第11話 来訪者
「そうですか、羊の毛刈り……それも素敵な画が見られそうですね。また、こちらに伺わせてもらっても?」
「ええ、もちろんです」
キャビィに手を貸していたソアラは、画家の声に一拍置くこともなく快く答えた。
それは最初の絵のみならず、その後いくつも描いては見せてもらった自分とキャビィ、そしてこの村の美しい景色を形にしてくれたことに対しての礼も兼ねてのものだったのだろう。
やがてしばらく談笑の後、画家は村の方へ去ってゆき、ソアラもまた、羊を小屋に追ったキャビィといつもと変わらない別れの挨拶を交わして家路へと就く。
傾き始めた陽は、影をわずかに長くしていた。
炊煙があがる家々を横目に、鼻歌を歌いながら村を通り過ぎる。
やがて辿り着いた住み慣れた家の煙突には炊煙がなく、その代わりに、家の前には金属の鎧で身を包んだ人の姿が二つ見えた。
彼らはソアラの姿を認めると、手を胸元に当て、表情を崩すことなく礼の姿勢をとる。
「こんにちは、商隊の護衛の方ですね。今年もご苦労様です」
「——ッ」
兵士の片割れ、まだ初々しさを残す青年の身体が僅かに揺れた。
あまりに素直なその反応に、ソアラは思わず小さく笑ってしまうが、それ以上の反応が返ってこないことも分かっていたため、彼らを残して家の扉へと手を掛けた。
「お帰りなさいませ、お嬢様」
扉の先には、いつものようにレミィの姿。その肩越しには、外の兵士の護衛対象だろう、身なりの良い中背の壮年の男性と、小太りの商人然とした男性。そして、外の兵士と同じような鎧を纏う兵士が一人。
レミィの出迎えに応えたソアラは、普段とは違う家の中の様子に戸惑いも躊躇もなく、一直線に身なりの良い男性の前へ進み出ると、彼の前に跪いた。
「このような寒村によくおいでになられました、高貴な方。村長は仰せつかった灯台の任に就いておりますので、代わりに不肖——」
「あいや、少しお待ち下され。お顔を上げてくだされ」
庶民として尽くす貴族への礼を止めたのは、目の前の貴族の男性だった。
その顔には、ありありと困ったような表情が浮かんでいる。
「お嬢様を跪かせたなど、ワタシはスフォルザント侯爵閣下に顔向けできません。ささ、立ってくだされ」
「いえ、私はもう侯爵家とは関係のない、ただの村娘。貴族様と並ぶなど、とんでもない」
「ご冗談を……かつては皇太子の婚約者でもあられた貴女様が村娘などと……どうかお願いでございますから、お立ちになってくだされ」
「いえ――」
「そこを――」
「まあまあ、お二人ともそこまでにいたしましょう」
まるで冗談のように、互いに立場を主張し譲り合うソアラと貴族の男性に助け舟を出したのは、隣で見ていた丸い商人。
彼はその大きな体を揺らしながら二人の隣へと立つ。
「ソアラ様、閣下は男爵位をお持ちです。その立場、ソアラ様ならお分かりになられるでしょう?」
「……」
「そして閣下も、ソアラ様がここにおられる経緯をご存知ならば……」
「う、うむ……」
商人は二人の反応に顔にまるい笑みを作ると、ソアラに対して目配せをした。
合図を受け取ったソアラは、仕方ないとばかりにため息一つ、男爵に対して妥協案を示す。
「閣下、どうでしょうか。この村におられる間は互いの立場を平たく、過剰な礼を行わないということで」
「対等に、ということですか……いや、しかし……」
「閣下」
商人は今度は渋る男爵に声をかけ、目配せをする。その視線を受け、一秒、二秒逡巡した男爵だが、やがて諦めたように声を吐いた。
「そう……だな。欲張りすぎるのは良くない。ソアラ様、畏まりました。その提案、お受けいたします」
仲を取り持った商人は男爵の言葉に大きく頷くと、二度、大きく手を叩いた。
「さぁ……それでは話も纏まりましたし、本題に移りましょう――」
そう改める彼の表情は満面の笑みだった。
もともとこの村との行商を生業の一つとしていた彼だが、村人にとって生命線であるこの商いは正直実入りの良いものではなかった。
だが、そこに現れたスフォルザンド家の令嬢。
帝都での政争に敗れた少女ではあるが、帝国内有数の影響力を誇るスフォルザンド侯爵家への渡りをつけるにうってつけの相手だった。
侯爵家がこの村にどれほど関心を寄せているかを考えても、ソアラの近況は何より価値がある。
だからこそ、彼は打てる手は可能な限り打つべく、自身の私財を投じて今回この男爵をこの村へと連れてきたのである。
あくまで村長を立てようとするソアラと、それを尊重しつつもソアラに敬意をもって挨拶を行う商人。
そんな形式的な、建前上の挨拶を交わした後、商人は「さて」と一つ咳払いすると、男爵を正式にソアラに紹介した。
「ソアラ様。こちらピアーノ男爵閣下は、かの聖工技術の大家であるグランツィオ公爵派の中でも公爵様の覚えめでたい方で、前回お話しした『例の品』をお持ちとのこと。そのため、今回この村までご足労いただいた次第にございます」
「そうですとも、ソアラ様。公爵様自作の聖工技術の粋。この地にお持ちした『音の柩』に、是非ともソアラ様の歌声を封入させてくだされ!」




