第八章 クーデター勃発(一)
二〇一七年二月五日の日曜日。神宮寺は別棟シェルターの座敷にいた。
座敷に備え付けられている六つのテレビからは、荒れる世界情勢のニュースが流れている。
座敷には、翡翠、八咫さん、説教童子が揃って入ってきたので、テレビの音量を消す。
まずは翡翠が意気揚々と報告する。
「御大将、城に集まる妖怪は八百を超えたぞ。この八百名のほとんどが戦える者ばかりじゃ」
八咫さんが、にこにこしながら語る。
「悪霊や怪異の数は二十に及びません。ですが、こちらは強力な存在ばかりです」
説教童子が自信たっぷりに告げる。
「鬼の数は二百を超えた。こちらは全員が戦える者ばかりだ」
(魔法先生を討つため兵隊は揃った。充分とは言えないが、これ以上は時間がない。この千の戦力で魔法先生を討つしかない)
神宮寺は三人を見渡して告げる。
「ここに、約千名の勇士が揃った。世界を破滅に導く魔法先生の福音計画は、もういつ始まっても、おかしくはない。福音計画が実行されれば、妖怪も怪異も悪霊も鬼も、全ては棲家を失う」
翡翠、八咫さん、説教童子が真剣な顔で神宮寺の言葉を聞いていた。
神宮寺は、音が消えたテレビを指し示す。
「どこのニュースでもやっているように、世界情勢の緊張はピークだ。そろそろ、魔法先生が動く。明日の幹部会で何か報告があると、俺は見ている。内容によっては、明日に決起しても良いように心懸けてくれ」
神宮寺は、紛争や内戦の様子を映すテレビを消した。
翡翠が神妙な顔をして頭を下げる。
「全ては、御大将の夢のために」
八咫さんが微笑んで優しく告げる。
「長かったわ。やっと、魔法先生の首が取れる」
説教童子が凛々しい顔で強い口調で語る。
「神宮寺の叔父貴の夢も、魔法先生の首も、俺にはどうでもいい」
翡翠がむっとした顔をし、八咫さんが「あらまあ」と口を出す。
説教童子は、決意の籠もった顔で告げる。
「だが、俺たちは俺たちの未来のために、神宮寺の叔父貴に付いて戦うと決めた。迷いは一切ない」
「ならば、いい。翡翠、八咫さん、説教童子、よろしく頼むぞ」
神宮寺は三人に決意表明をすると、私室に戻る。私室の机の抽斗を開け、嘉納の連絡先を書いたメモを見て、携帯電話のアドレス帳に追加しておく。
(嘉納を巻き込む決断は不本意だが、何も知らないまま放置するわけにもいくまい)
一夜が明けて、昼過ぎに幹部会が開かれる。
ロシアにいるクリヤーナさんとインドにいるカプールさんとチョープラーさんは相変わらず、音声のみでの出席だった。
九人が揃うと、赤虎さんが入ってきていつものように「御機嫌よう、皆さん」と、にこやかな顔で挨拶をする。
ウトナピシュテヌ全員で起立して「御機嫌よう、図書館長」と挨拶をする。
赤虎さんから遅れること三分で魔法先生がやってくる。魔法先生の顔は、とても晴れやかだった。
全員が起立して、魔法先生を迎える。
魔法先生が着席してから、他のウトナピシュテヌたちが座った。
赤虎さんが議長となり、幹部会がスタートした。
「それでは、全員が揃いましたので、幹部会を始めます」
いつもなら、ここで剣持から報告を始めるが、今日は違った。
魔法先生が浮き浮きした顔で軽く右手を挙げる。
「まず、今日は皆さんに、素晴らしい報告があります。福音計画がついに実施される日が来ました。すでに、ダレイネザルにも、報告済みです」
(ついに来た。魔法先生との決戦の時が)
常世田が明るい顔で訊く。
「我らが世界を支配する日が来たのですね。それで、福音計画の実施はいつですか?」
魔法先生が飛びっきりの笑顔で、陽気に語る。
「明日の午前三時、我らが隠し持った核ミサイルで、燻る紛争の火種を戦争の大火と変えます。始まるのです。世界を改革するための戦争が。剣持くん。シミュレーションの報告を」
剣持が真剣な顔で告げる。
「発射される核ミサイルはR29RMU弾道ミサイル。発射数は十六発。この十六発の核ミサイルが世界の主要都市に向けて発射されます。この核ミサイルの発射により、世界は核戦争へと突入します」
魔法先生が非常に嬉しそうな顔で語る。
「故障した原子力潜水艦のエカテリンブルグの修理費を負担しておいて、良かった。やっと役に立つ日が来ましたよ。折衝に当たってくれたイワノフくんとクリヤーナさんには、感謝していますよ」
イワノフが恐縮した顔をする
神宮寺は気になったので、質問した。
「エカテリンブルグって、ロシアの原子力潜水艦ですよね。本当に我らの計画に賛同してもらえるんでしょうか? 土壇場で裏切ったり、しないでしょうね?」
魔法先生がどこまでも晴れやかな顔で語る。
「心配は要りませんよ。今、エカテリンブルグに乗っている乗員は上から下まで、バーザック死兵です。生きている人間は誰一人として乗っていません。これは、水天宮さんとアズライールさんの功績です」
水天宮先生は涼しい顔で軽く会釈をする。
(マジかよ。これは、原子力潜水艦を破壊しないと核戦争を止められないぞ)
赤虎さんが笑顔で告げる。
「そういうことなら先生。同時刻に京都に大きな花火を上げて、お祝いをしましょう。神宮寺さん、協力してくれるわよね」
花火が戦術核による核攻撃を指す状況は、明らかだった。そんな役割は御免被りたい。だが、今は幹部会の真っ最中だ。ここで反対意見の表明は賢くない。
「わかりました。では、京都の連中にも祝砲を聞かせてやりましょう」
赤虎さんが魔法先生の顔を見て、確認する。
「よろしいですね、先生」
魔法先生は満足した顔で了承する。
「いいでしょう。もう、日本政府に遠慮することはない。派手に始めましょう」
幹部会は続くが、その後の報告は核戦争になった場合のシミュレーションの話に終始した。
難しい話は、よくわからなかった。でも、もうすぐ世界は終わる、との認識は拡がっていた。
一通り説明が終わると、常世田が難しい顔で挙手して質問する。
「俺には難しい理屈はわかりません。核戦争になった時は、俺たちもどこかの勢力に付いて戦うんですか?」
剣持が表情を引き締めて答える。
「何もする必要はない。どこにも協力しなくていい。世界は自らの造った兵器と、自らが募らせた憎しみによって潰れる」
常世田が納得した顔で、もう一つ質問する。
「核戦争が始まった場合は、辺境魔法学校を出ずに、世界が沈黙する日を待つのですね。それで、待ち時間は、どれくらいですか?」
剣持が厳粛な顔で告げる。
「核戦争が始まって世界の隅々まで放射性物質が飛散し、再生不能になる日まで、十五ヶ月だ」
(何千年もの時間を掛けてきた成長してきた文明が十五ヶ月で終わる。魔法先生を倒しても、核戦争が始まらない保証はない。でも、魔法先生の手による世界の破滅だけは、防がなければいけいない)
魔法先生がうっとりした顔で告げる。
「素晴らしい。あと十五ヶ月で、新しい世界を始めるための下地が整うのです。そこから、ダレイネザルの秩序に充ちた新しい世界が始まるのです。なんとも嬉しい話です。ここまで、非常に長かった」
「おめでとうございます」赤虎さんが声を掛けると、上座から順に「おめでとうございます」の言葉が続く。
神宮寺も本心を隠して、賛辞を送った。




