第六章 着々と進む準備(五)
翌朝、月形さんが用意してくれたスーツを着て、葉山さんと一緒に、新千歳空港にから伊丹空港に移動する。
伊丹空港ではスーツ姿の二十代前半の坊主頭の目つきの険しい男が待っていた。男の表情は硬く、神宮寺は歓迎されていない雰囲気だった。
「神宮寺さんですね。車の用意ができています。こちらへ」
「出迎えありがとうございます。案内をお願いします」
黒い車の後部座席に神宮寺が乗り、助手席に葉山さんが乗る。
八十分後、生垣を周囲に巡らせた日本家屋に到着する。家は二階建てで、周囲が八百mはあり、部屋数も、二十部屋はありそうだった。
車は家の裏口に着いた。裏口から中から入り、離れの一軒屋に連れて行かれる。神宮寺は離れにある十畳ほどの和室に案内される。
葉山さんは「御付の方は、こちらへ」と別の場所に連れて行かれた。
和室に入ると、短い白髪をした茶色い和装の男がいた。男の年齢は五十代後半、顔には深い皺があった。神宮寺は和装の男の正面に座ると、挨拶をした。
「辺境魔法学校粛正官室長の、神宮寺誠です」
和装の男は真剣な面持ちで挨拶する。
「京都守護衆管理官の葉山莞爾です」
葉山は背筋がぴっと伸びていて、座った姿が非常に凛々しい男だった。
「今日は会っていただき、ありがとうございます。早速ですが、お願いがあります。説教童子の首ですが、諦めてほしい。説教童子は俺が引き取ります」
葉山はむすっとした顔で忠告した。
「鬼を身内に引き入れますのか? 止めたほうがよろしい」
「悪鬼羅刹の類でも仲間に引き入れねば、魔法先生の首は取れない。敵はそれほどまでに強大です」
葉山の顔には、疑いがありありと出ていた。
「神宮寺さんは本当に、魔法先生の首を取ろうなんて考えているのですかな」
「でなければ、危険を冒して翡翠や八咫さんを仲間に引き入れたりはしません。クーデターを考えればこその決断です」
「本当にそうでしょうか? 神宮寺さんは魔法先生の命を受けて、京都に仇なす者たちを集め、その勢力をもって、うちらと一戦を交えるつもりではないのですか?」
「葉山さんの懸念は、ごもっとも。だが、俺としては、現時点では、京都勢がどこまで当てになるかわからない。なら、自前で戦力を集めなければならない」
葉山は厳しい顔で申し出た。
「なら、神宮寺さんが立ち上がった折には京都十傑が力を貸すと約束すれば、説教童子を諦めてくれますか」
「京都十傑が俺の命令を聞くとは、考え辛い。だが、苦境にある説教童子を救ってやれば、こちらはきっと俺の味方になってくれる」
葉山は険しい顔で、吐き捨てるように発言する。
「説教童子は所詮は鬼。信用できるかどうか」
「そう言われるのなら、俺とて人ならざる身。京都からはそれほど信頼されていないと、とれますね」
葉山が怖い顔で告げる。
「京都が説教童子に拘る理由は、説教童子が危険な鬼の王だからです」
「俺も説教童子に固執する訳は、説教童子が鬼の王だからです。王なれば、説教童子を助ければ部下も従いていくる」
「鬼を味方に加えても、良いことはありません」
「いかに危険といえど、魔法先生以上の危険な存在はいない。俺は毒にも薬にもならない奴に、用はない」
葉山が真剣な顔で警告を発する。
「どうあっても説教童子を仲間に加えると仰るなら、京都との関係は切れますよ」
「それは、残念です。だが、考えてみてください。仮に京都と敵対する勢力が俺と共に立ち上がって魔法先生に挑むなら、どちらが勝っても、京都の利益になる」
葉山の目に力を込めて断じる。
「だが、クーデターを起こす確証がない。いったい、いつクーデターは起きるのです?」
「俺にすれば、京都が確実に味方になってくれる証がない以上、決起の時を事前に教える危険性を、冒したくはない。チャンスは、おそらく一度きりなのです」
「なら、今、どの程度まで進んでいるのですかな」
「残念ながら魔法先生は強く、周りを固める幹部職員は一癖も二癖もある人物ばかり。信用できる者は俺自身と翡翠、八咫さんぐらい。だからこそ、ここに説教童子を加えたい」
葉山が険しい表情で尋ねる。
「なら、たかが、説教童子を加えたぐらいで、魔法先生を倒せますか?」
「魔法先生の首を上げられる確率は、五%くらいでしょう。でも、そこに、説教童子を加えれば七%くらいにはなる。俺は魔法先生を倒すために、一%でも二%でも勝率を上げたい」
葉山が渋い顔をした。
「クーデターが成功する確率は、そんなに低いんですか」
「俺がやらねば、確率は0です。それに、確率の低さは問題ないでしょう。クーデターに失敗して、俺たちが討ち死にしても、京都の腹は痛まない」
葉山と視線が交錯する。葉山は非常に苦い顔をして告げる。
「強情なお人やな。わかりました。今、説教童子は、仙台の龍泉寺にいます。明朝、京都は説教童子の勢力に、攻勢を仕掛けます。もし、それまでに、説教童子を連れ出せるなら、どうぞ、お好きになさい」
「情報提供、ありがとうございます」
神宮寺は会談が終わったので、離れから出た。
体に衝撃を受けた。体を見ると、三本の矢が刺さっていた。
「神宮寺、覚悟!」
視界の端で動く、岳泉を先頭とする三人の僧侶の姿があった。三人の僧侶は真言を唱えて叫ぶ。
「不動明王火炎呪」
神宮寺の体から激しい炎が吹き上がり、意識が途切れた。
気が付くと、辺境魔法学校の格納庫の中だった。
「複製体が暗殺されたな。俺だから良かったけど、京都は迂闊に行けないな。それだけ、辺境魔法学校の人間が恨まれている、って状況でもあるが」




