中川会の人間が、俺に誘いをかけてきた。
あっという間に片がついた。
俺は3分も経たないうちに、全員を打ち破ってしまったのである。モヒカンの男を筆頭に、顔面を血まみれにして倒れ込むベルセルクのメンバーたち。泡を吹く者もいれば、虫の息で怯えている者もいた。言うまでもなく、こちらの完全勝利だ。
「も、もう……殴らないで……」
「ったく。見掛け倒しってのは、お前らみたいな奴のことを言うんだな。ウォーミングアップにもならなかったぜ。カスどもが」
連中の実力は、想像していたよりもずっと低かった。繰り出す前のモーションが無駄に大きいので、パンチは簡単に避けられる。おまけに蹴りは打点が低いので、そもそも技になっていない。
一方、こちらが繰り出した拳は悉くヒット。相手には驚くほどに耐久力も無かったため、まさに一撃必殺のごとく、全員がバタバタと倒れていく。あそこまでに面白味の無い喧嘩は、久しぶりだった。
「お前ら、自分が情けなくねぇのか? あんなに強気だった割には、ぜんぜん強くなかったな。そこら辺の中学生の方が、よっぽどマトモに戦えるぜ」
「……」
「同じチーマーでも、横浜の奴らとは比べ物にならねぇな。弱すぎる」
1対6と数の上では向こうが有利だったが、戦闘力は圧倒的に俺の方が上だった。分かりやすい例えをするならば、1頭のゾウが6匹の昆虫を踏みつぶす構図だろうか。蟻のごとく集団戦術が使えるだけあって、まだアルビオンの方が優秀に思えた。
でも、ストレス発散にはなったかな。
相手が誰であれ、俺にとって人を殴るという行為はやっぱり楽しい。ベルセルクを相手に暴れている時、それまでに抱えていたモヤモヤとした鬱憤が、わずかに晴れるような感覚を覚えた。
俺は気持ちを切り替え、倒れていた店主に手を差し伸べる。
「おい。オーナーさん。大丈夫かよ?」
「あっ、ありがとうございます。助けて頂いて……」
「別に、あんたを助けたわけじゃねぇよ。こいつらに睡眠の邪魔をされたのが、ムカついただけだ。そんなことより、立てるか?」
「大丈夫。大丈夫ですから。痛てててっ!」
立ち上がる際、店主は脇腹を押さえて顔を歪ませた。あばらの1本でも、折れてしまったのだろうか。他にも、彼が着ていたエプロンには蹴られた跡が痛々しく残っている。
「……救急車、呼ぼうか?」
「いえ。お気遣いなく。これくらい、大したことありませんから」
「なら、良かった。でも、いったい何があったんだ? さっきは書類やら権利やらがどうこう、言ってたけど?」
「それは……」
その時。店の自動ドアが開き、5人組の男達が入ってきた。
「おう! 遅くなって悪かったな!」
例によって全員、これまた厳めしい容姿で、派手な柄のスーツをそれぞれ着ている。その中でも、俺は最も長身の人物に視線が行く。彼は整髪料で固めた黒髪をオールバックにしており、剃られた眉と細長い切れ目が特徴的だった。
もしかして……。
ジャケットには、何やら漢字の2文字を象った銀色のバッジが着いている。これまでの経験から、やって来た男たちの“正体”は一瞬で推察できた。しかし、村雨組とは別の組織のようである。
「ちょっと、山崎さん。遅すぎますよ!」
「悪い悪い。別件が、いろいろと立て込んじゃったんだ」
「まったく! これじゃあ何のために毎月、用心棒代を払っているんだか。分からないじゃないですか!」
「仕方ないだろぉ。俺たちも忙しいんだから!」
現れた黒髪の男は、名前を山崎というらしい。威風堂々とした見た目に反して言動は明るく、口調もくだけている。到着の遅れに不満を漏らす店主を冗談っぽく受け流すその姿からは、彼の気さくな人柄を窺い知ることが出来た。
この男が、例の“ケツモチ”なのか?
ジッと無言で見つめていると、山崎の後ろにいた部下らしき男が声をかけてきた。
「おい。お前はベルセルクか?」
奇しくも、俺の足元に倒れていたチーマーが金髪だった。それゆえ、俺のことを仲間だと勘違いしたらしい。妙な誤解が生まれると厄介なので、すぐさま否定した。
「ちげぇよ」
「嘘つけ。だったら、どうしてここに居る?」
「俺は客だ。そこの部屋で寝てたら突然、こいつらが現れて。ギャーギャー騒いでうるさかったから、ムカついてボコった」
「ああ?」
訝し気に見つめる部下と、堂々と答える俺。その場にピリピリとした緊張感が流れ始めたところで、空気の変化を悟ったのか。店主が慌てて間に、割って入った。
「あっ。違うんです。この人は、私を助けてくれたんです!」
「何だと?」
「本当ですとも! 実は、さっき……」
店主は山崎たちに、一連の出来事を全て説明した。チーマーが押しかけてきたこと。絡まれた挙句に暴行を受けていた所を俺が救出したこと。そして俺がベルセルクのメンバー達を全員、倒してしまったこと。
「……なるほどな」
話を聞き終えた山崎は、俺にペコリと頭を下げた。
「どうやら、礼を言わなくちゃならないようだな。俺たちが来るまでの間、よくぞ店を守ってくれた」
「いいよ。さっきも言ったけど、ただ連中にムカついただけだし」
「理由はどうあれ、お前に助けられたことに変わりは無い。借りができたな」
そう言うと山崎は懐から、名刺を1枚取り出した。名刺入れは黒の革で、高級感が漂っている。持ち物のクオリティーの高さといい、着ているスーツの質の良さといい、彼が組織の中で高い地位に就いていることは容易に想像できた。
「俺は山崎吉人。中川会直参本庄組の若頭だ」
中川会――。
関東を根拠地とし、全国各地に傘下団体を持つ巨大暴力団。構成員数は2万5000人を超えており、その規模は関西の煌王会に続いて国内第2位の規模だという。普段はニュースなどに疎い俺でさえ、その組織名だけは知っていた。
「お前、名前は何て言うんだ?」
「麻木涼平」
「じゃあ、麻木。この名刺は渡しておくから。後で、事務所を訪ねてくれ。とびきり美味い飯を奢ってやるよ。それじゃあな!」
気前の良い言葉を残し、連中は去った。ちなみに、倒れていたベルセルクのメンバー達も全員、連行されていく。山崎は「ちょっと話を聞いた後、海に沈めてやれ」と、部下に指示を出していた。おそらく、何らかの形で拷問を受けた後で殺害されるのだろう。
特に可哀想だとか、悲しいだとかは思わなかった。彼らがやった所業を考えれば、因果応報のようにも思えてくる。むしろ、ざまあみやがれという気分である。
まあ、弱いくせにチーマーなんか、やっちゃ駄目だよな……。
そう自分を納得させた俺に、店主が鼻を押さえながら言った。
「麻木さん。本当に、どうもありがとうございました。料金は結構ですので、どうぞ明日の午前中までごゆっくり、お休みになってください」
「え? 良いのか?」
「もちろんです。麻木さんには、危ない所を助けて頂きましたから!」
申し訳ないような気もしたが、俺は厚意に甘える事にした。芹沢と合流するまでの潜伏生活は、いつまで続くか分かったものではない。1日分でも宿泊費が浮くのであれば、それに越したことは無いからだ。
「……分かったよ。んじゃ、朝まで居させてくれ」
個室に戻った俺は、渡された名刺に再び視線を落としてみる。
『中川会直参本庄組 若頭 山崎吉人』
その下には、組事務所と思われる住所が書かれていた。東京の土地勘が全く無いので詳細こそ不明であるが、そこに記された「五反田」の地名から、わりと近くにある事だけは何となく察知した。
本庄組か。ま、気が向いたら行ってみようかな……。
組の名前と代紋自体に、馴染みは無い。この日、初めて知ったようなものである。だが、事務所へ遊びに来いという申し出は決して、悪い話ではない。山崎に食事を奢ってもらえば、その分の食費が節約できるのだ。
どうせなら、高めのレストランにでも連れて行ってもらおう――そんな呑気な希望を抱きつつ、俺は静かに眠りへと落ちていった。




