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鴉の黙示録  作者: 雨宮妃里
第3章 盃のゆくえ
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逃げ込んだ先での乱闘

 結局、その夜は漫画喫茶を宿に選んだ。


 適当なビジネスホテルを探してみたが、どこも1泊するのに7000円前後はかかる。滞在し続けるにしても、12日が限界になってしまう。そこに他の出費も加わる将来を想定すると、ホテルは選べなかった。


 一方で漫画喫茶は、朝まで過ごしても880円。ホテルに比べたら、だいぶ安心できる価格といえよう。そこに飲み放題のソフトドリンクも付いており、水分補給に困る事は無い。リクライニング可能な個室の椅子に深くもたれかかってジャンパーを掛け布団代わりにすれば、穏やかな睡眠を確保できる。


 潜伏生活にかかる費用は1円でも節約したかったので、選択の余地は無かった。


「では、ごゆっくりどうぞー!」


 にこやかな店主に案内されたボックスで荷物を降ろし、どっかりと座り込んだ俺。目を閉じると、この日で起こった出来事が次々と想起されてくる。振り返ってみれば、実に長い1日であった。


 若頭補佐の嘉瀬に喧嘩を吹っ掛けられ、殴り合いになる寸前で芹沢に助けられた。その後、芹沢に連れられる形で外出して、ヤクザとしての美学や流儀を教わった。


(そこまでは良かったけど……)


 芹沢が見舞ったのは、俺が3か月前に襲撃して昏睡状態に陥れた里中であった。彼は俺への復讐に燃え、組の本部に連絡を入れてしまう。その通報を受けて駆けつけてきた嘉瀬と、芹沢が交戦。その中を脱出する形で、俺はここまで逃れてきたのである。


 あの時。俺の耳には、たしかに銃声が飛び込んで来た。おそらくは、嘉瀬の部下が持ってきた拳銃から発射されたものだろう。芹沢が撃たれたのか、もしくは何らかの方法で銃を奪い取った彼が、相手を撃ったのか。どちらにせよ、俺のために修羅場の中へ飛び込んでいった。


(芹沢さん、大丈夫かな?)


 安否は非常に気になったが、確認する手段はない。元気な姿で俺を迎えに来て初めて、あの乱闘を潜り抜けたと分かるのだ。それまでは、ひたすら待つしかない。彼が無事であることを願いつつ、俺はゆっくりと目を閉じた。


 数時間後。


「……ん?」


 妙な空気感を察して目が覚める。耳を凝らしてみると、部屋の外から大きな音が聞こえてくる。誰かの怒鳴り声。詳細こそ分からないものの、何やら激しく言い争っているようだ。


「テメェ、この野郎! 渡せって言ってんだよ!」


「渡せない!」


「死にてぇのかゴラァ!」


「渡せないものは渡せないんだ! さっさと帰れ!」


 俺は、応酬を続けているのが客と店員だと察する。同時に、かなり緊迫した場面である事も悟った。言い合う双方の声のトーンからして、尋常ではない事態が起きているのは容易に想像できる。また、客と思しき男が言い放った「出せ」というワードも、どこか気になった。


 まさか、村雨組の追手が俺を捕らえに来たのか――。


 そのような考察も浮かんだが、どうも違うような気がする。もしも標的が麻木涼平であるならば、しらみつぶしに部屋をあたって見つけ出せば良い。わざわざフロントの係員の了解を得る必要などは、どこにも無いはずだろう。


(村雨組じゃないとすると……何なんだ?)


 気になった俺は、部屋のドアを開けてみる。騒ぎが収まるのを待とうかとも考えたが、漫画喫茶の個室の壁は薄い。ゆえに、怒鳴り声が聞こえてくる状況では休むに休めないのだ。眠い目をこすりつつ、俺はフロントへと向かった。


「おい。うるせぇぞ」


 そこにいたのは、7人の男たち。皆、金髪や赤髪、モヒカンといった派手なヘアスタイルをしており、真っ白に金色の線が入ったジャージや、背中に龍が描かれたスカジャンなど、服装も厳めしかった。突然やってきた俺を見るなり、彼らは怪訝な反応をする。


「何だ、テメェは」


「そこの部屋を使ってるモンだ。お前ら、さっきから何を騒いでやがるんだ? うるさくて眠れねぇんだよ。静かにしろや」


「フフッ。そいつは悪かったなあ。けど、文句があるなら店に言えよ。俺たちは本来、取るべきものを取りに来てるだけなんだから」


 いかつい集団に絡まれていた店主は、俺に必死そうな口調で訴えてきた。


「お客さん! 危ないですから、どうかお部屋にお戻りください。この人たちはベルセルクです!!」


「ベルセルク?」


 片仮名5文字。まったく、聞きおぼえの無い単語だ。しかし、その名前と連中の容姿には、どこかピンとくるものがあった。


「お前たち……もしかして、チーマーか?」


 こちらの問いに、スカジャンの男が大きく頷いた。


「ああ。俺たちは、この辺りを仕切ってる“ベルセルク”だ。今日は少し、ここの店のオーナーさんに話があって来たんだが……ご覧の通り、けんもほろろにあしらわれてる。まったく、サービス精神がなってねぇよなあ」


 そう言いながら、男は横目で店主をジロリと睨みつける。すると、視線を受けた店主は語気を強めて反論した。


「お前らは客じゃない! 施すサービスなんか、最初から無いんだよ!」


「オーナーさんさあ。もう、いい加減。諦めた方が良いぜ? これ以上、ゴネたって何の得も無いんだから。おとなしくショバ代を渡さないと、痛い思いをするだけだぞ?」


「黙れ! こっちには営業権があるんだ!」


「分からない人だねぇ。俺たち相手に小賢しい理屈が通じないってことくらい、あんただって知ってるだろうに。まあ、そんなに痛い目に遭いたいって言うんなら……お望み通りにしてやるよ!!」


 次の瞬間。スカジャンの男の右手が動いた。


 ――バキッ!!


 右の拳で、店主の左頬を力強く殴ったのである。男の手にはメリケンサックが装着されており、激しくも鈍い音が辺りに響き渡る。強烈な打撃を食らった店主は、その場に倒れ込む。


「うぐぁぁっ!」


 鼻と唇からは、血が流れ出ていた。


「おい。さっさと渡すもんを渡せや。そしたら、命だけは助けてやるよ」


「だっ、誰が……お前らなんかに……」


「強情だなあ。え、何? そんなに死にたいの?」


「こっちにはな……ほ、ほんじょ……本庄組が、着いてるんだぞ……」


 店主の返答を受けたスカジャンの男は、プッと吹き出した。


「ハハッ。本庄組? こんなチンケな店のために、あいつらが出張ってくるわけないじゃん! 何を言ってるんだ? バカかよ!」


「……お前らは、知らないだろうけどな……この店の、ケツモチは……」


「はいはい。もういいよ! つくなら、もっとマトモな嘘つけよ。この期に及んでヤクザの名前を出したって、ちっとも怖くないから! 俺たちにだって後ろ盾はいるんだよ」


「お、お前ら……きっと後悔するぞ……」


 床に転がされながらも、鋭い眼差しでチーマーたちを見据える店主。そんな彼を嘲笑うかのように、スカジャンの男は相手の顔に唾を吐きかけた。


「後悔するのは、あんたの方だよ。オーナーさん」


「何だと……?」


 不敵な笑みを浮かべた男。背後にいる仲間たちの方を振り返るや否や、揚々と言い放った。


「おい! このクソオヤジに分からせてやろうぜ! 俺たちの怖さを!」


 彼の合図で、チーマー達は歓声にも似た雄叫びを上げる。


「おう!!」


 気勢を上げたベルセルクのメンバーが、一斉に店主へと飛び掛かった。


 ――ボコッ。


 倒れている所を無理やり起こし、胸倉を掴んで思いっきり殴る。そして、再び倒れ込んだ瞬間を狙って、腹部に蹴りを叩き込む。


 ――ドガッ。


 まさに、集団リンチである。ニヤニヤと笑いながら攻撃をする男達に対して、店主は全く反撃ができない。されるがままとなって、繰り返される暴行に成す術も無い様子だった。


「うぐぅっ! ごはっ! ぐあぁっ!!」


 容赦のない暴力を浴びせるメンバー達と、一方的に痛めつけられる店主。まっとうな感性を持つ人であれば、目を覆いたくなるような光景といえよう。だが、スカジャンの男は笑みを浮かべている。


「あはははっ。いいぞ! もっと痛めつけろ! 二度と俺たちに歯向かえないように、徹底的に“躾”してやろうぜ!!」


 その時。自分の中で、何かがプツリと切れた。


(やるしかない……)


 俺の行動は早かった。


 ――バキッ。


 瞬間的に右脚を振り上げ、ゲラゲラと笑うスカジャンの男の後頭部を狙って、ハイキックを繰り出したのである。何かが“折れる”感触がした。


「ううっ……」


 間の抜けた声を上げ、崩れ落ちた男。目は大きく見開かれ、ピクリとも動かなくなった。難しい言葉を借りるまでもなく、ノックアウトだ。


「なっ!?」


 それまで大暴れしていたベルセルクのメンバーの動きが、一瞬で止まる。完全に無力化された仲間を茫然と見つめる者もいれば、驚愕の表情と共に硬直する者もいた。その中で、モヒカンの男がドスの効いた声で問うてきた。


「……何のつもりだ?」


 男の瞳は怒りに燃えている。さしずめ、目の前で仲間を倒されて悔しいといった気分か。敢えて俺は、煽るような口調で言ってやった。


「ムカつくから蹴った。ただ、それだけだ」


「よくも、俺たちの頭目ヘッドを!」


「ああ。そいつがリーダーだったのか。フッ、弱っちいなぁ。あんなに遅いキックも避けられねぇなんてよ。雑魚すぎて、目も当てられねぇぜ。よくもまあチーマーが務まるもんだ」


「何だと!? お前、ふざけるのも大概にしとけよ!」


 激昂したモヒカンの男の目配せで、チーマー達が俺の周囲を取り囲む。どうやら、この奇妙な髪型の男がベルセルクのナンバー2のようだ。漂わせる雰囲気で、すぐに察することが出来た。


「お? やるか?」


「当り前だ!! どこの誰だか知らんが、お前はベルセルクに喧嘩を売ったんだ。俺たちを怒らせたらどうなるか……たっぷり、教えてやるよ!!」


 怒号を発したモヒカンの男。それに続いて、メンバー達も次々と声を上げる。


「そうだ! テメェは終わりだ!」


「俺たちを舐めるなよ!」


「袋叩きにしてやる!」


「ぶっ殺すぞ!」


「覚悟しろよ! この野郎!」


 だが、彼らはさほど強そうには見えなかった。全体的に腕は細くて、腹はブヨブヨ。まともに鍛えていないのが、ひと目でわかる。チームの平均身長もあまり高くはないようで、いまいち迫力に欠ける集団だった。


 メンバー1人1人の喧嘩の場数も、決して多くはないのだろう。若干、腰が引けている者もいる始末だ。彼らを冷静に分析するならば「内面から滲み出る情けなさを派手なスタイリングで誤魔化している」といったところか。


 相手の程度を悟った俺は、ため息をついた。


「はあ。何つーか。やめといた方が良いんじゃねぇかな……」


「んだと? ビビってんのか?」


「ビビるもクソもあるか。お前らみたいな自力じゃ何もできねぇ弱虫集団が、俺に勝てるわけがねぇって言ってんだよ。前歯折られるのが関の山だ。やめとけ」


「フッ、今さら、逃げる言い訳をしたって無駄だぜ? もう、お前は生きて帰さない。ここで死ぬのがお前の運命だ。俺たち、ベルセルクを敵にまわした代償をしっかり思い知らせてやる!」


 モヒカンの男を筆頭にメンバーたちは殆ど、臨戦態勢のようである。手足がプルプルと震えている者も1人いたが、この雰囲気の中で「俺はパスします」などとは言えないだろう。こうなってしまっては最早、後には引けない。


「……わかったよ。そんなにやりたいなら、好きにしろ」


「ああ!?」


「ただし、こっちも本気で行かせてもらう。ベルセルクだかバーゲンセールだか知らねぇが、向かってくるからには手加減はしねぇ。俺も今日はいろいろあってよ……午前中からストレスが溜まりっぱなしだったんだ。ちょうどいい八つ当たりの相手が見つかって助かったぜ」


 先ほどとは打って変わって、威力のこもった声で応じた俺。俯瞰して見たわけではないので断言はできないが、敵を見つめる眼差しは殺気に満ちていたと思う。こちらはこちらで、常在戦場。喧嘩をする準備は、いつだって出来ている。


「おい、お前ら! 何をボーッとしてんだ。こいつをぶっ倒すぞ!」


 俺の気迫に圧倒された仲間に発破をかけ、モヒカンの男は殴りかかってきた。


「舐めるなよーっ! このガキがぁぁぁぁぁぁ!!」

涼平君。

上京しても、こういう場面からは

逃れられませんね……(;´∀`)

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