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鴉の黙示録  作者: 雨宮妃里
第2章 ふたりの異端者
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別離の果ての受難

 室内には穏やかな空気が流れていたが、俺には1つだけ、訊いておきたい事がある。今ならきっと、答えてくれるはずだろう。


「なあ、俺はこれからどうなるんだ? あんたの組に入れてもらえるのか?」


「盃については、いずれ下ろすつもりだが。その前に、やってほしい事がある」


「やってほしい事?」


「そうだ。今から伝えることは、決して他言せぬように」


 こちらが返事をする間もなく、村雨は話し始めた。


「お前は『斯波しば一家』を知っているな?」


「……ああ。たしか、あんたの親分の組だろ。それがどうしたんだよ」


 首を傾げた俺を尻目に、村雨は軽く背伸びをすると、やや神妙な面持ちで話を続けた。


「2か月ほど前、村雨組うちの幹部が国道沿いの路上で襲われた挙句、金を奪われるという出来事があった」


 村雨曰く、その幹部は名前を里中さとなかというらしい。組を立ち上げた際から名を連ねていた古参中の古参で、事件があった日はちょうど、シノギの集金を終えた帰り道だったという。


「奪われた額は100万円。帯封でまとめてたばにしてあったのだが、奴が持っていた財布の中から綺麗に金だけが抜かれていた」


「そりゃまた、ひでぇな……」


「襲われた際、かなり酒を飲んで酔っ払っていたのが災いしたようだ。まともに反撃もできず、一瞬のうちにやられてしまったらしい」


 大金を持ち歩いている最中に酒を飲むと、判断力が鈍っているせいで落とすなり盗まれるなりしても気づきにくい。ろくに対処もできないまま、ふと我に返った時には既に無くなっていたケースが圧倒的に多いと聞く。


 それが襲撃されたとなれば、なおさら対処が難しいだろう。泣く子も黙る村雨組の中にも不注意な男がいたのかと一瞬、俺は吹き出しそうになってしまった。しかし、ここからが問題であった。


「襲われた折、里中は後頭部を強かに殴られてな。幸いにも命こそ助かったが、意識は未だに戻っていない」


「昏睡状態ってやつか……」


「ああ。医者によるとこの先、目を覚ます可能性は五分五分だそうだ。悲しい話だがな」


 金を奪われた件以上に、自らの子分が重傷を負った事実に憤っていた村雨。その冷徹な瞳の奥には、熱い怒りの炎が燃え盛っている。その者の親分として、または組織の長として、何としても仇を討ってやりたいと言ったところか。


 そんな組長に、俺は問うた。


「……で、どうしろと? さっき、あんた。『やってほしい事がある』とか言ってなかったか?」


「ああ。単刀直入に申し渡す」


 村雨は俺をまっすぐ見据えると、力強い声で言った。


「涼平よ。里中を襲った者の正体を探し出し、捕らえてこい!」


「捕らえてこい? 殺すんじゃなくて?」


 聞き返した俺に、大きく頷く村雨。


「そうだ。あくまでも“生け捕り”にせよ」


 面倒なミッションを与えられた――。


 それが、率直な感想だった。相手を殺さず、生きたまま拘束するという行為が、難しく感じられたのである。


(けっこうハードルが高いなあ……)


 告げられた指令が「殺すこと」であったなら、既に“経験”があるため、躊躇は無い。むしろ、自分にとっては赤子の手をひねるより、容易かもしれない。しかし、村雨の望みは「捕まえること」。己が力加減を間違え、拉致する前に相手を殺してしまうのではないかという懸念が、どうにも生じてしまう。


「うーん。俺に出来るかなあ……」


 難色を示さざるを得なかった。いくら俺とて、できない約束をするわけには、いかないのである。ところが、村雨が捕縛にこだわるのには、理由があるようだった。


「ここだけの話だがな。里中を襲った犯人は、斯波一家の者ではないかと睨んでいるのだ。私が総長の頭越しに本家へ直接、上納金アガリを納めていることを快く思わない人間が、斯波の執行部内には多いゆえ。だからこそ、犯人を捕まえて吐かせねばならん。誰の指示で動いたかを……な」


 吐かせる――。


 おそらく、拷問をした後で処刑するのだろう。村雨の下で働き始めてから、そのような場面に出くわしたことは無い。だが、そのやり方がむごいものであることは、簡単に想像がつく。高坂晋也も以前、こんな事を言っていた。


村雨むらさめ耀介ようすけ。あの男のやり方は尋常じゃないよ。殺し方が、とにかくエグすぎる……』


 考えれば考える程に、恐ろしくなってくる。悍ましい場面を想像し、震え上がった俺に、村雨は言った。


「涼平よ。里中を襲った犯人を見つけ出し、捕まえること。それがお前に盃を与えるか、与えぬかを決める“最終試験”だ。良いな?」


「……分かったよ」


 引き受けてしまった。


 正確に言えば、引き受けるしかなかった。所業の悍ましさで名が通った、ヤクザの親分を前に「断る」という選択が、できるはずも無い。俺はただ、与えられた命令と現実を受け入れざるを得なかった。


「その間の絢華の世話は、心配せずとも良い。あの子は来週から米国へ渡る。お前は犯人探しに専念せよ」


「マジかよ。ずいぶん話が早いな」


「早くはない。今まであの子が渋っていただけで、手術自体は半年前から支度が整っていたのだ。むしろ遅いくらいだと思うがな」


 なお、この渡米も絢華本人の意思であると村雨は話した。彼女は「自分の人生と向き合い、いかなる苦難も1つずつ攻略していく」覚悟を決めたのだという。いきなり飛び出した話の連続で少々、戸惑ったが、絢華が自分で考えた上に決めたことだ。その決意を俺は、応援してやることにした。


「……そっか。上手くいくといいな」


「ああ」


「ちなみにだけどさ、どれくらい向こうに居る予定なんだ?」


「そうだな。予定では手術前の検査に1か月、術後の静養期間も含めて少なくとも1か月を見積もっている。まあ、秋までには帰って来られるであろう」


 想像よりも、ずっと長かった。内臓の大半を移し替えるという、非常にハードで大掛かりな手術を行うのである。医学的な見地で考えれば、当然なのかもしれない。本人にとっても、それで体の機能が回復し、事件の前と同じ生活を取り戻せるのだから、まさに良いこと尽くめだろう。


 ただ、その間は絢華に会えなくなるという事実が、思ったよりも胸に突き刺さった。心を冷やす寂しさが、一気に湧きあがってくる。


「……」


 俺は目を細めるわけでも、眉をひそめるわけでもない。実に複雑な表情をしていたと思う。感情が、そのまま顔に出てしまったのだろう。


(来週から、会えなくなるのか……)


 一方で村雨はと言えば、そんな俺の気持ちを察することもなく、ただ己が課した“試験”の事を云うだけであった。


「さて、話を戻す。来月の初旬に煌王会本家で幹部会が開かれる。私はその席にて、斯波一家を糾弾しようと考えている。ゆえに、涼平。お前には今月中に、里中襲撃の犯人を捕まえてもらいたい。できるか?」


 俺は、無気力に頷く。


「ああ。やってみるわ」


 絢華の側に居られなくなるショックがあまりにも大きく、命じられた内容の話などは最早、どうでも良くなりつつあった。そんなことよりも、もうすぐ絢華と離れ離れになってしまう事実の方が、俺にとっては問題だった。


 犯人捜しの件は、そのうち何とかなるはず――。


 ところが、そんな俺の甘い考えは村雨の次の行動によって、脆くも崩れ去る事となる。


「お前も、いちおう見ておけ。これが里中だ」


 渡されたのは、1枚の写真。そこに映った人物の顔を見た瞬間、とんでもない衝撃が俺を襲った。


「あっ!!」


 思わず出てしまった俺の大声に、村雨は目を丸くする。


「ん? 里中を知っているのか?」


「こ、こいつは……」


 写真の中の人物。それは、俺が川崎から横浜に出て来た夜、国道1号線の路上にて殴り倒した、あの太ったスーツ姿の男であった。男の背広の正面に付いていた、バッジのようなもの。あれは、村雨組の代紋だいもんだったのだ。


 言葉にあらわしがたい恐怖が、全身を包み込んでゆく。


「知っているなら、話が早いな。その写真は渡しておく。今日にでも取り掛かるが良い。里中を襲い、金を奪った犯人を捕らえてここへ連れて来い。わかったな?」


 里中を襲い、金を奪った犯人――。


 それは紛れもなく、俺のことであった。

第2章、これにて完結ですm(__)m


お嬢様の世話係を

順調に務めてきた涼平君ですが、

ここでまさかの衝撃展開。


やっぱり……お金はまっとうに、

稼いでいくに限りますね(笑)。


さて、今後の涼平クンの

運命やいかに!?


近日スタートの第3章は、

自分でも「えっ……」と

思うような場面の連続です。


いろんな意味で極道小説っぽく

物語が加速していきますので、

どうぞよろしくお願いいたしますm(__)m

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