第四章 指揮官の求婚
二日目の朝、バルドは一人で聴取室へ来た。
婚礼用の黒い上着は返されず、囚人服の肩が窮屈そうだった。近衛が用意した最大の寸法でも、彼には小さい。両手を前へ回した途端、袖口の縫い目が一つ弾けた。
「弁償は」
「不要です」
「そうですか。昨日の服より安そうで良かった」
バルドは椅子へ座った。ラウルは記録係として私の斜め後ろにいる。右手の鉄輪だけを外され、左は床の金具へつながれていた。
「求婚について、最初から話してください」
「最初からと言われても、殿下に惚れたことはないので、その辺りは省きます」
ラウルの筆が止まった。
「記録しなさい」
「本人の評価まで必要ですか」
「非常に」
バルドは私たちを見比べたが、意味を尋ねなかった。戦場では、理解していない冗談へ部下が笑っても、敵襲でない限り放置するらしい。
「戦争が終わって、王都へ呼ばれました。爵位を受けろ、土地を受けろ、殿下へ求婚する名誉をやると言われた。俺は全部断った」
「なぜです」
「土地は耕せない。爵位は娘が嫌がる。結婚は、もっと嫌がる人がいる」
「私ですか」
「死んだ妻です」
バルドは左手を上げた。鉄輪の下、薬指に細い傷が一周している。指輪は外されていたが、長く着けていた跡だった。
「マラは七年前に死にました。今さら怒って墓から出てくる女じゃない。出てきたら、まず俺の食事を見て怒る。ですが、俺が別の女を好きになる予定もない」
「でしたら、なぜ半年後に求婚を」
「六人の名前が褒賞名簿から消えたからです」
名簿を見た日のことを、バルドは覚えていた。
軍務局の廊下へ、戦勝者の褒賞が貼り出された。自分の名は金の縁取りで一番上にあり、爵位、土地、年金、王宮への招待が続く。その下に従兵の名が並んだが、知っている名は半分もなかった。勝利式典で旗を持った兵、王都の名家から一月だけ派遣された副官、軍務卿の甥。面頬を着けた者の名はなかった。
バルドは紙を剥がし、そのまま女王の謁見室へ持っていった。近衛は止めなかった。英雄が褒賞を喜んで王へ礼を言うのだと思ったらしい。
『要らん名前を外して、六人を入れてください』
彼は母の机へ、破れた名簿を置いた。
『六人へ、何を与えるの』
『俺と同じ分を』
『国を七つに割って?』
『金を七分にすればいい』
『爵位も、免責も、王女も?』
そこで初めて、褒賞の中に私への求婚資格があると知った。バルドは王女を七分する方法を考えず、『娘は一人でいい』と答えたという。
「母上は、何と?」
「『なら、あなたが一人で受けなさい』と」
バルドは、私を受け取れば残る褒賞を六人へ回せるという意味だと思った。母は、王家へ入る一人だけが英雄であり、ほかは従兵として処置できるという意味で言った。両方とも、相手が自分と同じ取引をしたと考えた。
そこまで話すと、バルドは一度口を閉じた。話す順番を探しているというより、ここから先をどこまで言えば部下を危険にするか測っている顔だった。
「最初は、俺が爵位を受ければ、隊の家族にも年金が出ると思っていた。軍務卿はそう言った。ところが、出た金は黒玻璃の騎士一名と、その正規従兵へだけだった。サミルは元捕虜だから従兵になれない。ユアンは当時、軍籍がない。フィンは違う名で入隊していた。ハーゲンは工房付き、オドは軍医簿から三度除名されている」
「三度?」
「患者を殴ったのが一度。上官を殴ったのが二度」
ラウルが紙へ書く。
「三度目は」
「殴られた上官が、患者でもあった」
「省いていい」
バルドが言った。
「省きません」
私が答えた。
この聴取録は、英雄を作るための報告ではない。少なくとも、今のところは。
「残る二人、あなたとラウルは正規軍ですね」
「俺は。ラウルは戦時雇いです。北門の後、軍籍を消された」
ラウルの筆先が、紙の上で一度だけ滑った。黒い線が発言欄の外へ出る。
私はそこを見なかったふりをした。
バルドは続ける。
「皆へ金を寄越せと言っても、王冠は本人の働きを証明しろと言う。証明すれば、今度は詐称だ。黒玻璃を着たと言えない人間が、黒玻璃の仕事を証明できるわけがない」
「それで、婚姻を取引にした」
「陛下が一番欲しいものだったからです」
娘との婚姻を「物」と呼ばれ、母は怒らなかったのだろうか。おそらく、交渉相手が同じ価値を認めたことへ満足した。
「女王は、六人を恩赦すると明言しましたか」
「『あなたが王家へ入り、唯一の騎士として国へ尽くすなら、従った者には寛大な処置をする』と」
「それは、恩赦ではありません」
「今なら分かります」
「当時も確認すべきでした」
「確認しました。陛下は同じ文をもう一度言った」
彼は、女王の言葉に証人を要求しなかった。一方、母は恩赦という名詞を一度も使っていない。二人とも、自分に都合のよい部分だけを約束にした。
「私へ、事情を話すことは考えなかったのですか」
「話せば、あなたは断る」
「当然です」
「六人が死ぬ」
「私が知らずに嫁げばよいと?」
「そう思いました」
バルドは謝らなかった。悪いと思っていないからではなく、謝ることで私に許す仕事まで押しつけたくないのだろう。この男は責任を取るのが好きで、取らせないことまで自分で決める。
「ラウルは反対しましたか」
「あいつには、求婚状を出してから話した」
背後で筆が止まる。
「何と言いました」
「俺を殴ろうとして、オドに止められた」
「ラウルが?」
思わず振り返った。ラウルは細い。バルドの胸板を殴れば、自分の手を痛める未来しか見えない。
「殴っていません」
「立ち上がった」
「話をやめさせようとしただけです」
「拳を握ってな」
「それは立ち上がる時に必要でした」
「左脚じゃなく、拳で立つのか」
バルドの口元が少し上がる。ラウルは記録へ何も書かなかった。
「なぜ反対したのです」
私が尋ねると、二人とも黙った。
「記録係ではなく、被告として答えなさい、ラウル」
「六人の恩赦に、殿下の婚姻を使うべきではないと考えました」
「それだけ?」
「質問は一つでした」
「では、二つ目。私がバルドへ嫁ぐことが、嫌だったのですか」
バルドが、今度は声を立てて笑った。
ラウルは笑わない。右手の指で筆を一度回し、落としかけ、持ち直した。
「殿下。その質問は審問に」
「非常に関係があります」
昨日と同じ答えを返した。彼は私の言葉に気づき、眉を寄せた。
「嫌でした」
静かな声だった。
笑っていたバルドが、先に顔を逸らした。私は質問したことを後悔し、答えを聞いたことをもっと後悔した。
「記録しますか」
ラウルが尋ねた。
「しなさい」
彼は自分の返事を、自分の手で聴取録へ書いた。
その字だけ、前後より少し小さかった。
「話を戻します」
私はバルドへ向き直った。
「婚礼前夜、逮捕状をどう知ったのです」
「軍務局の友人からです。六人は式へ出た後、宿舎で拘束する予定だった。俺は一人で祭壇へ行き、誓約前に恩赦状を見せろと言うつもりでした」
「残る六人とは相談しなかった」
「相談すれば、ついてくる」
「実際、ついてきました」
「別々に嗅ぎつけた。フィンは軍務局へ女がいる。ハーゲンは式用の甲冑を納めた工房から。オドは……」
「靴下に入れたのは薬だけではなかったようですね」
「あの爺さんは、どこからでも知る」
七人が肩を組み、同じ決意で祭壇へ来たわけではない。相談さえしていない。自分だけで他を救えると、七人とも別々に考えた結果、全員が同じ罠へ入った。
「公開審問では、何を証言するつもりです」
「俺が唯一の黒玻璃の騎士です。六人には必要な時だけ面頬を貸した。命令したのは俺で、戦果も罪も俺にある」
「ハーゲンは、最初に着けたのがマラだと言いました」
「妻は死んでいる。裁けません」
「死者の功績なら、奪ってよい?」
バルドは机の傷を見た。太い指が、鉄輪の鎖を包む。
「死者は首を落とされません」
「残された人は、忘れません」
「生きていれば、忘れないで済む」
彼にとっては、それで議論が終わっていた。
聴取を終え、近衛がバルドを立たせた。扉へ向かう背中に、私は最後の質問をした。
「もし六人全員へ恩赦が出ていたら、私と結婚したのですか」
「はい」
「一生?」
「結婚は、普通そうでしょう」
「私を愛さないまま」
バルドは困った顔をした。黒竜と戦った英雄が、今日初めて答えを探す顔だった。
「殿下。俺は、愛さない人間を守れないほど器用じゃありません」
慰めとしては、ずいぶん不穏だった。
彼が出て行くと、部屋には私とラウル、近衛だけが残った。
ラウルは先ほどの一行へ砂をかけている。
私は読まないふりをしたまま尋ねた。
「私がバルドへ嫁ぐのが嫌だった、という発言は、最終記録にも残りますか」
「殿下が削除を命じれば」
「命じません」
「では、残ります」
彼は砂を払った。
小さく書かれた文字は、消えなかった。




