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辺境魔法学校  作者: 金暮 銀
【クーデター編】
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第七章 妖怪王国食糧事情(一)

 説教童子を仲間に加えて、一週間が経過したところで、八咫さんから話があった。

 話は神宮寺の私室で行われた。八咫さんが柔和な笑みを浮かべて告げる。

「神宮寺さん、お話があります。別棟シェルターの食糧事情の話ですわ」

「必要な分は運び込まれていると、イワノフさんから聞いていますよ」


 八咫さんは少しばかり困った顔をする。

「米や野菜は足りとります。ですが、肉が足りません。正確に言うと、人肉が不足しています」

「八咫さんの分ですか?」


 人肉に困っているのが八咫さんなら、体を差し出さなければいけない。そういう約束だ。

「いいえ、皆さんの分です。今は麻美ちゃんの厚意により、人肉が供給されています」

 水天宮先生がタダで物を渡すわけがない。八咫さんが何かの取引をして人肉を手にしてるはずだった。だが、人肉の代金を八咫さんから請求された過去はなかった。


「水天宮先生の厚意か。これ、ちょっと不安だな」

 八咫さんが真面目な顔で申し出る。

「説教童子さんとこの鬼の分や。これから増える妖怪の分を考えると、人肉の供給量が不足します。供給を麻美ちゃんだけに頼っとると、ここが神宮寺さんのアキレス腱になりかねません」


「人肉は肉屋では売ってないからなあ」

「食事の問題は切実な問題ですわ」

 米や野菜はある。家畜の肉も供給されている。だが、妖怪王国の鬼や妖怪が人肉でなければ満足できないと要求するのなら、国王として供給源を考なければいけない。


「衣食住っていいますからね。中でも食はすぐに命に関わりますから、重要だな」

「このまま、この問題を放っておくと、餓えた妖怪や鬼が、地元の人間を襲いかねません」


 魔法先生の機嫌を損ねる訳にいかなかった。魔法先生は何かを感づいているかもしれない。だが、クーデター直前までできるだけいい子でいなければならい。

「街の人間を襲う事態は困る。近隣の街は魔法先生のお膝元、そんな場所で妖怪や鬼に人を襲われたら、俺の立場がない」


「せやかて、無理に力で押さえつければ。妖怪は札幌に出て行きますわ」

 人口密集地の札幌に出られるのも、まずい。呪い屋組合が困れば、剣持に相談する。

 剣持はクーデターの際には唯一人だけ仲間になってくれそうなので、敵対する態度は賢くない。


「札幌に出て呪い屋と揉める事態も、都合が悪いな」

 八咫さんは素っ気ない態度で告げて席を立った。

「なら、よろしゅう頼みます」

(これ、俺は八咫さんに試されているな)


 仕事の合間を縫って、神宮寺は水天宮先生に会いに行った。

 神宮寺が訪ねた時は、水天宮先生は研究室でパソコンに向かい合って作業をしていた。神宮寺が入ると、水天宮先生はパソコンのモニターのスイッチを切る。


 水天宮先生が優越感の籠もった顔で聞く。

「こんにちは、神宮寺さん。今日はどんな御用かしら?」

「俺も独自で人間の死体を集める必要性が出てきたんですけど、辺境魔法学校って、どうやって死体を集めているんですかね?」


 水天宮先生が素っ気ない態度で言い捨てる。

「妖怪たちのエサなんて、そこら辺にある肉を喰わせておけばいいでしょう。人を食わせるなんて、もったいないわよ」


「意地悪しないで、教えてくださいよ」

「辺境魔法学校にある死体は、専門の業者から買っているのよ」


 死体を集めて納入する専門の集団がいるとは、思っていた。

 辺境魔法学校の地下には死体から造るバーザック死兵がいる。だが、十万人分の死体をどうやって調達したかは、不明だった。

「でも、国内で万単位の死体なんて、簡単に集まらないでしょう」


 水天宮先生が涼しい顔で教えてくれた。

「国産の死体なんて一%以下の貴重品よ。辺境魔法学校の集めた死体は、インド産、中国産、東南アジア産、中近東産、アフリカ産と幅広く集めているわよ。紛争によって、これらの地域では人の値段がぐんと下がったからね」


 疑問には思わなかった。紛争地帯では常に物資が不足する。死体と物資を交換する業者がいれば、紛争当事者は兵站(へいたん)を憂うことなく、好きなだけ争っていられる。

「食糧も死体も、海外から輸入する時代ですか」

「紛争地帯に行けば、死体なんて、野にごろごろ転がっているわ。だけど、状態のよいものが欲しいなら、専門の業者からの購入をお勧めするわ」


「なら、業者の連絡先を教えてもらえますか」

 水天宮先生がつんとした顔で拒絶した。

「嫌よ。業者とのコネは、私と魔法先生とで築いたもの。簡単には教えられないわ」


「死体を確保したい場合は、どうしたらいいですかね?」

 水天宮先生は、冷たい顔で言い放つ。

「タウンページでもインターネットでも見て、売ってくれそうな業者を探せば」


「死体を売ります、なんて広告を見た覚え、ないですよ」

 水天宮先生が優越感に浸った表情で交渉する。

「なら、私から買うのね。小売りをしてあげてもいいわよ。どうせ、一度に必要になる人数は、十人とか百人単位でしょう。大規模取引には向かない量よ」

(これ、確実に利益をたっぷりと載せてくるな。すごく高くつくんだろうな)


「わかりました。とりあえずは、保留でお願いします」

 水天宮先生は、にやにやしながら語る。

「独自ルートを手にしたいのなら止めはしないけど、新規で優良な業者と付き合うのは大変よ」


 仕事を終えて私室に戻ると、翡翠が戻って来ていた。翡翠と一緒に食事にする。

「昨日、八咫さんから妖怪と鬼の食事について問題の提起があった。やはり、妖怪や鬼にとって人肉は必須なのか」


 翡翠が、さらりとした表情で語る

「鬼には必須じゃな。だが、妖怪の中でも、人肉に対する欲求が強い奴らはおる」

「妖怪王国である以上は、人肉の供給が必要だと思うか?」


 翡翠が食事を止めて、気楽な態度で意見を述べる。

「あれば、なお、いいじゃろうな。強い奴は揃う。人が喰えるか喰えないかで、妖怪王国の立場は、変わってくる。人が喰えるとわかれば、集まりはいいじゃろう」


「現段階では、どうなっているんだ」

「八咫の奴が開いた、焼き肉屋とモツ鍋屋がある。そこで、極上の肉を注文すれば、人間の肉が出てくる」

(聞いていない話だな。でも、飲食店の開業くらいなら、報告させる話でもないか)


「八咫さん、そんな店を開いていたのか」

 翡翠が軽い調子で話を続ける。

「鬼の奴らには、受けがいいぞ。どうしても人を喰いたくなったら、八咫の店に行って大奮発して、人間の肉を喰っておるな」


 店が開店しているとなると、当然に疑問も湧く。

「妖怪王国の経済って、どうなっているんだ?」

「八咫が発注した仕事を受ければ、金が払われる。鬼たちは、主に八咫から仕事を受けて金を稼ぎ、商店街で消費しておるな」


「妖怪はどうなんだ?」

 翡翠が複雑な顔をして内情を語った。

「妖怪は儂の家臣じゃ。家臣は石高制なので、米で給与を払っている」


「でも、米じゃ商店街では買い物できないだろう」

「八咫は札差しにも手を出して、米の買い取りもやっている。妖怪は金が欲しいと時は米を八咫に売って金を得ている。それで、商店街で消費している」


「なんだ、八咫さんが中心に経済が回っているのか」

「人間から商品を買って、商店街に物資を卸しているのも八咫じゃ。八咫がいないと経済が回らなくなっとる状況は事実じゃ」

「俺、八咫さんに頼りきりだな」


 翡翠が素っ気ない態度で、簡単に告げる。

「主君なんて、それでいいじゃろう。八咫はそれだけ優秀いうことじゃ。断っておくが、その八咫が人肉の供給で困っているなら、助けんと、国は危ないぞ」


「高くてもいいから、俺が人肉を水天宮先生から買って八咫さんに廻してほうが、いいのかな」

 翡翠が控えめな態度で訊く。

「なあ、御大将。一つ聞きたいんじゃが、御大将は元が人間じゃろう。妖怪や鬼が人を喰うのを忌避したりは、せんのか?」


「喰わないで済むなら、食べないに越したことはない。だが、喰わねばやっていけないなら、止む無しだ。少なくと俺が上に行くまでの間はな。優先すべきは、俺の夢だ」

「御大将が気にしないなら儂が気にする必要もないか」


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