第八章 クーデター勃発(四)
第一地下駐車場には魔法先生専用のリムジンが停まっていた。神宮寺が到着して数分で、バーザック死兵の運転手の男性と鞄持ちの女性を従えて、魔法先生が現れた。
運転手と鞄持ちは、銃を抜いて神宮寺に発砲しようとした。
神宮寺は十本の指を三人に向けて、魔力の弾丸を放つ。指先から十発の魔力の弾丸が放たれる。
運転手と女性が重なるようにして先生の前に立つ。二人は魔法先生を庇って、神宮寺の放った弾丸に倒れた。
魔法先生が眼を細めて、神宮寺を見る。
「こんばんは、神宮寺くん。こんなところで、何をしているんですか?」
魔法先生に一人では勝てるとは思っていなかった。だが、体は複製体なので、無理をしてでも時間を稼ぐつもりだった。
「何って、先生を待っていたんですよ。ずっと、この時を待っていました。学生時代の時から」
魔法先生が呆れた顔をする。
「君は、まだ、学生時代の思い出を引きずっているんですか? だとしたら、感心しませんね」
「不思議ですが、今は小清水さんや蒼井さんの件で、先生をそれほど恨んではいないんですよ。先生は覚えていますか、特別演習のことを?」
魔法先生が温和な顔で、懐かしむように話す。
「ちゃーんと覚えていますよ。特別演習を通った人間は、神宮寺くんだけですからね」
「あの時、俺は思ったんですよ。力が欲しいって。世界を自分の思い通りにする強い力を」
「力に対する渇望ですか。否定しませんよ。私たちダレイネザルの魔道師なら、誰しも経験する思いですからね」
「なら、わかってくれますか。俺が魔法先生の亡き世界を望み、力を求める気持ちを」
魔法先生は困った顔をして諭した。
「神宮寺くんは何か勘違いしていますよ。力の渇望は、わかりますが。残念ですが、そこが終わりでは、ないんです。我々には、さらに先があるんですよ」
「何ですか、先って? 全てを思うようしたい心の先にあるものなんて、ないですよ」
魔法先生は真剣な顔で告げた。
「人は、それを愛と呼びます」
思わず笑ってしまった。
「随分と安い言葉ですね。魔法先生が愛だなんて、おかしいですよ」
「でしょうね。私は、愛のさらに先を見た。私は、私の信念で価値を生み出し、世界を導こうとしています。たとえ人類の大半が滅びるとも、僅かに残って人々に大いなる思想が残ればいい。そうすれば、世界は大きく変わる」
魔法先生の言葉が気になった。
「何ですか? 大いなる思想、って気になりますね」
「ダレイネザルの言葉で『ロッシブー・ハクト』と呼びます。日本語に訳すれば、『大きなものに身を委ねつつも、自分を見失なわない。それでいて、他者をあるがままに受け入れる態度』となるでしょうか」
全く意味がわからなかった。核戦争の果てにある未来は、滅亡。とうてい魔法先生が告げるロッシーブ・ハクトの境地になぞ、達するわけがない。
神宮寺は皮肉を込めて当て付けた。
「初めて教師らしい言葉を聞いた気がしますよ」
「そうですか? でも、神宮寺くんがロッシーブ・ハクトに到達するのは、無理でしょう。まず、愛を知りなさい。神宮寺くんには、その時間がある」
(おかしいぞ。こうしている間に、赤虎さんや剣持がやって来るはず。なのに、魔法先生に全然に焦りがない。時間を稼いでいるのは、魔法先生のほうなのか)
神宮寺は効かないとわかりつつも、魔法先生に『同属殺し』を仕掛けた。
結果は神宮寺の予想と違った。魔法先生の体が金色の炎に包まれた。
十秒で魔法先生の体は燃え尽きた。近寄って確認するが、魔法先生の燃えた後には、あるはずの黄金の心臓がなかった。
神宮寺はどこかで聞いているであろう、剣持に大声で伝える。
「やられた。これは複製体だ。本物の魔法先生はどこか別の場所にいるぞ」
クーデターは施設を制圧しても終わらない。最終的には魔法先生を討たなければ、全ては無意味だ。
妖怪たちの手を借りて施設中を捜す。されど、魔法先生は見つからなかった。
時刻だけが、どんどん過ぎてゆく。
午前二時を回った段階で、赤虎さんが派遣した、伝令用のファフブールが現れる。
「神宮寺さん。魔法先生の居場所が、わかったわ」
「どこです? どこに、隠れているんですか?」
赤虎さんから緊迫した声が伝わってくる。
「魔法先生は、辺境魔法学校内に隠れていないわ。魔法先生は、原潜エカテリンブルグの中よ」
「まさか! じかに核ミサイルを発射する気ですか」
「そのつもりみたいね。こうなれば、エカテリンブルグを破壊するしかないわ」
「わかりました。飛び立てるように準備してください。俺が本体で行きます」
神宮寺は複製体から本体に意識を切り替える。飛び立てる準備ができていた。
神宮寺は本体に意識を戻して、わかった。見慣れないミサイルと円柱状の装着が、体に装着されていた。
(ミサイルは対潜水艦用のミサイルだな。でも、円柱状の装置は何だ?)
何層にもなったハッチが、頭上で開く。リフト位置まで車輪を動かして移動する。
リフトが上がって行く途中で、剣持から秘匿通信が入る。
「ASM(空対艦ミサイル)とソノブイを用意した」
「ソノブイって、何ですか?」
「海中に投下する、使い捨てのソナーだ。円柱状の装置から十二本のソノブイを海中に投下できる」
「ソノブイが音を拾えば、空にいる俺に位置を知らせてくれるってわけですね」
「ASMなら海中にいるエカテリンブルグを沈められる。ASMで魔法先生を仕留めるんだ」
「対艦ミサイルって、核ミサイルが搭載されているんですよ。誘爆の危険がありませんか?」
「太平洋が放射性物質で汚染される事態になっても、大都市にミサイルが落ちるより、ずっといい。これは、苦渋の決断だ」
やりたくはなかったが、他に道はなさそうだった。
「わかりました。魔法先生を葬ってきます」
魔法先生が予告していた午前三時まで、残り一時間を切っていた。
神宮寺は移動特化モードにして、剣持が示す座標に全力で飛んだ。
五十分後、魔法先生の乗るエカテリンブルグのいる海域に到達した。
相手は海中にいるので、当然レーダーには写らない。ソノブイを一つ投下するが、反応がない。
一本、また一本と投下するが、ソノブイから原潜を見つけた反応が、返ってこない。最後の一本を投下するが、原潜の反応がなかった。
(まずいぞ! 全く反応がない。海は広いから、落とす場所を間違えたか)
最初に落としたソノブイが海中の音を拾った。拾った音を解析すると、ミサイル発射管の開閉音だと知った。
(まずい! 魔法先生は後ろだ。しかも、ミサイルの発射管が開いているなら、発射目前だ)
急旋回して、ASMの発射態勢に入る。
水中から火柱が上がった。十六発の核ミサイルが空に飛んでいった。
「間に合わなかった」
神宮寺は空に上る十六本の火柱を呆然と見守るしかなかった。
秘匿通信が入る。相手は魔法先生だった。
「残念ですが、これで核戦争は始まります。私を殺しても何も変わらない。神宮くん、それでも君は私も殺しますか? たとえ、私の殺害がすでに誰かに組み込まれたシナリオだとしても」
魔法先生の声に、喜びの色はなかった。魔法先生の声には悲哀と疲れが滲んでいた。
(何だ? 嬉しそうでないぞ。俺が殺しに来る行動が予想外だったのか? だが、今を逃せば、もう二度と魔法先生を殺す機会は、やって来ない)
神宮寺は攻撃特化モードに切り替える。ありったけの魔力を六発のASMに込める。
「貴方を生かしておけば、世界はさらなる災いに曝される。さようなら、魔法先生」
神宮寺は積んでいる六発のASMを、エカテリンブルグに向けて放った。
魔法を込めた六発のASMは綺麗に光る尾を引いて飛んでゆき、海中に消える。
数十秒後に、海から大きな気泡上がった。
ソノブイからも、ASMがエカテリンブルグに当って派手に爆発する信号が伝わってきた。
魔法先生といえど助からない威力だと思った。
魔法先生は死んだ。だが、それほど時間を置かずして、核ミサイルが都市に落下する。
核戦争は剣持のシミュレーションどおりに起こるだろう。
願わくば外れてほしいと思うが、予想は当る気がした。
神宮寺は暗い空を飛びながら思う。
「結局、誰がためのクーデターだったんだ」
神宮寺は暗惨たる気分で、暗い星空を飛んだ。
【辺境魔法学校クーデター編了】
©2018 Gin Kanekure
【お詫び】2019.8.14
長らく連載中のままになっていた辺境魔法学校ですが、2019年8月14日をもちまして、完結とさせていただきます。
『クー・デター編』のあとに、『ポスト・アポカリプス編』なども考えておりました。ですが、色々な事情が絡み合って書くのが難しくなりました。
なので、辺境魔法学校はここで完結となります。今日まで応援してくださった方ありがとうございました。
【宣伝】よろしかったら一話だけでも見ていってください。
2019.10.12 『何をやらせても駄目な奴と呼ばれたが実は魔筆に秀でた秘儀石持ち』
実力があるのに不運により評価されなくなった主人公のユウト。ユウトはヒロインの水樹と出会うことで運が向いて来る。バトルありほのぼのありの王道の冒険ファンタジーです。
https://ncode.syosetu.com/n5848fu/




