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(8) 竜兵

「うおおお、太陽が眩しい! シャバの空気がうまい! ようやく出られたッ、俺はもう自由だぜぃ!」


 あれから僅か一日。

 あのキング豚男の部屋から僅か一日で、俺たちはダンジョンを出ることができたのだ。

 俺が殺した騎士のひとりがここの地図を持っていたのだ。

 第二階層も第一階層もウンザリするほど広かったが、地図さえあればもう階段を探してグルグル迷うこともない。

 ちなみにそう、あの豚男さんはダンジョン第二階層のボスだったみたい。

 俺たちは出口のすぐ近くまで来ていたことになる。


「テツヤさんは最初からとても自由そうでしたけどね。ゴブリンやコボルトに襲われても鼻歌を歌いながら倒してましたし……。術式の詠唱もしないでスパンスパンと簡単に……」


 このドンヨリいじけた顔はこの国の第二王子様。

 サラサラの金髪を肩まで伸ばしているけれど、王女様ではなく王子様。

 高貴な育ちで、外見は完璧な美少女で、乙女な仕草で、しかも声までカワイイけれども、こいつは女の子ではない。あくまでも男の娘なのだ。

 だが侮ってはいけない。

 カワイイ顔をしているが、実は股間に凶悪なドラゴンを隠し持っているのだ。

 そう。高木さんもかつて言っていたではないか。


(ドラゴンの首ならたいしたお宝ですね……)


 俺は忘れない。絶対に忘れない。


(そっちは割りとお粗末ですが……)


 と言われたことも。

 く、これが格差社会か……。



「ちょっとテツヤさん、またその目! 人の下半身をそんな目で見ないでください! あとなんでうっすらと涙ぐんでいるんですか!」


ボン。こういうときの若旦那は放っておくより他ありやせんぜ」


 この渋い声が高木さん。

 人をからかうのが大好きで、あらゆる方面に超優秀なミミックの高木さんである。

 普段はこうやって鎧に擬態してもらっているが、俺の大切な相棒なのだ。


「そうみたいですね……。ええと、タカギさんもいろいろと大変ですよね。これじゃあ気苦労が絶えないというか……」


「なあに。慣れちまえば大したことありやせんぜ」



 なんだろう……。

 こいつがこうして高木さんと打ち解けてくれたのはいいけれど、ふたりでいつの間にか「分かる、それ分かるわー」みたいな雰囲気になっていて、少しだけ疎外感が……。



「でもテツヤさんが羨ましいですよ。すごく自由そうで」


 格差社会の頂点に君臨するドラゴンがため息をついた。

 まあ、こいつもこいつでいろいろと問題を抱えているのだ。

 事情はダンジョンの中で聞いてはいた。


 この国の王様だった爺さんが亡くなって、王太子であるこいつの父ちゃんが次の王様として即位するらしい。

 その即位に際して、この国の有力者たちは贈り物を捧げるのが通例なんだとか。

 そしてこれも王家の通例で。

 成人した王子様は自分の成長の証として強力な野獣やモンスターを狩り倒して、その首を即位式典の場に飾るんだって。

 まあ「王子の首狩り」なんて昨今は形式だけで、実際には王子様本人ではなく配下の武人たちが狩るそうだけどね。


 それでこの第二王子様は只今十二歳。

 元服を済ませたばかりとはいえ、この国の法律的には立派な成人。

 成人してる王子様だから、父ちゃんの即位式典に飾るための首狩りの義務があるってこと。

 なのにこの第二王子様、王宮での立場が相当に微妙なものらしいのよ。


 なにせ母親は正妃ではなく、身分の低い側妾だった。

 しかもその側妾の母ちゃんと、母ちゃんの実家の親族たちを相継いで亡くしたため、現在この第二王子様には後ろ楯となる有力者がいない。

 つまり首狩りに随行してくれる配下など誰もいなかったんだって。


 困っていたところに手を差し伸べてくれたのが六つ上の腹違いの兄ちゃん、つまり第一王子様。

 兄である第一王子が手を回してくれて、王国騎士団の精鋭四人を首狩りの随行に着けてくれたのよ。

 それで今回。

 この第二王子様は四人の騎士たちとともに、このダンジョン第二階層のボスであるキング豚男の首を狩りに来たんだそうだ。

 それが第一王子によって仕組まれた罠とも知らず、ノコノコとね。




◇◆◇◆◇


「兄上は、兄上だけはボクの味方だと信じていたのに……」


 第二王子オータニウスは唇を噛んだ。

 腹違いとはいえ自分にとっては血を分けたたった一人の兄である。大切な家族、そう信じて疑ったこともなかった。

 しかし、兄にとって自分は家族などではなかったのだ。

 王位を争う競合者ライバル、蹴落とすべき敵でしかなかったのだ。


 これも王家の通例として。

 新王が即位すれば、その一年後には立太子の儀典が待っている。

 今回はその候補となる有資格者は二名のみ。

 第一王子と第二王子である。

 父王が今から一年後に、王子ふたりのうちで次代の王に相応しいと判断した方を後継の王太子として指名するのだ。

 つまり次代の王位継承戦は既に始まっていて、その事にオータニウスだけが気づいていなかった。

 気づきたくはなかった。


「ボクなんて王様になれるはずないのに。ボクなんてわざわざ殺さなくても王太子は最初から兄上に決まっているのに……」


 事実、オータニウスだけでなく、すべての者がそう信じて疑っていなかったのだ。

 第一王子の生母である正妃様をはじめ王宮すべての武官文官たちも。

 大小の貴族たちも、他国からの客人たちも、出入りの商人たちも、下働きの女たちも。

 誰もが既定路線として理解していたのだ。

 いずれ王太子となるのは第一王子であると。


 だから王宮でオータニウスはまるで腫れ物のように扱われていた。心を許せる者もなく常に孤立していた。

 しかもそれだけではなかった。


「今にして思えば皆、知っていたんです。ボクがいずれ兄上に殺されることを。いつかボクが消えていなくなってしまうことを。なのにボクは知らなかった、ボクだけがそれを知らなかったんです……」


 オータニウスはポタポタと涙を落とした。


「今にして思えば、母上の死も、お祖父様もお祖母様も、叔父上も叔母上も、みんな、みんな……」


 それが正妃と第一王子の直接指示によるものか、あるいはその歓心を得たい誰かによるものなのか。

 いずれにしてもオータニウスの母系親族は、第一王子の王位継承に邪魔となる石ころとして道端から排除されたのであろう。

 そしてオータニウス自身もまた。

 もしもあのとき哲也が現れなかったら、石ころの排除は第二王子オータニウスの死によって完成していたのだから。


「ボクは、ボクは、もうすぐ死ぬんです。死ぬしかないんです」


 このまま王城に戻ったとしても、一年後の立太子の儀典を迎えるその前に、オータニウスが排除されてしまうのは確実であった。



「なあ」


 ダンジョンを出て森の道を歩きながら。


「おまえさ、そんな家なんて出ちまえよ」


 哲也はまるでなんでもないことのようにそう言った。

 牢獄の死刑囚である自分に、まるでなんでもないことのように「脱獄しちまえよ」とそう言った。


「この国の第二王子様はあのダンジョンで死んだ。それでいいじゃんか」


「簡単に言わないでください。ボクには味方してくれる人なんて誰もいないんです。城を出ても他に行くところなんてどこにも……」


「だったらさ、おまえ、このまま俺の弟になれよ」


 それは不意討ちだった。

 この人がいつもそうするように。

 どんな魔物でもまるで無造作に、あの見えない刃でスパンスパンと刈りとるように。

 だからスパンと斬られたオータニウスの傷口から、何か熱いものが溢れてきて止まらくなってしまうのも、また仕方のないことであった。


「俺も家族をなくしてひとりだ。おまえが家族でいてくれると俺も心強いし」


「ボクは、ボクは……」


「まあ当分は安い宿屋での貧乏暮らしになる。生活のために俺もおまえもあくせく働かなきゃならんし、この先もお城みたいな贅沢はできないと思う。だけど」


 哲也は第二王子を真っ直ぐに見て言う。


「だけど俺は、自分の弟を殺したりはしない。絶対に。絶対の絶対に」


 そしてまたスタスタと歩き出した。

 オータニウスを雁字搦めに拘束していたしがらみを、死刑囚の鉄の牢獄を、いつものように術式の詠唱もなく簡単にスパンと斬っておいて。

 それがまるでなんでもないかのように、スタスタと前を歩いて行くのだ。



 王都へと続く森の道。

 少年の前を哲也が進んでいく。

 いつもの鼻歌も歌わずに、こちらを振り向くこともなく、ずっと無言のままで進んでいく。

 その白銀の鎧が木漏れ日をキラキラと反射して眩しかった。

 

 その背中をずっと見ながら、少年は声を殺して泣いていた。

 哲也はついに一度も振り返らなかったし、その鎧に擬態した魔物も何かを語ることはなかった。

 だからその背中を見つめながら、キラキラと眩しいその背中を見つめながら、少年もまた無言のまま歩き続けていくのだ。


 これからもずっと。

 これから先の生涯をずっと。

 この人の弟としてずっと。


 どれほどの時間が経ったのか。

 やがて森の木々の隙間から王都の城壁が見えてきたときに。


「名前が必要だな。おまえの新しい名前が」


 前を行く哲也がポツリと呟いた。


「ぐす、ボクの、新しい名前……」


 少年はもう王子オータニウスではなかった。

 王宮に囚われた死刑囚などではなかった。

 だから少年は声が震えないよう、腹に力を込めて。


「つけてください。ボクの新しい名前を、兄様にいさまがつけてくださいッ」


 少し怒ったような声で、愚図愚図するなと言わんばかりの声で要求していた。

 その声が、あるいは兄様と言われたことがよほどの不意討ちだったのか、その背中が珍しく動揺してから。


「じゃあ竜兵。俺のいたところではドラゴンの戦士って意味だ」


「リューへー。ドラゴンの戦士、リューへー……」


「ああ。おまえはテツヤ・サイトーの弟、リューへー・サイトーだ」


「リューへー・サイトー……」


「ああ。俺たちはサイトー兄弟だ」


「はい兄様……」


「よっし。町に着いたらさ、サイトー兄弟は飯にするぞ。ドラゴン肉なんてもうしばらくは食いたくないしな」


「はい兄様……」


「なあ竜兵、おまえは何が食いたい? やっぱあれか、熱々のオデンか?」


「ぐす、なんですかオデンって……」


「いや竜兵ときたら熱々オデンだろ。決まってんじゃん」


「何が決まっているのか、さっぱり分かりませんよぅ……」


「ボン。こういうときの若旦那は放っておくより他ありやせんぜ」


「うん、そうだよね、タカギさん、そうだよね……」


「おいおいなんだよ、またふたりでその分かるわー的な空気は」


「なにせ若旦那はこの通り、うつわはでけえんだが……」


「ええタカギさん、まったく……、兄様は……、本当に……」





「うわぁ、高木さんがまた辛らつモードにッ。あとなんか俺だけ疎外感ッ!」


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