並みで携帯電話の番号を呼び出すと、赤外線送受信で僕の番号やメールアドレスを彼女のケータイに登録し、同様にして僕の携帯電話の電話帳に登録してくれた。

 それにしても、と芹沢さんは僕の携帯電話を片手で器用にいじる。


「電話帳スカスカだね。私の入れても四件? ありえないって」


 言って、パチンと片手で器用にケータイを閉じると苦笑とともに僕に返した。

 悪戯っぽく笑って僕に訊く。


「ね、メールのやり方解ってる?」


 それはいささか馬鹿にしすぎではないだろうか。僕はやや憮然として頷く。


「そりゃ良かった。頭ン中お爺さんじゃないんだね」

「……そんなに言うかな。いくらなんでもお爺さんなんてあんまりだ」


 僕は最早悄然として呟くように言った。芹沢さんはまた弾けるように笑い、弾むようにとんとんとステップを踏みながら笑顔を僕に向けた。


「残念だね。世界が終わるんでなければケータイの機種を奨めてあげられるのに」


 僕は彼女の顔を見返す。芹沢さんがあのメッセージを信じているのは意外だった。それが表情に出てたのか、彼女は足を止めて僕に訊ねてくる。


「あ、もしかして橋本君って信じてない側?」

「いや、僕もあのメッセージはそれなりに信じてる」


 信じてると言うとそうなる事を望んでいるふうに聞こえてしまうのは気のせいだろうか。僕は一応付け足した。

「まあ、世界が終わるなんて物騒なこと、ないに越したことないけど」


 しかし、芹沢さんは僕の付け足しに首を傾げた。身を返すと両手を後ろ手に組んで、後ろ太股で学生鞄を蹴って揺らす。


「そうかなあ? 私はもう本当に終わっちゃってもいいような気がするんだよね」

「え……、な、なんで?」


 突然の想定外なコメントにやや焦って僕が問うと、芹沢さんは片手を持ち上げ髪をいじりながら答えた。


「だってさあ、みっともないと思わない? 子供は親に言われるまま不満を抱えて勉強して、大人はみんな生活のためにとか言いながら愚痴を垂らして仕事する。生きてないっていうか、張りがないっていうかさ」


 芹沢さんはそう言って信号待ちで止まった。僕は驚いて彼女の背中を見つめていた。

 彼女の言いたいことは分かる気がする。つまり、ダラダラと生きていたくないということだろう。確かに世の大人達を見ていると『このまま生きていても苦労が増すばかりでどうしようもないのではないか』と思うときがある。

 でも、と僕は思う。

 でも、だからって死ぬことを善しとしていいのだろうか、と。

 思ううちに信号が青になった。でも芹沢さんは歩きださない。彼女の後ろに立っている僕も同じ。

 やがて芹沢さんは躊躇った後のように声を上げた。


「勘違いしないでよ、私は厭世的な性格じゃないんだから。ただたまにこんなふうに思うときもあるってだけ」


 やや早口に捲し立てた。僕はそんな彼女の姿を可愛らしいと思いゆったりと頷いた。


「うん」


 芹沢さんはそっとこちらを窺うように盗み見る。彼女には僕の表情はどんなふうに見えているのだろうと思いながら、僕は続けた。


「分かるよ。たまにそんなふうに考えちゃうことあるよね」


 彼女は微笑んだ。前を向き慌てたように僕に声を投げる。


「信号が点滅してる! 橋本君、走って!」

「え、えぇ!?」


 走りだした彼女の大声にひっぱたかれるように僕は走って横断歩道を渡った。車がなくて良かったと思う。

 そして、そのしばらく先で僕達は分かれてそれぞれの家路に就いた。

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