フィルムは生きている その7
横山光輝こと横山浩一と赤塚不二夫こと小森章子が付き合ってると聞いた治美は、同じ豊島区にある横山の仕事場兼新居にタクシーで向かった。
「別にあの二人が付き合ってもいいじゃないか」
タクシーの中、雅人はのんびりとした声で言った。
雅人はかつて横山が孫娘に色目を使っていると気にしていたが、今回は相手が治美でないので気楽なものだった。
「歴史が変わってしまうからわたしたち未来人がこの時代の人と付き合ってはいけない。そう言ったのは雅人さんですよ」
「俺が?」
「例えば横山さんが小森さんと結婚して子供ができたとしましょう。すると本来なら歴史上存在しない人間が生まれたことになる。その上小森さんが別の人と結婚して生まれてくるはずだった人間が存在しなくなる。歴史を大きく変える恐れがあるから未来人は恋愛禁止だ!」
「俺、そんなこと言ったかな?」
「言ってたわよ。『ロック冒険記 その2』参照」
「また訳の分からないことを言って…」
雅人はこんなに治美が腹を立てるとは意外だった。
(もしかしたら、治美は横山に恋愛感情を抱いていたのだろうか…)
「わたしだって本当なら恋人作ってデートぐらいしたいわよ。でも将来わたしが生まれてこなくなったら困るでしょ。歴史を狂わす行為は控えようと思って自粛していたのよ」
「お前の場合恋人作ったりデートする暇なんかないだろう」
「横山さんだけズルいわ!わたしなんか毎日毎日漫画ばっかり描いて、まわりにいるのはむさ苦しいオッサンばかり!わたしだってもっと遊びたいわ!」
「それが本音だな」
横山の新居に行ってみると雅人の後輩で今は横山の専任アシスタントをしている赤城が玄関に現れた。
「手塚先生じゃないですか?先輩まで?お久しぶりです」
「赤城、アシスタント業は順調かい?」
「はい。今は横山先生のもとでチーフアシスタントをしています」
治美が赤城に詰め寄った。
「赤城氏、いつから小森さんもここに来るようになったの?」
「えっ!?彼女は半年ほど前からこの家で暮らしていますよ。ご存じありませんか?」
「赤城氏、横山先生はどこ?」
「ちょうど原稿があがったのでお食事中です」
治美と雅人が赤城に案内されて台所に行くと、食卓に向かい合わせで座って横山と章子が食事をしていた。
章子は横山の差し出した茶碗にしゃもじを用いて炊飯器からご飯をよそっているところだった。
「あれま、手塚先生やないですか?どないしたんですか?」
「どうしたもこうしたもないわよ!横山さん!章子さん!あなたたちが付き合ってるて本当なの?」
「おやおや、遂にばれちゃいましたか?」
「ばれたじゃないわよ。赤城氏、章子さん、ちょっと席を外してくれる?」
「は、はい!」
赤城は治美に言われてすぐに台所から出て行った。
章子も立ち上がって、その場を去ろうとしたが横山が制止した。
「章子はいかなくていいよ」
「まあ、雅人さん。今のお聞きになった?章子ですって!呼び捨てですわよ」
「ねぇ、横山さん。章子さんがいたら話せないこともあるでしょ」
雅人がそう言うと、横山は平然と食卓の上の煙草を取ると火をつけた。
「タイムスリップの件ですか?大丈夫ですよ。章子さんは僕が未来から来た人間だと知っていますから」
治美と雅人はびっくり仰天、あんぐりと口を開いた。
唖然としている二人をよそに、さらに横山は衝撃の発言をした。
「僕たち、結婚するつもりでいます」
治美と雅人は気が動転し、パニック状態であたふたと慌てふためいた。
「け、け、け、け、結婚ですって!?そんなバカな………!?」
「横山さん。自分の言ってる意味がわかっているのですか!?あなたみたいな重要人物が歴史を変えてしまったら、将来治美が生まれてこないかもしれない!」
横山の裏切り行為に雅人は立腹していた。
横山は煙草を一服すると灰皿でもみ消した。
「僕が章子さんと結婚してもさほど歴史に影響しない場合もありますよ。昔、手塚先生にお話したでしょ」
「どんな場合ですか!?」
「『ロック冒険記 その2』参照」
「また訳の分からないことを言って…」
「未来人同士が結婚する場合です。これなら影響は最小限に収まると思いますよ」
「ちょっとおっしゃっている意味がわかりません?」
四人は無言でしばらくお互いを見つめていた。
ハッと治美が気が付いて大声で叫んだ。
「小森章子さんも未来から来たと言うの!?」
章子はコクリとうなずいた。
「ええっ!?また、このパターンかよ!?」
雅人は眉をひそめた。




