第1章 君の名は【運命の出会いと、はじめてのラジコン】
初めまして、ご覧いただきありがとうございます。
本作は全19話にて【すでに完結まで執筆済み】となっております。途中で更新が止まる心配はございませんので、最後まで安心してお付き合いください。
本日から毎日夕方18時に1話ずつ更新いたします。
第1章は、元2話分の内容をキリの良い形にまとめたため、約1万字の大ボリュームとなっております。主人公・ヒロとラジコン、そして先輩との出会いの物語を、どうぞお楽しみください。
「そっか…これが女子高ってやつなんだ…」
鮮やかな新緑と時折吹く風が心地よい、去年までの私なら毎日朝練に勤しんでいたような始業一時間前の学校グラウンド。
ってゆうかここがグラウンド!?狭くない!?
これじゃサッカー1面がギリギリしか入らないのでは?そもそも見渡す限りサッカーゴールそのものも見当たらないわけだけど。
っと、サッカーはもうしないんだけど。
せっかく松葉杖もいらなくなったし!
この季節外れの転入生である私が女子高というアウェイ、いやいや異界と言ってもよいぐらいの場所に溶け込むために、やはりここは部活に入るのが一番簡単で近道に違いない!
と体育会系的な考えで、今の私の脚でも出来そうな部活はあるかな~と早起きして見学に来たわけだけども、このありさまだった。
つまり、誰もいない。
朝練なんてしている活発な部活や部員なんてものは一人もいなかったのだ。
こんなにいい天気なのにもかかわらず。
う~ん、放課後なら部活やってるのかなあ…また出直すしかないか。
とぼとぼと校舎へ戻ろうとしたその時、
キュッ…キュキュキュッ…
シューズがアスファルトを蹴るような微かな音が、風にのって通り過ぎようとしたのを私の耳は逃さなかったのだ!
音は、目の前の校舎の裏側から聞こえてくるようだった。
「あの音は…バスケかな?アレでも体育館は反対側だな~」
少し不思議に思いつつ、高揚感が断然勝っていた私は音が流れてくる校舎の裏側に回り込んだ。
――― それが、はじまり ―――
瞬間、顔に風が吹き付けた。
この季節特有の、涼しくて気持ちのよい大好きだった風。
心機一転、先月にばっさりと短く切り揃えたばかりの私の後ろ髪もその一瞬だけは喜ぶように風になびいていたが、すぐに風は止んでしまった。
女子金メダリストのS選手に憧れて伸ばして編んでいた髪の毛は、もう無い。
髪を片手で抑え、風から顔を背けるように後ろに一瞬気を取られていた。
その瞬間、さっきまで聞こえていた、しかし聞き慣れない音が私の胸に飛び込んできたのだった。
キューッ、シュィーーーーーーーン
甲高く響きわたりつづける高音 ―――
シューズの音じゃない!?なに?
そして私の眼前に飛び込んできたものは!?
――― 蒼い、風が視えた
そう見間違えたのは一瞬だけだったのだけれども。
理解するのには少し、時間がかかった。
たどりついた校舎裏だけども誰の姿も見えない。校舎と何かの建物の間に少しひらけたアスファルト舗装された一角。
そこに並んでいたのは、つい最近まで練習中によく見たような、サーキットトレーニングの折り返し地点に置かれていた赤い小さな三角コーン、
と、黄色い丸いお皿!?ナニそれ?
20M四方ぐらいのスペースに、赤い三角と黄色い丸が波打つようにいっぱい並んでいた。
それだけだと何か正体の知れない、私には理解できない現代芸術かなにかのようにも見えなくなかったのだけれども、
その合間を蒼い小さいモノが、先程から聴こえている聞き慣れない異音と共に、飛ぶように踊るように回っていたのだった。
―――――
あ~アレはたしか、ラジコンってやつだ…
視力のよい私の眼は走っている車をすぐに捉えて判断した。
大きさ2~30cmくらい?
車に詳しくない私でも、街中で走っていると少し眼を引かれるスポーツカー。
実際によく街で見かけるのは赤い車が多いかな~と思うけど、今、目の前を走っているのはキレイな蒼い車だった。
そもそもラジコンという単語は知っていても、特に良い思い出の無いわたくし。
私が3つ4つの小さいころ、お兄ちゃんが誕生日に買ってもらったラジコンで意地悪く私のことを追い回して!!!
むしろ泣きながら逃げ回っていた嫌な思い出しかない。
でもそんな嫌な思い出のモノとは全然違う、キレイな車。
しかも、
…結構、速い!!!?
並べられた赤いコーンと黄色いお皿が、車が走る目印になっているのはすぐに気が付いた。
カーブを描いて並ぶお皿にそって、かすめるように走っていく。1周10秒ちょっとぐらい?
その光景に目が慣れてくると、速さはそれ程でもないか?キックしたボールの方が速い!
というどうでもいい対抗心が浮かんだのはそれも一瞬で。
キレイな動きに目を奪われた。
本当に踊るように、同じリズムで同じ道筋を走りつづけていた。
もっとよく車を見ようと無意識に足が前に一歩動いた、その時
「ねえっ!あなた新入生!?」
ふいに、斜め上から少しキーの高い、そしてよく通る声が私にかけられた。
逆光なのと、車に気を取られて気が付かなかった。
校舎からはみ出すように上に伸びるコンクリートの外階段。
その一階と二階の間の踊り場に、私に向かって見下ろしながら声をかけた、人がいた。
再び、さぁっとした風が吹いていた。
きらめく陽光の下でなびく黒髪がキラキラと輝いて見えた。
キレイ……
そう思った瞬間、その女子生徒(おそらく。制服着てたし)の長く伸ばした後ろ髪がひらりときびすを返し、コンクリートの下に消えた。
「ちょ、ちょっとソコで逃げないで待ってね!!!」
トントントンと走り降りる音とともに聞こえる、喜色ばんだような叫ぶような声。
えっ?逃げないでって言ったの今!?
その台詞の意味に気を取られた足元に、キュッと小気味よく鳴るゴムのスキール音。
えっ?と目を下すと、先ほどまで踊っていた蒼い車は私の足元へ。いつの間に!
そして目を上げると、そこに先ほどの女子生徒が目の前に満面の笑みで立っていたのだった…
―――――
わぁ…陽キャだぁ…
私は心の声が顔に出てないか少し不安になったぐらいに上から下まで見つめてしまった。
THE・女子高生
を絵に描いたような、私とは全く対極にあるような可愛らしい女の子。
キレイな艶のある黒髪は上腕二頭筋にかかるぐらい、つまりはほどよいロングヘアーで、サラサラと風になびいてさえいた。
筋肉はどこへ行った!?と心配になってしまうほっそりとした全く日焼けしていない腕と脚。
そして着ている制服も、ナニが違うのか私には全くわからないのだが、着こなしていてそれがバッチリと似合っているように見える。
少し前までジャージしか着ていなかった人間がただブレザーにスカートの制服に着替えただけ!
という私とは全く違う服にさえ見える…
一体私とナニが違うというのか。食べているモノが違うのか?
本当にあきれる程に私には分からないふぁっしょんというジャンルなのだろうが、ひとつの違いだけはわかった。
胸元のリボンの色の違い。確か2年生の色。
ということは、1年先輩だ!!
そんなことを考えていたら、その陽キャ先輩(そもそも陽キャの使い方が合ってるのか不安になってきたが)が満面の笑みで話し始めた。
「えっと…さっきから見てたよね!
興味ある!?
新入生だよね!?
ラジコン面白いよ!」
続けざまに手をギュッと握られた!?瞬間跳ねあがる私の鼓動!
ショルダーチャージなどで別にボディコンタクトに不慣れなわけではない。圧倒的に不慣れなのは、指の細さ!柔らかさ!
そして…
凄くイイ匂いがするよ先輩!
今までの私の回りには全くいなかったタイプの人種?だ
ドギマギ?いやソンナハズハナイハズだ…
顔まで赤くなってたかもしれない。
そんな私に気づいたのか、気まずそうに先輩は手を離し
「あっ…ゴメンねわたし1人はしゃいじゃって…」
一歩下がられるとイイ匂いまでしなくなった。ちょっとしょんぼり。犬か私は。
「あの、でも、ラジコン凄く楽しいんだよ!もし…興味があったら…ちょっとやってみる?」
―――――
そして先輩は、「プロポ」と呼ぶらしい、「ラジコン」を操縦する装置の持ち方を私に教えてくれていた。手に手をとって。
ドギマギ…いまだ私の心肺機能は落ち着かない。
「左手の人差し指をここにかけて~右手はここをもって~~~」
先輩の説明の声がなんだか遠くから聞こえるように感じる
心を落ち着かせようとふと顔を上げ、先輩の顔を見つめてしまった。
睫毛ながっ!色白いっ!
私の知っている先輩というモノは、日焼けしていて眉毛は焼けて薄くなって…
数えだしたらキリがないがとにかく何から何まで違う。
コレはやはり食べている物が違うんだ、いや生まれ持った生物としての性能が違うのだそうに違いない…
そんな妄想をボーッと考えていると、手元から眼をあげた先輩とバッチリ眼が合って我に返った。
「右手がハンドル、左手がアクセル。それだけ覚えたら後は走って楽しむだけだよ!」
「…えっ…それだけですか?」
「そうだよ!スピードはさっきより出ないように調節したから大丈夫!じゃあ、行ってみよー!!!」
握った右手をエイエイオーと挙げながらそう言うと先輩は実に楽しそうにニコニコとしている。
こ、この説明の仕方は…この先輩は感覚派のコーチングだ。きっと、まっすぐビュッと行ってギュッと曲がったらいいよ!ってこの後は言い出すだろう。昔教わった顎髭が濃いコーチを脳裏に思い出す。
しかし私も、細々と考えるよりはその方が性に合っている。ボールの蹴りかたなんてその都度考えずにとにかく蹴って走って生きてきた。
「それでは…行きます!」
そっと、「左手がアクセル」を握る。
握ったと思ったときには既に、
シュシュシュ…
と蒼いラジコンは前進していた!
「わわっ」
思わず口に出て握っていた人差し指をパッと離した。
スーッと1mほど進んでラジコンは止まった。
「そうそう!そんな感じ!後は右手のハンドルを動かしたら曲がるからね!」
実に楽しそうな声が隣からかけられる。
「右手がハンドル」を左右に動かすと、前のタイヤが同時にジッジッと音を立てて首を振った。
なるほど、だいたい解った。後はやってみて慣れるだけだ!私は十数年の人生経験からそう判断した。
―――――
むっ、これは…
難しい!
ハンドルを切ってなければまっすぐ進む。
車を進める道になっている左右の黄色いお皿(パイロンと呼ぶらしい)の列があり、それに合わせて進むのだけども、だんだん左右どちらかのパイロンに近づいて行ってしまう。
慌てて反対にハンドルを切ると、曲がりすぎて今度は反対側のパイロンに向かってしまう。
つまり蛇行している…
「…せん…ぱい………これは……曲がりすぎて……」
しゃべることまで気が回らない!たどたどしくなる私。
「そうそう!上手ーい!ステアはゆっくり切って!!!」
ステアってなんだ!?そんな名前は
さっき聞いてないよ!
しかし私はなんとなく理解した。
自分でやるしかないのだと!大抵のコーチの助言は鵜呑みにはしてこなかった。
「集中だ…」
私は小声で呟くように自分に言い聞かせた。
よく見て、指の動きを調整する。ボールの飛距離の調整と一緒だ。とにかく慣れるしかない!
まずはゆっくり動いて慣れる。セットプレーの練習と同じように、スピードは二の次でまず動き方を覚えるのだ!
アクセルの左手人差し指をゆっくりの位置に握って固定…固定!?そうは思っても人差し指に力が入り、プルプル震える。
でもそうすると、蒼いラジコンはゆっくりとした一定のスピードで走り始めた!
…これなら……このスピードなら、イケる!!!…か???
あとは右手のハンドルに集中して、右へ左へとパイロンが作る道に沿って走り続ける。
緩やかに、そして滑らかに走っていく。
むむむっ、これは…難しいけど、
楽しい!!気持ちイイ!
自分の手で動かした操作が、確実に車の動きに現れる。
ただそれだけなのに、なんだろう?この感覚は!?
黄色いパイロンに沿って、こっちに行きたい!と指が動く―― 思い通りに蒼いラジコンが駆け抜けていく――
これはやはり、楽しい!という言葉しか思い付かない語彙力の無いわたくし。
先輩の楽しそうな声援もとなりから聞こえてきた。
「おおーっ」
「すごいスゴーいっ」
「………ん?あれ?」
最後に何か不穏な声も聞こえたような気がしたが今はそれどころではない。返事をしたり喋る余裕なんてない。
そんなこんなで2周ぐるっと走り、少し慣れてくると逆に気になることができてきた。人間とは貪欲なものだ。
なんとか周回できてはいるが…さっき見たような踊るようなキレイな走りではない!ステップを踏むようなキュキュっとした音も聞こえてこない!
特に…あそこだ!
この自分に向かってくる道の最後の右手前パイロン。アクセルを握る左手にぎゅっと力が入る。
先輩の車がパイロンを掠めるよう、キュキュキューーーーーッと奏でながら毎周寸分たがわずに駆け抜けていく一番キレイだったところ!
ぐっとさらに左手のアクセルを握りこむ。同時にスピードを上げる蒼いラジコン。迫るパイロン。
今までで一番のスピードで…
……ココだ!ハンドルをきって、
「あっ」「あっ」
二人が思わず声をあげたのと、蒼いラジコンがパイロンを踏んで飛び上がったのは同時だった…
―――――
アクション映画なら爆発炎上間違いなし!
「すすスミマセンスミマセンッッッ」
私は真っ青な顔になり(多分だけど)先輩に頭を下げ、両手でプロポを差し返すようにして平謝りに謝っていた。
パイロンで見事にジャンプ!した蒼いラジコンは、そのまま華麗に着地を決めることもなく、横転ゴロゴロゴロゴロ…
ぱたっと逆さに止まったのはちょうど私の足元だった。同点で迎えたPKを外したぐらいにヤバイ。きっとそうだ。
「スミマセンスミマセン…どこか壊れたり…」
そう言いながらそっと顔を上げようとすると、
ガッッッ!
プロポごと両手を先輩につかまれた。怒られる!?
「凄い凄い凄~い!!!!!!!!!」
「え?何経験者?ラジコンやったことあったの?すごく上手!!!」
先輩の目はキラキラしてむしろ何故かすごく喜んでいた。そんな馬鹿な。
「経験なんて無いです無いです!最後のところ派手にコケちゃったし…それより本当に壊れたりしてないですか?」
「あ、それは全然大丈夫!これぐらいでは全然壊れないから。それより本当に初めてならすごく才能あるよ!だって最後のところなんてホントにはじめてだったら…」
――――― きーんこーんかーん…―――――
現実に戻される。昔から何年も聞いている音が鳴った。何の音だったか思い出すのに少しかかったが。
「わわっ、予鈴だ!わたし今月これ以上遅れるとヤバいんだよね。先行くね!」
というが早いか先輩はラジコンをショルダーバックに詰め込んで走り去っていった。嵐のように。実のところ走っている?というには遅いスピードだったが。
「じゃあまた!!!放課後ここで待ってるからね~~~」
コッチに振り向きながら手を振り走る先輩。あっっっ躓きかけて…大丈夫だった。なんだか危なっかしい。
なんだか呆然としたまま…そして静寂が訪れて、ぽつんと一人残されたわたくし。
……! 私も行かなきゃ!
先輩が見えなくなってから夢から覚めたように。
何とか教室にたどり着き、遅刻にはカウントされなかったのが幸いだった。
――――――
「そういえば、聞いてなかったな…名前」
授業中はやや興奮覚めやらず。
指の動きに敏感に反応する軽快なラジコンカーの動き。
そして握られた手の温もり…
良い匂い…
チガウチガウ!
以上延々とループ。
冷静になるきっかけは昼休み。
いまだにどうしても慣れないことがある。
周りを見渡すと嫌でも眼に飛び込んでくるのが、
「弁当ちっさっっっっっっ!!!!!!」
え?なにあれ?あんな可愛らしいので足りるの?
それともアレはおやつで既に昼御飯は早弁して…それなら理解できる。
流石の私も最盛期よりはお弁当の量は半分になった。動かざるもの食うべからず。少食になったものだ。
しかし新たな級友たちの弁当箱の小ささたるや!
…え~と、私の今のお弁当のさらに半分の大きさ…いや⅓ぐらいだろうか…?
いわゆる女の子らしくないことは百も承知な私ではあるが、流石にココでこの巨大お弁当は食べられないっっっ。羞恥心というものが私にもあるのだ。
そんなわけで幸いにも良い天気なので、人気の無い外のベンチでひとり昼食を食べていた。
そして一息ついて思い出してのが冒頭の問題だった。
先輩の名前聞いてないや。
でも知ったとしてどうするのか?
慌てる段階じゃない、落ち着いて考えてみよう!
私は部活を探していたはずだ。
生まれ変わって普通の女子高生になるべく、楽しく過ごすための部活を。
アレが部活動だったのか(ひとりだけだったし)はさておくとしても、
こう…なにか…違うような気が。
あの先輩についていったとして、
楽しく可愛い女子高生ライフが果たして送れるだろうか!?
そもそも私にはそれは無理だろうという無粋な自己突っ込みは聞かなかったことにして。
ちょうど目の前にはテニスコートのフェンスが見えていた。
そうそう!テニスなんて凄く女子高生っぽくて良いな!!!(超偏見)
なんていう適当な結論に達し、私は立ち上がった。お弁当はすっかり食べ終わったのだった。
―――――
そして放課後。
早速テニスコートに向かっていると、キヤーーッという黄色い声が聞こえてきた。
よしよし誰かいるみたいだ。タイミング良い。
フェンスの外側から覗き込むと、ちょうどシングルスのゲームをしているようだった。
ファイットー
と棒読みぎみの部活特有の掛け声がかけられた側のサーブ。
上下お揃いのチームユニフォームに身を包み、ポンポンと左手でボールをバウンドさせていた。それにあわせてヒラヒラと垂れ下がるロングヘアー。ジャマじゃないのかなアレ?
よく見ると周りに10人ほどいる一団も皆同じユニフォームだ。
ピンク基調で実に可愛らしい。が、私にアレが似合うだろうか…
しばしの静寂のなか、トスが上がりサーブ!!!
こぎみの良い音を立ててスピンが効いたボールが飛んで行く―――
対するレシーブは!?
私がいた所からは反対側になるが、遠目に上下学校指定ジャージ(なぜ緑色なんだろう…この高校の責任者のセンスを疑ってしまう)に身を包んだプレイヤーが、
ワイドにスライスしていくボールに走り込んでいた。
――― 速い!!!
ピーマンジャージ(そうとしか見えなくなってしまった)は打点まで素早く踏み込み、力強くリターン!
その豪快なリターンに、スパッと再びスライスで返すピンクユニ。
ラリーを見てすぐに判ったのは、ピンクユニは上手い。最低限のステップで打点に入り、相手を左右に走らせるようにボールを散らしていく。
ピーマンジャージは…それに対して闘志剥き出しのプレイ!
フルスイング!そしてその脚の速さ!
腰ぐらいまでありそうなキッチリ編み込んだ長い後ろ髪が走る勢いで右に左に鞭のようにたなびいている。
膠着したラリーの中、打開するかのようなピンクユニのドロップショット!上手い!
フワッとネットをギリギリ越えて――
流石に素人の私でもこれは決まった!
回りの観客も皆そう思っただろうその瞬間、ひとり諦めず!ピーマンジャージは喰らい付いていた!!!
気合一閃!
膝を擦りながら手をめいいっぱい伸ばしてラケットフレームギリギリに当たったボールは、これまたネットをギリギリ越えてツーバウンド。
観客から漏れる歓声。凄い!
これでピーマンジャージがブレイクゲームしたようだった。
予想してたより凄かった。特にピーマンジャージのあの速さ!あの踏み込み!!!
…私にはもう出来ないことだ。
さて、次はピーマンジャージのサーブ。ボールガールから投げられたボールを手にキャッチしていたのだが、
しかし、遠目に見ても判る、ピーマンジャージは勝っているのに全然嬉しそうにない。むしろ怒っているようなそして悲しんでいるような…?
さっきのプレイ、ピンクユニは、ドロップショットへのリターンに一歩も動きさえしなかった。
そして同じピンクユニチームメイトに、「あ~取られちゃった~」とやっている。ケラケラと。
それを見て私はなんとなく分かった、と思う。フェンスを握る手に思わず力が入り、ギシッと軋む音が聞こえた。
あの怒りとも諦めとも悔しさともいえるピーマンジャージの感情は……
「見つけたぁ~!!!!!!」
「ぎゃぁあああぁ!」
急に後ろから飛び掛かられた不意打ちに悲鳴を上げてしまった。みんなこっち見てる…試合も一時中断。うぅ恥ずかしい…
―――――
急に後ろから抱き着いて驚かせたことを謝ってくれた先輩は、
でも何もなかったかのよう朝と同じように目をキラキラさせて話しかけてきた。こういう人なんだ。仕方ない。
「待ってるって言ったのになかなか来ないから探しにきちゃった〜」
「一年生の階もぐるっと回っちゃったよ~あの階久しぶりでなんか恥ずかしーって感じで」
この先輩にそんな感情があるのかということの方が驚きではあったが、一方的な話は止まらず
「…で、テニス好きなの?」
「いえ、そういうわけでは。たまたま見てたらすごいなーって」
私にはあんな切り返しの動きは、もう無理だ。
「そうだよね~わたしも球技はほとんど死ぬほど無理なんだよね~」
今朝の予鈴の時の走りを見るにおそらく本当なんだろう。走れなくて出来る球技なんてめったにない。
…しかしこれはヤバい流れだ。私は野生の勘で危険を察知?して
「それではしつれ――」
と言い切る間もなく
がしっっっぐいっっっ
――― 左手を捕まれ引っ張られた
「さっ!行こっか!!!!!!」
えっ待って待って待って
この先輩は脚は遅いくせにこんなに手は早いのか!?
「ちょっ…待って…待ってください先輩!」
「あ!そうだ。わたし、須川千絢」
「え!?」
しゃべる内容の展開も速い!付いていけない私。
胸元の蒼いリボンを見せながら
「見ての通りの2年生。友達からは、すーちんって呼ばれてるからよろしくね!!!」
変わらぬ満面の笑みで言ってくる。意味が分からない。
「…えっと、それで、私はどこに連れていかれるんですか?須川先輩。」
途端に表情を曇らせる先輩。こんなに分かりやすくショボーンとした顔をする人を初めて見た気がする。
先輩は立ち止まり、振り向いて正面から向かい合わせな形になった。マンツーマン!?しかし左手は放してくれない。右手でがっしり握られている。私の手は汗ばんでいないだろうか?
ドギマギ。
いや違うこれは引っ張られて小走りだったからだ。
がしっ
さらに不意に右手も握られた!
「ラジコン、楽しくなかった?」
思わず顔をそらしてしまう私。暑い。顔赤くなってないかな?
「いえ…楽しかったです…」かろうじて返答する。
ぐるっ
先輩はまた正面に回り込んだ!
「わたしとラジコンするの、嫌?」
こんな時に限ってあの笑顔じゃない。少ししょぼんとした顔。それはズルい。
「…じゃないです…」何故か声が出ない。息切れ!?体力落ちすぎじゃないのか私?
「ん?」小首をかしげ、キレイな髪の毛がさらさらっと。ふわっとあの匂いまで!ズルい。
「…嫌じゃないです。楽しかったです。」
なるべくしてこうなってしまったような気がする。まあ仕方ないか。これも運命なのかもしれない。
「良かった!じゃ、行こっか!」クルっと満面の笑み。なんて切り替えの早さ。
「あ…でもやっぱり…ちょっと待ってください須川先輩」
「すーちんでいいよ?」
「いやそれは出来ません先輩。」
ぷーっとむくれて見せる先輩。本当に目まぐるしい。
「…関谷…です」
「私の名前は、関谷ヒロです。よろしくお願いします!須川先輩」
ペコリ。
礼儀は大切だ。先輩後輩の立場はしっかりわきまえるのは大事なことだ。今まではずっとそうやってきた。
「ひろ…ってどんな字?」
「…カタカナで、ヒロです…」
あまり好きではない。女か男か判りにくい中途半端な名前。
「ヒロちゃんか~かーわいい名前!」
まさかそんなこと言われるとは夢にも思わなかった。須川先輩がお世辞を言ってるようにも見えない。そういうタイプでもないだろうし。
「いえ…下の名前は、あまり好きくないので、関谷で呼んでください」
また思わず眼をそらしてしまった。びっくりしているのか、どきどきしてるのか自分でもわからない。
確かなのは脈拍の高さ。なんて貧弱になったのか私の肺は。
やはり私には有酸素運動が必要だ。無理の無い範囲でトレーニング再開しなきゃ。
「えーいーじゃーん。わたしの千絢なんてほとんど一発で読まれないんだよー?説明もしにくいし!」
プンスカ!としているがそもそも私はどんな漢字か知らないし。
まさかそんな理由で名前を誉められるとは想定外だった。
「…えーなに笑ってるの?名前呼びか嫌なら…ヒーちんにする?」
「それは余計駄目です須川先輩!」
笑いが止まらない。久しぶりにこんなに笑った気がした―――
とりあえず、この先輩に着いていこうと思った。まあ全く不安が無いわけではないが、なんとかなるだろう。
気持ちの良い風も吹いており、まだ日も長い季節。
まだまだ時間もあるし、新しいことを始めるのには最適な時期だ!
キリッと襟をただして、顔を引き締め、
「よろしくお願いします。須川先輩!」
第1章をお読みいただきありがとうございました。明日も同じ夕方18時に、第2章を更新いたします。
次回からは同好会のほかのメンバーも登場し、物語が少しずつ動き始めます。
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