おまけ、金の斧銀の斧パロ
くだらない話しを思いつきました。
小春日和の穏やかな日が続いているので、フィズは妻コーディアルを連れて、まだ紅葉の残る城近くの森へ散策に来た。
禁足地間近のこの場所には、美しい泉がある。
底まで見える澄んだ水、その中には種々の赤色の岩が煌めき、水面には遅咲きの蓮が浮かぶ。
「きゃっ」
泉の中の魚を眺めていたコーディアルが足を滑らせた。
即座にフィズが抱き寄せたが、彼女の片足は泉の中へバシャリと落ちてしまった。
「大丈夫かコーディアル。足が冷えると体に悪……」
過剰に怯えたフィズが妻を抱き上げようとすると、泉がパアアアアアと青白く輝いた。
フィズの体から力が抜け、コーディアルの感触が消える。
眩しさで瞑ってしまった目を必死に開くと、光は徐々に消え、フィズの視界に真っ白い服を着る黄金の巻き髪の者が、眠るコーディアルを抱いているのが飛び込んできた。
コーディアルの全身は黄金の装飾品で飾られている。
「我はこの聖なる泉の化身である。そなたが落としたのはこの……」
「私の妻がこの世で最も美しいからと、横恋慕か! 泉なら大人しく水の姿に戻れ! コーディアルが愛しているのはこの私だ!」
勘違いや思い込みが激しいフィズは、即座に「妻の美しさで泉が人の形に化けた」と判断。
10人いれば10人が、女神、女性と判断する容姿の泉の精を、男と決めつけた。
フィズの目に、泉の精の豊満な胸は全く見えていない。彼の瞳に映るのは、ほぼ妻コーディアルの姿。泉の精について「人型で妻を横抱きにしている者」=「妻に惚れた男」という認識をした。
眩しいというのもあるし、泉の化身と名乗ったことへの不信感がよりフィズの勘違いに拍車をかけた。
フィズは帯刀していた剣を鞘から抜き、切っ先を泉の精へと突きつけた。
「お聞きなさい。この地の王よ。そなた、これらの黄金を落としたであろう?」
そう言うと、泉の精はコーディアルが身に纏う黄金を手で揺らした。
シャラシャラと美しい音色が響き渡る。
フィズは危険人物ではなさそうだと判断し、剣を鞘に戻すと、顔をしかめた。
「幸福な実りの象徴である黄金稲穂髪のコーディアルが足を滑らせ、恋に落ちた泉に拐われようとしているが、黄金など落としていません。コーディアルを返して下さい。私は彼女を神にだって渡したくありません」
フィズは相手の雰囲気が穏やかなので、口調を変えることにした。
「そうか、黄金は落としていないのか。ではこちらの銀か?」
泉の精は、フィズの発言の大半を無視することにした。
コーディアルを飾る黄金装飾が輝き、銀色に変化する。
それだけではなく、サファイア、ルビー、ダイヤ、エメラルドと種々の宝石が飾られている。
「銀や宝石など落としていません。宝石でさえ作れない瞳を持つコーディアルが、足を滑らせて泉に少し入っただけです」
「黄金も銀も宝石も要らぬ申すか」
「かような財などコーディアルの笑顔を前にしたら霞みます! 妻を売れと言われても断固拒否致します。男なら正々堂々、妻を口説き……」
言いかけて、フィズは口ごもった。
フィズはそもそも、権力を振りかざして婿入りしてきた男。
その後1年、妻を口説けず、影からこそこそ眺めていた男でもある。
己に正々堂々口説けと言う権利はないと気がつき、フィズは途方に暮れてしまった。
「左様か。正直者には全てを授けよう。王よ、荒地を豊かにし、民を守っている褒美……」
「押し売りなんてさせるか! 早い者勝ちだ!」
フィズは泉の精の発言を遮った。
「素晴らしい女性は早い者勝ちだ! コーディアルは私の妻だ! 私は離婚なんて断固拒否する! 縛りつけて、何度でも、何度でも、何度でもコーディアルを振り向かせる!」
「いえ、王よ。ほう……」
ガクンと両手両足を草地に着けると、フィズは呻いた。
「いや、コーディアルが他の男が良いと言うのなら、応援するフリをして、奪い返す努力をする……。彼女の幸せが1番だ……」
くうううう、と悔しそうな声を出すと、フィズは拳で地面を叩き始めた。彼として独り言なのだが、声が大きい。
泉の精は声を掛けるタイミングを失い続けている。
「しかし嫌だ。神や聖人にだって渡したくない。しかし愛は見守り、与えるもの……。コーディアル……」
「あの……ですから、王よ……。私の話を聞きなさい。そなたの悪い癖ですよ」
フィズがまるで話を聞かないので「もうこいつ面倒臭い、この国はある意味大変だ」と泉の精は金銀財宝とコーディアルをフィズの前に下ろして姿を消した。