第六章 着々と進む準備(二)
月曜日に粛正官室に八咫さんと翡翠を伴って出勤する。粛正官の全員が揃っている状況を確認して、告げる。
「ここにいるのが、翡翠。俺が飼うことになった猫だ。それで、こっちが八咫さん。俺の秘書をしてもらう経緯になった。既に魔法先生には報告して、許可を貰っている」
竜胆が困惑した顔で告げる。
「室長。八咫さんって、京都にいた八咫さんですよね?」
「そうです。京都から俺に乗り換えた。中々、見る目があるでしょう?」
竜胆が冴えない顔で、感想を述べる。
「それならば、いいのですが」
八咫さんが明るい顔で挨拶する。
「神宮寺さんの秘書をやらしてもらっています。八咫鏡子です。よろしゆう頼みます」
粛正官全員が、ぎこちない顔で頭を下げる。
「では、竜胆さん、俺が困らないように一通り、八咫さんに仕事を教えてやってください」
竜胆が諦めた顔で頭を下げる。
「わかりました。室長が困らないようにきちんと教えます」
「俺はイワノフさんのところに用があるから、顔を出してきます」
「わかりました」と竜胆が渋い顔で了承した。
神宮寺はイワノフがいる総務部長室に行く。
総務部長室は総務課の横にある五十畳もある部屋だった。部屋には飛行機の模型が幾つも飾られており、図面を引く大きな台もある。イワノフか事務机を前に、椅子に座ってパソコンを眺めていた。
「こんにちは、イワノフさん。米の代金の支払いの件で来ました」
イワノフは穏やかな顔で、やんわりと注意する。
「神宮寺さん。困りますよ、給与以上に勝手に大きな買い物をしたら、ローンで米を買うなんて異常ですよ」
「すいません。成り行き上、必要だったもので」
「今度から、大きな買い物をするときには、事前に相談してくださいよ」
「はい。それで、いつまでに一千億円を払えばいいんですかね?」
イワノフが意外そうな顔で告げる。
「あれ、御存じない? 弥勒図書館長が、神宮寺さんの払うべき一千億円を、代わりに払ってくれましたよ」
(赤虎さんが払ってくれた? はて、どうしてだろう?)
とりあえずは、話を合わせておく。
「そうですか。既に連絡が行っていたんですね。よかった」
神宮寺は、すぐに図書館長室に出向いた。
図書館長室はウトナピシュテヌ用の図書室の隣にあった。図書館長室のドアの上には黒い木製のプレートが掛かっており、『図書館長室』と金色の文字で書いてある。
ドアをノックしてから開ける。八畳ほどの前室があり、奥にもう一枚、ドアがあった。
前室には、全身が金属でできた使い魔のヘルマンがいる。ヘルマンは下半身が蟹の形状で、上半身が四本の腕を持つ、騎士の甲冑を着たような姿をしていた。
「図書館長に会いに来ました」
ヘルマンが丸い専用椅子から立ち上がると、恭しくドアを開けてくれた。
図書館長室は三十畳ほどの広さがある部屋で、大きな机と立派な木の椅子がある。他には簡単なソファーと応接セットがあった。
部屋の壁には、額に入った大小の絵画が掛けてあった。絵画は風景画が数点しかなく、ほとんどが、抽象画だった。
赤虎さんは、英語で書かれた雑誌を読んでいた。
「失礼します。神宮寺です。この度は、俺の米の代金を代わりに払ってもらって、恐縮です」
赤虎さんは気分よさそうに話す。
「これは、恵んであげたものではないわ。いずれ、払ってもらうつもりだから、そのつもりでいて」
「それはもう、長生きして払いますよ」
赤虎さんは雑誌を置き、穏やかな顔で訊く。
「なら、気長に待つわ。それと、神宮寺さん。米の置き場所はどうするの?」
「とりあえずは、二十万石分は、別棟シェルターの米の冷蔵保管庫を使わせてもらいます」
「使えるものは使わないともったいないものね」
「問題は残りの八十万石もの米です。置き場所が見当たらないです。辺境魔法学校内に置くわけにいかないですし」
赤虎さんが柔らかな表情で勧める。
「なら、シェルターを完成させてしまいなさいよ」
「完成させたいのはやまやまですが、予算の目処がつかないと、イワノフさんになにを言われるかわかりません」
「やる気があるのなら、神宮寺さんの発案の形でシェルターの予算をイワノフに認めさせてもいいいわよ」
渡りに船だった。
「いいんですか、図書館長?」
「そうね。ただし、完成したら、面倒な管理は神宮寺さん一人にやってもらうわよ」
核戦争が始まるかもしれないので、自由になるシェルターを貰えるのなら嬉しかった。願ったり叶ったりの申し出だ。
だが神宮寺は、ここで赤虎さんの厚意には裏がある気がした。
(なんだろう、赤虎さん? 俺にとって進み易いように道を敷いてくれる。なぜ、ここまで厚意的なんだ?)
神宮寺が疑っていると、赤虎さんが澄ました顔で尋ねる。
「返事が聞こえないわよ。やるの? やらないの?」
「是非、やらせてください。きっと良いシェルターを造って、きちんと管理してみせます」
赤寅さんが微笑んで告げる。
「そう、なら、頑張ってね」
(赤虎さんの考えは、読めない。なら、精々、俺のいいように利用させてもらおう)




