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辺境魔法学校  作者: 金暮 銀
【クーデター編】
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第六章 着々と進む準備(六)

 日が沈み始める頃、神宮寺は別棟シェルターに顔を出し、八咫さんと翡翠に声を掛ける。

「これから、仙台まで説教童子を迎えに行く。一緒に来るか?」


 八咫さんが、毅然とした態度で発言する。

「神宮寺さんだけやと、心配や。うちも行きます」

 翡翠も真剣な顔で応じる。

「御大将、儂も行くぞ」


 八咫さんと翡翠は意気込んで同調してくれた。神宮寺は操縦席に乗り、後部座席に八咫さんと翡翠が乗る。神宮寺の本体は、夕闇の空に飛び上がった。

 仙台には一時間で到着する。龍泉寺の駐車場に、戦闘機の体で下りる。


 寺のある方角をライトで照らす。キャノピーを上げて八咫さんと翡翠を下ろし、神宮寺も複製体を下ろす。

 複製体で『精密感知』を発動させると、暗闇に潜む十の気配に気が付いた。


 神宮寺は堂々と名乗りを上げた。

「辺境魔法学校の、神宮寺だ。説教童子と話がしたい。お互いに利益になる話だ」


 返事はない。だが、暗闇に潜む気配が動いた。

(説教童子に伝えに行ったか。さて、出てくるかな、説教童子)


 五分ほど待つと、デニムのシャツとズボン穿いた、身長二mほどの赤鬼が出て来た。

 翡翠が虎ほどの大きさに変化したので、尋ねる。

「あの、赤鬼が説教童子か?」


 翡翠が冴えない顔で不機嫌に告げる。

「アレは鬼岩。説教童子の家臣の一人じゃ」

「見た感じはあれでも随分と強そうにみえるがな」

「どれ、説教童子じゃないなら、儂が話してもいいだろう」


 警戒した顔の鬼岩に翡翠が話し掛ける。

「鬼岩よ。うちの大将自ら、説教童子を迎えに来たぞ。説教童子を出せ」


 鬼岩は苦い顔をして、強い口調で言い返す。

「翡翠か。説教童子さんは、飯の最中だ。用件なら、俺が聞く」

「死にぞこないの三下が。お前なぞ、相手にできるか。こっちは、大将が来てるんじゃ。説教童子を出せ」

(おっと、まずいね。これ、翡翠に任せると、纏まる話も纏まらないね)


「なにおう」と鬼岩が翡翠の言葉に顔を歪ませる。

 神宮寺は一歩さっと前に出る。

「これは、翡翠が言い過ぎた。謝ろう」


「翡翠の主にしては随分と素直だな」

「飯の最中なら待とう。ただし、あまり長くは待てない。京都の襲撃が始まったなら、仕官の話は、なしだ」


 鬼岩が険しい顔で怒鳴る。

「なんだと? 京都のやつらが仕掛けてくる、だと? いったい、いつだ?」

「飯が終わるまではない。もっとも、いつまでもだらだらと喰っているなら、わからないがな」

「飯なら終わった」と若い男の声が鬼岩の背後からした。


(声の位置からして、俺の『精密感知』の範囲内だが、魔法には引っ掛からなかった。何か魔法から気配を消す技を持っているな)

 神宮寺は用心のために、本体のレーダーに注意を向けておく。


 暗闇から一人の青年が姿を現した。

 鬼の王は、まだ若く、年齢が二十後半。目つきは、どんよりとしており、目の下に隈がある。頬は痩せて、口端はやや下がりめで、神経質そうな雰囲気があった。


「俺が説教童子だ。翡翠に八咫、それに神宮寺といったか、俺に何用だ」

「夜が明けると共に、京都勢の襲撃があるぞ。京都の襲撃から説教童子を救いに来た。条件は家臣になることだ」


 説教童子が暗い笑みを浮べる。

「なるほど、それで戦闘機でお出迎えか。中々に待遇がいいな。断ると言ったら?」

「別に、俺は帰るだけだ。死んでいく鬼には価値がない。価値がない奴らを家臣に迎える気はない」


 説教童子は素っ気ない態度で告げる。

「残念だが、俺はお前の下に就く気がない。だが、俺の家臣はくれてやろう。だから、俺の家臣を連れて行け」

 鬼岩が渋い顔をして詰め寄る。

「なにを口走っているんですか、説教童子さん! 死ぬなら、俺も一緒にです」


 説教童子が厳しい顔で、淡々と告げる。

「京都の連中は俺の首を狙っている。お前らだけなら、逃げられる」

「待て。俺が欲しい人材は、説教童子だ。説教童子が来ないのなら、他の奴らは、ここに置いていく。説教童子の代わりはいないが、鬼の代わりは、いくらでもいる」


 説教童子が挑戦的な顔で話す。

「いいのか? 俺も仲間に入れれば、京都のしつこい連中は。ずっと狙って来るぞ」

「仲間になれとは頼んでいない。俺は家臣になれと命じている。家臣になるなら、辺境魔法学校で保護してやる。辺境魔法学校の支配地域なら、京都は追ってこない」


 説教童子の姿が視界から消える。神宮寺の複製体の後ろに説教童子が超高速移動した。

 複製体が衝撃を感じて、神宮寺の体が前に飛んだ。


「御大将」翡翠がすぐに超高速移動して来た説教童子に跳び懸かる。

 だが、説教童子は素早く姿を消して、消える前の位置に戻った。


 超高速で動いたように、眼から見えた。だが、本体のレーダーは、説教童子の動きを捉えていた。

レーダーの動きから。説教童子は動いていなかった。『精密感知』の魔法も衝撃を受けた事実を否定していた。

(レーダーに動きはない。説教童子は動いていなかった。だが、視界から消えた後に、複製体に衝撃を感じた。ないはずの衝撃だ)


 複製体に意識を戻すと、複製体は頭に痛みを感じていた。ふらつくような感覚もある。

 神宮寺は『同胞のへの癒し』を複製体に掛ける。複製体からは、痛みが簡単には引かなかった。

(なるほど、説教童子の能力は予想がついた。奴は生き物の五感を操作することができる。説教童子は動いておらず、視覚情報を操作して超高速移動したように見せ掛けている。ついで、痛覚に殴られたような情報を送ったな)


 神宮寺は、ふらふらしながら立ち上がった。説教童子は神宮寺を見下して発言する。

「今のが躱せないようなら、京都から俺たちを守れるとは思えない」

「そうか。今の一撃は、俺には何も効いていないぞ。多少、ふらついたような感覚はあるがな」


 説教童子が余裕の顔で傲慢に述べる。

「強がりを言うな。一撃でふらふらだぞ」

「なら、もう一度、試してみるか? ただし、次に俺に手を上げたら、家臣の迎える話は、なしだ。それと、俺は次に攻撃を受けたなら、後ろの戦闘機からレーダーで感知できた六十七の生命体に機銃掃射を懸けるぞ」


 レーダーで生命体からどうかなんて、わからない。だが、六十七の物体は、おおよそ人の大きさなので、鬼だと推測した。

 説教童子の顔から、余裕が消えた。

「どうした? 試さないのか? なら、後ろの鬼岩を、機銃で撃ってみようか? 当たれば、人間サイズなら、ばらばらだ。だが、もし、お前が超高速で動く能力なら救えるかもしれんぞ、超高速ならな」


 説教童子は、苦しい顔をして認めた。

「わかった。俺の負けだ。殴って悪かったな」

「なら、家臣に加わるんだな?」


 説教童子が真剣な顔をして申し出た。

「加わってもいい。だが、条件がある。俺を含む、六十七名の保護を求める」

「翡翠よ。一回に何人を輸送できる?」


 翡翠が難しい顔で告げる。

「辺境魔法学校なら、往復で十時間は掛かる。夜明けまでなら、一回が限界じゃな。一度に運べて、十八人か」


 時計を確認する。

「京都の攻撃が始まるまで約七時間か。俺でも、往復で二時間は掛かるな」


 翡翠が困った顔で、おずおずと述べる。

「御大将、普通に辺境魔法学校まで運んだら、間に合わん。函館まで行くにしても、儂の足なら片道三時間は掛かる」

「俺たちが運ぶのは函館までにして、函館からJRを乗り継いで、説教童子たちに辺境魔法学校まで来てもらうにしても、全員は難しいか」


 説教童子は、むっとした顔で告げる。

「俺は一人でも欠けるなら、家臣にはならない」


 八咫さんが、穏やかな顔で、やんわりと告げる。

「そないに難しゅう考える必要はあらへん。石巻漁港から魚網を拝借して、戦闘機に括りつければ、四十九人は運べるやろう。そんで、翡翠さんが残りの十八人を運んだらよろしい」

「ナイスだ。八咫さん。それで行こう。おい、説教童子よ。網を調達する作業と、戦闘機に括りつける仕事を、手伝ってくれ」


 説教童子が自信のある顔で請け合う。

「いいぜ。適任な奴が何人かいる。鬼の体は頑丈だ。空の旅にも耐えられるだろう。漁港までの往復は、運んでもらう必要があるがな」

「戦闘機だと降りる場所に苦労するな。翡翠よ、漁港まで行って網を調達してきてくれ」


 翡翠は体を十mまで大きくして、威勢よく告げる。

「わかった。ほら、鬼共、行くぞ」


 七名の鬼が翡翠の背に乗って、出かけて行き、一時間ほどで戻ってくる。

 さらに、一時間ほど作業をして、頑丈な魚網を戦闘機に括りつけて鬼たちが乗り込む。


 体の弱っている二名のみ、戦闘機の後部座席に乗った。八咫さんには、翡翠の背に乗ってもらう。

「よし、一気に辺境魔法学校まで飛ぶ」


 夜の闇に乗じて、神宮寺と翡翠は飛び上がり、五時間を掛けて、別棟シェルターに鬼を輸送した。

 空が明るくなり始める頃に、辺境魔法学校に着いた。鬼を卸して、機体から魚網を外すと、神宮寺は翡翠に命じる。

「疲れているところ、すまないが、説教童子たちに飯を喰わせて、部屋をあてがってやってくれ」


 翡翠が止むを得ない顔をして、応じる。

「儂が説教童子の接待役とはな。御大将の言葉なら、是非もなしか」


 八咫さんにも、お願いする。

「あとで、三百万円を下ろしてきて渡すので、魚網と一緒に、石巻に送ってもらえますか」


 八咫さんが穏やかな顔で了承した。

「そうやねえ。網がないと、漁師さんは困るやろう。わかりました。うちが網と一緒にレンタル料として、お金を送っておきます」


 仲間の鬼の無事を確認して安堵している説教童子に声を懸ける。

「俺は約束通りに北海道まで、六十七名を運んだぞ」


 説教童子は神妙な顔で告げる。

「約束は守る。今日から俺は、お前の家臣だ」

「働きには期待させてもらうぞ」


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