第五章 魔物は人の内に棲む(四)
ふらふらしながら立ち、降魔剣を葉山さんに返す。
葉山さんは、あまりに予想外の展開に困惑していた。
「八咫様が『咎落ち』で、それで、神宮寺の手下になるなんて」
八咫さんが笑って意見する。
「それで、どうします。残った杏奈ちゃんと生駒の始末。ここで生かしておくと、面倒な事態になりますえ」
葉山さんが震える手で降魔剣を構える。
「落ち着くんだ、葉山さん。八咫さん、葉山さんは今は、京都人の間ではない。辺境魔法学校の人間です。八咫さんと同じくね」
八咫さんは、穏やかな顔で告げる。
「でも、杏奈ちゃんの裏には、京都の重鎮の葉山家がおるよ」
「葉山さんは二心があるかも知れないが、俺の配下です。別に俺は、仕える人間に二心があっても気にしません。裏切られた時は、俺の責任です。ただ、仲間内の殺し合いはご法度です」
八咫さんが澄ました顔で生駒を見る。
「そうか。なら、部外者は生駒だけか?」
怯えた顔の生駒に、強い口調で告げる。
「生駒、選択の時だ。お前は、どうする? 京都に殉じてここで死ぬか? それとも、俺の配下となり、京都を裏切るか? 選べ」
生駒は諦めた顔で決断した。
「わかりました。俺もそっちに行きます。今から俺は神宮寺さんの配下です」
「よし、わかった、ここに部外者は誰もいない。いるのは同志だけだ」
神宮は生駒に指示する。
「生駒。葉山さんと八咫さんは、俺がひとまず北海道まで連れてゆく」
生駒が真剣な表情で頭を垂れた。
「わかりました」
葉山さんと八咫さんを連れて、外に出る。道路を滑走路代わりにして、本体を降ろす。
戦闘機の上部のキャノピーが開き、タラップが下りてきたので指示を出す。
「後部座席には二人まで乗れます。乗ってください」
初めて見る神宮寺の本体に、葉山さんが眼を見張る。
「こんな物が用意されていたなんて」
「戦闘機やね。でも、革張りのシートがあって後ろに二人も乗れるなんて、豪勢な造りや」
神宮寺が操縦席に乗り、葉山さんと八咫さんが後部座席に座る。八咫さんの膝の上に翡翠が上がった。
神宮寺は、暗い顔の生駒に命令する。
「生駒は自分の身ぐらい、自分でどうにかできるだろう。後は頼むぞ」
八咫さんが生駒に微笑んで、手を振る。
「ほな、先に帰るわ。後、よろしゅう頼むで」
上部キャノピーが閉じて、道路を滑走路代わりにして神宮寺は飛んだ。
空に高く上がって移動を開始する。空の上に上がると、機内カメラで後部座席に向けた視界を確保しておく。
葉山さんが青い顔をして、おずおずと口を開く。
「八咫様、なんで『咎落ち』に」
八咫さんが、さばさばした顔で気楽に語る。
「なんでやろうね。京都の頭の固い人たちと長く接していて、疲れてしもうた。京都守護衆の管理官なんて、長いことやるもんやないわ。心が磨り減るわ」
「そうだったんですか。では、もう一つ、いいですか? なんで、辺境魔法学校側に着くことに?」
八咫さんは、優しい顔で話す。
「それをいうたら、杏奈ちゃんだって、神宮寺さんの部下やん」
「それは、そうですけど」
「あんな、うちには昔な。好きな人がおったんよ」
「恋人ですか?」
八咫さんは昔を懐かしむ顔で話す。
「お師匠さんや。ある時な、妖かしの罠に掛かって、水も食糧もない場所に閉じ込められた。そうして、何日か経った時に、渇きで苦しんでいる私に、お師匠さんは自ら血を流して、血で渇きを癒せと言うてくれた」
葉山さんは沈んだ顔で応じる。
「そんな過去があったんですね」
「結局、うちもお師匠さんも、助かった。せやけど、それ以来、男の人がいかにいいように甘い言葉を囁いても、信じられんくなった。この人たちは聞こえの良い言葉を口にしても、極限状態になったら、自ら血を流して、血で渇きを癒せ、とはいうくれんやろうと思うてな」
葉山さんが静かに語る。
「八咫様の恋愛感を初めて聞きました」
「人には話した経験はないからね。神宮寺さんに覚悟を見せてほしいと頼んだ時に、神宮寺さんは己の腹を割いて肝臓を切り出して渡してくれた。神宮寺さんの行動を見た時に、ああ、この人なら信用できるかもしれんと思うたんよ」
翡翠がむっとした顔で意見する。
「なんや、八咫は御大将の臓物に誘われて配下に加わったのか。なかなか、大層な品を要求しよるのう」
「米の百万石よりは安いと思うが」
神宮寺の突っ込みを気にせず、翡翠がしみじみとした顔で語る。
「それにしても、世の中とは不思議なものじゃな」
「どういう意味だ」
翡翠が気分よさそうな八咫さんを見上げて、意見を述べる。
「八咫家の当主が『咎落ち』する事態もあろう。儂が再び人の下に着く状況もあろう。だが、これが同じの日の内に起きて、しかも主を同じくするとはお釈迦様でも思うまい」
八咫さんは落ち着いた顔で、やんわりとした口調で話す。
「せやねえ、世の中、どこで、どうなるか、わからんねえ。うちも少し前までは京都のために働き、死んでいくと思うとった」




