フィルムは生きている その6
「サンデーという題号はまだどこには発表していません。それをどうして手塚先生はご存じなんでしょうか!?」
豊田は険しい表情で治美に詰め寄った。
「どっこから聞いたっけかなあ~~~!」
治美は焦りながらも必死にとぼけた。
「誰に聞いたんだっけ、ねぇ、雅人さん?」
突然、治美は隣に座る雅人に向かって尋ねた。
「えっ!?お、俺!?」
豊田は今度は雅人の方を睨み付けた。
「う、噂で聞いたんですよ。確か印刷所の営業マンじゃなかったけ」
「印刷所から漏れたのですか?」
「は、はい。新しい雑誌を、それも週刊で印刷するのですから、印刷所は輪転機の機械取りとか膨大な紙の手配とか事前準備が必要でしょ。S学館もK談社も同じ印刷所で印刷するのだから、どうしても情報は洩れますよ」
「なるほど。いくら社内で口止めしても印刷所から情報が洩れましたか。これは迂闊だった。だが逆に考えると、K談社の情報も印刷所の人間に聞けばわかりますな。これはよいことを聞いた」
何とか雅人は豊田の追及をごまかすことに成功した。
安心して治美は会話を続けた。
「ちなみに発売日はいつですか?」
「来年の子供の日、5月5日にするつもりです。ただK談社とどちらが先に出すか競争しているところですから、予定はどんどん早まるかもしれません。そのおつもりでお願いします」
「1冊いくらなんですか?」
「30円から40円と言ったところでしょうね。ともかくK談社の新雑誌よりは安くします。ですから創刊号は定価のスミ版だけ刷り残して、K談社が定価を印刷したらそれより10円安い定価をつけて印刷します」
「はあー、大変ですねぇ」
「ともかく、新雑誌の件はくれぐれも内密に願います」
「はいはい。ところでサンデーって…」
「ですから、その名前は口にしないで下さい!」
「ごめんなさい!その新雑誌はどうしてそんな名前にしたんですか?日曜日に発売するんですか?」
豊田はわざとらしくキョロキョロを周囲の様子をうかがいながら小声で言った。
「雑誌のタイトルは子供たちがみんなで決めましたってことにしたいので、来年タイトルを公募するつもりです。でも私の心の中ではもうあれに決めています」
「ああ、ヤラセですか」
「――この雑誌を読むとまるで日曜日のように楽しい気分に浸れるようにと言う意味です」
「なるほど!長年の疑問が解決しました。」
「はて?長年とは…?」
豊田が何か言いかけたのを雅人が慌てて遮った。
「新雑誌には漫画が何本載るのですか?」
「最初は漫画は5本から始めます。学習雑誌のS学館としては、いきなり漫画だけの雑誌を出すと父兄が許してくれませんからね。残りの紙面は小説や散文で埋めます」
「他の漫画家の候補は決まっているのですか?」
「いえ。現在調査中です。なにせS学館はまだ漫画雑誌を作った経験がないので」
「でしたら、さきほど豊田さんがおっしゃった条件に合う漫画家を何人か知っているのですが……」
「――というわけで、少年サンデーの創刊号から藤子不二雄が連載するからね」
いきなりトキワ荘の金子の部屋を訪れた治美と雅人が開口一番そう言った。
「えっ!?いきなり連載ですか」
「うん。サンデーの編集長に推薦しておいたわ。専属契約料はいらないから、かわりに藤子不二雄を使ってくれってね」
「あ、ありがとうございます!」
「金子さん、そんなに感謝する必要はないよ。藤子不二雄の上品で知的で綺麗な漫画がS学館の社風に合っていたからだよ」
「それで金子さん、藤子不二雄ってサンデーにどんな漫画を描くの?」
相変わらず治美は手塚治虫以外の漫画家のことはほとんど知らない。
「じつは以前から準備していました」
そう言って金子が机の引き出しから原稿の束を出してきた。
原稿にはゴーグル付き帽子を被った少年と少女がロケットのような戦闘機を操縦している場面が描かれていた。
「タイトルは『海の王子』です。海底王国からやって来た海の王子と妹のチマが悪の組織と戦うSF冒険譚です」
「ふーん…」
「藤子不二雄はこの後『オバケのQ太郎』『パーマン』『21エモン』『ウメ星デンカ』『仙べえ』『プロゴルファー猿』。立て続けに大ヒット作をサンデーに連載してゆきます」
金子が自慢げに作品名を挙げてゆくので、治美も負けじとばかりに作品名を列挙した。
「手塚先生だってそうよ。『0マン』『キャプテンKen』『白いパイロット』『勇者ダン』『W3』『バンパイヤ』『どろろ』『ダスト18』『サンダーマスク』」
「ハイハイ!手塚先生が凄いのは分かってるよ。金子さんの漫画家生活もこれで安泰ですね」
雅人がそう言うと、金子は急に暗い表情になった。
「本物の藤子先生はそうでしたが、私はねぇ…。年が年ですから、果たしてあと何年漫画を描くことができるのやら……」
「金子さん!そんな悲しいこと言わないでよ!藤子先生の漫画人生はこれからじゃないの!」
「私はもう70前のオイボレです。何とかしてアシスタントの藤木君を私の後継者に育てたいのですが……。藤子不二雄のコミックグラスを使えるのは私だけですからね。どうにかしないと……」
すっかり暗くなってしまった空気を変えようと、治美はわざと明るい声で言った。
「そう言えば、最近小森章子さんの姿を見ないわね。『おそ松くん』がボツになった後、どうしているのかしら?彼女には赤塚不二夫の漫画を描いてもらいたかったけど、ダメならわたしの手伝いをしてほしいの」
「彼女はずっと横山光輝先生のアシスタントをしていますよ。それも住み込みで」
「えっ!?彼女、横山さんのところにいるの!?」
「本物の赤塚不二夫も一時期、横山光輝のアシスタントをしていたそうですからそれは驚くことではないのですが、実は……」
「実は……?」
「あの二人、付き合っているみたいなんですよ」




